★過去に行われたコンササポ企画★

コンサ基金プロジェクト

期間:2005年12月5日〜2006年3月11日
企画:OSC「FantasistaWAN」設立準備室


 2006年のコンサ開幕戦までにこつこつとお金を貯め、開幕戦でhfcに手渡そうと有志数人で立ち上がった企画です。「ブロクを更新したら10円」「コンサのニュースを見たら100円」「街でコンサの選手を見かけたら1000円」などと、楽しみながらこつこつ貯金をしている様子を公開しながら、モチベーションを保とうと努力されておりました。
 それと同時に、取り組みの趣旨に賛同し、多くの人がコンサに寄付するためにコツコツ貯金をしてくれるようになれば、hfcにとって大きな力になるであろう…ということで、協力を呼びかけていました。私もこの企画に賛同させていただき、15000円をhfcに振り込ませていただきました。
 賛同者は合計15人。45033円がhfcに寄付され、チームの強化資金へと活用されることとなりました。
 プロジェクト自体はこの2006年開幕戦をもって一応終了となりますが、個人的には今後も募金活動を細々と続けていこうと考えています。
 ちなみに、OSC設立準備室となっているのは、2006年度からのOSC登録を目指していたからだそうです。諸般の事情によりOSC設置は凍結されたようですが、プロジェクトの成果は永遠に消えることは無いでしょう(2006.1.3初出、3.24加筆修正)


ORIGINAL MARKING PLATE Consadole Sapporo SUPPORTERS EDITION
ORIGINAL MARKING PLATE Consadole Sapporo SUPPORTERS EDITION
2003年12月開始
主催:NOMOTTIさん@野本貴金属加工所

 野本貴金属加工所はコンサドーレ札幌のサポートシップスポンサー。その3代目にあたるのもっちさんは、熱烈なコンササポでもあります。そんなのもっちさんが、2003年のコンサの惨状(観客数減少→大幅赤字)を憂慮、サポートシップスポンサーとして何とか金銭的な援助ができないものか、と考えた結果、コンササポ向けのオリジナルのマーキングプレートを販売し、売り上げの一部をhfcに寄付する…というものでした。
 このプロジェクトでは、2004年には78300円が、2005年(新バージョン)は25000円がそれぞれhfcに寄付されました

(2004.2.15初出、2006.1.3改稿)

こんなときこそ…厚別に集え!

期間:2005年5月10日〜14日
主催:Harunoさん@
微風旗振記

 2005年5月9日、コンサドーレ札幌という球団をあるいは消滅の危機に追い込むかもしれない、というほどの大激震が走りました。hfc取締役の少女買春容疑による逮捕。その被害たるや甚大なもので、推定2500万円という大口のスポンサーを一瞬にして失う結果となりました。ほかにも有形無形の影響は避けられないという状況でした
 コンササポそれぞれが、色々思い悩むこととなるこの事件ですが、だからこそ、我々は試合で「勝利」という結果を手にしなければならない。そのためにも、サポーターは万難を排して厚別に集わなければならない
 そういう思いをストレートに表現したHarunoさんのバナーが、わずか4日間で25サイト(報告分のみ。ほかにもあったかも)に広がり、一大キャンペーンとなりました
 残念ながら、試合の入場者数は7000人を割り込む「惨敗」でした。が、試合は2−0で勝利。ゴール裏の応援も近年にない気合あふれる素晴らしいものになったと思います。あの日、厚別に集った人々は、それぞれに、強い意思をもって、これからもコンサを応援していくこと表明することができたわけです

 この日の出来事を後に振り返ったときにどういう思いにかられるのか…それもこれも、これからのコンサドーレ次第。まだ戦いは始まったばかりです

(2005年5月12日初出、5.17追記)


三原選手へメッセージを
主宰:ゆっかさん@Passage

完全復活を目指して(三原選手に折り鶴を)
主宰:美玖さん@FANTASISTA

 2004年4月3日の湘南ベルマーレ戦において、三原廣樹選手が、左ひざ前十字靭帯断裂、および外側側副靭帯損傷で全治9カ月という重傷を負ってしまいました。左サイドという不慣れなポジションながらチームによくフィットし、新境地を開きつつあった中での怪我であったと同時に、開幕前に新聞社のインタビューで「もう一回度大きな怪我をしたらやめるつもり」と答えていたため、サポーターの間には動揺が広がりました。
 そんな中、三原選手の応援サイトを開いている管理人さんがたを中心に、「もう一度頑張ろうよ」という気持ちを伝えようと行われたのがこの折り鶴、メッセージプロジェクトでした。
 結局、三原選手はもう一度コンサの選手としてピッチに立つことこそできたものの、完全復活とまでは行かず、2005年を最後に退団しましたが、サポーターの気持ちはきっと三原選手には伝わっていたであろうと信じています

(2004.4.18初出、2006.1.3改稿)


中尾同盟
 大本営:CONSAMAMA
 バナー:とっとこハムコさん@くらいんのどつぼ
名誉顧問:たぐさん@きたのくにから哀をこめて
  会長:スキッピィさん(CONSAMAMA所属ライター)

 能力の高さは入団前から定評があったものの、なかなかブレイクできなかった中尾選手ですが、今年、カルロス監督の下でついにブレーク。豊富な運動量、アグレッシブなプレーと、以前から密かに評判だった悪役ぶりをピッチ上でも如何無く発揮し、サポーターを喜ばせております。
 そんな中尾選手をもっと応援しようという同盟が誕生した…のですが、結局この同盟がどこまで広がったかわからないうちに、くらいんのどつぼからバナーが撤去されてしまいました(^^;;;
(2003.5.12初出、6.26、2004.2.15追記)

コンササポへの100のしつもん
作成:まありさん@CONSA A-GO-GO

 最近あちこちで見かける「●●な人への100の質問」という形式の設問集のコンサバージョン。ご自身のHP上でこの設問に答えた方は、もれなくリンク、サイトを持っていない人でも、答えを掲載してもらうことは可能だった…のですが、まありさんの心境の変化などにより、サイトは閉鎖されてしまいました。
ちなみに、私の回答はこちらです。(2003.3.19初出、3.20、12.8修正)

コンサイズムライターとしてお馴染みのchooさんが、消防士を夢見るストライカー・新居辰基選手にちなみ、サポーターも火消しになっちまえ! 「法被プロジェクト」を展開中です。みなさんも参加してみませんか? 夏の思いつき企画 ハッピ作ってどうしよう?
期間:2003年6月〜7月5日まで
主催:chooさん@「サッカー百鬼夜行」

 事の発端は、元Jリーガーの第2の人生を応援する「Jリーグ選手協会」のサイトのインタビューで、我らがKing of Sapporo・新居辰基選手が「将来は消防士になりたい」と答えたことにあります。サッカー選手ならば、普通はサッカー教室の講師、学校教師→サッカー部顧問、監督…など、サッカーに関係するセカンドキャリアを志すのが普通だと思うのですが、そのあまりにも唐突な答えにインタビュアーもしばし絶句。さらに、その理由がとんでもない。「カッコイイから」   …(^^;; ォィォィ

 それを聞いたchooさんが、「我々の目の届くところでそういうオモシロ回答をするとどういうことになるか思い知らせるため」に立ち上げた企画だとか。ものの試しに、そういうことをしたら賛同者がいるか? と6月上旬にサイト上で呼びかけたところ、それなりの人数が集まったため、正式に企画が立ち上がりました。
 で、サポーター全員で消防士スタイルになろう、と言っても、防護服での応援、というのはあんまりですので、日本古来の「火消し」衣装として法被を作る、という方向で、なおかつ、コンササポ用の応援服として使えるものを…ということで、黒を基調に赤いラインを施したデザイン、新居選手の名前にちなんだ辰=竜の絵を加えています(新居の名前や背番号を加えないのは、新居が退団後も使えるもの、との配慮だそうです)
 価格は送料込みで1着6500円〜6900円(送料込)と決して安いものではありませんでしたが、最終的に86着の申し込みがあり、かなり盛りあがった企画となりました。
 なお、この企画自体は一発もので、追加生産などはしないそうです。
(2003.6.26初出、6.28、7.1、7.6日追記、8.21サイト移転につきリンク先修正)

2003Jリーグ成績予想
期間:2003年3月6日〜12日
主催:肉丸君@コンサどう?チェック

 J1の優勝、準優勝、14〜16位チームと、J2の1〜3位、11位、12位のチーム、および貴方の好きなチームの順位の計11項目を予想。的中した場合、項目ごとに規定のポイントを得ることができ、シーズン終了後、その合計ポイントで順位を決めます。
 優勝者には、参加全サイトのトップページからリンクをしてもらえるという特典のほか、最下位サイトの名称を勝手に変更する権利も与えられます。
 残念ながら参加サイト数は4個所と寂しいことになりましたが、来年以降もこの企画が継続されるのであれば、今度はもっと参加者が増えるといいなぁ、と思います。
 私の予想はJ1優勝がガンバ、2位がマリノス、14位が柏、15位が名古屋、ビリは緑蟲、J2優勝が新潟、2位コンサ、3位川崎、11位水戸、12位横浜FC。結局、当たったのは、J2優勝、同3位。ニアピン賞としてマリノスと横浜FC。何とかビリを免れるのが精一杯でした(^^;;;
(2003.3.6初出、3.19、4.4、12.8修正)

web−Atsubetsu
主催:札幌系サイト管理人有志による共同運営(最大時で20サイト)

 チームが厳しい戦いを強いられることになった2002年シーズン。そんな中、私たちコンササポの中で「聖地」であり、我々に癒しと勇気を与えてくれる厚別公園陸上競技場。
 「その『厚別』の雰囲気を、ネット上にも構築できないものか」と、コンサ応援サイトを持っている管理人さんが集結して立ち上げたサイトでした。共同管理者それぞれの、厚別に対する熱い思いが表現されているほか、コンサの応援のあり方やそのほか、コンサにまつわることを話し合おうという掲示板が設置されておりました
 2003年開幕戦では、下記の「1+1=(^^) キャンペーン」を企画するなど精力的な活動がありましたが、その後活動が低迷し、昨年末までにはサイトは自動消滅しておりました。 (2003.1.2初出、1.7一部修正、2006.1.3改稿)



1+1=(^^) キャンペーン 1+1=(^^) キャンペーン
主宰:web−Atsubetsu共同運営者有志
期間:2003年2月11日午後11時〜3月15日午後2時まで

 チーム発足8年目にして地元での開幕戦を迎えたコンサを盛り上げようと立ち上げた企画でした。
 開幕戦でコンサが敗れた年というのは過去、ろくな目にあっていないという嫌なデータがあるというのはサポーターなら周知の事実1998年、2002年にはJ2降格。1999年も、J2で5位に甘んじ、その結果、エース・吉原宏太を失うという憂き目を見ております。
 そこで、絶対に何が何でもドームを満員にし、相手選手をプレッシャーでコチンコチンにし、圧倒的な力を見せ付けて大勝するしかない…と、いうことで、かなり頑張ったのですが…私も両親を引きずって観戦したのですが…
 結局集められたのは目標をはるかに下回る23500人。試合も1−3と敗北。ほろ苦い結末となりました(2003.3.19)

3.15ホーム開幕戦・観戦勧誘ビラ蒔き作戦
期間:2003年3月2日〜14日
主催:「3.15みんなでコンサ」プロジェクト

 2月に行われたサポーター集会において、開幕戦でなんとしても札幌ドームを満員にするために、サポーターも何かをやろうということで立ち上がった企画らしいです。コンサイズムで詳細が取り上げられていましたが、簡単に言うと、パソコンをお持ちのみなさんが、そちらのサイトから、ビラの原稿をPDFファイルなどでダウンロードし、プリントアウトし、コピーし、各自で配布してしまおうという、かなりゲリラ的、勝手連的な活動のようです。ま、hfc側でもサポーターと共同で、ドーム周辺でのビラのポスティングを行うそうですが…
 残念ながら、私はこのプロジェクトには参加できません(いくらなんでもビラ配りのためだけに帰省するのは…)でしたが、かなりの皆さんが色々と積極的に動かれていたようです。ただ、残念ながら観客動員数は伸びませんでしたが…(2003.3.19)

 山瀬選手へ千羽鶴を送ろう〜千羽鶴プロジェクト〜
期間:2002年8月下旬〜2003年1月まで
主催:さくら(仮名)さん@Our prayer is for your play

 2002年8月17日、J1第15節・札幌−ヴェルディ戦において、札幌の、そしてアテネ五輪日本代表の不動のエース・山瀬功治選手が、右膝前十字靭帯断裂という、選手生命さえ危ぶまれる重症を負い、シーズン後半を棒に振ってしまいました。現時点では、将来を嘱望されていたあのプレーぶりが再び見られるかどうかさえはっきりしておりません。
 サッカーにとって足の怪我とは付き物。過去に幾人もの選手がこの靭帯断裂に見舞われ、少なからぬ選手が怪我を負う以前のパフォーマンスを取り戻せず、不完全燃焼のうちに引退を余儀なくされております。もちろん、ブラジル代表のロナウドのように、この怪我からカムバックを果たし、怪我をする以前のパフォーマンスを見せてくれるプレーヤーもおりますが、ロナウド自身、2002年のW杯での完全復活までに3年以上の年月を費やしているのです。
 コンササポのみならず、多くのサッカーファンに衝撃をあたえたこの“事件”直後から、「できるだけ早く復帰してはほしいけど、でも、焦らずじっくり完治に向けて頑張れ! 俺たちはいつまででも待っているぞ」という励ましのメッセージを込めて千羽鶴を共同で作ろうじゃないか、というプロジェクトが立ち上がり、最終的に協賛サイトは他チームのサポーターの応援サイトを含め144サイトにまでのぼりました。
 で、かなりの数の折り鶴が集まったのではありますが、期間中、山瀬選手の浦和レッズへの移籍が決まったため、鶴を山瀬選手へ届けることができなくなってしまいました。苦肉の策として、2003年8月に札幌ドームで開催されたJリーグオールスターで、山瀬へのメッセージを折りこんだ横断幕を集まった鶴で作って掲示しよう、という方向で話は進んでいましたが、残念ながらファン投票で及ばず出場できませんでした。
 まだ詳しいことは未定ですが、鶴は焼却処分される模様です。当初の盛りあがりと比べると残念な結末には終わりましたが、山瀬選手が無事復帰を果たし、移籍先の浦和や五輪代表で活躍してくれているのがせめてもの救いというものでしょう。
(2002.8.20初出、同21、25、2003.2.1、8.21修正)

 酒井直樹選手 千羽鶴企画

期間:2002年10月中旬〜同11月30日まで
主催:「酒井直樹を勝手に応援する連中のページ」「Naoki127」
後援:コンサアシストの会

 悪いことは重なるもので、柏レイソルからレンタル移籍中の酒井直樹選手までもが、2002年10月5日、日本平で行われた対清水戦において(私の目の前で)靭帯断裂で全治6ヶ月の重傷を負ってしまいました。
 その事態に、柏時代から酒井選手を応援してきた方を中心として千羽鶴企画が持ちあがり、実施されました。
 実は、私も参加する意思はあったのですが、今日、初めてそのサイトを覗いてみたら、もう締めきられてました(滝汗)
 酒井選手、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……
 で、肝心の酒井選手ですが、試合出場をするまでにはこぎつけたものの、完全復活には程遠く、2003年シーズンを最後に引退となってしまいました。この怪我さえなければまだまだやれたはずなのに…無念です。
 2004年には柏レイソルで育成部コーチとして第2の人生を歩むことになったそうです。新天地での活躍をお祈りします
 (2003.1.2初出、12.8加筆修正)

磐田を止めろ!
期間:2001年5月中旬〜同7月上旬まで
主催:たぐさん@きたのくにから哀をこめて

 2001年第1ステージは、磐田が序盤からかなりの勢いで勝ち星を重ねる一方、鹿島、柏、G大阪といった前評判の高かったチームがコンサに足元をすくわれるなどして早々と優勝戦線から離脱。気がつけば、磐田がイヤになるほどの独走態勢を築く一方で、相対的にコンサが優勝争いにうっかり絡んでしまう(4月末を終えて2位(^^;;; )おかしな状況にありました。
 そんな中、このままでは優勝争いが盛りあがらない。こうなったら、これから磐田と当たるチームが共同戦線を組んで何とかして磐田の独走にストップをかけようとはじまったシャレの企画です(ファンサイトが結託したところでどうにもなるものでもないですから

 この企画、かなりの盛りあがり(世界クラブ選手権がらみで? レアルマドリードファンサイトまで参加していた)を見せた半面、コンサがロスタイムの最後のプレーで同点に追い付かれ、延長Vゴール負けを喫したのがケチのつけ始めだったのか、どこも磐田を止めることができず、あっさり優勝を許してしまっただけに終わってしまいました

 当時はまだ、このような企画に参加しようにも、このサイトが未整備だったため涙をのみました。またこんな機会があれば参加したいですけど、それ以前に、どっかのチームが独走するのはつまらん。勘弁して…コンサの首位独走なら大歓迎だけど(笑)

※なお、サイトのトラブルなどにより、現在はこのコンテンツは消滅した模様です
(2003.1.2初出、12.8加筆)

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