第11節 ビョーキサポの薦め
誰が初めにこの言葉を使い始めたのか、実のところは私もよく分からないのだが、コンササポの中にこの“ビョーキ”に感染する患者が見られるようになったのは、1999年以降のことであろう。ユース発足3年目。1年生だけで結成されたこのチームにはじめて全学年の選手が揃い、さらには、後にトップチーム昇格を果たす新居辰基選手が入団。1年目から大活躍を見せていた年である
この“ビョーキ”は、所謂「病気」とは違い、医学的には肉体的にも精神的にも病んでいるところなど何もない。
症状はただ一つ。「(コンサ)ユースの試合を生観戦しないでいると、時折禁断症状が出る」というものだけである。
感染する人間とそうでない人間の違いについてはよく分からないが、感染源は間違い無く、コンサのユースの試合観戦である。
このビョーキ。厄介なところがあるとすれば、「一度感染すると、まず完治することはない」と言われている点。いわば、不治のヤマイであろうことと、もう一つは「禁断症状を和らげる手段は、ユースの試合の生観戦だけであり、その後は、禁断症状がますます激しくなる」というところであろうか。
私がこのビョーキに感染したのは2001年夏。以来、私は夏のJヴィレッジ詣を欠かしたことは一度もない。2002、2003年は、高円宮杯全日本ユースU-15決勝に進出したコンサユースU-15の試合を見るためだけに東京まで足を運んでいる。もう押しも押されぬ立派なビョーキサポだと自負している。ビョーキにかかっていることを自慢するのは、さすがにどうかとは思うが(^^;;;
ユース年代の試合を観戦するにあたって、というか、アマチュアの試合を見るにあたって、一つ気をつけなければならない点がある。
彼らにとって「勝つこと」は至上命題ではない、ということである。
もちろん、勝てなくても良い、などということではない。勝つために80分(もしくは70分)全力をつくし、これまでの練習の成果をピッチ上で如何無く発揮することは大切だ。勝つことで得られるものは大きい。
コンサユースU-18は、高円宮杯3年連続出場、2001年クラブユース選手権準優勝、2002年同大会3位…と、近年輝かしい成績を残している。昨年スタートしたプリンスリーグでも初代北海道地区王者となった。
一方、U-15も、まだ道内を完全に制圧したとは言えないが(SSSなどライバルチームは少なくない)、それでも、2年連続で全日本ユース準優勝。もう、コンササポとしての贔屓目を抜きにしても、この年代では全国でも一目置かれるチームとなったと言っても過言ではないだろう。
とはいえ、彼らはただひたすら勝つことだけにこだわっているわけではない。彼らは、年代によって微妙な違いはあるが、基本的には、自ら積極的にバラエティーに富んだ攻撃を仕掛け、どこからでも点を取れるサッカーを展開し、堂々と勝ちあがってきている。決して、相手チームの弱点を突くような狡っからい変則サッカーで、無理矢理結果だけを残してきたというわけではない。そもそも、クラブユースチームに、そんな「勝利至上主義」のチームなど存在しない。あくまでも、目標は優秀な選手を育成することである。この点は、勝利第一主義の色が濃い、一部の高校のサッカー部とは一線を画すものである
だからこそ、このユースチームを応援する我々ビョーキサポも、トップチームのサポーター、とりわけ、近年のUS主導の応援とはスタイルが若干違っている。もちろん、使っている曲はほとんど一緒(一部、ユース専門応援歌や、選手個人応援歌はある)で、ビョーキサポがトップチームの応援スタイルを無視しているわけではないのだが、2つ決定的な違いが存在する
1)ブーイングや野次はほとんどない
あくまでも、私たちが目指しているのは、自分たちの選手たちが全力でプレーできるよう後押しすることだけ。点数を取られて落ちこんでいたり、敗れ去って肩を落としている選手に「まだやれるぞーー」「下向くな!」「胸を張れー」といった、叱咤の声が飛ぶことはあるが、ダメなプレーを詰るような野次や相手へのブーイングなどが介在する余地などない。審判への野次も、ゼロではないが、トップチームの試合と比べれば取るに足らない程度のものである
2)ノーサイドの精神
試合中は勝利に向かって全力で応援するが、試合が終われば敵も味方も関係ない。例えば2003年の高円宮杯の決勝の相手は「ヴェルディJrユース」。普段、私はここのトップチームのことは散々馬鹿にし、罵倒しまくっているが、それと今回の試合のことは別問題。
試合が終わり、優勝を飾った彼らに対し、コンササポからも、気持ち良く「東京ヴェルディ」コールが送られた。そして、このヴェルディの選手たちは、表彰式などのセレモニーを終え、一通り喜びを分かち合った後、ヴェルディの応援席だけでなく、コンササポの前にもちゃんと挨拶に来てくれたのだ。おまけに、選手たち自身から「コンサドーレ」コールをいただいたことは特筆に価するだろう。トップチームではあり得ないすがすがしい光景で、負けたとはいえ、悔しかったとはいえ、すがすがしい気持ちで国立競技場を後にすることができた。
また、ヴェルディ側にもビョーキサポは存在するらしく、しっかりとした応援合戦になっていた点も印象的であった。もちろん、ヴェルディのサポーターからも「コンサドーレ」コールをいただいた。いつ見ても、このような、試合が終われば相手の健闘を称え合うこの姿は、実にすがすがしいものがある。
ただ、「トップチームのサポーターと違う」と言ってはみたものの、以前のコンササポは、トップチームを含めて、上記のような温かみのある集団だったのだ。
最近、チームの成績が振るわないことや、USの若い連中の意向が変わって来たことも影響しているのか、どうもこのような「温かみ」がコンササポから徐々に消えつつあることが気に掛かる。
応援の声量は、ゴール裏にいる人数がいる割にはさっぱりなのに、ブーイング、野次は聞いていて不愉快になるほど会場に満ち溢れ、ゴール裏では、他人の迷惑を顧みずに大きな旗を試合中のべつ幕なしに振りまわし、挙句の果ては、バケツで水を観客席に撒き散らし、一般の観客に迷惑をかける人間まで出る始末。
「熱い応援をしたい」という意志の表われ、という好意的な解釈もできるかもしれないが、そこには、「勝利のためには手段を選ばない」という、勝利至上主義に似たメンタリティーが感じられる。ビョーキサポの指向とは対照的だ。
また、最近、あちこちのコンサ系サイト、MLなどでの議論を見ていてどうしても気になるのが、「2003年は最低の年だった。2003年のことなど早く忘れて、2004年こそJ1昇格を」という人が少なくないことである。
確かに、2003年は、1年でのJ1復帰を目指して、ブラジル代表経験のある外国人助っ人をはじめ、J1とも見劣りのしない選手補強を行った割には、結果は12チーム中9位というしょっぱいものに終わった。直視するには苦しい成績であったことは間違いない。
ただ、では2004年はどうなるであろう…と考えると、はっきり言って、2003年より良くなる保障などないというのが正直なところ。外国人助っ人ゼロ。年代別代表も恐らくゼロ(ただし、これから選ばれる可能性はあるが…)。おまけに、現在のところ新入団予定となっているのは、大卒1人、高卒6人。おそらく、今後戦力補強があったところでせいぜい1人か2人。天皇杯優勝を成し遂げた監督が就任するという以外に、戦力的に上積みになる要素などないのである。そもそも、その柳下監督とてJ2は初体験。J2独特のカウンターの差し合いに対し、中盤でパスをつなぐアクションサッカーを目指すことを断言している。果たして今後どのようにチームを作り上げていくのかはわからないが、少なくとも、2004年は苦戦することは免れないであろう。ヘタをすると、鳥栖や横浜FCあたりと仲良く最下位争いする可能性だってある
思い出してほしい。2003年は確かに苦しいシーズンだった。私だって、あれよりひどい年など過ごしたくはない。
でも、2003年シーズンの中でも、特に苦しかったのは、8月にジョアン・カルロス監督が辞任し、第2次張外龍政権が発足した以降の話である。
カルロス監督が苦労しながらも何とか作り上げ、形になりかけていたアクションサッカーを叩き壊してしまっただけではなく、そこに新しいサッカーの設計図を描くこともせず、練習にも戦術にも何も工夫なし。チームワークも崩壊し、頼れるのは個人技のみ。まだまだJ1昇格の可能性があったチームが、あっという間にJ2下位グループに転げ落ちていったあの時期こそが、コンサ史上最悪の時期だったというだけで、少なくとも2003年前半は決して夢も希望もないサッカーをやっていたわけでもない。
ただ、2004年は、多分、張外龍氏より柳下新監督の方が能力が高いものだとは思うが、それでも、選手個々人のレベルは、2002、2003年に比べて格段に落ちることは間違いない。良いキャンプをこなし、早い段階で戦術が固まり、そして開幕戦で良い結果を出すことで自信をつかむことができれば、ひょっとしたらJ1昇格争いに加われるかもしれないが、もし開幕時に負けが込み、自分たちのサッカーに迷いが生まれてしまったら…2003年のことを忘れたいと思っている人は一体どのような態度を示すのだろう。少々不安だ
では、私がどんな態度に出るかというと、答えは明白である。
「まあ、しょうがないよな」と現実を受け止める。そして、選手たちが成長できるよう、温かく見守り、声援を送りつづける。それだけである
はっきり言って、私が2004年のコンサに求めるものは、ユースチームのそれと全く同じである。まずは自分たちの練習した成果を試合でぶつけ、勝利を目指して90分走りつづける。結果が出ればそれは良し。結果が出なかったとしても、それを反省材料としてトレーニングを積み重ね、次の試合で頑張る。ただ、それだけである。そりゃ、J1昇格争いができればそれは嬉しいが、勝利を目指して全力を尽くし、統一したビジョンを持ち、一丸となって戦えてさえいれば、仮にぶっちぎりの成績で最下位を突っ走ってしまおうが、それはそれで仕方がない。実力がまだ足りなかった、それだけなのだから。
2003年は振りかえるのも辛いシーズンだったことは間違い無い。あんなことは二度と繰り返したくはない。でも、あれがコンサドーレの真実の姿なのだ。現実は直視するしかない。それを忘れ、年が変われば、監督が変わればたちどころにコンサのサッカーが改善されるほど世の中は甘くない。目をそむけてはいけない。目先の結果はともかくも、チームはそう急には強くならない。
最低なのは、勝てないからと言って、中途半端な補強、中途半端な戦術変更を繰り返し、その場しのぎのサッカーに終始。シーズンが終わっても、何も積み上げたものがないという状況である。それでは、1年をムダに過ごすだけに終わることになるし、はっきり言って、そんなサッカーでは誰も満足させることなどできっこないだろう
ビョーキサポがなぜ年々増え続けるのか。その答えは、コンサのユースの選手たちは、結果を出せるかどうかはともかく、上記の「一丸となって戦う」姿を常に見せてくれているから、その点では見る物を裏切らないからに他ならない。でも、忘れてはならない。彼らユース選手たちの陰には、彼らが全力を出し切れるように、慎重に、丁寧にサポートを続けているビョーキサポの存在があることを。
確かにプロとしてお金をもらってサッカーをしている選手と、月謝を払ってサッカーの勉強をしているユースの選手とでは求められるものは違う。でも、立場は違えど、これからは、日々の地道なトレーニングと試合での経験で、少しずつでも成長を続けていかなければならないという点において、トップチームもユースチームも違いはなかろう。
ビョーキサポの存在が何たるかが分からない人は、ぜひ、一度ユースの試合を生観戦することをお勧めしたい。今はホームであれアウェイであれ、ビョーキサポはほとんどすべての試合で必ずスタンドから、あるいはピッチのすぐ近くから、声援を送りつづけているはずだ。そして、そのビョーキサポならではの温かい雰囲気を、もう一度厚別に、あるいは札幌ドームに復活させたい。そう思っている私は、そんなに変なサポーターだろうか? 私はそうは思わない。
格好を付けたいがための応援など要らない。勝利できなければ満足できないというのなら、2004年のコンサを応援し続けるのは難しくなるかもしれない。それよりも、チームが苦しいときだからこそ、温かく見守っていこうではないか。
どれだけの人がこの呼びかけに賛同してくれるかは分からない。でも、そんなサポーターが一人でも多くなってくれなければ、このチームは無くなってしまうかもしれない。
2004年。色々な意味で、ビョーキなサポーターが一人でも多く増えてほしい。結果は2の次で、とにかく馬鹿みたいにひたすら応援を続ける。今年は無理かもしれないけど、いつかきっと再びJ1の舞台で戦える日を信じて一緒に戦いたい。そんな仲間が一人でも増えてほしい。そう願わずにはいられない
執筆 2004年1月2日