能書き

中山香里の引退に寄せて
中山香里選手の引退が発表されてもうしばらくになる。これを書いている2002.8.20時点ではまだゴールは発表されていないが、着実にカウントダウンは進んでいる。
1996年11月。中山選手と初めて出会ってから6年の歳月が過ぎた。この6年間は長かったようで実に短かった。というのも中山選手はどちらかと言うと欠場がちな選手だったから。初めて中山選手を見たときも足の怪我で松葉杖姿だった。小さくて可愛らしい女の子がFMWのジャージを着て、松葉杖姿でロビーをうろうろしているのを見て、「この子も選手なの?」って驚いたものだ。
次に彼女を見たのは1997年4月。工藤めぐみの引退が迫り、彼女自身に“次期エース”の重責がのしかかっていた時期だった。あの小さくて可愛らしい女の子が根性の塊のような選手になっていた。正直言って驚いた。体格的に倍はあろうかというシャーク土屋やクラッシャー前泊(引退)相手に全身でぶつかり、跳ね返されてはぶつかりで根性以外何もないと言っても過言ではないファイトスタイルだった。この時にレスラー中山香里に惚れた。
同月末に工藤めぐみが引退。正規軍ナンバー2だった中山が自動的に繰り上がり、FMW女子のエースとなった。この時期のFMW女子は正規軍に中山、RIE(引退)、池田陽子(引退)と猛毒隊に土屋、前泊、里美和(後に正規軍入り、引退)、ミス・モンゴルと全員で7人という苦しい状態。しかも“工藤めぐみ”というFMW女子の象徴的存在を失ったとあり、崩壊への道を転がり出す。
正規軍の選手は皆小兵で、キャリアも浅い選手ばかり。当然のように怪我に蝕まれ1人2人と去っていき、相手をなくした猛毒隊のメンバーもFMWを離れ、ついにFMW女子は中山ひとりとなり、その後、元川恵美の加入もあったが、中山がFMWを離れたことにより、実質FMW女子は機能停止状態となる。
コンプリートプレイヤーズの一員として再始動した中山選手だったが、その後は目立った活躍もなく、大阪近辺での興行もなかったため、私自身も生で彼女に会うこともなくなり、「最近どうしてるのかな」と思った矢先での引退発表。個人的には残念で仕方ありません。通算キャリア8年。間に欠場も多かったので実質はもっと短いと思います。下手したら“若手”と言ってもいいくらいかもしれません。まだまだ栄光の前途に向かえると思うだけに残念です。
しかし頑固者の中山選手のことですから、引退撤回も引退後復帰もないでしょうから、彼女自身が定めたゴールに向かって、最後の輝きを見せて欲しいと思います。
私をFMWに導いたのがハヤブサ選手なら、FMWに留めたのが中山選手。中山選手と出会って、FMWと共に夢を見ることが出来た6年間は私にとってかけがえのない時間です。今までありがとうございました。
最後まで怪我なく、悔いのないゴールを迎えられるよう、お祈りしております。
2002年8月20日
LONELYGIRL主宰
もっきー
