第14話「パパを訪ねて三千里?」後編
メタリックブラックの羽根が風を切る。
眼下の地上界の景色が飛ぶように流れていくのに、子供とキノコは歓声をあげた。
「こるにいちゃすごーい!はやいー!」
「とばせとばせー!」
きゃいきゃいと賑やかな背中の二人にため息をつきながらも、真紅眼の黒龍、コルレクスは悪くない気分だった。
どんな理由で飛んでいるにせよ、羽根を伸ばし、風に乗るのは最高の気晴らしだ。
コルレクスはもう一羽ばたきして、さらに速度を上げた。
上へ、上へ。もっと速く、もっと速く。……っと。
「コルレクスー!速度を落とすソマーっ!」
「こるにいちゃ、こわいよー!」
いつのまにか、歓声が悲鳴に変わっていた。
速度をゆるやかに落とし、首を巡らせて後ろを見てみれば、シリウスと猫目が一塊になって、彼のたてがみにしがみついて震えていた。
「落ちるとこだったソマよ」
「ぅぇ……」
どうやらコルレクスお得意のマッハ飛行に近づきすぎていたらしい。
「……っと、悪い悪い」
「心臓止まるとこだったソマ」
「こわいー」
「まぁ、次からはセーブするから……」
それでも充分以上の速度で、コルレクスは上昇を続けた。
二度の越境を経て、一行はようやく天界にたどりついた。
「さて、後は『パパ』のところへ行くだけだな。家はわかっているんだろう?」
「わかんない」
ごくあっさりとした猫目の答えに、がくっとコルレクス失速。
「上昇するソマ!地面にぶつかるソマー!」
危ういところで、羽根をばさばさ。なんとか激突は避けられた。
「……わかんないって……。届けられるわけないじゃないか」
ぼやくコルレクスだが、シリウスはレッツポジティブシンキング。
「フェレスとスノウに訊けばいいソマ。フェレスは天使で、スノウは葉の詠み手だけど、二人とも天界の人間を良く知ってるソマ。二人に会いに行けば、ボクの用事も済んで、一石二鳥ソマよ」
そう都合良くいくものかな…などと思いながらも、他に手はない。
コルレクスはシリウスに案内されるまま、二人の住居へ飛んでいった。
スノウこと、スノウホワイトは留守(なんでも、大切なお役目があったらしい)だったが、幸運にもフェレスは在宅していた。
「ヘイムダル様、ですか?」
簡素ではあるが、ゆったりとした応接間でお茶を注ぎながら、翠玉の瞳の天使の少女はことりと首を傾げた。
「そう、ヘイムダル。……ほら、お前も食ってばかりいないで、パパの特徴言えってば」
あまりにも部屋が小奇麗過ぎるのか、やや落ち着きの無い様子でコルレクスが猫目をつつく。
シリウスと一緒に、焼き菓子にかぶりついていた猫目は、慌てて口の中のお菓子を飲み込んだ。
「ぱぱね、しろいの」
「白ですか?」
は?と首を傾げたくなる子供発言にも、フェレスは真剣に聞き入っている。
「うん、かみもまっしろ。りゅーになってもまっしろ。でもおめめはあかいよ」
赤みがかった紫という言葉を、まだ猫目は知らない。
「白い龍で、ヘイムダル様というと、……」
フェレスが形の良い指を軽く顎にあてたポーズで、考える。
「白の隠者のヘイムダル様お一人しか存じ上げませんが、おそらくその方だと思いますわ」
ぱん、と軽く両手を打ち合わせて、彼女はにっこり笑った。
「少々お待ちくださいましね。簡単にですが、地図を描いて差し上げますから」
それから、楽しそうな調子でこう続けた。
「お菓子も包みますわ。沢山焼きましたから、遠慮なさらず持ちかえってくださいね」
相変わらず焼き菓子をまぐまぐやっていたシリウスと猫目は、嬉しそうにうんうんと頷いていた。
……その横で、コルレクスはやっぱり居心地悪そうだった。
フェレスに描いてもらった地図を頼りに飛んでいくと、たしかに天界の縁に屋敷が一軒建っていた。
それを見たとたん、猫目が騒ぎ始めた。
「あそこ!あそこがおれのぱぱのおうち!」
近くに降りてみると、まさに『質実剛健』を家の形にしたような佇まいの屋敷だった。
しかし、人気と言うモノがまったく無い。
普通、これだけの規模の屋敷であれば、たとえ主人がいなくても、使用人の一人くらいは留守を守っているものなのに。
首を傾げるシリウスとコルレクスを尻目に、猫目はとことこ玄関に近寄ると、扉の隙間から手紙を内側に落としこむ。
「おつかいかんりょう〜」
にぱ、と猫目は笑った。
「え? 会わなくてもイイのか?」
「うん。だってぱぱいないし。あのね、ぱぱは『たびがらす』ってものなんだって。だからままも、ぱぱのおうちにとどけてね、っていったの」
「ふぅん」
「だから、もうかえろ?」
龍化して、背中に二人を乗せながら、ふとコルレクスの頭に疑問が湧いた。
隠者とはいえ、天界の龍の子供。それがなんで冥界でうろちょろしてるんだ?
―――もっとも、このへんに関してはコルレクスも人のことは言えない。……本人まだ知らないが。
「お前のママって、誰?」
なので、ちょっとさりげなさを装って訊いてみた。
「ままのなまえはね、いっちゃいけないんだ。ないしょにしなくちゃだめなんだって」
冥界の有力貴族の娘かね、などと、彼はらちもないことを考えた。
コルレクス、惜しい。
娘じゃなくて、義息子だ。
「日が暮れるソマ。ちょっと急いで帰ろうソマ」
シリウスの声に我に返ると、コルレクスは大きくはばたいた。
冥界に帰るために。
「あのね、こるにいちゃ、てんかいまでのせてってくれて、ありがとう」
別れ際、そう言って猫目はぎゅーっと抱き付いて、コルレクスが懐に入れていた焼き菓子をぺっちゃんこにしてしまったが……それはまた別の話。
おつかいを無事に終えて、今はベッドで眠ってしまっている猫目の頭を、イルディーンは起こさないように撫でた。
いい夢を見ているのか、猫目の寝顔は笑っている。
明日あたり、またしても立派な菓子折りが、コルレクス宛てに届くだろう。
イルディーンはくすくすと笑って、自室の窓を開けた。
「案外早かったね。少なくともあと2〜3日は後になると思ってたのに」
窓から差し伸べられた手に、イルディーンは己のそれを重ねた。
「……じゃあ、行こうか」
そして、この後のイルディーンとヘイムダルの話も……また、別の話。
END
あとがき
後編ソマ。なんかどたばたばた〜っと書いてしまったよーな気が。
そして窓からへいむだるん(謎)。……いや、ちょっと夜のデートに出かけるご夫婦書きたいなって(をい)。