星色物語bP1



トトの研究編



 トトは最近“自由研究”に取り組んでいた。前の植物学でトップにたっただけに今回
も、という気持ちがあったもののそれほど勝ち気ではない彼にとって少々重荷になって
いたのである。
「進んでるかい? トト」
農学科の研究室に遊びにきた赤鼻が、ぼんやりしているトトに呼びかけた。
「やあ、赤鼻。授業は終わったのかい?」
トトは赤鼻に椅子をすすめた。
「君の研究をみんな注目してるじゃないか。だからプレッシャーなんか感じてるんじゃ
ないかと思ってね。来てみたんだ」
赤鼻は率直に言った。
「うん、感じていないと言ったらうそになるけど… 今研究している物が無意味に思え
て仕方がないんだ」
「どんな物を研究してるんだい?」
赤鼻は聞いた。
「植物の遺伝子の組み換えで新種の物をつくりだす、ここまでは今までとはかわんない
んだけど… 君は植物にも血液型があるって知っている?」
首を振る赤鼻。
「“型物質”って言う“糖”の一種を持っている植物があるんだ。これは血液型を分け
る血清に対して反応を示す物質で、これを調べたら人間と同じようなA・B・O・AB
の反応を示すんだ。だからこの血液型による遺伝子の組み替え方の相違点を調べたらど
うかと思って… 」
トトは自信なさそうに言った。赤鼻には何の事か全く理解できないのである。
「よくわからないな。トトの言っている研究が… でもすごい事のような気がする。で
もそれが何になるのかはわからないけど」
赤鼻の曖昧な言い方にトトは再び悩んでしまった。何になるかわからない、それはトト
にとって致命的だった。

「トト、いつもの花のお礼を持って来たぜ」
フロルと四世が入って来た。手にはケーキの箱を持っている。
「お前の好きなミモザトルテだ。オレが作ったんだ」
フロルはこの頃ケーキ作りに凝っているのだ。しかしタダはケーキが苦手なので食べて
はくれない。幸いトトは甘党だった。そして赤鼻も。
「ありがとう、フロル。この前のもおいしかったよ」
トトは嬉しそうだ。もっとも、前の手作りケーキはフロルにあこがれる植物学の友人達
にほとんど食べられてしまったのであるが… 中には甘党でもないくせにフロルが作っ
たと言うだけで食べるという者もいたのである。
「トト、研究は進んでいるのかい? 君は我が友人として鼻が高いよ。植物学において
常勝将軍みたいな存在だからな。誰かさんとは違って」
事実、トトは常にほぼトップの道を走っていた。
「誰かさんとは誰の事だぁ?」
フロルは四世の足を蹴った。
「いってぇ! 何もお前とは言っていないじゃないか!」
「じゃ、違うのかよ」
「合ってるけど… 」
「あ〜っ、やっぱりオレの事じゃんか!」
赤鼻は思わず吹き出した。こんなやりとりはいつもとかわらない。
 ここの大学に受かった受験生ほぼ全員が、故郷の星の学校では劣等生になった事はな
い。当然フロルもそうなのであるが、ここではどうしても平均的に採点すれば上位に入
った事はなかった。この大学で初めて劣等感を味わいしばらく落ち込んでしまう学生も
多くいた。中にはノイローゼになってしまう繊細な者も数は少ないがいたのである。し
かしフロルは違っていた。彼女にはそういう劣等感は無縁だったのだ。

「どうしたんだ? トト。さっきから黙っちまってよ」
フロルがトトをのぞき込んだ。何かを考えているようだ。
「え? うんちょっとね。さっき赤鼻に言われたのだけど… 何のための研究かって事
を考えてたんだ。今僕がしようとしている自由研究は、研究のための研究みたいな気が
してきて… 意味がないよね。そんなのって」
トトがみんなを見回して恥ずかしそうに言った。
「あのぉ。ごめん。僕が余計な事を言ってしまったから… 悪気はなかったんだけど… 」
赤鼻は頭を下げた。
「いや、違うよ、赤鼻。僕は君に感謝しているんだ。実はもう一つ、考えていた物があ
ったんだよ。ずっとどっちにしようかと悩んでいたんだけど… やっぱりそっちの方が
いいかなって今、思ったんだ」
トトは何かふっ切れたような顔をしている。
「じゃ、遺伝子や血液型とかいうのじゃなくて?」
赤鼻は聞いた。
「うん、そうだよ。実はね、僕の父の事なんだけどタバコが大好きなんだ。しかし健康
のために母から止められていてね、いつも思いっきり吸いたいってよくぼやいてるんだ。
たしか一日3本、しかも家の外って決められている。だからそんな父の為に健康に害の
無いタバコが作れないかって考えてたんだ。つまりタバコのイミテーションってやつだ
よ」
トトは何だか楽しそうだ。
「おもしろそうだな、トト。遺伝子とか言うのに比べたらカッコよさには欠けるけどそ
の方が実用的だ。頑張れよ、トト」
四世はトトの背中をポンとたたいた。赤鼻もほっとした顔をしている。
「でも… 」
「でもどうしたんだい? トト」
「それを研究するには何種類かの植物を集めなければならないんだけど… 」
トトはにこっと笑った。植物採集には運転手が必要なのだった。
「僕でよければ協力するぜ」
四世はトトの為に一肌脱ごうと決意した。彼の運転はプロ並なのだ。宇宙船だけでなく
色んな種類の乗り物にも精通しているのであった。
「タダも連れて行けば便利だぜ。あいつならカンがいいからすぐに欲しい植物が見つけ
られると思うから」
フロルは勝手にタダを巻き込もうとしている。
「そして君もついて行く、だろ?」
四世の言うとおりであった。大きくうなずくフロル。
「じゃ、僕も行ってもいいかな。荷物持ちぐらいにはなると思うから」
赤鼻もついて行きたいらしい。
「ありがとう、みんな。じゃ、さっそく準備にかかるからよろしく頼むね」
「よーし、まかしとけって。明日からでもOKだぜ」
四世はフロルのケーキを配りながら言った。植物採集なんて子供の頃以来なので何とな
く楽しみである。赤鼻も四世と同じ思いであった。
「トト、こいつらピクニック気分みたいだぜ」
フロルがお茶を配りながらクギを刺すように言った。そういうフロルもたいして違いは
ないのである。彼女はケーキに入れるハーブを探したかったのだ。

「タダ、この服借りてもいいか?」
フロルはタダのクロゼットを物色している。タダの手持ちの衣服は夏の暑さに対応でき
るように涼しい素材でできている物が多い。トトの研究に必要な植物はすべて熱帯に生
えていたのである。
「いいけど、そのシャツだとフロルには大きすぎるんじゃない?」
開襟のテーラーカラーで胸に二つのポケットがついているシンプルなものであるが、植
物繊維100%なので化繊に比べると格段に涼しいのだ。
「ちょっとくらい大きくてもいいぜ、涼しそうだもん。これ、同じなのがもう一枚ある
からおそろいで着ようか?」
フロルはシャツを手に鏡を眺めている。ペア・ルックなんて今まで少しバカにしていた
所があったのだがフロルがそういうならそれもいいなと思い、タダはうなずいた。

 大学星最大の原生林は蛇行した熱帯の大河沿いに緑のじゅうたんを広げていた。この
地域は大学星の酸素の重要な供給源と言われており、農学科の学生達はここによく植物
採集に来るのであった。しかしトトは運転があまり得意でない為、めったに来なかった
のだが… ここに来るためには狭い所でも発着できる腕前と、防虫カプセルさえあれば
十分なのであった。植物が豊富なだけあってそれにむらがる昆虫も半端な数ではなかっ
たのである。四世は車を狭い場所に上手に着陸させて外に出た。車と言ってもかなり大
きいタイプの物だから四世の運転技術はたいしたものである。さすがに自分から運転を
買って出るだけのことはあったのだ。
「トト、君はタバコを吸わないのか?」
学生達によって自然につけられた狭い道を歩きながら四世は聞いた。
「うん、僕は全然。でも父はものすごく好きなんだ。四世は吸うのかい?」
「まあね、たしなむ程度だけど。メンソール系が好きだな。でも人前では吸ったことな
いけどね」
四世は答えた。故郷のアリトスカ・ラ、では葉巻の需要が多いそうだ。四世は紙巻きで
あったが…
「僕も人前では吸ったことないな」
赤鼻は人差し指でトン、と灰を落とす真似をした。
「へーぇ、全然知らなかった。喫煙者っているんだな。でもあんなに煙たくて苦いもん
何で好きなんだ?」
フロルは四世達に聞いた。
「好き… と言うのか、癖みたいなものかも知れないけど落ち着くんだ。ほっとする。
疲れている時なんかくらっと来るけどそれが又、気持ちいいんだ」
「そうそう、四世の言うとおりだ。でも健康の事を考えたらそうも言ってられなくて…
  だからトト、今回の研究は絶対成功してくれよな!」
赤鼻はトトの両肩をゆらしながら頼んだ。トトは父だけでなく赤鼻にも期待をかけられ
てますます自分の研究に自信をもつのであった。反面、嫌煙者の教授からは減点されそ
うだな、という不安は拭いされなかったが…
「まず赤鼻が言うように健康のためにはこれ、そして味を保つためにはこれ、緊張をほ
ぐす成分をもつこれ、そして… 」
トトはファイルの植物を紹介した。いずれも初めて見るものばかりである。
「トト、この植物、さっき見かけたような気がするんだれど」
タダがファイルの中の一つを指さした。クレソンに似た植物で歩いて来た道沿いに群棲
していたのである。ただしタダは植物に関しては全くの素人であったためはっきりとは
わからなかったが… 
「タダ、さすがだね。やっぱり君の記憶は正しかったよ。これであってるもん」
トトは嬉しそうにクレソンみたいな植物をつんでいる。
「タダ、他の物はどこに生えているか分かるかい?」
四世はファイルをタダに渡した。
「いや、さっきのは本当に偶然だったんだ。トトでも実物を知らない物はイメージが伝
わってこないから分からないよ。でも今日中に見つかるような気がするんだけどね」
タダはファイルの植物の特徴の欄を読んでいた。
「例えばこの植物だけど白い花をつけると書いてあるだろう? この地区には白い花を
つける植物は少ない。幸い今は花時だから見つけやすいと思うな」
それもタダの言うとおりだった。赤い花に交じってその植物は小さな白い花を咲かせて
いたのである。思っていたより簡単にほとんどの植物が見つかって行く事に赤鼻は感心
していた。B 「さすがに植物の宝庫と呼ばれるだけあるだけあるな」
彼は大きな袋に詰め込んだ植物を揺すり上げながら言った。荷物持ちを買って出ただけ
あって力においてはこの中では誰にも負けない。
「なあ、そろそろメシにしねぇか? 何だか雲行きが怪しくなってきそうだぜ。せっか
く作ってきたんだもん。食べちまおうぜ」
フロルが空を見上げて言った。まだかなり遠いが、黒い雲が発達してきている。ここの
天気は変わりやすく、晴れていたかと思えば雨になり、雨が降ったかと思えばすぐに晴
れるという気まぐれなものであった。
 トトはサンドイッチを口に運びながら難しい顔をしてファイルを眺めている。
「この最後に残った物が問題だな… 」
トトはポソリと言った。どうして?、と言うようにみんなは一斉に彼に注目した。
「この木は外見上にこれ、と言った特徴がないんだ。花らしい花も咲かせないし熱帯や
亜熱帯によってその葉の形を変えたりしているらしいんだ」
今までのものは全て一年草タイプの草であったが、最後に残ったのは“木”なのである。
かなり広い範囲で見受けられる木らしい。
「最大の特徴はこの木の下にはここに載っている種類の植物以外の雑草が生えないっ
てことかな」
トトはファイルを見せた。
「あ、この植物、オレが探しているハーブだ! 逆に言うとこのハーブが生えている
所の“木”がそれなんだな。」
「そういう事だけど… フロル、君は見分けがつくの?」
トトは少し遠慮がちに言った。
「お前、オレを疑ってるな。このハーブならよく使ってるやつだから心配いらねぇよ。
なんなら今から探してやってもいいぜ。オレもついでがあるからさ」
フロルは立ち上がった。トトの探している木と自分のハーブが見つかるならばそれに
越したことはないのである。それに雨雲が思ったよりも早くこちらに近付いてきてい
るのだ。
「僕もついて行くよ。雨が降りそうになったら車まで戻っているから心配しないでい
いから」
そう言い残してタダはフロルの後を追って行ってしまった。
「そうだな、二手に別れた方が早く見つかるかも知れないな」
四世も立ち上がった。黒い雲はもう間近に迫っている。これ以上先に進まず引き返し
ながら探した方がよさそうだ。しかしタダのような直感力もなく、フロルみたいにハ
ーブを知っている物のいないこのメンバーではちょっと困難であったが。トトと四世
と赤鼻はファイルをにらんで顔を見合わせた。“タダ達に期待した方がよさそうだ”
そんな思いがお互いにつたわり誰からともなく笑いが込み上げて来るのであった。

「このハーブ以外の雑草が生えないなんて毒素が多い“木”なのかな?」
フロルは素朴な疑問を抱いた。
「いや、人体には影響がないって書いてあったよ。こんなのは植物界にはよくあるか
らね。例えばテラ系の植物でサクラって木があるんだけどその木の下にはクローバー
という雑草がが生えないんだ」
「サクラってピンクの花が咲く“木”だろ? ヴェネにも入って来ているぜ。クロー
バーもインテリアの鉢植えとして売ってるしさ、でもどうして?」
「葉からクローバーの発育を阻害する物質を出すからなんだ。クルミの木とかセイタ
カアワダチソウなんかも似たような物質を出しているんだよ。植物界もなかなか厳し
いみたいだね。まあトトから聞いた話だから詳しくは知らないんだけど」
タダは勤勉家なので、ここに来るために色々自分なりに調べたりしたんだろうなとフ
ロルは思った。“自分とは全く違う… ”そんな思いである。
「フロル、あの木、そうじゃないのかな?」
タダは指さした。下にはフロルの見覚えのあるハーブが群棲している。他の雑草は見
当たらないのだ。木の葉の形もファイルと似ている。
「まちがいねぇよ。きっとこれだ!」
フロルは駆け寄った。フロルに踏まれたハーブからはよい香りが立ちのぼっている。
タダは採集用の袋を取り出してその葉をちぎり始めた。フロルは自分のハーブを取る
のに余念がない。
「あ、ごめん」
フロルがタダにぶつかった。その拍子にタダの防虫カプセルが下に落ちた。
「あ… !」
フロルは足の下で砕けたものがタダの防虫カプセルだと気づくのに時間はかからなか
った。
「タダ、お前、虫って好きなのか?」
フロルは唐突に聞いた。
「 ? 」 
急には答えられない。
「ごめん、踏んじまった… お前のカプセル。気をつけろよな、これが無いと虫がよ
って来るぜ」
仕方がないな、という顔をして両手を広げたタダの手のひらに雨の粒が落ちて来た。
黒い雲はもう真上にあったのだ。
「どうやらここで雨宿りだな。車にまで帰れそうにないよ」
タダはフロルと並んで太い幹の根元に腰掛けた。そんな二人のまわりには昆虫までも
が雨宿りに飛び込んで来たのである。
「こうやってたら刺されないぜ」
フロルはタダの胸に密着した。フロルの防虫カプセルは、半径2 くらいは有効なの
だ。雨によって外界と遮断された状況にタダは神がくれたチャンスかも知れない、と
思ったのだがやはり自分を押さえていた。
「雨… 止みそうにないね」
タダはそんな心を見透かされないように当たり障りのないことを言った。
「うん、でもあまり雨宿りにならねぇな。シャツなんてもうびしょ濡れだよ」
フロルは雨で張り付いた自分のシャツを見下ろした。彼女の細い体の線がはっきりと
写っている。タダはたまらなくなってフロルの背中に腕を回し、強く抱き締めてキス
をした。これは衝動であった。
「 !! 」
タダの勢いでバランスを崩したフロルは後ろに倒れてしまった。唇がふさがっている
ので声が出なかったのだが、彼女はベルトに取り付けていた防虫カプセルが壊れる音
を聞いたのである。
「タダ、お前のほほに虫がよって来た… 」
倒れた姿勢でフロルが申し訳無さそうに言った。我に返ったタダはほほに手をやった。
血を吸ったばかりの蚊が手のひらでつぶれている。
「君も… 」
タダはフロルの腕に付いた虫を払ってやった。
「防虫カプセル… 壊れちまった… 」
これはタダの責任でもある。雨足は強くなり、それにしたがって木の下 に集まって
来る虫も増えて来た。
「濡れついでだから走って帰ろうか?」
二人とも虫に刺されるよりも雨に濡れる方を選んだのであった。

「やあ、お帰り。ずい分派手に刺されてるじゃないか。防虫カプセルはどうしたん
だ?」
四世が聞いた。体のあちこちに赤い斑点ができている。二人は気がついてなかった
のだが、走っている最中にも貪欲な虫たちは食らいついていたのであった。トトは
二人にタオルを渡してやった。彼らはタダ達に期待をかけて、雨が降る前に車に乗
っていたのである。見つからなかったら明日でもいいなと話し合っている所であっ
た。
「あーっ、こんなとこもかまれてる!」
フロルは胸のあたりをシャツの上から掻いた。タダもあっちこっちを掻きまわって
いる。かなり刺されているようだ。
「二人がそろって防虫カプセル壊しちまうなんて一体何をやってたんだ?」
四世がからかった。
「別に何もしてねぇよ。トトの探してた葉を取っていただけだもん」
フロルはちょっと顔を赤らめて、トトの前に袋を差し出した。
「あってるだろ? トト」
タダは聞いた。
「多分… 」
トトは自信無さそうである。
「幹の色とか見ないとはっきりしないんだよ… 多分あってるとおもうけど… 」
「なんだよ、せっかく取って来たのに!」
フロルは不満そうに言った。その手は休みなく動いている。とにかくかゆいのだ。
「いいじゃないか、フロルまた次がある。雨も止みそうにないし、風も出て来ると
思う。今日は引き上げた方がいいよ」
タダの言葉に四世は車を発進した。軽い音とともに車体がゆっくりと浮き上がる。
「タダより上手いな… 」
フロルは正直に言った。確かにそうだとタダも認めているのだがやはりいい気はし
ないのだ。
「悪かったね、下手で」
タダはふざけてフロル飛びかかって行った。
「 えっ … ?! 」
フロルが変な声を上げてシートから落ちた。みんなが一斉に振り向いた先にはシャ
ツをぼろぼろに破られたフロルが呆然としりもちをついていたのである。
「よせっ、タダ! こんな所で!」
赤鼻が同じく呆然としているタダを後ろから羽交い締めにした。フロルは胸に手を
当ててうつむいている。四世は車を止めて自分の上着を脱ぎ、彼女にかけてやった。
トトもまさかタダが、というような顔をしてこっちを見ている。
「違う… 僕はただ… 」
タダは言い訳しようとしたが結果的には自分が悪いのだからと思い、フロルに謝ろ
うとした。
「タダ… お前… シャツを引っ張ってみろ。破れちまうぞ… 」
今まで黙っていたフロルが口をきいた。フロルの言うようにタダがシャツを引っ張
ると、それは音も無くちぎれていった。そう、まさにちぎれるという表現が正しい
のである。
「な、お前のシャツと一緒だもんな! 変だよな、こんなのって!」
タダとフロルは顔を見合わせた。
「 … タダ! やっぱり君の言うとおりだよ! 君たちが取って来てくれた葉は
僕の探していた材料に違いないよ!」
トトは自信をもって言った。
「君たちのシャツは植物繊維でできてるんじゃない? この木の葉からは一部の植
物を除いてだけど、植物性繊維を溶かす働きがあるんだ。だから… 雨に濡れた葉
から落ちる滴に濡れた君たちのシャツの繊維がもろくなっちゃってたんだよ、きっ
と!」
トトは嬉しそうにしている。
「トト、ちっとはオレに感謝しろよな。オレが恥をかいたお陰でわかったんだから
な」
フロルはふてくされたように言った。さすがのフロルでもやはり人前でシャツが破
れてしまった事は、かなり恥ずかしい体験だったのだ。
「それにしてもすごい即効性だね、トト」
タダが感心したように言った。植物界における激しい生存競争をかいま見て、彼は
改めて自然の持つ“強さ”みたいなものを感じるのであった。
「フロル、植物繊維でできているの… シャツだけでよかったね」
タダは四世の大きな上着を着て窓の外を見ていたフロルに声をかけた。タダは気の
利いた言葉をかけるのが苦手なので、いつもこういう場面では決まらない。
「お前、ほんとの事いうと、スパッツも植物繊維でできてた方がよかったんじゃね
ぇのか?」
フロルは人差し指をつきつけ、タダの目をじっと見ながら言った。思わず目をそら
し、一歩退くタダ。彼は悲しいくらい正直なリアクションをとった。
「あーっ、やっぱりお前… !」
今度はフロルがタダに飛びかかっていった。しかしタダはフロルを軽く受け止めて
その手を取った。視線が合った二人の間にしばし、沈黙の時間が流れていった。タ
ダはそっとフロルの腰に手を回した。フロルは静かに目を閉じた。
「タダ、取り込み中に悪いけど、もう大学に着いてしまったんだ」
四世が声をかけた。知らないうちに帰ってきていたのである。タダはあわてて荷物
を抱えた。つかの間の“ロマンチック”はあえなく最期を遂げてしまったのである。

 トトの研究は無事に成功し、彼の作った健康タバコは彼の父を含め愛煙者に大い
にもてはやされた。ただし、教授陣には受けが悪く今回のトップは逃してしまった
のであるが…
「トト、気にすることはないさ。このメンソール、なかなかいい味だ。十分商品に
なる」
四世は大いに満足していた。
「そうそう、やっぱり実用化できる研究が一番だよ」
赤鼻も慰めではなく本気で言った。彼も手にノーマルタイプのを持っている。
「そう言ってもらえると僕、嬉しいよ。トップを取る為の研究でなくて結果的にト
ップに立てたらてていいんだって今回のでつくづく感じたんだ」
「そういう事、なにもトップだけが人生じゃないんだからな。オレも航空科でトッ
プを意識せずに頑張るからな」
フロルの言葉にタダはクギを刺すように言った。
「君はせめて真ん中以上を目指してほしいな。もうすぐテストだろ」
フロルをのぞいてみんなは一斉に笑った。
「いいもん、又お前んところに押しかけて前みたいに徹夜で頑張るもんね」
今度は視線がタダに集中した。言い訳するタダにどうやら誤解だけが残ったようで
あった。

                                終




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