鼬の野望
都会にも、いや都会だからこそ獣道がある。そんな獣道の1つを、鎮はご機嫌で歩いていた。
藪の下をくぐり、塀の穴を抜け―――もちろん、鼬姿でだ―――とっとことっとこ鎮は行く。
そして幾つめかの穴を抜けた時、いきなり広い場所に出た。
綺麗な色ブロックの歩道のようなものと、芝生とその真ん中にあるオブジェ、それから建物。
(なんだぁ? ここ)
横に長い箱型の建物の窓からは、中にたくさんの人がならんでいるのが見える。
(ふぅん、ここ、がっこなんだ)
それも男の匂いがあまりしないところから察するに、女子高のようだ。
鎮は特に女の子に興味は無いが、前庭に置いてある例のオブジェは気にいった。
でこぼこが多く、昇って遊ぶにも、一休みするにもよさそうな按配だ。
今日は天気も良かったからか、お日様に温められてさらに具合がよくなっている。
ご近所探険で少し疲れてもいたし、鎮は一眠りすることにした。
「かわいー」「ねぇ、なんだろね、これ」「フェレットに似てるね」「ちっちゃーい」
(……うるさいなぁ)
頭の上から降ってきた賑やかな声に、鎮は目を開けた。
「あ、起きたよ」「やぁん、目がくりくりしてる」
そこにいたのは、自分を覗きこむ女子高生の頭、頭、頭……。
どうやら一休みするだけのつもりが、終業時間まですっかりと眠りこけていたらしい。
まわりを二重三重に女子高生が囲んでいる。逃げ場は無い。
(あわわわ)
びっくりした鎮が、思わず顔を洗って心を静めようとすると、またしても「かわいー」の大合唱だ。
こうなったら、覚悟を決めるしかない。
「ねぇ……からあげ、食べる?」
そんな変に悲愴な決意に燃えている彼に、小さな声がかかった。
見上げると、大人しそうな女の子が、白い指先にカラアゲを摘んで差し出している。
(ま、腹も減ったし)
覚悟を決めてしまえば、鎮はいくらでも小動物的にかわいらしく振舞うことができる。
たとえそれが、本人的にはとんでもなく恥ずかしいことであっても。
彼は恐る恐るといった様子で指先に鼻を近づけ、首を傾げてカラアゲの匂いをかいだ。
…大丈夫。床に落ちたりしてない。
匂いからそう判断すると、いきなり右前足を女の子の手にかけて、カラアゲにかぶりついた。
とたんに、周囲からまた「かわいー」の大合唱。ここらへん、鎮は実によく小動物好きーのツボを心得ている。
次々と女子高生は自分たちの弁当の残りを、まるで競うようにチビ鼬に差し出した。
『貢物』の中から、鎮は上手に床に落ちていない、しかも美味しそうなものを選んで食べていく。
ミートボール、ミニハンバーグの半分、サイコロステーキの欠片、アスパラベーコンのベーコンだけ。
豪勢なんだかそうでもないんだかわからない間食に満足すると、鎮は一人の腕目掛けて飛び付いた。
腕を駆け上り、喉を鳴らしながら頭を少女のほっぺたにこすり付ける。
思いもしなかったことにあがっていた少女の悲鳴が、歓声に変わった。
鎮なりの御礼であり、サービスといったところか。
「次私にちょうだい」「私もー」
間食をくれた少女だけを器用に渡り歩き、鎮は小動物的愛想を振り撒きまくった。
「おい鎮」
鎮が帰宅したのはすでに6時をまわったころ。すぐに鼻ざとい次兄に嗅ぎ付けられてしまった。
「いい匂いがすんな。…いつものファブの匂いじゃねーし」
首根っこ掴んで持ち上げられたあげく、くんくんと体中匂いをかがれる。
鼬姿の鎮がじたばたと暴れても、夜刀は手を離さない。
「にーちゃんやめろー! ひじょーに危ないぞっ?!」
「うーん、こっちはベビードール。んで…こっちはアナスイ系か?」
「うひぃいいいいい!!」
抵抗お構いなし。夜刀は鎮の腹やら背中やらに鼻を埋めて、染み付いた匂いを嗅ぎ分けようとしている。
「……ぢょしこーせーだなっ?! 女子高生に違いあるまいっ!! 大人しく白状しろっ!!」
「転にーちゃーん、たあすけてええええ」
なにせ鎮の全長は20センチ。夜刀なら容易く握りこめる。
「……何をやってんだか」
何事かと仕事部屋から顔を出した転が、思いっきり呆れた。
「あまりふざけていると、下の階から苦情が……」
「兄貴、こいつ女子高生と遊んでたみたいなんだぜ」「放せ放せ放せー!」
疲れきった表情の転の言葉を、弟2人がさえぎる。
「なんで何種類も匂いつけてんだ。さては何人も…」「やぁめろー!」「……はぁ」
転は小さくため息をついた。これは言葉で止める事はできなさそうだ。
転は己の手に集中した。目には見えないが、そこに空気が凝縮され、『弾』が生まれた。
そしてその弾を、転は弟ふたりめがけてぶつけた。長兄得意の、空気弾。
弟2人を沈黙させるには、その威力は十分すぎた。綺麗にのびた、2匹の鼬がリビングに転がる。
「で、鎮。君は今日どこに行っていたんだい?」
静かな声での問いに、鎮は観念して今日あったことを話した。
話しを聞くうちに、夜刀の目がだんだんと輝いてきたのがわかる。キラキラではなく、ギラギラだけど。
ココロなしか、鼻息も荒くなってきたような……。
ちらっと夜刀はリビングの壁にかかっているカレンダーに目をやった。
明日の数字には、赤と青で二重に丸がつけられている。赤は転の、青は夜刀の休みの印。
かなり珍しい事だが、明日は2人の休みが重なっているのだ。
「明日は兄貴も休みだなっ」
夜刀はかなり気合が入っていた。奴は行く気だ。どこに?……乙女の園に。
「え、ああ。そうみたいだね……」
転はイマイチ、そのノリにはついて行けていない様子。
癒し系GMとして某ゲームでは大人気の彼、実はちょっと枯れている(が、そこがファンにはたまらないらしい)。
しかしそんなこと、性春真っ盛りの次男にはわかるはずもない。
「よし、明日は兄弟そろって遠足だ!」
ぐっと拳を握り締める夜刀。それを見守る(しかない)兄と弟。今夜の夜刀は止まらない。
「行くぜ女子高! 鼬でモテモテ大作戦んん!」
てか、止まらないだろ、これはと呟いたのは、はたして兄だったか弟だったか。
燃える性春鼬に、ぶっかけられる水はない。
こうして次兄の勢いのままに、鈴森兄弟の女子高訪問は決まってしまったのだった。嗚呼。
大中小の鼬が、小さい方から順に並んで道を歩いていた。
小さい物は20センチ、大きいものは鼬並はずれた50センチにもなる。
もちろん、鼬姿の鈴森兄弟だ。3匹はやがて女子高に到着した。
元々時間を計って出発したため、終業のベルまであと5分ほど。ちょうどいい。
「それじゃあちょっと、腰をかけて待とうか」「うぃうぃ」「ちょぉっとまったー!」
長兄と末っ子がオブジェで一休みしようとしたのを、次兄が止める。
「3人で重なって丸まろうぜ」
「…どうして」
「その方がかわいいから」
コケる長兄、胸はる次兄、崩れる末弟。
脱力する兄と弟を手早く丸めると、夜刀は自分もその鼬団子に加わった。さながら毛皮の塊といったところ。
「このラヴリィさに、女子高生は一撃必殺だぜ!」
「……ばか?」「バカとはなんだ!兄に向かって!」
「鎮、そういうことは思っていても口に出してはいけないよ」「そうだぞ…って兄貴もよく聞いたら酷ぇ!」
わきゃわきゃ騒いでいるうちに、終業のベルが鳴って、しばらくすると建物から少女達が出てきた。
すぐさま目ざとい何人かが、兄弟三匹の鼬団子を見つけた。
「ねぇっ、今日もいるよ」「うわー…なんか今日は大きいのもいるねー」「パパとママも来たのかな」
鼬団子は、たちまちのうちに女子高生たちにバラされてしまった。
手頃サイズの夜刀は抱き上げられ、小さな鎮は転がされ、大きな転は撫でまくられ……違った意味でもてもてだ。
「こっちの子も、オスだね」「じゃあ兄弟かな」「でもどの子もふかふか〜」
もはや生きているぬいぐるみ扱いだ。
しばらくして、そろそろ帰ろう、とされるがままになっていた転が立ちあがった。
それを見て、鎮も女子高生の腕から飛び降りる。
「行っちゃうのー?」「また来てねー」
ところが、夜刀は動かない。女子高生の腕の中で喉を鳴らしつづけている。
フカフカな胸の、夜刀好みの巨乳美少女だ。……選んで抱き付いているとしか思えない。
(夜刀、もういいだろう? 帰るぞ)(兄貴ー?)
(……俺、ここんちの子になる……)
兄弟の呼びかけにかえってきたのは、うっとりした声。
(………鎮、帰ろう)
呆れた声で言うと、転は有無を言わせず、鎮の首を噛んでぶら下げて獣道に走っていった。
兄と弟が帰ってしまっても、夜刀はまだ女子高生の腕の中でうっとりしていた。
翌朝。
「お早いお帰りで」
ボロボロの状態で帰った夜刀に、転は冷ややかかつ呆れた態度で応じた。
「なに?夜刀にーちゃんペットなるの失敗したの?」
珍しく早く起きた鎮が、鼬姿で転の肩の上、にんまりと笑う。
どうやら夜刀、寝ているうちにうっかり人型になってしまったらしい。
鼬と添い寝したはずなのに、起きたら男になっていたなんて、そりゃたたき出されるのも当然だろう。
「くそー! 鼬はよくて、なんで人型だと駄目なんだよー! 中身は同じだぞー!」
夜刀、心の叫び。
「……バカ?」「鎮、早く朝ご飯食べてしまおう」
ため息をついて、転は鎮を連れて家の中に入っていった。
後に残ったのは、空に叫ぶ夜刀一人。
「あいるびーばぁーっく!!!!!」
END
あとがき
Kさんに下りてきた電波の余波をいただきまして、書いてみました(笑)。