星色物語bP0
チャコ編
大学星は小さな惑星である。その北半球は陸地の占める割合が20%であり南半
球では50%となっていた。南半球に位置する大学の学生は余暇を利用して北半球
の海によく遊びに行っていたのである。
数百年前、海底火山の大爆発によって一つの島ができた。北半球の大洋にポツリ
と浮かぶそのリリブ島は、直系約4 程のものであったが熱帯の気候と小さな村す
らない自然が好まれ、多くの学生達の憩いの場所となっていた。ただし学生相手の
飲食店などは進出していたが…
「タダ、今度の週末の事やけど… 予定はあらへんのか?」
チャコが少し言いにくそうに話を持ちかけた。
「別に無いけど。どうしたんだ?」
タダは何となく感じていたけれどあえて聞いてみた。
「いや、フロルも一緒に海にでも行かへんかな、と思って… 」
チャコには最近付き合い始めた彼女がいるのだ。チャコと同じく天文学科のクィー
ニ・フランチェだ。二人は実技テストで知り合い交際が始まったのである。
「じゃ、フロルにも言っとくよ」
タダはフロルのパイロットコースの追試が気になったが、何とか特訓して… と、
思った。航空科の必修科目であるパイロットコースの単位は絶対に落とせないのだ。
チャコの為にもフロルに頑張ってもらわないと困る。
リリブ島にはタダやチャコばかりでなく多くの学生達がバカンスを楽しんでいた。
しかしチャコは浜辺でじっとしている。クィーニも同じく飲み物を飲むばかりで話
が弾まない。ふたりにとって初めての遠出のデートだったので両方とも非常に緊張
していたのだった。
「せっかくここまで来たんだから泳ごうぜ」
フロルが二人をさそった。彼女は泳ぐのが得意だった。
「あたし… 泳げないの」
クィーニが恥ずかしそうに言った。
“チャコ、チャンス!” タダが横から彼をつついた。
「クィーニ、チャコが教えてあげるって言ってるよ」
タダが声をかけた。クィーニは嬉しそうにうなずいている。
「僕はフロルとあっちに行って来る。じゃ、後で!」
タダはフロルの手を取った。彼もまた、二人になりたいのである。そういえば自分
たちも二人で海に来たことはないのだった。
「チャコの奴、クィーニに教えてるぜ」
フロルが岩陰から覗いている。
「あーっ! 手を握った」
フロルは興味津々だ。タダはフロルの手を引っ張って引き寄せた。
「フロル、悪いよ。覗くなんて」
タダはたしなめた
「もう… お前は真面目なんだから」
フロルはおもしろく無さそうに言った。彼女は自分たちもデートをしているんだと
いう自覚がないらしい。
「フロル、せっかく来たんだから泳ごうよ」
タダは誘った。もちろんフロルに異存はない。二人は沖の方に向かって泳いで行っ
た。
リリブ島の名物に“流し玉”と呼ばれる遊びがある。最近大学を卒業した卒業生
が突然商売に目覚め、再び大学星に戻ってきて始めたというビジネスなのだ。それ
は小さな蓋の付いた大きめのメロンくらいの玉に自分の願い事を書いて海に沈める
というものだった。
海には海流があり、その流れは水面から1500〜2000 と言われている。
そしてその下には深層海流があり、風の作用を受けておこる普通の海流とは違って
いた。リリブ島の近くには深層海流の終点が存在したのである。その終点は海のブ
ラックホールと呼ばれていた。塩分の濃度の高く、低い水温の為起こるブラックホ
ールにある水流には、止まる事なく海水が流れ込んでいるのであった。“流し玉”
はこのブラックホールを利用していたのである。ここにあるブラックホールは他の
それとは違っていて、地底水流の道がほぼ一本だったのだ。したがってその出口が
はっきりとわかっていたのである。
自分が好きな色の玉を選び、中にメッセージを入れる。そしてそれをリモコン操
作の深海船に積んでブラックホールのすぐ近くで流す。数日後、出口付近の海でそ
の玉を発見できた者はその願いが叶うという占いみたいなものだ。もちろん玉には
発信装置が付いていた。小型のレーダーを持ち、自分で波長を決めた玉を探しにゆ
く。しかし発見率は極めて低くそれが又、人気よんでいたのである。何でもアイデ
ィア次第で商売になるものなのだ。彼は農学科出身であったがその知識は全く生か
されていなかった。
「岸に戻ろうか」
タダはチャコの方が少し気になってきたのでフロルに呼びかけた。彼女も又、同じ
気持ちなのだ。フロルはうなずいた。
浜辺の売店でジュースを買ったチャコはクィーニの前に差し出した。ありがとう、
と言うようににっこり笑って受け取るクィーニ。しかしなぜかぎこちない。彼女は
まだ恋愛する事に慣れていなかったのだ。彼女は故郷の星では色気の無い才女で通
っており、今まで男子生徒から敬遠されつづけていたのである。相手に告げずに終
わった初恋、密かに恋していた男性の結婚… 彼女に男性は無縁だったのだ。彼女
は常にこの恋の行方を心配していたのである。
「タダ、ジュース飲むか?」
チャコがクィーニにジュースを差し出すのを見てフロルは聞いた。
「いや、いいよ。ずっと泳いでいたから体が冷えちまったみたいだ」
タダは両手で体を抱えている。唇の色も悪い。
「寒いんか? オレが温めてやるよ」
フロルは突然タダの体に手を広げて抱きついた。周りに人が多くいる場所なのでタ
ダは非常に恥ずかしかったがフロルはそんな事は気にしていない。彼女の心が分か
るだけにタダはあえて彼女にされるがままになっていた。内心はとても嬉しかった
のであるがそれでもチャコの手前、ちょっと迷惑そうな顔を作ってしまう複雑なタ
ダだった。チャコはそんな自然な二人がうらやましかった。どうしてもお互い一線
を引いたような関係が続いていただけに、自分で自分に嫌気が差してしまうのであ
る。クィーニにとってもこの二人はまぶしく写っていた。フロルのような真似は自
分には決してできそうになかったのだ。
「なぁ、タダ。“流し玉”しに行かへんか?」
チャコは今人気のある遊びにタダをさそった。リリブ島のどこにでもそれの自動販
売機が設置されている。
「うん、僕は別にかまわないけど」
タダは曖昧に答えた。しかし否定ではない。四人は連れだって自動販売機の方に歩
いて行った。深海10000 もの水圧にも平気な材質でできているこの玉は何度
でも繰り返し利用できる。この玉を見つけてここの会社に持って行くと“流し玉”
の半額で引き取ってくれるらしい。一種のリサイクルである。ただし本人以外なら、
一カ月以上たった物に限られていた。そうでないと出口付近には小銭ほしさに集ま
ってくる者が出てくるかもしれないからだ。
それぞれ好きな色の玉を前において四人はメッセージボードに何か書いていた。
チャコとクィーニはお互い隠すようにして書いている。そんな様子を見ながらフロ
ルはタダの耳元でささやいた。
「ほんとの事言うとさ。オレ、別に書くことねぇよ。言いたい事ってすぐに言っち
まう方だし… お前、何書いてんだ?」
フロルはタダのボードをのぞき込んだ。まだ何も書かれていない。
「僕も別にないんだけど… でもいいんじゃない、こういうのって。夢がある」
タダは答えた。少なくともチャコ達は真剣だ。彼らを応援する為にも何かを書いて
おかなくてはと思うタダだった。
「オレのクラスの女が言ってたけど… これを捜し当てるまでの時が楽しいんだっ
て。いろんな事考えたりして授業が手につかなくて困るとも言ってた。じゃ、しな
けりゃいいのにって思ったんだけど口には出さなかったんだ。でも女ってみなそん
な気持ちになるのかな… オレの方がおかしいのかな?」
フロルは“流し玉”を手のひらでさすりながら言った。タダはフロルの手の上に自
分の手を重ねた。いつの間にか大きくて固い感触になった手がそこにあった。
「フロルはフロルでいいんじゃない。人によって考え方も違うし… 」
タダはそんなフロルの性格に救われている事を十分知っていた為、曖昧にごまかし
て答えた。
天文学科では今、近付きつつある彗星の為に夜を徹して観測が行われいた。チャ
コもクィーニもそれに追われていた。今回の彗星は200年に一度というものだっ
たので皆必死だったのである。
「なんだ、これは。記録が消えているじゃないか!」
突然クィーニのグループの一人が荒々しい声でどなった。どうやら保存するのを忘
れていたらしい。
「ごめんなさい。私… うっかりしていて… 」
クィーニが青くなって謝った。彼女のせいで3時間ほどの観測が無駄になってしま
ったのだ。
「うっかりじゃないだろ。全く… 僕たちが必死で観測してたのに君は何をしてい
たんだよ!」
クィーニに弁解の余地はない。チャコは彼女のために何かを言ってやりたかったが
自分のグループも必死だったのでそれもできないのだ。ただ、彼女に向かって気に
するな、と言うように手をふった。クィーニはチャコの仕草に小さくうなづきその
処理にあたっていた。結局消えてしまったデータはチャコのグループのを丸写し状
態であったが…
今日は“流し玉”が出口にでてくるかも知れない日である。その時によって出て
くる日が違うのとは言うものの、だいたい地底水流の速度は一定であった。しかし
運よく予定通り地底水流に乗って出て来たものの、その上を流れる海流は一定では
ない。その時刻によってまちまちだから探すことはかなり困難な事なのである。
「雨が降ってる… 」
フロルは残念そうにつぶやいた。
“気にしてなかったはずなのに… どうして気にかかるんだろう… ”
キャンパス上空のと同じ低気圧が出口の海域上空にも発達しているのだ。出口はリ
リブ島よりむしろこちらに近い。タダはさっきからぼんやりしているフロルを見て、
くすっと笑った。彼女は気が付いていないようだがチャコ達の“流し玉”が気にな
っていたのである。
「探しに行こうか」
タダは声をかけた。
「でも雨が降ってるぜ。オレ… 別にいいや」
フロルはわざと気にしていないふりをしたがタダには通用しない。
「ほんとは気になってるんだろ?」
タダはフロルを後ろから包み込んだ。うん、と言うようにフロルはうなずきタダの
腕にそっと手をからめた。タダに隠し事はできない。
出口の海域にはすでに多くの学生達の車が飛んでいた。その多くは同じ日に流し
た者の車なのだ。チャコの車もその中にあった。雨の為に視界が悪く、“流し玉”
は一つも見えない。助手席の者が手にレーダーを持って“流し玉”を探している。
フロルもレーダーをずっと見つめていた。
「全然写んないや」
チャコ達の玉とも発信装置の波長をあわせている。誰かの玉がレーダーの範囲に
入って来たら写るようになっていた。
「もうどこかに出て来ているはずだ。海流に乗ってどこかに行ってしまったのか
な?」
タダはここにはないような気がするのだ。海流の流れは速い。30分もすると遠
くに運ばれてしまうのだ。タダは海流の流れに沿って車を運転して行った。雨は
ずっと降り続いていた。出口の海域にいた車はあきらめる者もいて一台づつ減っ
て行った。
「タダ、引き返そうか… 」
フロルは言った。レーダーと暗い海面を交互に見ていたフロルはかなり疲れてい
た。顔色も悪い。タダは“流し玉”を探すことをあきらめた。もう少し行くと見
つかるような気がしたのだがフロルの方が心配だった。彼は揺れないように気遣
いながら引き返したのである。
「クィーニ、チャコは?」
天文学科の教室に一人で残っていたクィーニを見つけたフロルは聞いた。彼女は
2〜3日前から彼の姿を見ていない。低気圧が停滞して雨が続いている。クィー
ニと一緒でないと言うことはデートでもないと言う事だ。
「今日も海に行ってるの… 」
彼女は心なしか淋しそうだ。きっとチャコといたいんだろうな、とフロルは思う。
「昨日も夜遅くまで帰って来なかった。“流し玉”を探しているみたいなの」
クィーニはあきらめたような顔をした。
「フロルはタダと知り合って45日で婚約したのでしょ?」
クィーニは急に話題を変えた。
「そうだよ。それがどうかしたんか?」
フロルはさも当然のような顔をして言った。
「いえ… フロルと知り合ってからそのくらいたつのかって思っただけ」
もちろんそれは彼女の本心ではない。
「チャコと付き合い始めてからそのくらいたった、という方が正しいんじゃねぇ
のか? 別に隠さなくてもいいじゃん」
フロルは白々しい話し方が好きではないのだ。
「お前ら二人でいてもなんかよそよそしくて見てられないや。お前、チャコの事
好きなんだろ? だったらビクビクしないでもっと素直に一歩、踏み込んだらい
いのに。それにさ… 」
フロルはまだ何か言おうとしたが、突然クィーニにほほをぶたれてしまった。ク
ィーニは顔をおおって泣き出した。
「あなたなんかにわからないわ!! あなたみたいに奇麗でみんなから好かれて
て… それが当たり前って顔をしているあなたに私の気持ちなんて分かりはしな
いわ!」
クィーニは激しくフロルを非難した。こんなに激しく非難されたのは彼女にとっ
て初めての体験だった。
「ごめん… オレ、気が付かねぇうちにお前を傷つけたみたいだ… ごめん」
フロルは謝ったがクィーニは顔を上げようとしない。彼女は大学に入る前の自分
を思い出していた。才女であると言われ、同級生から敬遠され続けた日々は決し
て楽しい思い出ではなかったのである。そして今、チャコとの恋愛に対しても自
信が持てなくて、フロルに言われるまでもなく素直になれない自分が嫌だったの
だ。
「でもクィーニ、チャコの奴、ほんとにお前の事好きだぜ。オレ、見ててわかる
んだ。だからさ」
こういう場面に慣れていないフロルは何とかしなくてはと思ったが適当な言葉が
浮かばなかったのである。
「フロル… お願いだから一人にさせてちょうだい… 私、あなたのようになれ
ない… 」
クィーニはまだ泣いている。心の底から流れてくるような涙はとても重く、彼女
の自己嫌悪の深さを語っている。しかしフロルには理解できない事であったが…
「ごめんな… 」
フロルはその場から去っていった。さっきぶたれたほほが痛い。ほほだけでなく
心も痛い。フロルはほほに手をやった。いくら考えてもクィーニの気持ちが分か
らない。しかし彼女に対する腹立ちは全然なかったのである。
クィーニはまだひとりで教室に残っている。さっきのフロルの言葉と彼女に対
してとった態度にクィーニは再び落ち込んでいた。悪いのは自分だという事は分
かっているのだ。しかし彼女はフロルに劣等感みたいなものを持っていた。フロ
ルの気取らない明るさは周囲を和やかな雰囲気にしてくれる。彼女には絶対真似
のできないものだけに彼女を見ているのが辛かった。それにフロルが何げなく言
った“もっと素直に… ”という行為は彼女にとって困難を要するのだったのだ。
しかしクィーニは理性を取り戻した。自分はフロルを非難できる立場ではない。
彼女が自分の為を思って言ってくれた言葉に傷ついたのは事実であるが、逆に自
分も彼女を傷つけたからである。
“謝らなくては… ”
クィーニは教室から出て行った。
タダが今日の授業を終えていつもの喫茶室に向かおうとした時チャコが声をか
けてきた。さっき海から帰って来たばかりなのだ。どうやら今日の授業をキャン
セルして探しに行っていたらしい。
「見つかったのかい?」
タダは聞いた。少し嬉しそうな顔をしているからだ。しかしチャコはそれには答
えなかった。
「タダ、お前フロルにプロポーズした時どないゆうてしたんや?」
チャコは聞いた。タダは一瞬“え?”と、言うような顔をしたがそれでもチャコ
の質問に答えてやった。明るい口調の裏にチャコの悩みが見え隠れしていたから
だ。
「僕の星にこないか、って言った」
チャコは少し拍子抜けした。
「たったそれだけかいな」
「うん。他に言葉が見つからなくて… でもフロルには通じたみたいだったから」
チャコはタダの事だからもっと理知的に決めたのではないかと思っていただけに
以外だったのだ。
「そっか… それでええんや… ほんまや」
チャコは独り言みたいな口調になって一人でうなずいている。
「喫茶室に行くんやろ。後でいくから待っといてんか」
チャコはそう言って走り去った。今度はクィーニを探しに行くらしい。
タダは一人でお茶を飲んでいるフロルを見つけた。彼女はこっちをむいて手を
振っている。タダは駆け寄りフロルの前に腰掛けた。
「なあ、なあタダ。オレって変か?」
フロルが聞いた。
「 …? 」
一瞬の間を置いてタダが吹き出した。
「フロルったら… 何を急に… 」
タダはまだ笑っている。
「まじめに答えろよな。オレ、真剣なんだからさ」
よく答えを求められる日だな、と思いながらもタダは答えた。
「変だ!」
フロルはショックを受けた。忘れかけていたほほの痛みが再びよみがえってくる。
「嘘だよ。そりゃ普通の女性とはちょっと違うな、と思うけど変わってはいない
と思う。でも人によって受け取り方が違うから何を基準にしていいのかわからな
いけど… 」
タダはまじめに答えた。しかし彼の手は、しっかりとフロルの両手を包み込んで
いたのである。
「脅かすなよな… でもお前にそう言ってもらえると嬉しいな。オレ時々、自信
を無くしそうになる時があるんだ」
フロルは安心したような顔をした。
“何かあったのか?”と、タダは聞かない。その原因らしいクィーニが喫茶室に
入って来たからだ。
「やあ!」
タダは軽く手を上げた。クィーニは罰が悪そうにこっちに近付いてくる。それに
気づいたフロルは彼女に笑いかけた。
「あの… 」
クィーニはタダが苦手なのだ。彼は気軽に話しができるタイプの男性ではない。
フロルの横にタダがいる事は十分に予測できたのだがそれは仕方のない事だった。
「ごめんなさい… 私… 」
その後の言葉がすんなり出て来ないのでとまどっていたクィーニの肩にチャコが
手を置いた。
「クィーニ、探したで。ここにおったんか」
「チャコ! いつ帰って来たの?」
クィーニはまさかチャコがここに来るとは思わなかったのだ。タダは気を利かし
て立ち上がりフロルの横に座った。チャコはタダの方をチラリと見てうなずき、
クィーニに向き直った。
「わてな、ほんま言うたら“流し玉”に願かけしとったんや。もし、玉が見つか
ったらクィーニの前に差し出して“この中を見てくれへんか”と、言うつもりや
った。そやけど、そんなええ格好、わてには縁がなかったんや。玉はどこ探して
も見つからへんかったからや。でもその方がええわ」
チャコは一息ついた。フロルはいつになく真剣なチャコの顔を見て感じるものが
あり、タダの方を向いた。タダは親指と人差し指で輪を作ってみせた。
「タダ、お前の真似するで」
チャコはタダに向かって言った。タダは笑ってうなずいた。
「クィーニ、わての星に来てくれへんか?」
“言った!”フロルはタダの腕をつかんで揺らした。クィーニは驚いて声が出な
い。しかし彼女はゆっくりとチャコの方に近寄って行き、彼に飛び込んでいった。
それははっきりと分かる承諾の行為であった。チャコは確かな感触にこの世の春
を感じるのであった。チャコらしいムードのない告白シーンであった。
“フロル、僕たち邪魔みたいだね”
タダはフロルに目で話しかけて立ち上がった。
「チャコ、ちょっとやぼ用があるんだ。失礼するよ」
タダは出て行こうとした。
「あ、タダ!」
チャコは引き留めて一枚のボードを手渡した。
「これ、お前の玉に入っとった。お前のだけ見つかったんや。そやけどこんなど
ないでもええ内容、なんで書いたんや?」
フロルはボードをのぞき込んだ。“フロル、たまには朝食を作って欲しいな”と、
書いてある。
「チャコが言うとおりくだらねぇ内容だな。色気のかけらもありゃしねぇ」
フロルはおおげさに両手を広げて言った。
「君の言われたくないな」
タダはむっとした顔をしてフロルに言い返した。
「それってどういう事なんだよ!」
今度はフロルが言い返している。
「はいはい、夫婦ゲンカはよそでやってんか」
チャコの言葉を潮時に二人は出ていった。
「なあ、クィーニ。わてな玉を捜し回っとって思いついたんやけど… 故郷に帰
って“流し玉”に似たような商売したら儲かるんと違うかなって。天文学も好き
やけど、なんか商売もええな、と思うんや」
チャコは本心でいっているのだろう。もちろんそんな事は両親にも言っていない。
「案外あなたに向いているかもしれないわ。私、応援するからね」
二人は顔を見合わせて笑った。ぎこちなさの無くなった自然な笑顔であった。
「よっしゃ! 今日からクィーニはわての相棒や! よろしくたのんまっせ」
チャコはクィーニを抱き締めた。完全に二人の世界に入ってしまった二人はこ
こが喫茶室であるという事を忘れてしまっていたのである。すぐ後ろのボック
ス席に座っていたガンガと四世は顔を見合わせて小さくなっていた。ここで顔
を出したら非常にまずい、タダとフロルの後に続いて出て行った方がよかった
かもしれない…そんな気持ちであった。
タダはフロルの部屋でコーヒーを飲んでいた。テラ系出身のタダの影響でフ
ロルはこの頃コーヒーをよく入れるようになっていたのだ。ベットの横に置か
れたサイドテーブルにはトトにもらった小さな花が無造作に飾られている。フ
ロルはベットに腰掛けていた。
「フロル、短いスカートだとおなかが冷えるんじゃない?」
タダはさっきから目のやり場に困っていたのだった。彼女のミニスカート姿は
刺激的なのだ。
「そんな事ねぇよ。結構楽だもん。歩きやすいしさ」
フロルは一切気にしていない。もともと男性の視線を意識していないフロルら
しいセリフである。彼女はいつもこの調子なのだ。
「 …ねぇ、フロル… 」
タダは言いにくそうに呼びかけた。
「何だ?」
フロルはカップを置いて顔を上げた。
「いや… たまにはさ… 夜明けのコーヒーなんかいいんじゃないかなって思
うんだけど… 」
タダは言いにくそうに言った。平静を装っていたがドキドキしている自分がか
わいい。
「うん、いいぜ。オレ… テスト調べしてて朝になっちまった時よく飲むんだ。
今度のテストの時、一緒に飲もうぜ」
フロルは何もわかっていなかった。タダは今のドキドキは何だったのだろうと
がっかりすると同時に、彼女の彼女らしい姿に安心するのであったが… しか
し“この分ではチャコに抜かされてしまいそうな気がする”これが本心であっ
た。
「フロル、今から“流し玉”を見つけに行かないか?」
タダはさそった。玉は見つからなくてもいいのだ。ただ二人で車に乗って海の
上をドライブできればそれでよかったのだ。
「今からだと暗くなるな。でもオレ、久しぶりに星が見たいや。この頃ちっと
も晴れねぇもんな」
「じゃ、雲の向こうまで行こうか? 星を見に… 」
雲一つない夜空の中空にタダは車を止めた。降るような星空が目の前に迫っ
て来る。フロルはシートを倒して星を眺めた。
「こうやってると… 今、自分が生きているのか死んでいるのかわかんねぇな。
オレなんかこの宇宙の広さの中ではゴミみたいな存在なんだなあって思っちま
う。星を見てたら小さい事でくよくよするのがばからしくなるぜ」
フロルは両手を上に差し出した。
「タダ! 見ろよ! 流れ星だ。こっちに落ちてきそう… 」
フロルはとっさに両手で目を覆った。タダはフロルにそっと顔を近づけ彼女の
唇にふれた。
「お前の心臓の音が聞こえる… 」
「そう、生きているから」
「お前といるといつもあったかいや… 」
「それは僕も同じだよ」
「オレ達いつかパイロットになってこの宇宙の海を行くんだよな… 」
「君と一緒にね」
「 …… 」
「どうしたの?」
「泣きたくなってきた… 」
「泣けばいいじゃないか… 」
「 …… 」
空からまた一つ、星が流れていった。どこかの星では流れ星が消える前に願
い事を言えばそれが叶うという。そんな事を知らない二人に夜空の星々は、幾
億年前と変わらぬ光を放ち続けるのであった。
そしてこれからも…
ずっと…
終