星色物語・シリーズbP
大学星暦1年後編
(1年生)
テラ系のはずれ、恒星βの第4惑星に宇宙大学国が設立されてから300年の歳
月が流れた。大学の卒業生の多くは自分の星に戻り、その星の発展のため貢献し多
くの実績を残すのであった。そして今、121期生が入学して大学星暦で1年余の
月日が流れたのである。
「なあ、タダ。オレって同期の中で一番バカだったんじゃねぇのかな… 」
フロルはため息まじりに肩をおとして小さな声で言った。雌雄同体、つまり男性で
も無く女性でも無い… とりあえず女性になる予定なのであるから、彼女というこ
とにしよう。そのフロルは昨日に続いてのワープ航法の実践テストでミスってばか
りいたのである。大学の入学テストで知り合ったタダとは婚約関係にあったが、彼
の方は極めて成績優秀であった。
「たった二日のテストでそんなに落ち込むことないんじゃないのかな。もっとリラ
ックスしてのぞめばきっとうまくいくよ」
タダは慰めた。しかし明日の追試の事を考えるとリラックスなんてできそうにない
フロルであった。
「お前はいいよな。一発でテスト、パスしたんだもんな。でも明日、なんとか頑張
ってみる」
フロルは落ち込むのもはやいが立ち直りもはやい。寡黙でややポーカーフェイスの
タダに比べ、フロルの方は実に感情的で表情も豊かであった。彼女はクルリときび
すをかえし駆けて行った。研修室に行くつもりなのだ。
「フロル! 補助をしようか?」
タダが後ろから叫んだ。しかし彼女はいい、と言うように手を振って去って行った。
単独航法のテストに複数で臨めば予めマイナスポイントが付く。フロルはそれを嫌
ったのである。要領のいい者は最初から優秀な補助を付けて、さっさと単位を取っ
ているのであるがフロルはそれが気に入らない。とりあえず自分のできる範囲で頑
張ってみたい… そう、フロルは少々意地っ張りであった。
「タダ・トスレーンはいるかね?」
航空科パイロット・コース第3トレーニングルームにグレン・グロフ教官がやって
来た。入学テストの時に“石頭”と、呼ばれていた教官である。
「はい、何か御用ですか?」
タダは教官の方に近づこうとした。
“タダ、落ち着いて聞いてくれ… ”
グレン・グロフ教官からのテレパシーだ。時々彼はタダに対しテレパシーで交信す
る。テレパシーの訓練でもあるが今日はいつもと違う感情が加わっている。何だか
悪い予感がする… タダの直感力は入学以来、より強くなって来ていたのだ。
“悪い知らせなのですね”
タダは率直に聞いた。心の中に故郷の風景が広がって行く… 夏の風景、惑星シベ
リース…
“長老が倒れられた。さっき星間通信部から連絡が入ったのだ。早速シベリースと
交信した所、たいしたことはないとの事だがもう随分年を取られておられる。だか
ら… ”
“教官、シベリースに帰ります。しばらくテストは受けられませんが又、追試を受
けるということでいいですか?”
勿論グレン・グロフはそう伝えるつもりであった。
「タダ、帰って来たら一緒に追試、受けてやるからな」
フロルはタダを慰めるつもりで言った。
「なーに、大丈夫さ。きっとすぐ元気になるって!」
アマゾンは持ち前の明るさでタダの肩をポンとたたいて言った。
「でも… アマゾン、心配するに越したことはないと思うな… だって… 悪い方
に予想してて、思ったより軽かったらほっと安心するだろ?」
“赤鼻”のドルフ・タスタはかなり心配性だ。トト・ニも赤鼻に同意しているかの
ように首を縦に振った。。王様を除く、白号でテストを受けた全員がステーション
でタダを見送っている。その心の暖かな感情がタダの中に流れて来て、彼は改めて
ありがたく思いそれぞれの顔をゆっくり見渡したのであった。タダの乗る船はすぐ
に宇宙の闇に消え、音のない海を航行して行った。惑星シベリースまで半日はかか
るだろう。フロルは光りも残さず消えて行った船の方を名残惜しそうにじっと見つ
めていた。
今日の収穫をトトはずっと前から楽しみにしていた。新種の野菜と花である。彼
は植物学を研究し、新種の開発に力を入れていて授業以外の時間をここで過ごすこ
とが多かった。
タダが里帰りしてから一週間が過ぎたがまだ何も連絡は入って来ない。フロルは
いらだつ心を押さえて日々を過ごしていた。いつもの事ではあるが、彼女はよくト
トの農園に遊びに行く。チャコやヌーも時々やって来ては談笑して帰って行くので
ある。
「フロル、これ、あげるよ」
トトはテラの植物であるカスミソウに似た白い花をフロルに渡した。感情が顔に出
てしまうフロルはトトにその不安定な心の内を見抜かれていたのである。彼はフロ
ルを慰めようとしていた。
「わぁ… これ、白い花かと思ったが色が変わるじゃないか。きれいだ… なぁ、
トト。これもお前が改良したんだろ?」
フロルは正直いって感心した。この小柄の男は(トトの星では標準らしい)植物関
係に対し、恐ろしいほどの才能をもっており周りの者を驚かせていた。そのトトは
フロルの顔をじっと見て顔を曇らせた。
「フロル… 君、熱があるんじゃないか?」
ん? と、言うようにフロルは振り向いた。カスミソウに似た花は熱によって反応
する。ちょうど宇宙船白号の電導ヅタからヒントをえて改良した植物なのであるが
、だいたい40度前後で反応するはずだ。
「ちょっと疲れているだけだよ。お前ってすごいだけでなくてやさしいんだな」
フロルは穏やかな目をして言った。黙っていれば美少女にみえるフロルに見つめら
れ、純情なトトは顔を赤らめた。
テラ系シベリース、年中夏であるこの惑星は科学力も文化も発達してはいるもの
のテラの中世以前の文化の影響を受けていた。したがって建築文化、服飾文化とも
にその外見は、優れた科学力を感じさせないような星である。
「タダ、お前は変わったな」
シベリース星立病院における特別室で静養している長老は、自分が手塩にかけて育
てた養子であるタダの変化を見逃さなかった。宇宙大学に入学して以来たった2回
しか里帰りしていなかったので、その度に変わって行くタダを嬉しそうに見つめて
いた。今までならばその年には似合わない程落ち着きそれが嫌みに取られたり、も
ともと自己表現が下手だったために冷たい人間であるかのかのように取られるきら
いもあった。しかし彼はいつしか体も心も成長し、長老の心配をよそに潤いある大
学生活を送っていたのである。
「月並みな言葉だが… 男らしくなった… 」
長老は嬉しそうに目を細めた。タダは静かに… 少しはにかんだようにほほえんで
いる。お互い言葉は少ないが考えている事はわかるのだ。その男らしさとはフロル
に起因することが多かったため、年頃のタダにとっては照れ臭い所があったのだ。
「いい娘なんだな。タダ」
長老の言葉に初めて彼は答えた。
「一度、シベリースに連れて来たいと思っています。長老、それまでに… もっと
元気になっていて下さい」
タダはフロルの事をまだ詳しく話していなかった。両性体である彼女はまだ未分化
で自分の望む女性にはなっていないのだった。それこそケンカでもすれば“男にな
る!” と、言うかもしれない。それだけにずっと言い出しかねていた。しかしこ
のシベリースにフロルを連れて来たい… いや、連れて帰りたい… それはタダの
望みであり、それがいつ実現するのか彼の直感力をもってしても計り知れなかった。
タダはフロルが自分の住んでいる居住区、“村”にある草原を走り回っている姿を
頭に思い浮かべた。それが彼の直感力によるものか、ただの想像であるのかわから
ないがその中の彼女は生き生きと輝き、幸せそうに笑っていた。突然の笑い声にタ
ダは我に返った。自分の心をロックするのをわすれていたのである。長老はタダの
解放された心を余す事なく知ってしまったのだ。恥ずかしそうに痒くない頭をかく
タダ。しかし、この空間はだれにも邪魔されることのないたった二人の家族の空間
であった。
病室のドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します。長老」
男が供を連れて入って来た。
「総合政府・テラより使者が来られておりますが、長老の出欠が気掛かりだとシベ
リース政府の役員が申しておりますがいかが致しましょうか?」
男が長老におそるおそる尋ねた。長老はいつも他人に見せる威厳ある表情になり、
その男に伝えた。
「私はなかなか引退させてもらえぬのだな… しかし後しばらくはここにいなけれ
ばならんのだ。だからお前たちで対処してくれたまえ」
惑星シベリースを代表する宇宙パイロットであった長老は、引退した後も色々な役
に追い回されていたのである。
「なんだアマゾン、お前また数学追試なのか?」
数学の授業を終えたフロルがアマゾンに話しかけた。彼女は答えがひとつ、という
数学が得意なのでまず追試という事はない。
「ああ、まったくいやになってしまうぜ。どうしても苦手意識があるせいかなかな
か頭に入らないんだ。オレってホントに飛び抜けてバカじゃないかとおもうよ」
アマゾンはいつかフロルが言ったようなセリフをはいた。
「ま、人それぞれだもんな。オレなんか次の時間は“無重力空間”の、追試だぜ。
お互い追試はつらいよな。なーんにもおっこちずにスイスイパスして行く奴ってオ
レたちの気持ちなんてわかんねぇだろうなあ」
フロルも人のことはかまっておられぬ状態であった。
「違いない。オレはフロルの気持ち、よーくわかるぜ」
アマゾンはつくづくこの美しい同期の友をありがたく思った。お互い劣等生だと言
ってはいるものの、受験生7000万人のなかから合格した4900人のうちの1
人なのだ。そうである訳がないのである。
「アマゾン、追試までにオレが数学、特訓してやろうか?」
「頼む! そのかわり今からお前に“無重力空間の移動”の練習に付き合ってやる
よ」
アマゾンはフロルに向かってVサインをした。テラでいうVictory、すなわ
ち勝利、追試にパスしようぜ! という意味なのだ。
「いよっ、四世。相変わらずもててるね」
アマゾンは金髪の青年に向かって声をかけた。無重力空間の教室で女の子たちに囲
まれているのはサルダム四世ドリカス、“四世”と呼ばれている。
「よせよ、そんなのじゃない」
四世はタダと同じく不得意なものがなく、とくに実践に秀でていた。それに女性に
もてる為に生まれて来たような容姿、同じく長身のアマゾンとはまったく違うタイ
プであった。
重力を取り除いた空間には上も下もなく、宇宙の闇と違う所は教室である為、光
と空気があり教官がいるという事だった。
「フロル、大丈夫か?」
四世がフロルの腕を捕らえた。しばらく遊泳の練習していた彼女の体がゆっくりと
漂い始めたのだ。慣性によって漂っているのがはっきりわかり、彼女の意志が働い
ていないようだ。アマゾンも近寄って来た。フロルは青い顔をして肩で息をしてい
る。二人は彼女を教室から連れ出した。かなり熱があるようだ。宇宙大学星には四
季がある。今は冬、衛生室には調子を崩すものがよく通っていたのである。
「フロル、お前寝相が悪かったのと違うのか? ま、ゆっくり休んだほうがいい」
四世がフロルのひたいに手を当てながら言った。
「何かあったらすぐに知らせろよ」
アマゾンも声をかけた。二人ともフロルが風邪をひいているのだと信じて疑わなか
ったのであった。
解熱剤を使ってもフロルの熱はなかなか下がらなかった。大学の医師団は学生の
健康維持のため努力してはいるものの、こういうまれなケースもあった。かといっ
て高い熱の割に比較的元気にしているフロルに彼らは診断書の病名記入を入力する
のにためらっていた。
個室に寝かされたフロルはずっと夢を見ていた。どこかは知らないが広い草原を
走り回っている夢だ。どうしてこんな夢を見るのかわからないが鮮明な映像で、ま
るで映画を見ているかのようにせまってくる。なんだかなつかしくもあり新鮮でも
ある不思議な映像であった。どうしてなのかな… ? こんな所、行った事ねぇの
にな… でも悪くないな… こういうのって… まるで誰かが呼んでるみたい…
薬がきいたのか熱は下がって来たものの、少し前から続いていた下腹部の痛みが
しだいに増してきたので彼女はたまらなくなって医師を呼んだ。
「まったく君はのんきだな」
医師はフロルに向かって言った。彼女はホルモンの投与無しに女性に変化していた
のである。
「もし君の望んでいなかった男性に変化してたらどうする気だったのだ、ん?」
フロルは医師の言葉に一瞬ぞっとしたが、それでも言い返した。
「だって、オレの星では第二次性長の時期はもっと遅いはずなんです」
医師は確かにそうかもしれないと思った。星々によって気圧、重力、気候、もろも
ろの条件が違っている。恐らく環境の変化が彼女の変化の時期を速めたのだろうと、
彼は思った。そして“両性体の研究をもっとしなくてはいけないな”と、反省する
のであった。
順調な変化とともにフロルの熱はウソのようにひいた。一生に一度の変化なので
個人によって差はあるもののホルモンを投与すると一週間ぐらいで熱は下がるもの
らしい。彼女の変化は急激に起こってしまったがこれもやはり異星で生活している
為なのだろう。ここにいる理由のなくなった彼女は早々に衛生室から出て行ったの
であった。ひと口に変化と言っても外見は急に変化はしなかった。誰が見てもフロ
ルは今までのフロルであり、彼女の事に気づく者はいなかったのである。
“変化するってずっとどんな気持ちかなって思っていたけれど… 何かこう… も
のすごい感動じゃないけど、少しは… あるな。きっと誰にもわかんないだろうけ
ど… ”
自分の部屋でぼんやりと今までのことを思い出しているフロルに故郷の星、ヴェネ
に住む両親からメッセージが届いていた。姉たちからはせっかくのチャンスを蹴っ
て女性になった(かってに変化したとは伝えていなかった)彼女の為に、たくさん
の衣服や装飾品が届けられた。宇宙大学に籍をおくフロルは姉たちにとって自慢の
妹だったのだ。短いメッセージには両親の自分に対する愛情が感じられ、つい涙ぐ
んでしまったフロルであった。
「フロル、もう風邪治ったのか?」
アマゾンが声をかけた。変化した事は誰にも言っていない。勿論医師は患者に関す
ることは外にもらすようなことはしなかったし、性の変更届けを受け付けた学生管
理センターも、学生のプライパシーは厳守であった。
「ああ、アマゾン。この前はありがとう。追試、どうだった? 数学教えてやるっ
て言ってたのに寝こんじまったから気になってたんだ」
「さんざんさ。でも赤鼻と四世が付き合ってくれたんで何とか2回目でパスする事
ができたんだ」
アマゾンは嬉しそうに言った。いつも明るいこの男は、フロルが変化した事なぞ知
る由もない。別に隠し通そうとは思ってはいなかったが、まず一番にタダに知らせ
てやろうと思っているフロルだったのだ。女性用の素敵な服を送ってくれた姉たち
には悪いが、しばらくはいままでの格好でいようと思っている。
タダがシベリースに帰ってから2週間が過ぎた。長老の体調も落ち着いたのでそ
ろそろ大学に戻ろうと支度をしていた時、アマゾンからメッセージが届いた。フロ
ルが風邪をひいていたという事と、トトが今学期の植物学でトップにたったという
内容であった。フロルに関しては先週チャコや赤鼻達からのメッセージで知ってい
たもののトトの事はビッグニュースだったのだ。
「タダ、いい教育を受けてくるんだな」
長老は入学の時と同じ言葉でタダを送り出した。
「次の休みに必ず帰ります。体に気をつけて… 」
しわの増えた長老の手を軽く握り、タダは約束した。今度帰るとき、フロルを連れ
て帰りたいな… そんな事を考えていると、その心を察した長老はいたずらっぽく
笑い、タダの手を強く握り返したのであった。
シベリースから2度乗り換えて宇宙大学星行きの船に乗ったとき、タダはふいに
一人の女性から声をかけられた。
「タダ… 、タダトス・レーンじゃない?」
一瞬誰だかわからなかったがいつか大学内で話をしたことがある女性だと気が付い
た。確か隣のクラスだったと思うが…
「ごめん。名前、誰だったかわからなくて… 」
タダは素直に謝った。
「そんな事いいわよ。私の事知らなくて当たり前だから。あなたの婚約者のフロル
ベリチェリと同じクラスのミオナ・クーバンっていうの、よろしくね」
ミオナは手を差し出した。彼女はタダと同じくテラ系モパナ出身で、兄の結婚式に
出席するために里帰りしていたのであった。
「私ね、前からあなたと友達になりたかったの。でもね、あなたの周りっていつも
人がいるじゃない。だからなかなか話をするきっかけがなくて… 」
そうだったのだ。シベリースにいた頃とは違い、彼の周りには友達が常にいたので
ある。自分自身がかわったのもあるが入学テストで知り合った仲間たち、そして婚
約者のフロルが彼に良い影響を与えたのか、今では冷たい印象を人に与えてはいな
かった。ミオナの手はやわらかで女性らしかった。そして… 、彼女の感情が素直
に流れてくる。
“あなたが好き… ”
そんなメッセージが送られてくる。タダは戸惑った。彼女は僕の直感力の事を知ら
ないだろう。もちろん自分の感情をロックする事もしらないと思う。(フロルだった
ら最近は時々ロックしてしゃべっている事がある。多分僕の影響もあると思うが… )
感情を素直に出せる人間からはいくらでも一方的にメッセージは送られてくるもの
なのでタダは自分の直感力をしばらくの間、ロックする事にした。直接ではないも
のの好きと言われたら正直いってどういうふうに接したら良いのか困ってしまうも
のだ。しかし悪い気はしないものである。
「ミオナだったっけ、いつでも声をかけてくれたらよかったのに。でも、これから
はよろしく」
タダはミオナの手を握り返した。彼女はほほを染め、嬉しそうにほほえんだ。再び
暖かな感情が流れ込んでくる。今度は戸惑ったりせず素直に受け止めるタダであった。
ステーションでフロルはタダを待っていた。到着の時刻よりかなり前なのである
が、彼女は一刻も早くタダに会いたかったのだ。タダは自分が女になったという事
に気が付くだろうか? あいつ、直感力があるからすぐにわかってしまうだろうな…
何て言ってくれるだろう? 喜んでくれるかな? なぜかとても楽しいような不安
なような… 子供のとき以来だな。こんな感覚って… かくれんぼをしていて、いつ
つかまるかな?って待っている楽しい時間みたい。
「おい、何にやけてるんだ?」
アマゾンがフロルに声をかけた。
「お前じゃ荷物持ちにならないから迎えにきたぜ」
うしろにはガンガもいる。確かに彼らなら役にたつ。しばらく雑談をしていると遥か
上空の闇の中にポツリと赤い光りが見えた。ワープゾーンを抜けて着陸態勢に入った
船の光りだ。光りはやがて大きな船の形に変わり半透明のタラップからは多くの人々
が降りて来た。
「タダ!」
フロルはタダに向かって手を振った。
「フロル!」
タダはフロルやアマゾン達の姿を見つけ手を振り返した。
「ありがとう、タダ」
ミオナはタダに持ってもらっていた荷物を受け取った。船内に持ち込める小荷物は小
さな手荷物であったがタダは紳士らしく彼女のを持っていたのである。するとミオナ
はフロルの方をチラリと振り返りタダの頬にキスをした。
「!!」
ドキッとするタダ。あっと驚くフロル! 一瞬の出来事をまるで何もなかったかのよ
うにミオナは走り去ってしまった。
“やばいぞ、おい… ”ガンガはアマゾンに向かって目でものを言った。このぐらい
はテレパスでなくてもわかる。
“わて、しらんで… ”チャコもフロルの事だから、黙ってはいないだろうと察する
ことができるので彼女に話しかけるのはよそうと考えていた。
「さっきの彼女、偶然さっきの船に乗り合わせちゃって… 」
タダはばつが悪そうにフロルに話しかけた。
「ふう… ん、偶然出会った彼女がキスするのか… 」
フロルは正直だ。思っていることがすぐに口をついて出てくる。
「いや、そんなのじゃないよ」
タダはむきになって言い訳をしたがフロルは取り合わない。
“かなりやばそうだぜ”アマゾンはガンガやチャコに向かって言った。
「やっぱり男ってあんなタイプの女が好きなんだな。タダもみんなとおなじだったん
か」
ミオナ・クーバンは確かによくもてている。同じクラスのフロルには彼女がいかに男
性に好かれているかという事を良く知っているのだ。きれいな栗色の髪に漆黒の瞳、
やや小柄ではあるが女性らしい体格をしている彼女は同姓からもすかれていた。ミオ
ナはフロルと全く違うタイプの積極性も持ち合わせている女性だった。フロルが危機
を感じてもなんら不思議ではないのだ。
「誤解だ!」
タダはむきになってきた。フロル自身いつもの彼女とは違っている事に気が付いてい
ない。いつもならすぐに笑い話ですんでしまう所だが、変化をしたばかりの彼女は感
情が不安定でいらついていたのである。悪いとは知りながらミオナの事がきっかけに、
タダに当たってしまったフロルなのだ。
「フロル、もう何も言わない。君が信じてくれないのならそれでかまわない」
タダは弁解するのをやめた。彼もまた動揺してしまったためにいつもの思考回路では
なかったのだ。さすがに言い過ぎたと思ったものの、素直になれないフロルは彼に謝
る事ができずその場から逃げ出してしまいたい衝動にかられてしまったのだ。
「オレ、用を思い出したんで帰る!」
フロルはその衝動のままにステーションの外に走り去った。いやな雰囲気を感じなが
らもチャコはその場を盛り上げようと、大学内での最新ニュースをタダに教えてやっ
たりしていた。タダはそれを聞くふりをしてはいたが頭に入っていなかったのである。
フロルが変化してから一カ月が過ぎた。ゆるやかな体の変化はまだ続いているもの
の落ち着きを取り戻した彼女は、タダが帰って来てからの2週間、彼としゃべってい
ないことが耐えられない苦痛になって来ていたのである。こんなことは今までなかっ
たのだ。あの時気が動転してて意地悪な態度をとってしまった… やっぱり悪いのは
自分なんだ。そう思っているフロルであった。
一方タダは里帰りしていた遅れをやっと取り戻したこの頃、やはりフロルの事が気
掛かりだった。
「お前ら婚約解消したんだって?もっぱらのうわさだぜ。あいつ、男になるんじゃな
いかって」
四世がタダのクラスに入って来て尋ねた。もちろんそんな事は初耳である。自分は言
った覚えがないし… フロルが言ったとも思えない。考えてみればああいう場合、誰
が見てもフロルが怒って不思議ではないのだ。“せっかく迎えに来てくれたのに悪い
事をしちまったな… ”
本当にそう思う。
フロルはトトの農園にぼんやり立っていた。今日は誰もいない。この前トトにもら
った白い花が咲き乱れ、人工的に規則正しく送られている風がかすかに吹いていた。
この広いスペースを使い農学科を学んでいる学生達は、それぞれ自分に与えられた場
所で研究を繰り返していたのである。
「フロル、来ていたの」
手に大きなカゴを抱えているトトが声をかけた。
「あ… お前… いつ来たの?全然気が付かなかった」
トトは婚約解消のうわさを聞いていたので彼女をどうやって慰めてやろうかと言葉を
選んでいた。
「フロル、あの… あんまり気にしない方がいいと思うよ」
トトは月並みな言葉しか出て来ない自分に少し自己嫌悪を感じていた。
「え… 何を?」
フロルは聞き返した。
「え、何って… 婚約解消の事、聞いていたから。直接タダに聞いたわけじゃないの
だけど… 」
トトは言いにくそうだ。そういえばみんな何か自分に隠れるようにしてしゃべってい
たような気がする。
「オレ、知らないぜ。そんな事… でもタダが言ったんかな? … そうだとしたら
悲しいな… 」
フロルはしゃがみこんでため息をついた。トトが驚くくらい切なそうで、今までの彼
女とは思えないくらい静かな悲しみようであった。
「僕、悪い事言っちゃったみたいだね。ごめん」
トトはフロルの顔をのぞき込んで謝った。てっきり泣いているのだと思っていた彼女
はじっとこらえていた。そしてふと目をやった先に、彼女のかすかにふくらんだ胸が
あった。
「!! フ… フロル、君… 」
トトは驚きを隠せなかった。ん?、というような顔をしてトトを見るフロル。
「君、女性に変化していたの?」
フロルはトトの視線に気づきとっさに胸に両手を当てて顔を赤らめた。まさかトトに
気づかれるとは思ってもいなかったのだ。
「あ… あの… 」
トトは何て言えばいいのかと迷った。明らかに気が動転しているのだ。そんなトトに
フロルは話しかけた。
「オレさ、タダと知り合ってからずっと女になるってどんな気持ちなんだろうって考
えてた。でもさ… 結局あんましかわらねぇな… 」
フロルは涙ぐんでいる。タダと知り合った為に男になるはずだった人生を180度、
変えてしまった彼女なのだ。なのに今、タダとの婚約解消のうわさがたっている。フ
ロルの気持ちを考えると何を言っても慰めにはならないかも知れないと思うトトであ
った。
「ねぇ、タダ。今度のワープ航法の実践テスト、補助をお願いできないかしら?これ
からなんだけど」
タダのそばにミオナがよってきた。
「悪い、ちょっと用事があるんだ。また今度にしてくれる?」
タダは断った。フロルの事が気掛かりでミオナをかまっている余裕がなかったのであ
る。
フロルは名前と同じで花が好きだ。きっと今日もトトの農園に寄っているに違いない。
タダは今、フロルがトトの所にいるような予感がしていた。それは彼の星の性格で、
確かな直感力でもあった。
予感した通り白い花に包まれてフロルとトトがしゃがんでいた。
「フロル!」
タダはフロルの名を呼んだ。振り向いて立ち上がるフロル。タダの頭の中に衝撃が走
った。
“!!”
タダは一瞬にしてフロルの心を受け止めた。彼女の無防備で素直な思考が一挙に入っ
てくる。
駆け寄ったタダは両腕でフロルの細い体を包み込んだ。柔らかな感触が彼の腕に伝
わって来て確かにフロルが変化したことを物語っていた。
「ただいま、フロル」
2週間前に彼女に言うべきだったセリフをタダは言った。フロルの心はゆっくりと満
たされてゆく。トトは自分が全くの邪魔物であると気づくのに時間はかからず、彼は
そっと農園から抜け出したのであった。
「オレ、ほんと言うとお前に謝りたかった。なんであの時あんなにむきになっちまっ
たんだろうって… 」
フロルはまるで少年のような仕草で涙をぬぐった。まだまだ中性的要素を多く残して
いる彼女をタダは一生守って行き続けたい、ともに歩みたいと切望するのであった。
「フロル」
タダは抱き締めていた手をゆるめ軽くキスをした。
「ん… 何だよ」
初めて異性としてキスをされたフロルは少しどきりとした。いつもにも増してタダが
男らしく見えたからだ。そういえば成長がほぼ止まっている自分にくらべ、タダはず
いぶん背も伸びその差は少なくない。タダはフロルの戸惑いに気づき、ごめんと言う
ようにその肩に手を置き頭をペコリと下げた。かすかにほほえむかわいいフロル。し
かしフロルが女性になったと知ったら、ひょっとするとねらってくる男達が出てくる
に違いないと一抹の不安を感じるタダであった。
農園の出口では仲間たちが待っていた。トトが皆に知らせたのだ。第一発見者とし
てちょっと鼻が高いトトであった。
「いよっ、お二人さん! おめでとうタダ」
アマゾンが声をかけると同時にタダは仲間からもみくちゃにされた。正真正銘の異性
のカップルが誕生したからだ。四世はフロルに対し女性としての態度をとってその手
にキスをした。
「フロルはあんまり変わらんだろうな、女性になったからと言っても」
ガンガは彼女を見ながらそう言った。
「そんな、カメレオンじゃあるまいしオレがホイホイかわるわけないじゃん」
彼女はいつものように自然に答えた。ああ、やはりフロルはフロルなのだ。
タダは思う。この先何があろうときっとフロルとはうまくやってゆけると…
それが直感なのか希望的願望なのかはわからないが確かな感触でタダには伝わって来た。
大学に入学してから大学星暦で1年後の出来事であった。
終