入学編(1年生)





「フロル、忘れ物はない?」

「ねぇよ」
「体に気をつけるのよ!」
「わかってる」
「本当に後悔はないのね。女になるって」
「後悔なんてしてねぇよ、だってタダがいるって言っただろ」
「でもそのタダって子、あったことがないから… それにシベリースって星の事も知らないし… 」
「母上も姉上も心配性だな。全然平気だって! じゃ、言って来る」

フロルは船に向かって一歩を踏み出した。これからの5年間を大学で過ごすのだ。そしてその後は…
 

「あの子… 分かってるのかしら?」

フロルの姉が母に言った。

「合格して帰って来たと思ったら婚約してきたって言うんだもの。軽はずみすぎるんじゃない?」

「だってあの子が決めた事なんですもの」
「でもまだ16歳にもなっていないのよ。これから先の事なんてわからないわ。第一まだ変化もし
ていないのに… 」

そんな心配が尽きないフロルの家族はステーションを後にしたのであった。





「よっ、タダ。隣同士だな。よろしく頼むぜ!」

元気な声でフロルは言った。タダは一足先に着いていたので彼女の荷物整理を手伝う形になっていたの
である。そうなのだ、彼女は僕の婚約者でありこれから二人は壁一枚隔てたところで生活するのであっ
た。

「なんだよ、にやにやして… 」

フロルはタダに言った。

「いや、べ… 別に何も… 」

タダはあわててごまかしたのであった。しかし彼女は何も感じていないのだろうか? これから先の5
年間をここで婚約者として過ごすという事に… タダは一瞬不安になった。僕たちは婚約している、そ
れは事実なのだ。しかし彼女はあまりにもあっさりしていて婚約している事なんてわすれてしまってい
るみたいに思うのは気のせいなのだろうか? タダは時々フロルの方をじっと見た。片付けに必死なの
で振り向いてもくれない。もっと再会を喜んでくれてもよかったのにと思うのだ。ひょっとしたら彼女、
婚約の事なんて一時の気まぐれだった、なんて言い出さないだろうか? そんな気もしてきたタダだっ
たのである。

「やっと終わったね、何か飲み物でもいれるよ、僕にアパートにおいで」

タダは誘ったのだった。



 二人は居間のソファーに腰掛けてこれから始まる大学生活についてを話し合っていたのである。二人
とも航空科を選び、将来は一緒の船で空を飛ぼうと約束していただけにその話はつきなかったのであっ
た。

「じゃ! おやすみ」

フロルがタダのアパートを出た。タダはどうしようかと迷った。彼女にキスがしたい。そんな思いが頭
の中にひろがっている。引き寄せて… 腕をとって見つめ合い… しかしタダの目の前で無情にもドア
は閉まったのであった。

“こんなものなんだろうか?”

がっくりきたのは事実だった。淡い夢を抱いていたのは自分だけなんだろうか?
タダは急に疲れが出て来てシャワーもそこそこにベットに入ったのであった。



「すっげぇ人だな!」

一同に集まった学生達を見てフロルは驚いていたのである。アマゾンとってチャコがやって来た。

「よろしくな!」

お互いにあいさつを交わしそれぞれの学科に散って行った。全体の入学式が終わると今度はそれぞれの
学科に振り分けられた説明会が始まるのだった。

「迷子になっちまうよ、あんまり広くてさ」

フロルは感心したように言った。航空科だけでもいくつもの学舎が並んでいる。専用の宇宙船発着所と
か格納庫とか数え上げたらきりがない。正直な所タダも驚いていたのであった。ここは今までの常識の
範囲ではかれる大学ではないのであった。この銀河系最高学府である宇宙大学はそれ自体が各星系共同
出資の惑星だったのである。

 目まぐるしく過ぎた一日の終わりに宇宙船白号での最終テストを共にクリアした仲間たちが集まって
来た。

「王様だけは残念だったな」

ガンガが言った。それは誰もの共通の思いなのだった。しかし彼には彼の道があるのだ。無理強いはで
きない。

「さぁ、これから頑張ろうぜ!」

アマゾンが両手をあげてその意気込みを表していた。トトもその横で新たな決意に燃えた目をして立っ
ている。チャコも四世もヌーも赤鼻も同じ思いだったのだ。



 全ては今日から始まるのだった!



 タダは自分の部屋から見える夜空を眺めていた。静かに星が瞬いている。今まで見たことのない星を
ちりばめた夜空が大学時代の思いでの夜空に変わる日が来る事をタダは知っていた。永遠の過去から永
遠の未来に向けてこの宇宙は流れて行くのだろうか? 悠久の時間を感じさせてくれるこの宇宙の中に
自分がこうやって存在する事の不思議をタダは今、静かに考えているのであった。

“平静だ… ”

タダは16才という歳に似合わぬほどの落ち着きを持っている事を知っていた。長老と二人きりの生活
がそうさせたのだろうか… 

 しかしフロルはそれどころではなかったのだった。航空科に関する知識もろくにないままこの学科を
選んだのだから大変だったのだ。

「フロル、入るよ」

タダは自分に余裕があるせいかフロルの事が気になって仕方ないのだ。それに一応自分は彼女の婚約者
なのだから当然と言えば当然の事なのだと自分に言い聞かせているのだった。しかし彼女の婚約者とし
ての認識はまだ少ないように感じるのは気のせいなのだろうか? 

「タダ、これ教えてくれよ」

フロルはさっそく色々専門的な事の質問をして来たのだった。タダはその一つ一つをていねいに答えて
ゆくのだった。

「フロル… 」

タダは不思議に思ったのだが… しかしこれは言うべきじゃないと思ったからやめておいた。

「 ? 」
「いや、何でもない。さ、次はね」

タダは専門書に目をやったのであった。“君は思ったよりつよいんだね”と、言いたかったのだ。もっ
と僕の事を頼りにして甘えてくれてもいいのに、と心底思うのであった。



 婚約者同士とは言うものの、その実感もなく日々は過ぎて行く、それを少々不満に思いながらタダは
過ごしていたのだった。

「また追試だぜ! やんなるよな」

クラスの違うフロルがめずらしくタダの教室にやって来た。彼女の方が早く終わる事が少なかったから
である。

「はやくその課題をクリアしないと次には進めないよ」

タダは言った。

「わかっているよ、そんな事。でもさ、オレ操縦は苦手なんだ。今日もワープに失敗しちまってさ」

フロルはどうやら落ち込んでいるようだった。いつもの彼女なら一つ二つの追試くらいでそんなになら
ないような気もするのだが…

「タダ、その子、航空科なのか?」

タダのクラスメイトが聞いた。

「そうだよ」

タダは短く答えたのである。彼の思考が読めるのだ。

“この子は女性なんだろうか? 折り紙付きの美人じゃないか… 濃くて長いまつげがかわいい! で
も胸の膨らみが不満だなぁ”

そんな俗っぽいことを考えているのがわかる。フロルの第一印象はたいがい決まっていたのだった。

「彼女、僕の婚約者なんだ」

タダはクギを刺しておいたのである。しかしそう言い切ったものの、彼女は本当に自覚しているのだろ
うか?



 タダは夜中に目が覚めた。隣から物音がする。防音壁なのにどうして? と、思ったがそれはタダが
窓を少し開けておいた為なのだ。と言う事はフロルの部屋も窓が開いていると言う事に違いないのだっ
た。タダは真夜中だけどフロルのアパートのドアを開けたのだった。お互いに合鍵はもっている。タダ
は躊躇せずに入って行ったのだった。

「何してるの?」

ベッドを移動させているフロルがそこにいたのだ。彼女はベッドを壁際に寄せているのだった。

「あ… これ… 」

フロルは恥ずかしそうに顔を赤らめた。いつもの彼女とは違う。開いた窓から入ってくる風が彼女の髪
を揺らし、その表情を隠したのであった。

「言ってくれれば手伝ってあげるのに」

こんな事すら言ってもらえないなんてと思うタダだった。しかしフロルは黙ったままなのだ。タダは何
も言わずベッドを壁際にきちんと収めたのであった。

「この位置だと壁を隔てて僕と並ぶことになるね」

沈黙が苦しくてタダが口にした言葉にフロルははっとしたように顔を上げた。



 その時タダは悟ったのであった。どうしてベッドを動かしたかという事に。

“フロルは淋しいんだ!”

タダはフロルの手に触れた。

“誰よりも… お前の横にいたい… ”

フロルの言葉にならない言葉がタダの心に侵みとおってゆく… タダは嬉しくなって来た。自分は必要
とされている、それだけで充分だった。

「外に出ないか?」

タダはなぜか風に吹かれたい気分になっていた。このままここにいればどうにかなってしまいそうな、
そんな気がしたのである。

「みんな一人なんだよ」

タダは話しかけた。

「家族や故郷にいる恋人を思う気持ちはだれでも一緒なんだと思う」

フロルは黙って聞いている。

「でもここに… 僕たちがこうやっている、奇跡みたいな事を… 」

タダは空を見上げた。その中央に銀河が流れている。

「僕は、君に会えた事を… 言葉に出してしまうと薄っぺらなんだけど、嬉しく思っているだ」

タダはフロルの方を向いた。

「君に会えて本当に良かった」

タダはフロルの目をじっと見つめて言ったのである。フロルはその言葉に我慢しきれなくなりタダの胸
にしがみついて泣き出したのである。

「一人じゃ淋しいのは当たり前なんだ。我慢する事ないんだよ」

タダはフロルの髪をなでた。その柔らかな感触がタダに快感を与えていた。

「ずっと僕がいる」

タダはいつしかフロルを抱き締めていたのであった。



「ゆうべは… ごめん」

タダは結局ずっとフロルの部屋にいたのだった。ベッドに腰掛けてたあいない話をしているうちに夜が
明けてしまったのであった。少し眠ったフロルはいいとして眠れなかったタダはかなり疲れていたので
ある。

「よう! どうした?」

アマゾンが声をかけて来た。

「やぁ、お前はいつも元気そうだな!」

フロルが感心したように言った。

「あれ… 」

アマゾンはフロルの目が赤くなっているのに気が付いた。横にいるタダも目の下にクマを作っている。
アマゾンの顔がぱっと赤くなった!

“いや、待てよ。フロルはまだ女性じゃないよな? でもひょっとしたら可能かもしれんぞ”

変な妄想がアマゾンの頭の中を駆け巡っている。

「アマゾン!!」

タダはあわてて彼の腕を引っ張って行った。誤解は早めに解いておかねばならないのであった。



 フロルの横に四世がやって来た。

「なんだフロル、目が赤いじゃないか!」

彼は話しかけた。

「だってあんまり寝ていねぇんだ。ずっとタダと一緒だったんだ」

それは本当の事なのだが…

「タダは優しかったのかい?」

四世は小声で聞いた。

「うん、すごく!」

フロルははっきりと答えたのである。

“幸せな奴!”

四世は少し向こうでアマゾンと何かを話しているタダを見てそう思うのであった。タダはフロルの
方を向き、再び誤解が生じている事を悟りあわてて走って行こうとした。

“これからこんな事がずっと続くのだろうか?”

タダはふと考えたのであった…





                                       終



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