momijiのお四国さん・感想記 |
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| 67番 | 大興寺 (だいこうじ) |
香川県 山本町 |
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本尊は薬師如来。 本堂には何本もの赤いローソクが灯されている。 これは7日灯明と言われ、このローソクに願いを書いて奉納すると、7日間灯して祈願をしてくれるそうです。 本堂の建築は寄棟造り、江戸末期のもので、形が変ってて面白いです。 |
| 真言宗大覚寺派 | ||||
| 68番 | 神恵院 (じんねいん) |
香川県 観音寺市 |
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本尊は阿弥陀如来。 68番と69番札所は同じ境内の中にあり、一寺、ニ札所、納経も観音寺と兼ねていて、非常に珍しいと言われています。 二寺を結ぶ階段は急勾配で大変ですが、今年の内に工事をしてもう少しゆるやかになるそうです。 |
| 真言宗大覚寺派 | ||||
| 69番 | 観音寺 (かんおんじ) |
香川県 観音寺市 |
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本尊は聖観世音菩薩。 神恵院から石段を降りて観音寺へ、霊場一の最短距離です。 このお寺の七代住職は弘法大師で聖観世音菩薩を刻んで本尊とし、寺号も当時呼ばれていた神宮寺から観音寺と改め69番札所とされたそうです。 観音寺の宝物殿には釈迦大涅槃像の彫刻があり数少ないものの一つで国の重要文化財に指定されています。 |
| 真言宗大覚寺派 | ||||
| 70番 | 本山寺 (もとやまじ) |
香川県 豊中町 |
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本尊は馬頭観世音菩薩。 「太刀受けの仏」は天正年間、長宗我部元親が讃岐に攻め入った時、この寺に陣をかまえようとしてそれを断った住職に切りつけましたが、倒れた僧には傷もつかず、お堂にはいると阿弥陀如来の腕から血が流れていたので、さすがの荒武者も驚き恐れて立ち退いたため、戦火をまぬがれたということです。 |
| 真言宗高野派 | ||||
| 71番 | 弥谷寺 (いやだにじ) |
香川県 三野町 |
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本尊は千住観世音菩薩。 このお寺は急勾配な640段の石段を登ります。 すべての死者の霊が集まる山といわれ、全山霊気に包まれたお寺です磨崖仏(まがいぶつ)の数は1500体を越えるそうです。 参道に入ると、すーっとした冷たい空気を感じます。 石段を登るのがつらいですけど、ここも好きなお寺のひとつです。 なんだか、亡くなった人と対話できるような気がします・・ |
| 真言宗善通寺派 | ||||
| 72番 | 曼荼羅寺 (まんだらじ) |
香川県 善通寺市 |
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本尊は大日如来。 ここは大師の先祖である佐伯一族の氏寺として創建され、推古四年(596)当時は世坂寺と呼ばれていました。 境内には大師お手植えの不老松があり樹齢千年以上、高さ4メートル、枝張り18メートルの円形傘状の松で約132畳の広さです。 お寺の裏の駐車場にある御茶屋で、冬は温かい煎茶、夏は冷たく甘いグリーンティをお接待で頂けます。 ほっとするひとときです。 |
| 真言宗善通寺派 | ||||
| 73番 | 出釈迦寺 (しゅつしゃかじ) |
香川県 善通寺市 |
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本尊は釈迦如来。 大師が7歳の時このお寺の山我排師山の山頂に立ち 「仏門に入り多くの人を救いたい願叶うなら、釈迦如来よ現われたまえ願い叶わずば、この身を 諸仏に捧げん」と断崖絶壁より身を投げたところ、紫雲より釈迦如来が天女と共に現われ、大師を抱きとめ「一生成仏」を告げ満願成就をしたと言う伝説があります。 7歳で悟りをひらくなんてすごいですね。 |
| 真言宗御室派 | ||||
| 74番 | 甲山寺 (こうやまじ) |
香川県 善通寺市 |
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本尊は薬師如来。 大師は多度郡の郡司だった父、佐伯真田公と玉依姫の三男としてこの地に生まれ幼名を真魚と言い、小さい時から土で仏を作って遊んでいたそうです。 その遊び場は、この寺の東、仙遊ヶ原といい、地蔵堂や犬塚などがあります。 |
| 真言宗善通寺派 | ||||
| 75番 | 善通寺 (ぜんつうじ) |
香川県 善通寺市 |
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本尊は薬師如来。 ここは大師誕生の霊蹟で、広大な境内には樹齢、1000年を越える大楠の下から金堂、五重塔などが立つ東院を眺められ、五重塔はときとして、黄金色に包まれ映えることがあるそうです。 私も何度かこの塔を見ました。あまりの立派さに声も無し状態、残念ながら黄金色の塔には、お目にかかれませんでした。 一度みたいものですねぇ。 |
| 真言宗善通寺派総本山 | ||||
| 76番 | 金倉寺 (こんぞうじ) |
香川県 善通寺市 |
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本尊は薬師如来。 このお寺は弘法大師の甥「智証大師」の生誕寺で、当時は道善寺と呼ばれていました。 延長6年(928)当時は南北8キロ東西4キロの広大な境内と132の僧坊を有し、寺運は栄えていたが天文6年(1537)の金倉合戦で、ほとんど焼失しました。 宝永6年(1632)高松初代藩主、松平頼重公から寺領を与えられ復興されました。 |
| 天台寺門宗 | ||||
| 77番 | 道隆寺 (どうりゅうじ) |
香川県 多度津町 |
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本尊は薬師如来。 ここの「目なおし薬師」は本尊の胎内にもう一つ如来像があるため、腹ごもり薬師、ニ体薬師、ともよばれ50年に一度開帳される秘仏です。 金堂の前には100体の観音像が並んでいます。 大師の弟、甥、高名な僧が住職を務めた名門寺です。 |
| 真言宗醍醐派 | ||||
| 78番 | 郷照寺 (ごうしょうじ) |
香川県 宇多津町 |
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本尊は阿弥陀如来。 本堂は約400年前、江戸初期に建てられたもので、屋根の形が「奈良様式」といわれるもので、札所中では珍しいものです。 現在は「厄除けうたづ大師」として信仰されています。 四国霊場の札所は全て真言宗と思っている人も多いと思いますが、現在 天台宗が4ヶ寺、禅宗が3ヶ寺、時宗が1ヶ寺あります。 |
| 時宗 | ||||
| 79番 | 天皇寺 (てんのうじ) |
香川県 坂出市 |
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本尊は十一面観世音菩薩。 この地には八十八場「やそばの水」と言う 霊泉があり、保元元年(1156)保元の乱に破れ讃岐に流された、崇徳上皇は長寛2年(1164)8月この地で崩御され、都から葬儀の指示があるまで八十八場の泉に遺体を浸けて保存したそうです。 上皇の冥福を祈願して社が建設され、当寺はその神宮寺となり 天皇ゆかりの寺と言うことで天皇寺と呼ばれるようになりました。 |
| 真言宗御室派 | ||||
| 80番 | 國分寺 (こくぶんじ) |
香川県 国分寺町 |
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本尊は 千手観世音菩薩。 壮大な伽藍跡に天平文化の面影を残す国分寺は 本尊、本堂共に国宝に指定されています。 本尊は欅の一本造りで開帳されたことが無い秘仏です。 梵鐘は天平13年(741)に造られた 四国最古級の鐘で、これも国宝に指定されています。 この鐘には面白い伝説があります。 その音色が素晴らしいので藩主生駒一正が時報に使おうと、城に持ち帰ったがさっぱり鳴らず遂には「もとの国分寺へいぬーー」と鳴ったそうで、殿様が鐘を返した時の証文が今でも残っているそうです。 |
| 真言宗御室派 | ||||
| 81番 | 白峰寺 (しろみねじ) |
香川県 坂出市 |
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本尊は千手観世音菩薩。 このお寺は再三の火災に遭い焼失したのですが 代代の皇室 武門の信仰が篤く保護されていたため 次々再建され 特に高松初代藩主 松正頼重は「御陵を守護している寺」と言うことで寺の格を上げ 寺領を六十石から百二十石に増やし堂宇の修理、再建に尽くしたそうです。 また本尊は人々を種々の災難から救う「身代わり観音様」として信仰されています。 |
| 真言宗御室派 | ||||
| 82番 | 根香寺 (ねごろじ) |
香川県 高松市 |
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本尊は千手観世音菩薩。 本尊は重要文化財で33年に一度開帳される秘仏です。 むかしこのお寺の山に「牛鬼」という怪物が人々を困らせていたので 殿様は弓の名人山田蔵人高清に命じて 退治させました。 その時の褒美として米六石と「牛鬼」の角をこのお寺に収めたそうです。 当寺には 今もその角と 文化3年(1806)石虎という人の描いた「牛鬼」の絵が伝わっています。 |
| 単立 | ||||
| 83番 | 一宮寺 (いちのみやじ) |
香川県 高松市 |
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本尊は聖観世音菩薩。 本堂の前に薬師如来をまつる小さな石の祠があります。 この中へ首を突っ込むと地獄の釜の音が聞こえると言います、罪の深い人はその石の扉が閉まって首が抜けなくなるというから怖いですね。 ここのお寺は隣に田村神社がありお寺の山門と、神社の鳥居が向かい合わせで立っていてちょっと、あら〜〜面白い取り合わせって感じです。 |
| 真言宗御室派 | ||||
| 84番 | 屋島寺 (やしまじ) |
香川県 高松市 |
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本尊は十一面観世音菩薩。 このお寺は唐の名僧鑑真和上が開基され、平安時代は山岳仏教の道場として栄えました。 本尊と本堂は重要文化財に指定されています。 境内には「日本三大たぬき、大三郎たぬき」の親子像がありますとってもコケティッシュで可愛いたぬきですよ。 |
| 真言宗御室派 | ||||
| 85番 | 八栗寺 (やくりじ) |
香川県 牟礼町 |
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本尊は聖観世音菩薩。 五つに分かれた峰が特徴の五剣山の中腹にあるこのお寺は大師が旅の無事を祈って山の鎮守である蔵王権現を奉り八つの焼き栗を埋めて祈願したところ 栗は無事に成長したので五剣山、八栗寺としたそうです。 八栗寺の歓喜天堂は商売繁盛 夫婦円満の御利益があり、信仰されています。 歓喜天像は高さ15センチの黄金の仏像で50年に一度しか開帳されない秘仏です。 |
| 真言宗大覚寺派 | ||||
| 86番 | 志度寺 (しどじ) |
香川県 志度町 |
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本尊は十一面観世音菩薩。 古典芸能「海女の玉取り」が発祥したお寺で、歌舞伎などの芸能にも縁が深く命と引き換えに宝珠を取り戻した海女のお墓があります。 エレキテルの発明者奇才平賀源内の出身地でお寺の側に屋敷があり見学出来ます。 |
| 真言宗善通寺派 | ||||
| 87番 | 長尾寺 (ながおじ) |
香川県 長尾町 |
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本尊は聖観世音菩薩。 このお寺の仁王門に立つ仁王像は大阪で造られ、船で志度浦へ到着、志度から長尾まで陸路を運ぶ者がいなかった。 当寺長尾寺の住職だった名僧、桂同法印が仁王に向かって心で念じたら 法印の命ずるままに長尾寺まで歩いて行ったという伝説があります。 源義経の愛妾静御前は義経の没後この長尾寺で得度し「宥心」という尼になったそうです。 その遺跡として 剃髪塚、化粧の井戸、義経の形見「初音の鼓」を沈めた鼓ヶ淵、住んでいた庵跡静薬師があります。 |
| 天台宗 | ||||
| 88番 | 大窪寺 (おおくぼじ) |
香川県 長尾町 |
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本尊は薬師如来。 大師は四国霊場開創のあいだ所持された三国伝来の錫杖を、このお寺に収めて当寺を四国霊場88番札所と定めて結願寺とされました。 大師が錫杖を納められたのが本堂前の宝杖堂といわれています。 ここは早くから女性の入山を許したというので「女人高野」と呼ばれました。 大師堂には88ヶ所すべての本尊がまつられています。 大師堂の裏山に岩窟があり大師が独鈷で岩を突いたところ、清水が湧き出て「大師の加持水」または「金水、銀水」と呼ばれ、枯れたことがないそうです。 結願のあとは、1番の「霊山寺」へお礼参りに行きます。 最初に高野山へ行くお遍路さんと、最後に行くお遍路さんがありますが、きまりはとくにないようです。 私は何時も最後です・・・・・・・。 お名残や |
| 真言宗大覚寺派 | ||||