星色物語bP2
フロルのペット編
その星の最終戦争は突如として始まった。まだ核爆弾や反陽子爆弾など知らない極
めて原始的な人類はあらゆる兵器を駆使して戦った。そして最終的に勝ち残ったのは
最も貧乏な国であり、その兵器とは生物兵器であったのだ。低コストで大量生産でき
る細菌兵器はごく普通の民家の一室で培養された。自国の勝利を願う国家の軍人によ
って相手国にばらまかれた細菌は、あっと言う間に全世界をかけめぐり、その星の人
類の体を破壊してしまったのである。そうやって発展途上で滅びて行く人類は銀河系
では珍しいことでは無かったのだ。
そしてその星に100年余の年月が流れて行った…
医学科の学生、ヒュー・リホは自分の星の歴史を綴った本を閉じた。過去に起こっ
た愚かな最終戦争のお陰で彼の星の人類は生きて行けるのであったから… 彼の四代
前は惑星移民であった。彼らの故郷の星は自分の惑星ほどの大きさを持つ彗星の衝突
を避けられず、自ら星を捨てて逃げて来たのである。自分たちの条件に合う星をさが
しつつワープを重ねた人々は、ついに祖国となるべき星を発見したのである。過去の
生物戦争で滅びたと見られる惑星であったが、蔓延している細菌は自分たちにとって
は害のない物であったのだ。しかしその喜びもつかの間、彼らはその星には彼らの細
胞をゆっくりと破壊して行く恐るべきウィルスがひそんでいる事を知ったのである。
そのウィルスは新しい宿主である彼らを大歓迎し、彼らの遺伝子に食い込んでしまっ
たのだ。ウィルスと共存できる期間はわずか20数年であり、それはすなわち彼らに
とって新しい寿命になってしまったのである。普通一般によく見られるタイプの人類
には害のないウィルスであったが彼らにとっては死のウィルスだったのだ。
ガンガはヒューと組んで微生物の研究を行っていた。ヒューは医学科でも常に上位
を維持している優秀な学生であったが友人を作る事なくこれまでの学生生活を送って
来たのである。彼は他人を寄せ付けない雰囲気を持っていたのだった。彼の外見は薄
緑色の体毛の無い皮膚で覆われており、その表面はヌーのような強固なうろことは違
いつややかで脆弱であった。彼はガンガとぺアを組んだものの打ち解けた話をする事
も無く、ただ研究室のみの付き合いだったのである。
「ガンガ、しばらくでいいからこいつを飼っていてくれないか?」
フロルがガンガの研究室にやってきて小さな容器に入った生物を差し出した。
「ヒトデじゃないか。こんなものをいったいどうしたんだ?」
「もらったんだ。週末に海に行ってきた奴にさ。前に一匹こいつの日干しになったの
を見たことがあったから生きてるのを見て見たいって言ったら取って来てくれたんだ」
おそらくフロルに気に入られようとした誰かがわざわざ取りに行ったのだろうと想像
がつく。彼女は多分何も感じてはいないだろうが…
「随分いるじゃないか」
ざっと数えて30匹ぐらいは入っている。
「10日ぐらいでいいんだ。ちょこっとペットを飼っている気になってみたいんだ。
こいつ、かわいいんだもん」
フロルは子供みたいに嬉しそうな表情をしている。ガンガもフロルの笑顔には弱いの
だ。
「ま、それくらいならいいけど。でもこんなののどこがいいんだ?」
ガンガはどう見てもかわいいとはおもえない棘皮動物を眺めた。そういえば大学のあ
る近所の海にはヒトデはいない。フロルの星にいないならば彼女が初めて見たとして
も不思議ではなかったのである。
「オレ、星をみるのが好きなんだ。こいつヒトデっていうんだろ。でもオレには人の
手じゃなくて星に見える。オレこいつが宇宙から落っこちて来たみたいでかわいくて
さ。こいつがいっぱいいる海にもぐったら宇宙の星の中にいるみたいだろうな… 」
ヒューはフロルの言葉に振り向いた。今まで無関心であったのがウソのようにその表
情は複雑であった。宇宙から落っこちたという表現が自分たちの祖先と重なったのか
もしれない。しかしフロルもガンガも彼の表情に気が付かずたあいない話を続けてい
たのである。
「フロル、君は意外とロマンチストなんだな」
ガンガは笑った。別にばかにしているのではない。彼女のかわいらしさが嬉しいので
ある。タダがよく“フロルがもっとロマンチックだったら”とぼやいていたのを思い
出す。しかしフロルは充分にロマンチックなのだ。彼は知らないのであろうか? そ
れとも… ま、それは自分が心配することではないのだ。
「それじゃ、この水槽で飼うといい」
「悪いな! 感謝するよ、ガンガ。今度オレんとこでとびっきりいいお茶飲ませてや
るからな」
フロルは水槽にヒトデを入れた。常備されている海水を入れた容器の中で薄いオレン
ジや青緑のヒトデは静かに寄り添うようにくっついていった。ヒューはふたりの後ろ
からじっとそのヒトデを見つめていたのであった。
「タダ、お前にも見せてやるよ。ほんとにかわいいんだから」
フロルはタダをむりやり研究室に連れて来た。テラ系出身のタダにとってヒトデはあ
りふれていてめずらしくも何ともない生物だったのだ。ただしこのヒトデは夜になる
と発光する種類であったが…
「ほら、こいつ餌をうまそうに食うんだ」
フロルが持って来た二枚貝をヒトデは五本の指で強引にこじ開け、星形の中央にある
口から風船のような胃袋を出して包み込んで食べてしまった。
「フロル、こんなのがかわいいかい?」
タダはつくづくフロルがロマンチックでないと思った。
「お前ほどじゃないけどかわいいぜ」
フロルはタダのほほにキスをした。“比較されたくはないけど… ”という言葉がそ
こまで出かかったのであるが、やめておいた賢いタダであった。
ガンガは自分の故郷のためにも研究に余念が無い。しかしそれ以上にヒューは必死
であった。時折ガンガと口論になるくらい彼は研究に対して前向きであった。しかし
それはガンガに取って決して不快な事ではなく、むしろ刺激になっていたのである。
彼らは細菌のマイクロメートル(千分の一)の単位からウイルスのナノメートル(百
万分の一)の単位までの範囲の増殖、および根絶の研究を行っていたのであった。
「君みたいに熱心なやつは初めてだ」
ガンガとペアを組んで一週間目の事だった。
「なんだ? 唐突に… オレはいつでもこの調子だが」
ガンガは不思議そうにヒューを見た。かすかに笑っている。彼のそんな顔を見たのは
おそらくガンガが初めてだろう。
「ほかの奴らはあまり真面目に取り組んではいない。僕はそれが許せないんだ」
ヒューは吐き捨てるように言った。
「そうかな、オレにはそう見えないけど… 人によってはペースが違うからな。オレ
は時間が惜しいだけなんだ。人によって時間の感覚が違うからな」
ガンガはヒューの目を見て言った。穏やかな落ち着いた眼差しである。ヒューはその
目を前に何かを言いたげであったがそれは言葉にはならなかったのである。
「時間が惜しい… この大学で何人の学生がそう思っているのだろう?」
ほとんど独り言のようなヒューの言葉にガンガは何か引っ掛かるものがあった。
「あ、悪いな。入るぜ」
てっきりガンガがいると思って声もかけずに開けた研究室に彼がいなかったのでフロ
ルはヒューに一言声をかけた。彼は振り向きもせずにうなずき、もくもくと研究を続
けている。フロルはそんなヒューを気にする事なく餌をやった。
「なあ、お前ずっとここにいるのか?」
フロルはヒューに向かって声をかけた。彼はその声で初めてフロルの方を振り向いた。
「そうだよ」
ヒューは短く答えた。
「オレ、お前の事、全然知らないけどいつも切羽詰まったような顔をしている」
フロルは彼の前のいすに腰掛けた。別に話し込もうと言う気ではなかったがついガン
ガと話す時のいつもの癖であった。
「君や君の友達みたいにのんきにしていられないからね」
ヒューは少し刺のある言い方をした。
「オレとガンガの事か? 随分な言い方だな。まあ当たっているとこもあるけどよ。
ではお前にはのんきにしている時間がないんだな」
フロルの刺のある言い方にヒューは思わず苦笑した。
「オレの事は何を言われてもいいがガンガの事、悪く言うのはよせよな。あいつこ
そ時間がないんだから… 」
「僕はさっきガンガの事を言っていたのではなかったのだが… でも彼には時間が
ないってどういう事だ?」
ヒューは聞き返した。
「自分で聞けばいいじゃないか。ずっと一緒にいるんだろ。それにオレの口から言
う事じゃねぇよ。じゃあな」
フロルはいすから立ち上がり研究室から出て行った。
ヒューはさっきからフロルの言葉の意味を考えていた。時間がない… それは彼
にも当てはまるのだ。そのために彼は今までこの大学で友を作らずにいたのであっ
た。友を作れば未練が残る… そんな弱気な心を彼は持っていたからだ。
「ガンガ、さっき君の友人がやって来ておかしな事を言った」
ヒューは思い切ってガンガに聞いた。
「おかしな事? フロルかい? 言ったのは」
「名前は知らないが… 君の事を時間がないって言っていた」
ガンガは自分の運命を隠していたわけではなかった。しかし、別段いいふらしもし
ていなかったのである。彼は自分の星の事をヒューに語った。そしてヒューも又、
自分の運命をガンガに話始めたのであった。
フロルは夜中にアパートを出て行った。ガンガの研究室に行くつもりなのだ。彼
女は海に放す前にヒトデが発光している所を見たかったのだ。タダに行ってもよか
ったのだがもう寝ているようなので起こすのも悪いと思って一人で行こうと決めた
のである。校舎は常に24時間対応で管理されており、その部屋の開閉は学生証が
あればよかったのだ。
外から見た校舎にはたくさんの明かりがともっておりその熱心な態度がうかがい
知る事ができる。中には酒盛りをしている不届き者の学生が無きにしもあらずだっ
たが…
フロルは研究室の前に立って学生証を差し込もうとした。しかしなぜかそこはロ
ックされていなかったのである。フロルは不審に思って一歩中に踏み込んだ。
「 …!!? 」
フロルは廊下に響き渡るくらいの悲鳴をあげた。電気の消えた研究室にはぼんやり
光るヒトデだけでなく、薄緑に光る人影が見えたのである。
人影はフロルの声に振り返り彼女に向かって歩いて来た。
「キャーーッ!!」
フロルは後ろを振り返らずただ走って逃げて行った。どこをどう通ってアパートの
所まで帰って来たのか分からないが気がついたらタダのアパートのドアをたたいて
いたのである。
「タダ、タダッ!」
フロルは息を切らしてタダを呼んだ。
「どうしたの? こんな夜中に… 」
もう寝ていたのだろうと一目で分かるタダがドアを開けた。フロルはタダの顔を見
るなり彼にしがみついた。体の震えがまだ止まらない。そのうち安心したのか不覚
にも涙がこぼれてきたのである。大きな鼓動が体を通して伝わって来る彼女を力強
く抱いてタダは訳を聞いた。
「とにかく行ってみよう」
タダはフロルをさそった。随分落ち着きを取り戻した彼女は今度は何だか腹が立っ
て来たのである。
「よーし、行ってやろうじゃねぇか! オレをこんなに脅かすなんて許せねぇ」
タダはその変わり身の早さに笑った。さっきまで泣いていたかと思ったら… そん
な思いである。
「タダ、早く行こうぜ」
フロルはタダの手を引っ張って行った。彼がいたら何とかなる、フロルのそんな思
いがその手から伝わって来て、タダは男としての喜びを深く感じるのであった。
研究室はすでに閉められていた。タダは学生証を差し込みドアを開いた。しかしそ
の中には誰もいない… タダはこの部屋の中に言いようのない悲しみのようなもの
を感じていた。
「フロル… 」
タダは水槽の方に歩いていった。彼はその中にあるものを彼女に見せるべきかどう
かを迷ったが、やはり知らせない訳にはいかなかったのである。そこには無残にも
五本の指をバラバラに切断されたあわれなヒトデが沈んでいたのだった。フロルは
さっきの恐怖とは違う恐ろしさを味わっていた。急に黙り込んだ彼女をタダはどう
慰めようかと考えたがそっと頭を引き寄せるだけにとどめておいた。悲しみが彼女
をつんでいる。
「明日… 一緒に海に帰してやろう」
タダはそう言って研究室のドアをロックした。
「今夜は僕の所に泊まるかい?」
アパートの前で彼は聞いた。フロルははっとしたように顔を上げた。
「何もしないよ。一緒に寝よう… 」
フロルはタダの背中に手を回し素直にうなずいた。今は何も考えられないと言った
ような表情であった。
突然のコールに目を覚ましたタダは受話器を取った。知らないうちに朝になって
いたのである。ゆうべ自分の腕の中でじっとしていたフロルはいつの間にか眠って
いた。その電話の主はガンガだったのだ。
「フロルはそこにいるんだろ?」
ガンガが聞いた。いないとは言えず答えに詰まったタダだったが、ガンガは察して
いたのである。彼はタダにヒューの事を話し始めたのだった。
「僕は時間が惜しい。夜遅くまで研究室をかりてウィルスを根絶する研究を続ける
事を教官にも許しを得ていたんだ。僕は決して君を脅かすつもりじゃなかった。し
かしこの不気味な体のために君はおどろいて飛び出してしまった… だから僕は悲
しくて… それと同時に君に対する憎しみみたいな物を感じていたのかもしれない…
そして自分と同じようにぼんやり光っている水槽の中の奴らを見ると僕はもう、自
分を押さえる事ができなくなってしまったんだ」
ヒューはフロルに謝った。フロルは昨夜の人影がまさか彼とは気づかず、逆に彼を
悲しませる結果になっていたとは知らなかったのだ。
「僕たちの皮膚は薄い。体でゆっくりと増え続けているウィルスは発光性だ… 皮
膚を通して光が見えてしまう… 僕たちの人生の末期は昼間でもその光が分かるく
らいになるんだ」
「オレ… 知らなかったんだ… ショックだったけどオレも悪かったんだ。でもお
前… 」
「僕はまだ生きられる。光りはまだ薄い。現に君も研究室に出入りしていて気が付
かなかっただろう?」
「うん、全然。でもガンガの事を知った時も正直いって信じられなかった、でも色
んな星の人間がいるんだな。オレ、ここの学生になってつくづくそう思った。お前
もガンガと一緒で自分との闘いに挑んでんだな。こわい事だけどお前らってすごい
よ」
「 …僕は希望を失いたくないんだ。だからこれからも研究を続けてゆくつもりな
んだ」
ヒューはいつもの冷静さを取り戻して言った。
「そう、だからオレはよきライバルを持って嬉しいよ」
ガンガは明るい。それは短命の種族だからこそ持てる違った意味の明るさかも知れ
ないのであった。それに同じ目的を持つ友がいると心強いものなのだ。ヒューにと
ってもそれは言える事であった。彼はこの大学で初めて友を作ったのである。 タ
ダは水槽の海水を抜いた。フロルはばらばらになったヒトデを拾い集めている。ヒ
ューとガンガはそれを手伝っていた。
「フロル、大学の近くの浅い海に放してやってくれないか」
ヒューは言った。
「 ? 」
「一月後にそこに潜ってごらん。きっといいものを見られるから」
ヒューはフロルの方を見て笑った。今まで誰にも見せた事のないような笑顔だった。
あわれなヒトデを目の前にして、まだ複雑な思いであったがそれでも無理をして作
り笑顔で答えるフロル。タダはかすかに流れてくるヒューの思考を拾う事ができた。
“そうか… ”彼は一人うなずいたのである。
大学星はふたつの衛星を持っている。しかし今日は新月で、ふたつの月は出てい
ない。
「どうしてこんな夜中に潜るんだ?」
フロルは不審がった。浜辺の岩場は恋人同士でいっぱいであったが海に潜るカップ
ルはいなかったのだ。真っ暗な夜の海は誰をも寄せ付けないような威厳があり恐ろ
しげに見えた。
「さあ、フロル」
タダはフロルの手を取った。
「これはヒューからのおわびのしるしかも知れないよ」
海の中は海面の表情とは違う優しさを持っていた。岩場の多い浅い海にはみどり
や茶色の海草が静かに揺れている。音もなく暗い海は夜行性の小動物すら見当たら
なかった。そんな中をタダはフロルを導いて進んで行ったのである。
「あっ!」
フロルは岩場の陰から突然現れた光景に、口にふくんだ酸素カプセルを思わず放し
そうになった。そこにはフロルの飼っていたのと同じヒトデの群れが宇宙の星のよ
うに光っていたのである。
「 …… 」
フロルは声の出せない状態でなくても声は出なかっただろう… 彼女は海の中で宇
宙を見ていたのであった。穏やかな表情のフロルは何とも言えず女らしい。彼女は
自分が思っているよりもロマンチックなのかも知れないな… と、思うタダであっ
た。
「あのヒトデは生きていたんだよ。棘皮動物は恐ろしいくらい再生力がある。きっ
とここの海が気に入ったんだね」
浜辺に上がったタダはフロルに教えてやった。
“ヒューはあの時、フロルだけじゃなくて、ヒトデの持つ生命力も憎かったのかも
知れない… ”
タダは彼の持つ悲しみを自分には決して理解できない物であると知っていた。しか
し彼にはガンガがいる。彼らは共通の運命を持つ者としてなお、刺激しあい研究を
進めて行く事であろう。
「なあ… 」
フロルが呼びかけた。
「あれ、チャコとクィーニじゃねぇか?」
二人は岩場に腰掛けて海の方を見ているみたいだ。
「あいつらの所へ行ってみようぜ」
フロルが行こうとするのをタダは止めた。二つの影は今、一つになろうとしていた
のである。
「僕たちはあっちに行こう!」
タダは“まわれ右!”をして駆け出した。
「おい、待てよ」
フロルは追いかけた。タダは追いつかれない程度に走っている。フロルはむきにな
って追いかけてくる。タダは速度を上げた…
「おやすみ」
タダはフロルのアパートの前で言った。今日は全身砂だらけなのでキスする気には
なれないのだ。たまにはこんな日があってもいいだろう、タダは思った。そんな思
いが伝わったのかフロルは笑った。
「タダ、昨夜は惜しい事をしたと思ってんだろ!」
ドキッ! これはタダの心臓の音。
「おやすみ!」
フロルはアパートのドアを閉めた。タダはしばらく呆然と立ち尽くしていた。
今夜はフロルがいてもいなくても眠れない夜になりそうだと思うタダであった。
終