星色物語bP4
合同合宿編
惑星EMUはヌーの故郷ヴィヌドーへ帰る航路上にあった。開発する資源も人間
が生活するうえに必要な水も乏しく貨物船が時々アルバイトで気まぐれな観光客を
乗せて発着するだけの忘れられた惑星であったのだ。
フロルはヌーのアパートに遊びに来ていた。ヌーは見かけによらず繊細な部分を
持ち合わせており、詩を書くのが好きであった。彼は時々一人で近くの惑星に出か
けて行って、その星を散策しながら自分の感じたことをノートに書きとめていたの
である。フロルはヌーの書く詩が好きだった。
「ヌー、この星は何て星なんだ?」
フロルはかわいい小動物が写っている写真を指さして聞いた。ソラマメをその形の
まま人間のひざまで大きくしたくらいの白いのっぺりとした体毛のない生き物だ。
小さな黒い目はやや寄り目で、鼻らしい小さな穴が二つ開いた真下に大きな歯のな
い口がついている。胴体から出ている小さな手と大きな足は何ともいえず間がぬけ
たような感じである。手の横には耳のような穴が開いていた。
「惑星EMU、マイナーな惑星でその表面はほとんど砂だ。観光に行くのだったら
勧められないような星だ」
ヌーは口ではそう言いながらもその星のファイルを出して来てフロルの前に出して
やった。彼女は星そのものよりもその小動物が気に入ったのである。
「フロル、その生き物なら夕方になるとどこからともなく現れたみたいだった。そ
の星の主かも知れないな」
一年生としての課程の半分を終えたタダ達は、今日から週に一度、上級生達との
合同授業を受ける事になった。それは全ての科の専門コースで実施される事になっ
ている。上級生にとっては一種の楽しみであり、下級生にとっては不安でもあった。
「たいしたもんだよ。君は… 一年生にこれ程の奴がいるなんて俺達はうかうかし
てはいられないな」
上級生がタダを取り巻いて、その知識をほめていた。航空科の専門授業に関しては
他の者に追随を許さないように努力していたからである。
「今度、君の実技の腕前を見てみたいな」
別の者が言った。
「そんな… たいした事ないです… 」
タダはややはにかみながら頭をかいている。しかし彼は実技に関してもある程度の
自信をもっていたのであるが… その頃フロルも又、上級生達に囲まれていたので
ある。
「君、どこの星の出身なの? 名前は?」
「どんな男性がタイプなのかな?」
授業とは全く関係ない事ばかりだ。航空科にはめずらしい女性の学生がこの一年生
のクラスには3人もいたのである。後の二人はミオナ・クーバンとジュン・ケリー
だ。ミオナは栗色の髪のグラマーな美人であり、スレンダーなフロルとは対照的で
あった。
「オレはフロルベリチェリ、フロルと呼ばれてる」
フロルはぶっきらぼうに答えた。さっきの授業について行くのが精一杯で、上級生
達と話をする気にはなれないのである。ミオナもやはり授業について行くにはきつ
いものを感じていたが彼女は上級生達に囲まれて悪い気はせず、愛想よく話をして
いたのである。
「今年の一年生、なかなかじゃないか」
5年生のピアザが同じく5年生のミドリに言った。
「栗色の彼女もいいが金髪の彼女が好みだな」
ミドリが答えた。もちろんナンパをするためである。ジュンは次の時限に授業があ
るのでさっさと教室から出て行ってしまったのだった。
「君、僕のノート、貸してあげようか?」
ミドリはまだ机に向かってノートとにらめっこをしているフロルに声をかけた。
「いらない、もうすぐ終わる」
彼女は短く答えた。さっきから上級生達に邪魔されてまとめができてなかったのだ
が、こういう返事をしないとしつこく寄ってこられるのである。
「それじゃ僕達と一緒にお茶しない?」
彼は慣れた手口でフロルに迫った。
「約束があるからいい」
フロルは立ち上がった。これ以上ここにいたらできるものもできやしない。
「どこに行くの? 送るよ」
彼女は無視して出て行った。
「よぉ、ミドリ。振られちまったな。めずらしいじゃないか、お前がそんな目にあ
うなんて」
ピアザはミオナを連れている。2年生や3年生の学生もミオナの横についていた。
「今からミオナと喫茶室に行くんだ。一緒に来ないか?」
もちろんミドリが断る訳はない。みんなは連れ立って喫茶室に入って行った。
「な、いいだろ。この前二人でどこかに行きたいなって言ってたよな、お前」
フロルはヌーに貸してもらった写真をタダに見せた。何の変哲もない星にかわいく
ない小動物が写っている。“多分こいつが見たいのだな”タダは直感した。タダ自
身はどこか景色のいい所でもと思っていたのであるが、フロルがここに行きたいの
ならそこでもいいかと思ってしまうのである。
「あれ、フロル。君も来てたのかい?」
ミドリが声をかけてきた。タダは声のする方を向いた。黒髪で薄い色のサングラス
をかけた長身の青年が立っている。
「君、この子のクラスメイトなの?」
ミドリはタダに向かって言った。タダはそのなれなれしい態度にちょっと気を悪く
した。
「フロルは僕の婚約者です」
タダの言葉にミドリは愕然とした。こんな展開はかつてなかったのだ。
「そ… そうなの、まいったな。これは… 」
ミドリはそう言ってテーブルの上に置いてある写真を意識せずに見た。
「この星は?」
彼はその写真に写っている小動物に何か見覚えがあるような気がしたのである。
「惑星EMUです」
タダは答えた。
「かわいくない動物ね。タダ、こんなのが趣味なの?」
ミオナはフロルと同じではっきりしている。
「お前、美的感覚がねぇな。かわいいじゃないか、こいつ。なぁ、タダ」
タダはミオナの目の方が正しいと思ったが、それを言うとまたややこしい事になる
のは目に見えていたのであえて何も言わずただ笑っていた。
タダはフロルのアパートに来ていた。さっきの授業をフロルに教えていたのであ
る。確かに一年生にしては難しい内容なのであるがタダは十分に理解する事ができ
たのだ。
「ふぅ… 何でこんなやーこしい授業なんかするんだろう… 上級生になるって大
変なんだな」
「いや、多分最初だから引き締める為にわざと難しい内容をしたと思うよ。見てて
ごらん、今度からはずっとやさしくなるから」
フロルはノートを置いてお茶の用意をしはじめた。タダはブラックコーヒーが好き
なので、フロルはいつも用意していたのである。
タダは小さなソファーでくつろいでいた。女性の部屋にしては飾りが少なくすっき
りとしている。しかしトトがいるせいか、花だけはかかした事がないようだった。
タダはふと上を見ると、フロルのドレッサーの上に箱が置いてあるのが見えた。箱
からは枝がのぞいていて、先の方に何かが二つ付いている。
「フロル、あんな所に何を置いているんだ?」
タダは聞いた。
「ああ、あれだったら… ミノムシだよ」
フロルは台所から返事をした。
「ミノムシ? いったいいつから飼ってたの?」
今まで何度もここに来ていたが気が付かなかったのである。
「随分前だよ、オレが女になる前ぐらいかな?」
フロルはコーヒーをタダの前に置いた。
「ありがとう」
「でもよ、こいついつまでたっても蛾にならねぇんだ。エサの葉っぱ、ちゃんとや
ってるのに… 」
フロルの言葉にタダは笑った。
「フロル、ミノムシってメスは一生、蓑に入ったままなんだよ。そりゃきっとメス
に違いない」
タダはその枝を手に取った。空にはなっていない。
「えーっ! そんなの知らなかった」
「今まで窓を開けると蛾がよく入って来てたんじゃない? それがオスなんだ。メ
スの匂いでやって来るからね」
タダはミノムシを元の所に戻してやった。
「つくづく君は… 」
変なものを… と言いかけて、ふとタダは考えた。フロルにとって僕の存在はこい
つらと同列なんじゃないのかと… じゃ、僕はフロルのフェロモンにひかれてやっ
てきた、蛾みたいなものなんだろうか…
「フロル!」
タダは飲みかけのコーヒーを置いて、彼女の両手を強く握った。
「どうしたんだよ、急に… 」
フロルは驚いたものの抵抗はしなかった。彼女の思考が流れてくる… 自分に対す
る純粋な愛情を感じる事ができる。タダは正直言ってほっとし、フロルに悪い事を
したなと反省するのであった。
「ごめん、驚かしちまって」
タダはフロルを抱き寄せてキスをした。タダのキスはいつも優しい。
「おいっ! フロルーッ!」
突然アマゾンが飛び込んで来た。
「あ、悪かったな… 」
ドアの方を見ればアマゾンだけでなく五年生のミドリとピアザが立っていた。
「悪ぃ、フロル。さっきこの上級生にお前のアパート聞かれたもんだから… タ
ダがいるって知らなかったんだ。じゃあな」
アマゾンは入って来た時と同様、勢いよく出て行ってしまった。
「何か用?」
フロルは横を向いたままでミドリに聞いた。
「僕達上級生は一年生との合同授業を祝して、君たちの希望する所で合同合宿を
する事になっているんだ。だから今日はその行き先を聞きにきたってわけさ。多
分二人はいっしょの所に行きたいだろうと思ってね」
ミドリは二人の顔を交互に見ながら言った。
「でも僕とフロルはクラスが違うけど… 」
素朴な疑問である。
「クラスは関係なしさ。もちろんこれは上級生の腕前を披露する為でもあるんだ
から」
ピアザが答えた。どうやらこれは一種の力試しみたいなものらしい。一年生の希
望するコースを聞いて、一度教官と共に目的地までテスト飛行するらしいのであ
った。
「なら、わざわざここまで来なくても教室で聞けばいいじゃん」
フロルはまだ機嫌がなおっていないらしく冷たく言った。確かにそうなのだがこ
れはミドリの趣味であった。
チャコはタダから渡された惑星EMUの写真を見ていた。
「いかにもフロルの好きそうなヤツやな。結局そこに行くことになったんやろ。
まあ、しゃあないな。でも航空科はまだええわ、そうやってあっちこっち行く事
ができて、天文学科なんか合同合宿はクラス毎にどっかの人工衛星にいって、天
文観測を徹夜でするんやて。なんかおもしろないな… 」
「君もクィーニと二人でどこかに行く方がいいんだろ?」
タダはチャコの気持ちがよく分かる。
「当たり前や! 上級生にクィーニを興味本位で見られとうないわ。あいつ、女
らしいから絶対好かれるのにきまっとるからな」
たいした自信である。彼は彼女にぞっこんらしい。
「そうだね、確かにクィーニは女性らしい… 」
タダはチャコの目を見た。陽気で気さくなだけでなく最近ではぐっと男らしくな
ったような気がする。それがクィーニに起因するものならば彼はいい恋をしてい
るというものだろう。
タダは最近フロルについてよく考えるようになった。彼女の存在とは何なんだ
ろうと… 確かに自分は燃えるような愛には性格的に縁のない男だと自覚してい
る。事実今もそうなのであるがだからといって愛情が薄いとか言うのではない。
しかし今まで恋をした事がないのかというとそうではない。一応人並みに異性を
好きになった事はある。でもフロルは違うのだ。もともと半分は同性であった。
なのにまるで自分の一部であるかのように自然に受け入れる事のできる女性なの
だ。何と言うか… まるで生まれてくる時に失ったものを見つけたような気がす
るのである。彼女の前では素直になれる、ならざるをえない、知らないうちにな
ってしまう、それがフロルなのだ。ひょっとすると長老は彼女に出会う事を予期
していたのかも知れない。と、何でも定義づけて考えるタダであった。
「次のワープで着くんだって」
フロルの言葉にタダは我に返った。彼は先輩の腕を見ることなしに考え事をして
いたのである。
「え?」
「お前、何考えてたんだよ。ミドリがうるさいぞ」
結局EMU行きは一年生十数人と上級生が二十人程の団体になってしまったのだ。
上級生のリーダーである五年生のミドリが主にこの船を動かしているのであった。
「ぼやっとしてねぇで荷物、まとめといた方がいいぞ」
フロルはタダの胸に軽くパンチを打つまねをした。軽い揺れと共に目の前に灰色
の惑星が現れた。ここまでの遠距離を教官なしで来た事のなかったミドリは少し
興奮しているみたいだった。
「タダとあんまりかわんねぇ腕だな。四世より下手だ」
「それって褒めてるのか? それともけなしてるの?」
タダはフロルの荷物を抱えながら聞いた。
「まあ、両方って事かな?」
>>
彼女はごまかした。
この星は銀河系において人類が降り立つ事のできる数少ない星のひとつだった。
いったい何千万、いや何億分の一の割合でそんな星が存在しているのかわからな
いが、ここは無理をしないと住めはしないけれどともかく発着は可能であった。
灰色の大地はとてつもなく広く、地平線しか見えないのだ。所々に迫り出した
岩が日陰をつくりだし気温はかなり高かった。しかし湿度が低いためにそれほど
には感じないのである。上級生が適当な場所を捜し出してテントの用意を始めた。
宿泊施設の整っている船なのだが、この無人惑星に触れ合う為にあえて彼らは船
で寝ようとはしなかったのだ。
「タダ、オレこんなので寝るの、初めてだ」
フロルがタダに言った。彼女の星ではあまり一般化されていないらしい。
「テラ系では学校行事としてこんな事がよく取り入れられているんだよ」
科学がいくら進歩してもこういう習慣は不思議となくならないものらしい。やみ
くもに新しい物ばかりを追いかけていると古い物の良いところを見落としてしま
う。それをみんな知っているのだろう。
チャコはタダに見せてもらった写真が何か引っ掛かっていた。彼はヌーに写真
を借りて図書室で調べ物をしていたのである。
「あった! こいつや」
チャコは写真に写っていた小動物を調べていたのである。
「なんや、これは… タダのやつ大丈夫かな? 婚約解消にならへんやろな…
もうすぐ日が暮れてしまうのに… 」
チャコの思いがタダに伝わる訳がないのだが、彼は何も起こらない事を願ってい
たのである。たとえ一泊だけの合宿でも確実に夜はやって来るのである。その夜
が問題だったのだ… 考えてみればヌーだからこそ何もなかったのである。
惑星EMUの夕暮れは実に幻想的だ。何もない大地に風が吹き砂嵐が起こる…
砂にけぶる地面にはサボテンがたくましく突き出ていた。空は沈み行く太陽が赤
く染めた雲がたなびいていたのである。
「人が住んでいないと言うのはいいものだな」
ミドリが言った。彼らは一年生の為にキャンプファイヤーを囲み歓迎集会を開い
ていたのである。中にはキャンプファイヤーを知らない者もいて、その催しは大
成功であった。
「おい、見てみろよ。変な生き物が近寄って来たぞ」
誰かが言った。
「タダ、ヌーの写真に写っていた奴だ」
フロルは白くてツルンとした生き物を指さした。
「人なつっこい奴だな。逃げないぞ」
ピアザはその生き物の頭に手を置いた。しかしそれは何もしない。小さなかわい
い目はじっとキャンプファイヤーの方を見ていたのだった。
「悪い菌なんか持っていないだろうな」
誰かがピアザに消毒スプレーを渡した。しかしこれ程の数がいて、今までこの小
動物の害が伝えられていないという事はほとんど害が無いものと見ていいだろう。
「かわいいな、お前! 白いプリンみたい」
フロルはタダに、それと一緒の写真を撮ってもらった。ぷるんとした冷たい感触
が気持ち良い。
「フロルを取られちまったな」
ミドリがタダのそばに寄って来た。手には小さなサボテンを持っている。ミドリ
はその生き物の前にサボテンを置いた。
「タダ、これをどう思う?」
生き物はサボテンを胴体の横に付いた小さな手でつかみ、耳かと思っていた手の
前に開いている小さな穴に押し込んだのである。
「 … 嫌な予感はしない」
タダは生き物の頭に手を置きながら正直に答えた。
「僕もなんだ。変な感じだけれど決して不快だとか悪い予感はしない」
ミドリもタダと同じく超能力開発コースで学んでいたのである。タダ程ではない
が多少普通の人よりはカンはいい。
「僕はてっきりここが口かと思ってました」
タダは口に見える部分を触ってみた。
「歯が生えていないな」
ミドリは口に見えた部分を広げていた。
「あれ、こいつオレの事が嫌いなのかな? 逃げてくよ」
フロルが近づくと周りにいた生き物はこそこそと逃げていくのだった。
「君がさっきから抱きまわっていたからだろう。きっと迷惑してたんだよ」
タダの言葉に不満そうな顔をしてフロルは追うのをやめた。
EMUの夜空は目を見張る程の星が広がっていた。比較的星の密度の濃い所に
位置しているのだろう。おとなしくテントに入る者、夜空を眺めている者、消え
かかったキャンプファイヤーの回りで語らう者、学生達はそれぞれ自由に時間を
過ごしていたのである。
タダはフロルをさそって少し離れた岩場に登っていた。
「人工的な明かりが見当たらないというのは不思議な気がしないか?」
ここから見えるのは船の明かりとキャンプファイヤーの残り火、そして各テント
にぶら下げている携帯用ランプの明かりだけであった。
「オレ達がいなかったらここは真っ暗な世界なんだろうな… こんな所、初めて
だ」
「大昔ってこんなのだったんじゃないのかな、君のヴェネもシベリースも」
タダは平らな所に座った。フロルもその横に並んだ。
「そんな昔の事ってオレにはわからねぇよ。でもよ、自分の星からテラで言う
18光年先の星では赤ちゃんの頃の自分が見えるんだろうなって考えると不思
議な気がする」
「そうだね。18年前といえば僕がまだ赤ん坊の頃だ、やっと立つ事ができた
くらいの頃だと思う」
「オレだとまだはうのがやっと、ってとこかな? よくわかんねぇけど… 」
二人は顔を見合わせた。よく言葉ではなく目で話をする瞬間がある。それはタ
ダにとって至福の時であった。
タダは突然笑い出した。なぜこんな場面で笑いがでたのかわからないけれどフ
ロルの顔をじっと見つめているとそうなってしまったのである。
「なんだよ、何がおかしいんだよ。オレの顔見て笑うなんて… お前ちっとも
ロマンチックじゃねぇぞ」
フロルはタダの頭を両手でぐいと引き寄せて自分のひざの上に置いた。
「何をする気だ?」
フロルのなすがままになっているタダが聞いた。彼女のひざ枕という状態が少
しくすぐったいのである。でもフロルは答えない。ただかすかに笑っているだ
けでその心すら読めないのであった。仕方ないのでタダはそっと目を閉じた。
やわらかなひざと髪に触れる手の感触がひどく懐かしいように感じられ、タダ
はしばらくこの状態に酔っているのであった。
フロルのテントはタダの真横であった。どうやらミドリが気をきかせてくれ
たらしい。フロルは3年生の女性といっしょのはずなのだがなぜか彼女はいつ
までたっても姿を見せなかったのだ。今日しりあったばかりの親しくない間柄
ではあるが、やはりテントにたった一人でいるのは嫌なものなのだ。それでも
彼女はうとうとしているうちに眠ってしまったのである。
どれ程時間がたったのだろう? フロルは人の気配で目を覚ました。何だか
外が騒がしい。
「ねぇ、あなた、起きて!」
フロルを起こしたのは姿を見せなかった3年生だった。
「私のジェルディーがおかしくなってしまったの!」
ジェルディー? おそらくこの上級生の恋人の名前なのだろうと察する事がで
きる。テントからでてみると白いツルンとした小動物があちこちにいた。その
後をふらふら付いて行く学生の姿も見受けられる。何か見えない糸に引かれて
いるかのように彼らの足取りは頼りない。彼女はジェルディーを見つけその後
を追って行った。
「タダ!」
フロルはタダのテントに飛び込んで行った。暗い中に人の姿が見える。フロル
の声に答えがないという事はタダじゃないのだろうか?
「タダ… いねぇのか… な?」
フロルはランプの明かりで中を照らした。
「タダ! どうしたんだ? おいっ!」
見るとタダは何かにじっと耐えるようにして体をこわばらせているのである。
フロルはそんなタダの肩をおもいっきり揺さぶった。汗に濡れたタダの背中は
パジャマが張り付いていた。このテントにいるのはタダだけで他の者の姿は見
当たらない。フロルはもう一度揺さぶった。
「 !! 」
目を開けようとしないタダの頬ををフロルは思いっきりぶった。
「 …フロル?」
「お前、やっと気が付いたんだな」
フロルの言葉にタダは周りを見た。
「どうしたんだよ。おかしくなっちまって… お前、正気じゃなかったぞ」
タダは眉間を押さえて下を向いた。
「奴は… いなくなったのか?」
「なんだよ? 奴って?」
フロルは聞いた。
「君のかわいがっていた白い奴だ。あいつの幻覚でみんなおかしくなっちまっ
たんだ」
タダがよろけながら立ち上がるのをフロルがささえた。今まで気が付かなかっ
たがテントの隅に白い小動物がちょこんと立っていた。
「おい、しっかりしろ!」
フロルはその場にしゃがみこんでしまったタダの腕を肩にかけた。
「僕は大丈夫だ。でもみんなが危ない! 奴らは何をするのかわからない」
タダは白い小動物の後に付いて行っている学生達を引きとめようと彼らの後を
追った。フロルは訳がわからぬままにタダに従った。彼らは岩場の方に向かっ
ている。
「おい、付いて行くのはやめろ!」
タダは追いついた学生の腕を引っ張った。しかし彼はタダの手を勢いよく振り
ほどいたのだ。
「オレの女に手を出すなっ!」
学生は叫んだ。目の前を歩く白い小動物が女に見えるらしい。
「君は幻覚を見てるんだ。こいつは女なんかじゃない!」
タダはもう一度腕に手をかけたが再び弾かれてしまった。自分自身も小動物の
幻覚に耐えながらかろうじて理性を保っている状態なので力がでないのだ。そ
れでも精神力の強いタダだからこそ幻覚に惑わされないでいたのだろう。タダ
はがっくりとひざをついた。タダの横にはいつの間にかテントの中にいた奴が
ついている。それはじっとタダを見つめていた。
「フロル… 僕はテントの中で君を見ていたんだ」
フロルはさっきの光景を思い出した。
「本物の君が入ってくるまでそいつを君と思っていた… 僕は君に… 」
タダは自嘲しているのか苦しそうに言った。
「いいよ、そんな事。それより今でもこいつがオレに見えるのか?」
フロルは聞いた。おそらくこの小動物は男性ホルモンを刺激するフェロモンみ
たいな物質を出しているのだろう。だからある一定の基準を満たした単性の男
だけがそのフェロモンの影響を受けているのだ。
「大丈夫だよ。君がいれば幻覚は見えない」
タダはフロルの存在を確認するかのように両手を伸ばして引き寄せた。
「タダ… 又、幻覚が見えそうだったらオレを抱けばいい… 」
フロルはタダの耳元でささやき、その頭に手を回し子供を抱くようにして包み
込んだ。
「お前が苦しそうにしているのを見るのって嫌だもん」
フロルの言葉でタダは完全に自分を取り戻した。彼女の思いが伝わってくる…
「目が覚めたよ。もう大丈夫だ」
タダは再びフロルを引き寄せた。今度は自分の存在を確認するために…
岩場では、ただひとり正気を保っているミドリが何かを叫んでいた。しかし彼
の言葉は他の者には伝わらない。おそらく岩場は修羅場になっているのだろう。
「フロル、君は来てはいけない」
タダはフロルを置いて岩場の方に走って行った。もちろん彼女はだいたい想像が
つくだけに素直にタダの言葉に従ったのである。
「タダ、君が正気で良かったよ。さすがに超能力開発コースのエリートだけある
な」
ミドリが走って来たタダに声をかけた。彼は白い小動物から学生達を引き離すの
に一人で頑張っていたのである。彼は見かけによらず強い精神力の持ち主だった
のだ。学生達がいくら若くても複数の相手というのは無理があるのだ。ミドリは
それを心配した。激しく抵抗する学生達に比べほとんど抵抗しない小動物は二人
のけんまくに押され、そうそうに自分の住家まで引き上げて行ったのである。ミ
ドリはタダと顔を見合わせて思いっきり笑った。タダは今日は良く笑う日だな、
と思うくらい不思議と笑いが込み上げてくる。二人とも全身小さな傷や打ち身だ
らけだったのだ。
「人の恋路を邪魔する者は… とか言うことわざがあったっけ。今まさにそうい
う状態だな」
ミドリは面白そうに言った。タダも確かにそうだなと言うようにうなずいた。
幻覚状態から醒めた学生達は自分がどうしてこういう状態になっているのかわ
からないのだ。ミドリはそんな彼らに成り行きを楽しそうに説明していったので
ある。疲れ切った体でテントに引き上げて行く学生達をフロルは黙って見守って
いた。その中には恋人のジェルディーを引っ張って歩いて行く3年生の姿があっ
た。彼女は烈火のごとく怒っていたのである。しかし彼女は結局フロルのテント
には帰らずそのままジェルディーのテントに入ってしまったのであった。
「まさかこんな事になるとは思わなかったな。とんだ星に来ちまったもんだ… 」
フロルは自分がここに来たいと言い出しただけにばつが悪そうに言った。
「ヌーはメニールだからここでは何ともなかったんだろう」
タダはさっきの自分を思い出していた。フロルだと思って白い小動物に対し、思
わず衝動に駆られそうになった自分がいた事を否定できないのである。それとフ
ロルの口から出た、自分に対する優しい気持ちが込められた言葉が頭の中で交差
した。
“もう少しこのままでもいい… ”
タダはそう思った。二人はこれからずっと同じ道を歩いて行くのだから… まだ
まだ時間はあるのだ。タダはふっと笑った。
「何だよ、気持ちわりぃな」
フロルがタダの顔を見て言った。タダはちょっと赤くなった。フロルは自分が思
っているよりも大人の部分を持っているのかも知れない。
「何でもない、それより僕のテントに来ないか。どうせ君は一人なんだろ?」
「でもお前のテント、他の奴らがいるんだろ?」
「みんなメンバーが入れ替わってめちゃくちゃの状態になっている。中は暗いか
ら毛布をかぶっちまえば誰だかわかりゃしないよ」
タダは提案した。そんなタダの目はまるで子供がいたずらをする時のような感じ
である。
“あれ? 僕はこんな性格だったんだろうか?”
タダは一瞬思ったがとりあえず今はどうでもいい事なのだ。
次の朝、学生達は皆、寡黙だった。不本意ながら自分たちは異星物にだまされ
てこういう結果になってしまったのだから… 何より大学内でうわさされるのが
恐い! しかしこれもいつか笑い話として話せる日が来るだろう。
フロルはいつもより遅くまで眠っているタダを起こした。ミドリと共に幻覚症
状のでている者達と奮闘していたからだろう。
「 … おはよう」
タダはフロルの細い首に手をまわしてキスをした。短いヒゲが痛い。
“タダって男なんだ”フロルは思った。
帰りの船は一年生が操作する事になった。手動から自動操縦に切り替えたタダ
達は一息をついた。ここからしばらくはワープも無い。
上級生は下級生の為にささやかなお茶会を開いてやった。堅かった口もようや
くほころび、まるで何事もなかったかのように会話が始まったのである。
「こいつらの中で初めてだった奴もいるんだろうな」
フロルはタダに向かって小さな声で言った… はずだったのだが、会話の途絶え
た所だったので以外と大きく聞こえてしまったのだ。突然だれかが笑い出した。
「もういいじゃないか、隠していたっていずればれちまうぞ」
「ほんとだ、ほとんどが被害者だったんだから」
「タダ、お前はいいよな。同伴旅行だったんだから」
誰かがからかった。
「いや… 僕たちは… 」
タダはうまく言い訳できなくてあせっていた。フロルは横で涼しい顔をしている。
「ちっとは責任感じろよ!」
タダはフロルの頭をくしゃっと揉んだ。それでも彼女の言葉で違和感がなくなっ
たのは事実であった。
ヌーとチャコは帰って来たタダ達をステーションで出迎えた。ふたりはタダと
フロルがいつもと変わらないみたいなのでほっとしたのである。
「余計な心配だったようだな」
ヌーはチャコに言った。
「ほんま、どないなるんやろとおもうた」
チャコは白い小動物の正体が分かっていながら知らせなかっただけに、安堵の色
は隠せない。
「チャコ、君は知っていたのか?」
タダはチャコに聞いた。
「いや、お前らがいってから調べたんや。あいつらはメスばかりなんやて。そし
て他の強そうな生き物をフェロモンでおびきよせて繁殖するんや、と書いてあっ
た。そやからどんな奴とでも繁殖できるように口みたいに見える大きい… 」
チャコはフロルがいるのでそれ以上は言えなかった。
「じゃ、もしそんな奴が現れなかったらどうなるんだよ?」
フロルは聞いた。
「かなり長く生きられるそうだがそれでもだめな場合は突然変異でオスに変化す
る奴がいるらしい。しかし、そいつに関しては意外と被害届をだすものも少ない
らしく危険動物に指定されていないのだ。それどころかわざわざそいつに会いに
行く者もいるそうだ」
ヌーは説明してくれた。
“確かにそんな者もいるかもしれないな”タダはうなずいた。この広い銀河系で
は確認できている生き物の方が少ないのだ。こんなのはまだ、人体に有害な菌を
持っていないだけでもましな方かも知れないのである。
合同合宿の顛末を報告に行ったミドリは教官もその生き物に会った事があるの
を聞いた。かなり広い範囲で生息できる順応性を持っているのに違いない。案外
この教官もそいつの犠牲になったのかもしれないぞ… ふと、そんな考えが頭を
よぎったのである。
「で、タダはどないしたんや? フロルに言われて」
チャコは聞いた。フロルをアパートに送ってからタダはチャコのアパートに来て
いたのである。今夜は彼女抜きのささやかな飲み会である。
「でも… はい、さいでって抱けるわけないだろ? かえって心にブレーキがか
かっちまった」
タダは昨日を振り返って言った。チャコとはこういう会話ができるのだ。
「わてもそんな時やったらそんなもんやろな… わかる。お前の気持ち」
チャコはしみじみと言った。ここに四世がいたらずっと違った意見が出たのかも
知れないが、凡人とは自分の意見に近そうな者に打ち明け話をするものなのだ。
そういう点ではタダは全くの凡人だったのである。
「考えてみたらフロルに関してはお前もわても条件は一緒やったんやな。そやけ
どフロルはお前を選んだんや。テンポが違うけど結局はお似合いなんやな」
タダはひと口水割りを飲んだ。照れているのか酔っているのかわからないが頬が
赤くなっている。
“今日は気持ちよく酔えそうだな… ”
そんな思いでタダはもうひと口、味わうように静かに飲むのであった。
終