星色物語bP3


コース旅行編



 超能力開発コースには女性が多い。これは女性に超能力者が多いからと言うのでは
なくて、女性の方が興味を持っているという事にほかならないのである。大学におい
て女性の占める割合は少ないが、このコースでは半数以上が女性であった。それに比
較的単位が取りやすいという利点もあったのだ。そのコースに新しく一人の学生が入
ってきたのである。フランク・フォン・ギーベンラート、流れる銀髪の青年である。
 さりげなく髪を束ねたフランクは最初の授業からクラスの女性たちを魅了した。冷
たい眼差しに銀色の髪、タダと同じく女性の憧れである航空科というのだからもてな
い方がおかしいほどであった。フランクは生まれつき人より優れたカンを持っていた。
思考をロックする事もできる。いつかの実習でタダの念動力を目の当たりにした彼は
それに刺激され、ひそかにタダの事をライバルとは決めていたのであった。彼は思い
ついたら実行は早い。彼は迷う事なくこのコースの受講を決めたのであった。

「フランク、透視の練習だ。そこに座ってくれないか」
タダは明らかに自分を観察しているのがはっきりと見て取れるフランクに声をかけた。
タダも又、彼を意識していたのである。自分以外の人間で、フロルにキスをしたとい
う思い出しても腹が立つ男であったから…
タダはフランクの前にカードを並べた。二人一組になってカードのマークを当てると
いう極めて単純なものであったが、これは思っているよりも難しいのである。タダで
すら三分の二を当てる程度にとどまっている。タダの能力はまだまだ気まぐれで、使
いこなせる域には達していなかったのである。
「お前、まだあの女の尻を追っかけているのか?」
フランクは聞いた。しかしタダは無視してカードを繰っている。
「いつから付き合っているのか知らないが、まだ抱いた事もないんだろう?」
フランクはのぞき込むようにして言った。タダは相変わらず無表情である。彼は元々
愛想よくしゃべるタイプではない。
「なんだ、無視しやがって… まあ、いい。でもオレはあきらめないぜ」
フランクは拗ねたような態度でタダの差し出すカードの数字をぶっきらぼうに言った。
そりがあわないとはこういう二人の事を言うのであろう。フランクはタダに無視され
た事が気に食わなかったのだった。
「オレに女を取られてじたばたしている君を見てみたいな」
フランクはタダを挑発した。タダは冷たい目で彼を見た。タダの持つ最も暗い部分の
表情である。フランクは体の芯が凍るような思いがした。
「冗談だ、君を本気で怒らすとこっちの命がいくらあっても足りないよ。君はこわい
男だからな」
タダはカードを置いた。彼の言う事は当たっている。フランクは確かにカンはいいの
だなと思うタダであった。
 大学には各コースごとに別れて小さな旅行をする事があった。一般の大学における
ゼミ旅行とにている所もあった。自分が専攻しているどのコースに参加しようと自由
なので、違うコースで何度でも旅行する学生も多くいたのである。

「タダ、ここのコースの旅行に行きましょうよ」
芸術科に籍を置く、超能力開発コースのパッピが誘って来た。超能力開発コースの旅
行では男性の参加者がほとんどいない。
「いや、僕はパイロットコースの旅行に参加すると言っちまったんだ」
タダは断った。
「じゃ、こっちのコースも行けばいいじゃない。だってみんな女性ばかりなんだもの。
誰か違うコースのお友達も一緒でいいからお願い!」
タダは困った。こういう場合、断るのが苦手なのだ。
「じゃ、パイロットコースの友達も一緒でよかったらいいよ」
タダは四世をさそう事に決めた。彼女は喜んで今度はフランクの方に声をかけに行っ
た。

「なんだよー! 超能力開発コースって女ばかりなんだろ。どうして行くんだよ」
フロルは不満そうだ。
「でも四世も行くんだし… 」
多分こうなるだろうな、と思っていたがやはり思った通りだったのだ。
「オレも行きたいな。パイロットコースの友達と一緒でいいって言われたんだろ。だ
ったら、いいじゃんか」
まあ、考えてみればそうなのだ。しかしフロルは女性である。彼女達は男性と一緒に
行きたいのだ。
「フロル、君は友達じゃない」
タダは諭すように言った。確かに二人の関係は友達同士ではないのだ。しかしこの言
い方は屁理屈に聞こえなくもない。
「もういい。行けばいいだろ」
フロルはパイロットコースの教室から出て行った。タダは再び困ってしまった。四世
はタダの肩をたたきなぐさめた。
「お前、フロルにとことん惚れられているんだな。彼女を見ているといじらしくて仕
方ないよ」
四世は彼女に同情している。しかしタダはポーカーフェイスなだけで決して冷たくは
ないのであった。タダは再び超能力開発コースの教室に戻って行った。
「別にいいわよ。フランクも何人か友達を連れて来てくれるらしいし… 婚約者がい
るのって大変ね。でもどんな女性か見てみたいわ」
そういえばパッピをはじめ、このコースの学生はフロルの事を知らない。隠している
わけじゃなくて、たまたま彼女が専攻している別のコースが長引く為、ここには来な
いからである。
“しかしフランクも行くのだったらフロルが嫌がるかもしれないな… ”
タダは又、心配になってきたがもう開き直るしかないと思うのであった。

 フランクとその友人達は、パッピをはじめとする女性達に囲まれていた。フランク
もたくさんの女性達に囲まれて悪い気はしない。彼は少し陰のあるタイプの“いい男”
であった。反対に四世は明るい理想的な“いい男”でありこの二人は対照的であった。
タダを除くフランク、四世、そしてフランクの友達二人は特定の彼女はいない。フロ
ルを除くパッピ達十数人はこの旅行を一種のお見合いツァーみたいに考えていたので
ある。もちろんフランクや四世もそんなのは承知の上であり、彼らもその状況を楽し
んでいたのである。
 
 大学星からわずか0.5光年しか離れていない惑星DAIは鉱物資源の豊富な観光
惑星であった。惑星の大気は水分を多く含んでおり、したがって霧や濃霧が発生しや
すかった。この星は三つの州に別れており、他の星と交易が盛んで近代的な顔を持つ
A州、農業が盛んなB州、そしてタダ達がおとずれている工業国のC州であった。い
ずれも観光客は大歓迎で特にC州では観光客の為にわざと近代化を避けた方法で鉱物
を掘り出し、すぐ横に立てられた工場群や坑道を観光名所にしていたのである。それ
にここはサバ系ではかなり古い歴史を持つ星で、古代の遺跡なども多く発掘されてい
たのであった。ただしここはすべてのものが国営であり民間のものはなかったのであ
る。宇宙船から降り立った学生達は空港のある町から伸びている真っすぐな道を歩き
始めた。車にのる必要がないほど近かったのである。その道の左右には土産物を売る
店が並んでいた。ぼんやりと霧がかかっており幻想的な雰囲気である。
「何だかオレが来たの、悪かったみたい… 」
フロルは少し謙虚な言葉を使った。
「僕が来たのも間違いだったような気がするよ。でもいいじゃないか、せっかく来た
のだから」
タダはいつものようにフロルの肩を抱こうとしたがその手を降ろした。やはり遠慮と
いうものがある。自分達だけで楽しんではいけないと思ったのだ。
「空気の悪い所だな… 煙突が黒い煙を出している。観光の為とは言えよくやるよ、
星間連盟に加入している星でもこんなのがあるなんて… 」
フランクは批判的である。霧のかかった大気は煤煙を含んだ黒い煙が低く広がって
おり、わざわざそれを見にくる観光客もいたのであった。
「こんな状態だといまに大気汚染でオゾン層に穴をあけてしまうぞ」
四世も又、批判的な言い方をした。若い感性は世間の矛盾に鋭いのだ。
「この星の政治家は地元に住むものの事をあまり考えていないようだな」
フランクの友達のチャックの批判も続く。
「もう男の人ってそんな事ばかり… もっとこの霧を楽しみましょうよ」
パッピの横にいたシルフィーが男性陣に向かって文句を言った。女性陣はこういう
話題は苦手なのだ。
「女って視野が狭いんだな。世間に目を向けようとはしない」
フランクはつくづくそう思う。チャックも横でうなずいていた。
「男の人とは違うのよ。その代わり身近な世間を知らないのは男の方だと思うわ」
それももっともな意見である。タダは第三者としてそんなやり取りを聞いていた。 
自分達以外の観光客は鉱山の方に歩いて行った。坑道の半分は一般客用に整備され
ており出入りが自由になっていた。
「私達も入って見ましょう」
シルフィーは声をかけた。その声にみんなは歩き始めた。すれちがう観光客は口々
にその坑道の奥の深さに驚いていた。狭い坑道はアリの巣みたいに枝分かれし伸び
ていたのである。
“何だか嫌な感じだな… ”タダは空を見上げた。霧が急に濃くなって来たような
気がする。さっき通って来た道がもう見えなくなってしまっていた。
「悪い予感がする」
フランクは下り坂の坑道に一歩足を踏み入れたとたんにそう言った。タダははっと
して彼の方を見た。この男も何かを感じているのか… ? 
「フランク、変なこと言わないでよ。恐くなるじゃない… 」
パッピは踏み出した足を引っ込めた。そのちょっとした恐怖が女性陣に伝染し、み
んなは騒ぎ始めて立ち止まってしまったのだ。
「早く入れよ。後がつかえてんだぜ」
フロルは女性陣に向かって声をかけた。シルフィーはきっとした顔でフロルをにら
んだ。そんな事に臆するフロルではない。
「文句あるんだったらにらんだりせずに口で言えよな」
フロルはシルフィーの目の前に行ってはっきりと言った。思わず後退りするシルフ
ィー。
「タダ、あなたの婚約者って失礼な人ね!」
パッピは友達のシルフィーの肩をもっている。タダは苦笑した。しかしここでフロ
ルの肩をもってはいけないのであった。
「失礼なのはそっちだろ。なんでタダに文句言うんだよ。お前、ひきょうだぞ」
フロルはまだ言い足りないようであったがタダが止めた。どうやらフロルは女性陣
を敵にまわしてしまったようだ。
「この坑道の奥が化石の博物館になっているらしい」
パンフレットを見ながら四世が説明してくれた。パッピの友達もパンフレットをの
ぞき込んでいる。フランクや彼の友達も女性陣に囲まれていた。
「フロル、決してケンカをしてはいけないよ」
タダはフロルの耳元でささやいた。
「わかったよ」
フランクはそんな二人をじっと見ていた。いつかの実習の時、衝動に駆られてフロ
ルにキスをした事を思い出す。あの時、彼女は自分の女性観を変えるほどの魅力を
発揮して行動していた。しかしそんなフロルには婚約者がいたのである。あれ以来
フロル以上の女に出会った事はない。女性の多い超能力開発コースですら個性のな
い同じようなタイプの女ばかりだったのだ。
“惜しい… どうしてタダがいいんだ”
フランクは彼にしては珍しく自分を押さえていた。彼は直情型の人間なので、たと
え障害があろうとも余り気にせず行動に移すのが今までの常だったのだが…
“タダを本気で恐れているのか? いや、違う… しかし彼からは計り知れない力
みたいなものを感じる… ” フランクは自問自答した。自分のカンはよく当たる
のだ。
「わあ、すごい… 見て、フランク。すごい博物館だわ」
シルフィーの声に彼は我に返った。そういえばここだけは近代化されており化石の
保存も万全である。
「そうだね。確かにすごいコレクションだ」
フランクは気のない返事をした。チャック達は相手を見つけて楽しそうにしゃべっ
ている。彼らにとってこの旅行は“いい旅”だったのだなと思う。
「そろそろ出ないか。もうすぐ夜になる」
四世がみんなに向かって言った。そういえば彼ら以外の観光客はみな引き返してい
るみたいだった。
「知らないうちにこんなに時間がたっているなんて… 」
誰かが言った。
「この中だと時間の感覚がなくなりそうだ」
チャックも同感である。みんなは坑道を登り始めた。
「みんなそろっているか?」
フランクは確認した。確かに全員そろっている。しかしフランクはなぜか不安なの
だ。ここに入る前もそう思った。そして今、その不安がどんどん広がって行くので
ある。しかしそれが何に対してなのかはわからない。フランクは迫りくる恐怖みた
いなものを感じてか、冷や汗をかいていた。
「おい、どうしたんだ?」
最後尾にいたフランクにフロルは声をかけた。さっきから彼の様子がおかしいのだ。
四世達はかなり先を歩いている。
「タダ」
フロルはフランクの腕をつかんでタダの名を呼んだ。
「酸欠なのか? 君はどうやら酸素の含有量の多い星の出身だね」
タダは携帯用の酸素カプセルをフランクの口に含ませた。
「少しは楽になると思う。今は余計なことを考えない方が賢明だな」
タダはフランク腕を自分の肩にまわし、彼を支えた。しかしフランクはその手を拒
否した。
「一人で歩ける」
少しふらつくものの彼は一人で歩く気なのだ。
「君が感じている不安を僕も感じている。しかし今じゃないような気がする」
タダの言葉にフランクは驚いた。完璧に自分を読まれている。心は常にロックして
いるはずなのに… 
「君は恐怖のためにロックが解除されていたんだ」
さらにタダはフランクの心を読んだ。
「人の心に土足で踏み込むような真似はするな!」
フランクの言葉に意外と素直にタダは謝った。確かに自分はフランクに対してだけ
意地悪になっていたのである。所詮自分は普通の人間なのだ。彼の前だとどうして
も暗い部分が出てしまう。
「何だ? この匂いは?」
先頭にいた誰かが大きな声で言った。そういえばさっきから変な匂いがする。外に
出て見ると辺りは濃霧に包まれていた。
「まるで夜だな… 」
四世が言うのももっともで、まだ夕方の時間なのに暗くて何も見えないのだ。かろ
うじて街灯だけが見る事ができるので、ここに道がついているのだという事がわか
る。
「早くホテルに行こうぜ」
チャックがみんなをうながした。
「恐いわ… どうしてこんなに霧が濃いのかしら… 」
パッピの言葉に女性陣は敏感に反応する。彼女達はわけもわからず怯えていた。
「みんなかたまって歩こう。迷子になったら大変だ」
四世をはじめとする男性陣が女性陣を守るようにして歩いて行った。変な匂いは
ますますきつくなってくるみたいである。
「これは煤煙だな。ハンカチで口をおおっていた方がいいよ」
タダが指示した。実際口で息をすると黒い霧が喉にささり何となく息苦しいよう
な気がする。みんなはそれに従った。
「ひどい所ね。こんな所で生活している人がいるなんて… 」
シルフィーの言葉は的を得ており、それはこの星の政治レベルの問題だけにどう
にもならない事は明白だったのだ。
 ホテルにチェック・インした一行はそれぞれの部屋に別れて入って行った。こ
のホテルの名物は温泉であり、立派な浴槽には自然そのままの岩場が作られて露
天ぶろの趣があった。この町ではあちこちに露天の温泉が湧いているのだが、空
気が悪い為に湯治客はいなかったのである。
 ティラとカズは同室になったフロルをさそって温泉に入っていた。食事までま
だ少し時間があるからだ。彼女達は初めてフロルと口をきいたのだった。
「まさかお前らが誘ってくれるとは思わなかったぜ」
フロルは正直な気持ちを二人に伝えた。二人は顔を見合わせた。
「このコースのボスはパッピやシルフィーだろ。すぐにわかったんだ。あいつら
に逆らったら恐いと思ってんのじゃねぇのか?」
その通りであった。
「フロルはいいわね。何でも思っている事がはっきりと言えて… 私にはとても
できない。集団の中で仲良くやって行くには誰かに従わなくてはいけないものな
のよ。私は孤立するのが恐いの」
カズの言葉にフロルは疑問を感じていた。
「でもそれだと自分を殺すことになるぜ」
「それでもいい。彼女達に気に入られている内は楽しく学生生活を送れるから」
「超能力開発コースに入っている女性のほとんどは芸術科の学生よ。だから毎日
おなじコースで顔を会わすからそれが一番だわ」
ティラもカズと同じ意見である。
「ふうん、女って複雑なんだな… でもオレはそんなのは嫌だ。お前ら人の意見
にほいほい従ってるとつまんない人間になっちまうぞ」
フロルの言わんとする事はよくわかるのだが、しかしそれは彼女達にとっては難
しい事であった。
「な… なんだよ。オレに何か付いてるのか?」
彼女達が自分をじっと見ているのでフロルは聞いた。二人は感心したようにフロ
ルを見ていたのだ。フロルは同じ女性として羨ましいくらいの美貌をもっている
のである。その美貌とは裏腹に彼女は自分達にはない強さをもっていだ。
「タダがあなたを選んだわけがわかるような気がする。あなたを見た時、タダっ
て面食いなだけの人かと思ったけどそうじゃなかったのね」
カズが言った。
「あなた達どんな関係なの?」
ティラの質問にフロルは一瞬息が止まった。
“女ってこんな事、平気で口にするのか?”それは女友達のほとんどいないフロ
ルにとって新鮮な驚きであった。

「後でオレ達の部屋に来ないか?」
   大部屋で食事をしている時にチャックはみんなをさそった。せっかく団体で旅行
をしているのだ。こんな楽しみは団体でないと味わえないものである。
 食後の短い時間にカズとティラは薄く化粧をしていた。フロルは不思議そうに
それを見ている。
「フロに入ったのにどうして化粧なんかするんだ?」
フロルは聞いた。
「化粧をしないあなたにはわからないだろうけど男の人の前に出るときは気を使
うのよ」
ティラはルージュを引きながら教えてくれた。フロルはめずらしそうにいっぱい
に広げられた化粧品を見ている。
「姉上の持っているのと同じのがある… 」
フロルはコンパクトを手に取った。そういえば姉たちもよく化粧をしていた… 自
分とは違い生まれた時から女性らしい姉たちであった。なぜだか急に故郷が懐か
しくなったフロルである。
 彼女達は服を着替えて鏡の前に立っていた。フロルはただぼんやりとその様子
をながめながら“女”というものの研究をしていたのであった。
「ティラ、カズ、チャックの部屋に行きましょう」
パッピが誘いに来た。彼女はフロルを無視してる。
「行って来ればいいよ。お前らにはあいつらとの付き合いってもんがあるからな」
フロルは二人を送り出した。無視された事は別に気にならないが一人でいるのは
やはり淋しいものだ。彼女はホテルの中でも見て回ろうと思いつき部屋から出て
行った。ここのホテルの窓は密封されており開かないようになっている。恐らく
それほど外気は汚れているのだろう。そんなことを考えながらフロルはロビーに
ある土産物売り場にやってきた。別に何を買うではないが見ているだけでも楽し
いものだ。鉱山夫の人形にガンガにそっくりなのがあってフロルは思わず笑って
しまった。
「お姉ちゃん、何がそんなにおかしいの?」
小さな女の子が話しかけて来た。五つぐらいのおしゃまな子である。
「この人形さ、姉ちゃんの友達にそっくりなんだぜ」
フロルは鉱山夫の人形を指さした。女の子はそれを見て笑った。
「おかしな顔をしているんだね。お姉ちゃんのお友達って」
達者な星間用語を使う女の子は声を上げて笑っている。それを見ながら“ごめん、
ガンガ”と、心の中で手を合わすフロルであった。
「済みません、うちの娘が何か失礼な事を言ったのじゃないでしょうか?」
上品な夫人がフロルに声をかけた。一目で母親とわかるくらいそっくりである。
「いや、そんな事は… でもこの子が星間用語を使うのには驚きました」
フロルは出来る限りていねいな言葉を使ったのだが、それでもまだ少女の方がき
れいな言葉遣いである。
「私達は夫婦で船に乗っているからどうしてもこの言葉が必要なのです。だから
この子も必然的に覚えてしまったのね」
夫人はにっこりとほほ笑んだ。落ち着いた品のある美しさをたたえている。女の
子は母親の手にしがみついて何かをねだっていた。そのしぐさがかわいくてフロ
ルは女の子に近寄り頭を撫でた。両親が船に乗っているという事は、パイロット
なのかな? それじゃ子連れのパイロット? ふと思った。

「パッピ達にシカトされたのか?」
フランクがいつの間にかフロルの横に立っていた。彼女は女の子に手を振り、母
親に向かって会釈した。
「お前、チャックの部屋にいたんじゃなかったのか?」
フロルはフランクに聞いた。彼と彼の友達の三人は同室だったのだ。
「抜けて来た。オレはあんなの好きじゃないからな。そんな事をする時間があれ
ば君をくどいていた方がましだ」
フランクは一歩近づいた。フロルは一歩退いた。
「何だよ!」
フロルの声に近くにいた宿泊客が振り向いた。彼らは何事かと思いこっちを伺っ
ている。
 フランクはフロルの手首を握り廊下の方へと連れて行った。
「痛いじゃねぇか… 何すんだよ。オレに何か文句でもあるのか?」
フロルは赤くなった手首をさすっていた。 
「済まない。でもこうでもしないと君と話をする事もできないからな」
「オレは話す事なんてねぇぞ」
フロルは部屋に帰ろうとした。しかしフランクの腕がそれをさえぎった。
「逃げないで聞いてくれ。オレは本当に君みたいな女は初めてなんだ。オレの周
りにいる女はつまらない奴らばかりだった。オレが女に愛想を尽かし始めた時に
出会ったのが君だったんだ!」
フランクはかなりエキサイトしている。フロルは困った。いったいどうやってこ
の場面を切り抜けたらいいのだろう? 彼女は無意識にタダを呼んでいた。
“もう二度とこいつにキスされるのはごめんだ!”
頭の中にいつかのキスシーンが浮かんで消えていった。彼女は今、男の持つ本性
の恐さを身をもって感じていた。こんな感覚は生まれて初めてだったのである。

「タダ、どこに行くんだ?」
四世が急に立ち上がったタダに聞いた。
「いや、ちょっと… 」
タダは言葉を濁した。パッピ達の手前、フロルが呼んでいるような気がするとは
言えない。彼は部屋から飛び出してフロルの気配を探していた。

「君は本当にタダに愛されている自信はあるのか?」
フランクはまだフロルに執拗に迫っている。彼女はとうとう壁際に追い詰められ
てしまったのだ。壁に両手をついた形で彼はフロルを捕らえていた。フロルは彼
から逃れようと、その手を掴んだがびくともしなかったのである。
「タダはお前みたいな事は言わない… こんな事もしない… 」
フロルはフランクの目を見て力無く言った。彼も又フロルの目をじっと見つめて
いる。
「どうしてオレを拒否するんだ!」
フランクはフロルの手を強く握った。
「 …だってお前のいい所… オレには全然見えねぇもん… 」
フロルは目を閉じた。どうして自分は無力なんだと情けなくなってくる… まぶ
たが熱くなり涙が頬を伝って落ちた。
「 あ…  」
フロルに目の前で泣かれてしまったフランクは、はっとして我に返った。
   ・・・ !!
 突然タダのパンチがフランクの片頬に決まった! よろけながら立ち上がると
目の前にタダが無表情で立っていた。タダの冷たい目はフランクに心理攻撃をか
けている。彼は再びその場にうずくまった。彼はカンがいいだけに普通の人間よ
り敏感に反応する。タダのサイコエネルギーは思ったより強く彼に襲いかかって
いたのであった。
「タダ… もういい… こいつ何もしていないから… 」
フロルは後ろからタダに声をかけた。
「よくない。少なくともフランクは君を泣かせた」
タダはいつもの顔に戻ってフロルの方を向いた。これ以上フランクと向き合って
いればもっと自分を失いそうで怖くなる。彼は自分の奥に眠る何かに揺さぶりか
け、刺激するのだった。

 突然大きなサイレンの音が聞こえて来た。外で鳴っているのだ。その時ホテル
の中の警報機が一斉に鳴り出した。
「緊急事態です。有毒ガスの霧が発生中! 長時間の外出は危険です。当ホテル
ご利用のお客様は外出をなさらないようにして下さい! 繰り返します… 」
館内放送が流れてきた。さっきの黒い濃霧がまだ消えないのだろう。館内にいる
宿泊客は騒ぎたてず冷静にそれを聞いていた。

 フランクは再び悪い予感がしてきた。昼間に感じたものより強い気がする。彼
は恐怖を感じ、無意識に誰かを呼んだ。
“!!”
タダはその呼びかけをキャッチした。これはフランクが誰にというのではなく呼
びかけている声だという事がわかる。
“フランクがテレパス?”タダは驚いた。彼は自分でも知らないうちにテレパシ
ーを発していたのである。タダはすぐ横でうずくまっているフランクを見た。

「どうしたんだ?」
フロルは昼間出会った女の子の母親に声をかけた。ひどくあわてている。
「ジャムがいないのです! さっきからずっと探しているのに!」
さっきの子はジャムという名なのだろう。
「いつからですか?」
タダが聞いた。
「さっきこちらの人と話していたすぐ後なんです!」
フロルの事である。二人は顔を見合わせた。少し前の事なのだ。
「タダ!」
タダはうなずいた。フランクの悪い予感とはこの事だったのか? タダ自身も昼
間に感じたあのおかしな感覚がよみがえってくる。
「外にいる!」
フランクは叫んだ。さっきまでフロルといっしょにいたのだ。彼が知っているは
ずはない。
「オレのカンは当たる! 早くしないとその子が危ない!」
タダは直感した。彼のカンは当たっていると…
 フランクは弾かれたようにホテルから出て行った。入り口のホテルマンは彼を
止めようとしたが、彼はすりぬけて外の暗闇の中に消えていった。
「無茶だ! 彼の肺はそんなに強くないのに」
タダが出て行こうとするのをやはりホテルマンが止めた。
「子供がいなくなったんです! 外に出ているかもしれないのです」
母親はホテルマンに頼んだ。すると彼はドアの横の棚から人数分のライト付防塵
マスクを出して来た。こういう事はよくある事なのらしい。彼は出て行った人数
をチェックし、再びもとの位置に落ち着いたのである。 

 外は夜の闇とは違うどんよりとした闇が広がっていた。街灯もうっすら分かる
程度で地面を照らしてはいない。そんな中で土産物を売っている店が店じまいを
していた。売り子の姿は見えないのだけれど声だけはやけに近くに聞こえてくる。
大気中の水蒸気が多い為に音の伝わりが速いせいであろう。タダは売り子に向か
って声をかけた。
「姿は見えなかったけれど誰かの足音が聞こえてきたよ。ついさっきと… 少し
前だったかな?」
マスクをつけた売り子が答えてくれた。さっきのがフランクだとすれば少し前の
はおそらくジャムだろう。
「ありがとう」
タダは短く礼を言った。
   ジャムは小さなこどもにありがちな無意識の好奇心でホテルの外に出たくなっ
たのだ。親の目を盗んで行動する積極性と我がままををこの少女は身につけてい
たのであった。しかしそれは30歩も歩かないうちに後悔に変わってしまったの
である。自分が思っていた以上に濃い霧が自分を取り巻いて、ホテルの位置を分
からなくしてしまったのであった。ジャムはべそをかきながらさまよっていた。
最初は街灯を一つづつたどって歩いていたのだが、知らぬ間に明かりはどこかに
消えていた。どうやら道ではない所を歩いているみたいなのだ。
「ママ!」
ジャムは小さな声で母を呼んだ。息を吸うごとに汚れた空気が入ってくる。大き
な声を出すとすぐに咳き込んでしまって出すことができない。
「パパ… 息ができないよ… 」
咳をすると胸が痛くなってくる。彼女の小さな肺は汚れた空気に必死に対抗して
いるのであった。
「おーい… !」
近くで誰か人の声がする。ジャムは顔を上げた。
「パパ? パパなの?」
彼女は返事をした。
「おっと、ここだったのか、ちび助!」
彼女の前の闇からひょっこりとホテルで見かけた青年が現れた。
「ちび助じゃない、ジャム!」
そう言いながらもジャムは泣きながらフランクの胸に飛び込んで来たのである。
「母さんが心配して探していたぞ! この親不孝者め」
そう言ってフランクも激しく咳き込んだ。彼の肺はジャム以上にここの空気に対
応できない。ジャムも又、激しく咳をしている。
「おい、このハンカチを口に当てていな。ちっとはましだろうから… 」
フランクはハンカチを取り出してジャムに持たせた。彼はあえぎながら言った。
「お兄ちゃん… 汗がいっぱいでてるよ… 苦しいんだね」
ジャムはそのハンカチで汗をふいてやった。
「さあ、ホテルに帰ろう」
フランクはジャムの手を引いて立ち上がろうとしたが再び激しく咳き込んだ。こ
んな発作は初めての事だったのだ。彼は息が詰まりそうになった。
“誰か… !”
フランクは心の中で助けを求めた。それは彼が無意識のうちに出した強いテレパ
シーとなり、少しでも精神感応する事のできる者の心に届いたのである。

タダはそれを一番速くキャッチした。
「フランクがいた! ジャムも一緒みたいだ」
タダの言葉にジャムの母親は驚き、そして喜んだ。
“フランク、どこにいるんだ? 苦しくて動けないんだろ”
突然タダからのテレパシーが頭の中に飛び込んで来て、フランクは一瞬咳が止ま
った。どうしてタダの声がする? オレが何かしたのか? 考えている時間はな
い。腕の中で咳き込んでいるジャムも体力は落ちて来ている。
“フランク、今からそっちへ行くから何か話してくれ! 僕はそれをたどって君
の所へ行く!”
タダは彼に呼びかけた。しかし、もともと親しくないどころか最悪の関係である
タダと何を話せばいいのかとっさに思いつかないのであった。
“タダ、フロルをオレにゆずってくれーっ!”
フランクは思いっきり心の中で叫んだ。このテレパシーはホテルにいたティラに
も届いたのである。彼女はわずかながらの精神感応保持者だったのだ。
 タダは腹を立てていた。どうしてこんな時にそんな言葉がはけるのだと。
“フロルは品物じゃない! それに僕が彼女を離したりするもんか!”
タダは言い返した。
“それじゃ、お前が愛想を尽かされるのを待つしかないのか?”
フランクは返事をした。タダはますます腹が立ってきた。
“僕はそうならないように努力するつもりだし、彼女もそれを分かってくれると
思っている!”
タダはフランクの意識をしっかりとらえ、彼に向かって歩いて行った。フロルは
タダがテレパシーをたどり、確実に二人の所に進んでいるのだとジャムの母親に
教えてやった。
“お前は本当に彼女を愛しているのか? 上っ面だけに惚れているんじゃないだ
ろうな。あんなにいい女、めったにいないからな”
フランクはまだ言い足りないらしい。タダはムキになった。
「僕は外見だけじゃなくて、フロルの全てを愛しているっ!!」
それは声を伴ったテレパシーであった。
「タダ… そんな事… 大きな声で… 」
フロルは横にいる母親を意識して顔が熱くなっていった。タダも我に返り赤くな
っている。タダの頭の中でフランクが笑っているような気がして、彼は激しく頭
を振った。チャックの部屋にいたティラは二人のやり取りを逐一みんなに説明し
ていたのであった。

 タダがフランク達を見つけた時、彼らはかなり弱っていた。母親はすぐに自分
のマスクを外しジャムにつけてやった。タダもフランクにマスクをつけて彼をか
かえた。疲れ切っているのかフランクはおとなしくタダの肩に手をまわしている。
ジャムは母親が迎えに来てくれたので急に元気を取り戻したみたいで抱っこをね
だっていた。タダはフランクを抱えながらもう一度彼を殴りたい心境になってい
た。テレパシーでの会話がまだ尾を引いているのである。
「タダ、お前… 今、オレを殴りたいと思っただろう… 」
フランクは何となくそう思った。カンである。タダは返事をしなかった。
「フロル、オレのいい所… お前に見せようとしたんだけど… 見せられなかっ
たな… 」
彼は残念そうに言った。
「それでお前… 」
フロルは彼の気持ちを察する事ができた。彼なりに本気だったのかも知れない。
 ホテルについたタダはみんなから冷やかされていた。
「おい、いまさらテレパシーで愛の告白なんかしなくてもいいんじゃない? テ
ィラが教えてくれたんだ」
四世がからかった。
「いや、それは… あの、フランクを探していて… 」
タダはしどろもどろである。彼らは何が起こったのかは知らないのであった。

 フランクとジャムはホテル内の救護室に寝かされていた。ジャムの両親はジャ
ムにずっと付き添っていた。フランクはジャムの様子を見に来ていたフロルを呼
び止めた。少し迷惑そうな顔をしたもののフロルは彼のそばによって行った。
「怒ってるんだろう?」
フランクは聞いた。
「怒ってる」
彼女は答えた。
「結果なんて最初から分かってたさ。でも、ひょっとしたらと言う事もある。オ
レはいつでも可能性にかけている」
「不可能という事もあるぜ。オレお前の事、好きになれそうにないや」
フロルの言い方は正直で冷たい。
「本当にはっきりした奴だな、お前は… 」
フランクはため息をついて目を閉じた。
「行けよ、タダの所へ… 」
それはいつもの自信に満ちた彼とは思えぬ程小さな声だった。
「 …じゃあな」
フロルは軽く手を上げて救護室から出て行った。

「 …!」
外にはタダが立っていた。フロルが救護室に行ったのが気になり、チャックの部
屋から抜け出してきたのであった。
「タダ、ジャムの両親が何度も礼を言っていたぜ」
フロルは少し首をかしげてにっこり笑った。
「うん」
タダは上の空で返事をし、フロルを軽く抱いた。彼女の暖かさは自分の嫌な部分
を全て溶かしてくれるみたいな気がする。タダはしばらくフロルを離そうとはし
なかった。

 次の日の空は珍しく晴れていた。濃霧が発生した翌日は工場は仕事を半減する
ようになっていたからだ。今日は工場の近くにある古代遺跡群の見学をしてから
大学に帰る予定になっていた。フランクも体調が戻ったのかいつもの自信ありげ
な顔で歩いている。きのうタダに殴られたせいか、フロルをあきらめられそうな
気がする。
「ティラ、きのうオレの呼びかけを受け取ったのは君だろう?」
フランクは彼女に話しかけた。彼はゆうべ、かすかに感じたティラの気配を思い
出したのだ。彼女はフランクとタダのやり取りをみんなにばらしてしまっていた
のだった。
「ごめんなさい! 悪気はなかったの。だってそれがテレパシーだって事も後で
聞いてわかったくらいなんだもの!」
ティラはフランクに謝った。その素直なしぐさがフロルに少し似ている。
「いいよ、そんな事。オレも初めての経験だったからな」
フランクはティラの肩に手を置いた。慣れた手つきである。彼は今までそのよう
にして女性に接していたのだろう。フロルを除いての…
 カズは昨日一日をフロルと過ごした事によって、彼女の女性としての魅力に引
き付けられていた。彼女の真っすぐな生き方がカズにとっては新鮮だったのだ。
それにつられてパッピやシルフィーの取り巻きの者までが話をしようとフロルの
そばによって来たのである。
“ま、いいけどね”
タダはフロルと引き離されたのであまりいい気はしていなかったのだ。しかし彼
女も女性の友人が必要だろうと思ってあきらめていたのである。四世達も女性陣
と仲良くしゃべっている。
 タダは思った。出かけるならばやっぱり二人きりの方がいいと…
 
「タダ、なにぼやっとしてるんだ?」
帰りの船のロビーで外を眺めていたタダにフロルが聞いた。
  「いや… あの子どうしてるかなって… 」
タダは窓に写ったフロルの顔に向けて返事をした。
「ジャムの事? 今頃どっかの空を飛んでんだろうな。両親と一緒に… 」
フロルは遠い目をして星を見上げた。
「なぁ!」
フロルは急に振り向いた。
「オレ最初の子供、女の子がいいや!」
どうやらフロルはジャムが気に入ったようだ。
「いや、僕は男の子がいいな。僕がいろんな事を教えてやるんだ」
タダはフロルに逆らった。
「でも、産むのはオレなんだぜ。そこんとこを… 」
フロルの言葉をさえぎるようにタダは軽くキスをした。本当は男でも女でも両性
体でも何でもよかったのだ。フロルのむきになる所を見たくなっただけなのだか
ら… そんなタダの気まぐれを本気にして、まだ何か言いたそうにしているフロ
ルを何も言わずいとおしげに見つめているタダは、心底幸せな気分に浸っている
のであった。

                                  終




BACK


TOP