終わりのある時間編(テスト中)   





“私は宇宙一の役者かもしれんな、それも悪役だ”

石頭はほくそ笑んでいた。石頭、それは四世がつけたあだ名だった。

“私のような11人目がいる事を彼らは知らないんだ。たとえ直感力のあるタダですら私よりもその能
力は劣っている”




「グレン教官、何も君が参加しなくても… 」

この船に乗り込むと決めた時に他の学科の筆頭教官が彼に言った。これから大学の最終テストが実施さ
れるのである。各学科からえらばれた教官がそれぞれ担当の受験生たちのグループに混ざって監視する
システムになっている。

「私は学生に見えるかね?」

グレン教官は笑っていた。セグル系灰白色星出身の彼は外見が他の星系と違っていて老若の区別がつき
にくいところがあったのだ。

「たまにはただの教官に戻ってこんな任務につくというのも悪くないと思うのだがね」

漂流船白号、それが彼の担当の受験生たちの最終テスト場だった。

“気になる奴がいるんだよ”

彼は心の中でつぶやいた。石頭ことグレン教官はタダと共に食事の支度をしていたのだ。テストが開始
されてからすでに40日が過ぎた。住宅区を破壊された船は太陽から遠ざかり、船内温度も下がり始め
ていた。もう何も心配する事はないのである。

「気になるんだ… 」

タダがぽつりと言う。

「何がだ?」

石頭は聞いた。聞きながら手は野菜を皿に盛りつけている。

「何だかわからない。でも何なんだろう? 気になる」

タダは首をかしげていた。

「お前の直感を刺激するものがあるのか?」

石頭には感じられない何かを感じているのだろうか?

“私の方が能力は上なんだがな… でもお前はたいした奴だよ、タダ。可能性というものが感じられる
んだ。まだ眠っている才能みたいなものが何かのきっかけで目覚めるような気がするのは私のひいき目
なんだろうか”

宇宙大学の先輩でありこの白号のキャプテンだった尊敬する人の息子、わけあって引き取った養子だと
聞くタダをこの目で見てみたいと思うのは自然の事なのだ。「お前を刺激する者はフロルなんじゃない
のか?」

石頭はからかった。さっと彼のほほが赤くなるのをほほえましく感じるのは歳をとった証拠なのかも知
れないと思う。

「そんな… フロルは女性じゃない」

タダは少しむきになっているようだった。もうスクランブルをおこす必要もないというくらい次々と予
測外の事が起こった白号のテストはすでに終わっていた。かれらは合格なのだ。もうすでに決まってい
る事なのだけれど今はまだ言えない。

“合格すれば男になるんだったな… ”

このタダの気持ちはどうなってしまうのだろう? 自分はタダの恋心を踏みにじってしまう事になる。
しかし不合格はあり得ない。石頭はちょっと考えていた。

“いや、きっと悪いようにはならないさ”

決して楽天的な性分ではない石頭なのだが今回に関しては妙な安心感とかいったものが心の奥にあるの
だ。

“不思議な奴だな… タダは未知数だ。こいつには強運とかいったたぐいのものを感じる事ができる”

彼はそう思うのだった。ただ今わかっている事といえば、多くの受験生の中から選ばれた最終メンバーの
中でも優秀な成績だという事なのだ。

“合格すればフロルは男になっちまうんだな… ”

タダの心がこぼれてきた。ふだんは心をロックしていて、何を考えているのかわからないところがある
のだが今は別だった。

「しかしまだ男性じゃない、チャンスというものもあるんじゃないのか?」

石頭の言葉にタダは振り向いた。

「フロルは男になるからと言って受験したんだ。並大抵の事ではそれを変えられないよ」

あっさりとフロルに気があるという事を認めるようなセリフをタダははいた。

「お前だからもしかすると… 」

“もしかするとタダの才能を引き出すのはフロルだったりしてな”

「何?」

タダは石頭の心を探ろうとした。しかし彼の思考はわからない。

“そういえば石頭とヌーはみんなと違った所がある… ”

タダは今になってそう思うのだった。銀河標準年齢でいうとこの二人は他のメンバーよりも随分年上な
のだった。それだけではなく計り知れない大人の部分以外のものを感じる事ができるのを今になってし
みじみ感じるタダだった。

“僕は石頭に甘えているのか?”

口にはだして言えない親しみを彼に対して抱いている自分を発見するのはいやな気分じゃない。石頭は
自分がテレパスだと気づいていないタダを申し訳なく思うのだが、彼の素直な気持ちが嬉しかったので
あった。

「いや、ワクチンの事だ。部分的に結晶ができていたからな、少し心配になっただけなんだ。どうして
も楽天的になれない性格なもんでな」

石頭はとっさにそう言った。

「ワクチン… 」

タダはその言葉がひっかかったのだ。ガンガのおかげで作る事ができたワクチンをみんなに接種した。
しかしその時にはすでに少量の結晶は発生していたのである。重なる星は縁起が悪い… ヌーの予言
だった。

“僕も用心深いから”

タダは自分の性格を自己分析するのだった。





「よぉ、手伝うぜ。何にもする事がねぇからひまなんだ」

突然フロルが調理室に入って来た。誰も信じなかったが一応ガンガが11人目という事になっている。
これから先に何もおこらないだろうという安心感がフロルの表情を明るくしているのだった。もちろん
石頭もスクランブルをおこす必要がないほどのスクランブルが発生していた事を認めている。その対処
の仕方もこのメンバーは一流だった。

「ああ、頼むよ。みんな急に食欲が出て来たみたいだからな。一品でも多く作ろうと思っていた所な
んだ」

石頭はそう言って果物のトレイをフロルに手渡した。

「うわさをすれば… だな」

彼はタダの肩をポンとたたいたのであった。暖かい感情がタダが流れてくる。本当にフロルの事を好
きなんだと石頭は思う。たとえ彼女が男になったとしてもこの感情は変わらないのではないかと思う
ほどに、彼の心はフロルになびいていたのだった。

“しかしそれはそれで問題なのだがな”

石頭はしてはいけない想像をするのだった。しかしそんな心配をよそにふたりは談笑しながら楽しそ
うに食器を並べている。自分だけが取り残されて同じ部屋にいながら別の空間にいるような気がする
石頭だったのである。

「もう少しだな… もうすぐ終わるんだ… 」

フロルが手を止めて言った。

「そうだね、テストは終わるんだ。よくやったと思うよ」

タダはほほ笑みかけた。あと少し… もう少しで大学に合格する日がやってくる。

“君は希望どおり男になっちまうんだ。でも僕はどうしても男になった君の姿を想像できないんだ”

タダはフロルの横顔をながめていた。最初に四世が言ったようにすこぶる美形なのだ。どこからみて
も女性にしか見えないような顔立ち、白い肌、長くて濃い色のまつげ… 波打つような金髪が背中で
揺れていた。

“こんなにも女性なのに… ”

タダは何とも言えないような焦燥感に駆られていた。もうすぐ終わってしまうのだ。この限られた空
間に、限られた時間が終わりを告げてしまう。今しかない時間に自分はいったいどうすればいいのだ
ろう? 結局何もできないままに終わってしまうのか? 

「君は男になるんだったね、そして… どうするの?」

突然タダがたずねたのだ。

「え?」

フロルは即答しない。しばらく天井をあおいで… そして言った。

「なにも… 男になれればそれでいいんだよ」

彼女はぶっきらぼうに答えたのだ。それは怒っているかのようにもとれるような声だった。

「女になるのがそんなに嫌なのかなぁ… 」

タダはフロルの心を探るように言った。しかし何もわからない。彼女が何を考えているのかが読み取
れないのだ。しかし何かを心の奥に閉じ込めているようにも思えてくる。

“僕はわがままだ、自分の都合のいい方向に向く事を望んでいる”

タダはまだ彼女の横顔を見つめていた。

“でもこの気持ち、どこに持っていけばいいんだろう?”

今度はタダが天井をあおいでいた。

「何だよ、オレがしゃべってんのに上見てさ」

目の前に憤慨しているフロルがいた。タダはあわてて謝ったのであった。



「ほら、こんな施設もあったんや」

チャコがみんなをその部屋に呼んでいた。娯楽施設の整った部屋の奥に小さな天文観測室があったの
だ。そこは他の施設に比べてあまり利用する者がなかった為なのか新品に近いほどの状態だった。

「わては宇宙を調べるのが夢なんや。大学に入れたらそっちの方を研究するつもりなんや」

チャコは目の前のスイッチをオンにした。

「天文学科に進むんだね? チャコは」

トトが聞いた。彼はうなずき手際よく操作を始めたのだ。

「ほら、この白号から銀河の中心を見たとこや」

チャコがスクリーンに写し出した場所はそれぞれ者の故郷の空からみえる銀河とは違っていた。

「ずっと昔やったら夜空の川にしか見えんかったんやけど今ではそれが星の集まりやという事を知っと
るやろ? そやからわては、今わからんとこを知りたいんや。それが何の役に立つんやと言われても答
えようがないんやけど… 勉強したい、そやからここを受験したんや」

チャコの目は燃えていた。彼も確かな合格の手ごたえを感じている。それは何も彼だけではないのであ
る。赤鼻もトトもみんなそう思っているようだった。

「何か見たいとこでもあるんやったらスクリーンに写すからな」

チャコが言った。

「あ、オレ、星の生まれるとこ見てみたい」

フロルがすかさず言った。

「よっしゃ、そしたらここがそうやから」

チャコは星々の中にぽっかりあいた黒い空間を写し出したのである。

「何もねぇじゃないか?」

フロルがチャコの方を向いた。

「宇宙のあちこちにある暗黒星雲や。ガスや塵の雲が集まっとるんや。ここはこれの後ろに明るい星の
集団があるからこの姿が見えるんや」
「これが星のベビィたちか… 」

フロルが言った。

「そう、赤ん坊の団体さんやな、凝縮して原子核に火がついて光り出す恒星になるまではまだまだ時間
がかかるけどな、まあ胎児みたいなもんやな」

チャコは女性にたとえて言ったのだった。

「女… みたいだな… 」

フロルはそう言ってから小さな声で何かを歌い始めたのだった。ヴェネの言葉だから何を言っているの
かわからないのだが、彼女の声は優しくて暖かだった。

「何の歌?」

タダが聞いた。

「オレん星の子守歌だよ、何か急に歌いたくなったんだ」

彼女は照れもせずにそう言った。いつもの顔だったのだけれどタダにはまぶしくて、彼女を見ていると
顔が赤らんできそうなので思わず顔をそらすのであった。「フロルって優しいんだね」

トトが言った。

「そんな… 事ねぇよ。普通じゃん!」

フロルはそっぽを向いたのだ。

「いや、何だかフロルを見てると女の子といるみたいなんだ」

それはフロルにとっては禁句であり、それを言った赤鼻はいきなり彼女のパンチを浴びる羽目になって
しまったのである。

「オレは女じゃねぇよ!」

彼女は勢いよくその場から飛び出したのであった。



“合格すれば男になれるんだから… ”

そんな夢をもっての受験だった。でもどうして女が嫌なんだろう? 女になると隣の領主との結婚が待
っているからというのが大きな原因なのだ。しかし合格したとすれば… 名誉な事だからヴェネ政府は
性の選択を約束してくれたのだ。男になればとりあえず自由が手に入る、それだけの事なのだ。

“男になってどうするんだろうな? オレは… ”

別に目的はない。女じゃなければいいわけなのだから。確かに男にとっては有利な星なのだけれど、こ
こにいるみんなの故郷ではもっと男女の平等化が進んでいるらしい。

“ヴェネだけなのかな? 今まで知らなかったけど… ”

今まで狭いヴェネだけの事しか知らなかったのだ。ヴェネを離れた事もない、辺境星だから他の星との
交易も少ないのだ。

“オレって世間知らずだったんだ”

フロルはひとりでため息をついた。

“男になって… ”

フロルは考えていた。

“オレは何をすればいい? 大学生活の5年間をどうやって過ごしたらいいんだろう? 自分の進みた
い学科すらはっきりと決めていなかったんだったっけ”

ぼんやりしていた彼女はタダが近づいて来たのに気づかなかった。




「飲むかい?」

タダが差し出したのはアイスコーヒーだった。まだ船内温度は高いのだ。

「ありがとう」

フロルは素直に受け取りタダに向かってほほ笑みかけた。

“女になりなよ。僕の為に”

なんて事はとても言えそうにない。心の中でこの言葉を復唱してみたけれどフロルには届かない。

“熱くなってくる心をどうやって癒したらいいのだろう?”

タダはこの二人きりの時間をまるでデイトをしているかのように感じていた。

「お前はずっと男なんだよな… 」

フロルが聞いた。

「そりゃ選択肢がないからね、これからもずっと男だよ」

タダは当たり前の事をまじめに答えたのであった。

「男っていいものなのか?」

彼女はタダの顔をじっと見つめて聞いてきた。

「すてきな彼女がいれば最高なもんさ」

タダはにっこり笑って答えたのだった。

“それが君だったらどんなにいい事か… ”

と、目で語りかけた事をフロルは知らないのだ。彼女はカップに口をつけてアイスコーヒーを飲んだ。

「お前… 」

フロルは何かを言おうとした。しかしそれは言葉として出て来ないのだ。彼女自身もどういう表現をし
たらいいのかわからないくらいにあやふやな感情が心にあふれていた事をはがゆく思っているようなの
だ。

「冷たくて… 」

「まだ暑いからね」

タダは答えたのだった。

「合格するのかな? オレたち」

フロルが聞いた。

「多分… でもわからないけどね。まだ日があるから」

タダは慎重だった。しかし今の彼はフロルとのこうした時間が持てた事の方が嬉しくて、しばし合否
の事なんて考えたくないような気がしていたのであった。

「なんかさ、お前っていい奴だな… 」

フロルは前を向いたままでぽつりとつぶやいた。はっとしたように振り向いたタダの目にうつったも
のは、女性に変化したフロルの幻影だったような気がする。




 漂流船白号に平和が訪れていた。それは一時のものかも知れないが今の所は何も不安の材料はない
のである。

“いい奴らだな”

石頭は窓から外を眺めながらつぶやいた。硬化ガラスのむこうにみんなの顔が浮かんでくる。

“今はまだ合格を告げられないんだよ”

彼は言った。でもすばらしいメンバーだった。久々に参加した最終テストの現場でこんな学生達との出
会いがあるとは思わなかったのだ。

“だれが私の学科に入るのかな”

いつの間にか航空科筆頭教官の顔に戻ってしまっているのに気づかない彼はみんなの顔を思い浮かべな
がら楽しんでいた。嬉しくてたまらない様子なのだ。

“タダが来ればフロルも来るだろう”

そんな直感が働いた。

“どんな形かわからないけれど、すべて上手くいくような気がするぞ”

そして彼はみんなのいる所に戻って行くのだった。その時の石頭は再び受験生の顔になっていたのであ
る。

“私はやっぱり役者だな”

本心からそう思う石頭であった。彼の向かう方向からは若者達の明るい声が響いている。もうすぐ迎える
終わりの時を彼らは楽しい合宿気分で過ごして行くのだろう。それはそれでいいと思う石頭はいつの間に
か自分も若者の気分になっていたのであった。



                                           終 



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