星色物語bP5



竹取物語編



 大学の中庭にはそれぞれにお気に入りの場所があった。タダとフロルは少し陰にな
った所に群生しているテラ系の“竹”に似た植物の下で時間をつぶしていた。ここが
二人のお気に入りの場所だったのだ。“竹もどき”は外見が竹にそっくりの植物では
あるが、竹とは違い一年に伸びるのはたった一節だけなのだ。ちょうど“木”の年輪
と同じように、夏にはよく伸びて冬になると節を作る、というものだったのだ。日な
たの場所と違い、ここは学生達にもあまり知られていない。なにしろ広い中庭なのだ。
そんな場所があちこちにあったとしても不思議ではないのである。

 今日から二人は二年生になった。入学してから大学星暦では2年半、テラ暦で1年
の月日が流れたのである。
「ここにいると時間を忘れそうだ… オレたちが入学して初めてデートしたのってこ
こだったよな」
フロルはなつかしそうに思い出している。
「ほら、入学したての頃、お前が教えてくれたよな。竹の中からお姫様が出てくる
話… 」
テラ系に伝わる昔話の事だ。
「ちょうどこの部分にお姫様が入っているかも知れないなってお前が言った… 」
下の方の節に一カ所だけ他の部分に比べ、間延びしている節があったのだ。
「そんな事もあったな」
タダは気のない返事をした。
「何だよ、今日はやけに黄昏れてるじゃん。どうかしたのか?」
フロルはタダの顔をのぞき込んだ。少し顔色が悪い。
「帰ろうか」
タダは立ち上がった。今日の授業はもうないのだ。二人はアパートの方に歩いて行っ
た。どうやら本当に具合が悪そうだ。

「タダ、今日はおとなしく寝ているんだぞ! オレがお前の分まで勉強して来てやっ
からな。でないといつまでたっても熱、下がんねぇぞ」
そう言い残してフロルは出て行った。じつは昨日から少し風邪気味だったのだ。もと
もと亜熱帯気候の育ちだったので、わずか146日で一年が過ぎ、おまけに四季まであ
るというここの大学星暦に順応しきれなかったせいかもしれない。その点、四季のあ
るヴェネで育ったフロルは意外と丈夫であった。
「はいはい、今日は君の言うとおりおとなしくしているよ。しかし二年生になったと
たんにこれだもの幸先が悪いってこの事なんだろうな」 
「何だよお前、せっかく同じクラスになれたっていうのにそんな言い方はないだろ
う?」
フロルは不満そうな顔をして出て行った。別にそういう意味で言ったのでは無かった
のだけどあえて言い訳はしなかったのである。
 フロルが出て行ってしばらくすると赤鼻が入って来た。ドルフ・タスタというれっ
きとした名前があるのだがそう呼ばれていたのだ。事実、彼の鼻は大きくて赤いので
ある。しかし彼はそのあだ名が気に入っていたのだ。入学するまでは赤鼻というあだ
なが嫌いだった。動作が鈍くて美男子でもなくただ、勉強が抜きん出ているドルフは同
級生から赤鼻と言う侮蔑のあだなを付けられたのである。しかし、そのあだなは入学試
験の時以来“愛称"に変化したのである。愛称には侮蔑の意味は込められていない。それ
はドルフにとってかけがいのない事であった。
「タダ、風邪をひいたんだって? フロルが心配していたよ」
多分彼女の事だから、みんなにしゃべっているのだろうと想像がつく。今日の夕暮れ
時は来客が多そうだとタダは思った。
 その予感は的中だった。赤鼻をはじめアマゾン、ガンガ、チャコ、トト、四世、ヌ
ーというメンバーがみごとにそろったのである。
「まるで同窓会だな… 」
フロルは言った。薬が効いたのか随分楽になったタダはこのメンバーを見て、改めて
友情のありがたさを感じていたのである。おそらくフロルが大袈裟にしゃべりまわっ
た事とは思うがそれでもうれしいものである。
「なぁ、みんな聞いてくれないか」
赤鼻が唐突に言った。
「どうしたんだ?」
四世が彼の前にティーカップを置きながら聞いた。
「実はこの前の休みの事なんだけど… 」
新入生の入学式がある日は新二年生は休日だったのだ。
「僕が図書室に行く為に中庭を通ったら新入生が声をかけて来たんだ。ゼルダじゃな
いのか? ってね。もちろん人違いだって言ったんだけど彼は驚いたような顔をしてな
かなか信じようとしないんだ」
「で、君はどうしたんだ?」
トトは聞いた。
「そいつの名前を聞いたんだけど走って逃げていっちまいやがった。失礼な奴だよ、
全く… 」
人の名前を間違える事は本人にとって気の悪い事である。おまけにそれを謝らないと
きていては更に腹立たしい事なのだ。
新入生といっても年齢はわからない。一応だいたいどの星系でも17〜19才で大学
に行く為の最終学歴を身につける。しかし必ずしもそれの通りにいくとは限らない
のである。現にヌーは38才で受験したのがよい例だ。

「先日は済みませんでした」
いつもの場所で誰か仲間がやって来るのを待っていた赤鼻の前にこの前の新入生が
現れた。彼は入学式の時の無礼を詫びたのである。背が低くてきゃしゃな感じの新
入生は随分若いように見て取れたのであるが、その物腰や話し方はその外見とは裏
腹に大人びていたのである。もともと人のいい赤鼻である、入学式の事はすっかり
水に流してしまったのだった。
「よお、お前… 」
一人か? と、言いかけてフロルは赤鼻の陰で見えなかった新入生を見つけた。
「あ、何だ… 一人じゃなかったのか… 」
新入生はにこりと笑って挨拶をした。
「私は経済学科一年、オーパです」
「オレ、フロルってんだ。よろしく」
フロルはオーパの頭に手を置いた。彼女の目の位置に彼の頭があったからだ。
「失礼ですが… 」
オーパはフロルの態度に少し気を悪くしたみたいだった。
「私は今年でテラ暦33才になります」
オーパは言った。赤鼻もフロルも彼の言葉に驚いた。どうしてもその年齢に見えな
いのである。
「すまねぇ、でもよ。お前、随分若く見えるな、驚いたよ」

 フロルはオーパの事をタダに教えてやった。
「そりゃフロル、君が悪い。いくら何でも33才の大人に向かってそんな事をする
なんて… 」
タダは笑っていた。フロルらしい失敗なのだ。
「僕も会ってみたいな、そのオーパに」
この時タダは彼に関して何も直感にひっかかる物はなかったのだが…
  「経済学科って言ってたぜ」
「四世の後輩か… 年上の後輩ってどんな感じかな?」
タダは勝手にオーパの顔を想像していたのである。
「ヌーの先輩に聞いてみな、よくわかるんじゃねぇか」
フロルの言う事はもっともであるがもちろんそんな事をする気はない。それにオー
パとはもうすぐ会えそうな気がするからだ。

 中庭の日だまりのベンチは学生達が自由時間を満喫していた。赤鼻はタダと四世
に自分の専門である法学に関する質問を受けていたのである。
「タダ、あいつだよ。昨日話していたオーパって奴」
赤鼻はこちらに向かって歩いて来ている少年みたいな男の方を見た。
オーパは赤鼻を見つけ、軽く手を上げた。
「なかなかの人気者なんだね、君は」
オーパはタダや四世と一緒にいる赤鼻に声をかけてよって来た。彼は見かけよりは
社交家なのかも知れない。
「紹介するよ、僕の友人のサルダム四世ドリカスにタダトス・レーンだよ」
四世は手をだした。オーパは快く受けた。そしてタダも… 
「 … !! 」
タダは一瞬何とも言えない顔をした。
「オーパ、タダはテレパスなんだ。変な事を考えてると見抜かれちまうぞ」
赤鼻は下手な冗談のつもりで言った。オーパの顔色が変わった! その瞬間の顔を
タダは見てしまったのだ。そしてオーパもタダを見た。タダはとっさの事だったの
でいつものポーカーフェイスが保てなかったのである。
「赤鼻、僕はそんな失礼な事はしないよ」
タダは赤鼻の言葉を否定した。しかしオーパはタダの言葉を信じなかったのだ。
「なぁ、どうしたんだよ、お前おかしいぞ。まだ風邪が治ってないのか?」
廊下を歩きながらフロルはタダの額に手をあてた。
「君にうつしたら治るかもしれない」
タダはフロルの手首を握りその口をふさいだ。
「僕ちょっと石頭の所に行って来るよ。君は先に教室に行っててくれないか」
「いいけど… そんなに急用なのか?」
タダはそれには答えなかった。
「お前、オレに何を隠してんだーっ!」
去って行くタダにフロルは声をかけたがタダは手を振っただけで答えなかったので
ある。
「ちぇっ、あいつの考えてる事ってわかんねぇや」
フロルは文句を言いつつ次の教室に向かった。

「グレン教官、調べて欲しい事があるのです!」
タダは真剣な顔で石頭に迫っていた。本来ならばこれは石頭の管轄ではないのだが、
タダにとっては石頭の存在は単なる教官ではなかったのである。彼も又タダ達の事
を単なる一学生として、見てはいなかったのだ。
「何事だね、君がそんな顔をするなんて… 」
グレン教官は思わず持っていたカップを置いて真剣な表情になった。
  「テラ暦三年前にこの大学内で消えた学生を調べて欲しいのです!」
グレン教官はタダが何を言っているのか分からなかった。しかし彼の目は決して冗
談で言っているようには見えないのだ。
「どういう事だね?」
「事件が起こったはずなんです。一人の学生がこの大学内で殺された!」
グレンは興奮気味のタダの手に自分の手を重ねた。そうした方が早い。
「 …… 」
「よし、わかった。とりあえずオーパという新入生の思考が本当ならば、大変な事
だ。大至急調査してみるよ」
グレンは立ちあがった。ゼルダと言う名前は聞いた事がある。確かに三年前に大学
内に於いて病死した学生のような気がする。
「君は教室に戻りたまえ」

 “三年前にここでゼルダという赤鼻に似た学生が殺害された。だれに殺られたか
は分からないがその遺体はこの大学内に葬られているらしいのである。ゼルダは何
かを持っていた。彼の星の存続に関する重大な何かを… ”
タダはオーパの手から伝わった彼の思考を頭の中で組み立てていたのであった。
「タダトス・レーン… 」
タダはふいにオーパから声をかけられた。彼の横にはもう一人学生が立っていた。
考え事をしていたので彼らが近寄って来るのに気が付かなかったのである。
とっさにタダは逃げる態勢に入った。しかし彼らは二人である。両脇を支えるよう
な形で彼らはタダをオーパのアパートに連れて行ったのだった。 
「君はどこまで知っているんだね?」
オーパはタダに聞いた。さっき、彼の手を通して伝わった思考の事である。優秀な
テレパスならば一瞬にしてあらゆる思考を読み取ってしまう事をオーパは知ってい
たのである。しかしタダはそれほどのテレパスではなかったのだ。
「僕は何も知らない」
沈黙はかえって相手を刺激する。タダは一応の抵抗を試みた。もう一人の学生がタ
ダを後ろ手に縛っている。
「部長、この男の調査報告です」
又、別の学生が入って来た。部長と呼ばれたオーパはそれを受け取った。タダに関
する報告書である。
「なんだ、この男… 超能力開発コースではまだ初級じゃないか」
オーパは後ろにいる二人に言った。
「しかし彼は何かを知っているはずだ。もうしばらくここにいてもらわなくてはい
けないな」
「部長、どちらへ?」
一人が聞いた。
「授業にでるよ。せっかく入学できたんだからな、もう一度学生に戻るのもいいだ
ろう」
オーパはアパートを出て行った。残っている二人はタダの監視にあたるのだろう。
 グレン教官こと石頭はゼルダという名の学生の事を調べていた。タダの話した事
が本当なら大変な事なのである。確かにこの学生は在籍していた。彼の友人である
医学科の学生二人もその検死に立ち会っているのだ。だからどの書類を調べて見て
も落ち度は見当たらず病死と記載されており、遺体も荷物も故郷の星に返されてい
たのである。別に問題になるような事は何もなかったのだ。しかし石頭はタダの直
感に感ずるものがあった。

 タダの押し込められた横の部屋で二人の学生達は話をしていた。部長と呼ばれて
いる新入生の部下なのだろう。彼らは小さな声で話をしていたのであるがタダの耳
にははっきりと伝わっていたのである。
「ゼルダの遺体からはマイクロフィルムは出て来なかったな。あいつは一体どこに
隠したんだろう?」
「われわれが丸三年間探したけれど見つからなかった。もちろん彼の両親も受け取
っていないと言っている。彼は星間国家レベルの犯罪者だった、かばい立てはしな
いだろう。空っぽの棺桶が大学から届いた時も彼らは黙っていたくらいだからな」
「大学内に葬ってやったのはわれわれ警察の親切心というものだな」
タダは黙って聞いていた。
「ところであいつはどうするんだ?」
タダの事である。
「初級のテレパスだから大した働きはしないだろうがマイクロフィルムを探すのを
手伝ってもらって… そして記憶を封じ込めなければならんだろうな。間違っても
関係のない人間を殺す事は許されない」
タダは黙って聞いていた。とりあえず彼らは自分に危害を加えない。それにタダは
逃げようと思えば逃げられたのだ。が、彼はそれをしなかった。
 石頭の調査は続いていた。彼はゼルダの残していったノートのコピーを調べてい
たのである。授業に関係ない内容のものを厳しくチェックしてゆくと意味が分から
ない言葉が発見されたのである。
“神の領域を越えた物は森の中、背の高さで眠る”
何だ? これは… 重要な意味が含まれていそうな気がする。タダの直感は当たっ
ている。確かにこれは事件なのだ! 

「おい、起きろ」
寝たふりをしていたタダに二人は声をかけた。
「我々はある事件を追って三年前にこの大学の医学科に入学して来たのだ」
一人がしゃべり始めた。
「おい、いいのか」
もう一人が止めた。
「かまわん、どうせこいつの記憶は封じられるのだ」
男は続けた。
「君には信じられないかも知れないが我々の星における死亡原因の第一位は自殺な
んだ。それも全体の55%もになるのだ。我が星の政府は自殺防止のための研究を
続け、ついにその原因となる“自殺遺伝子の発見と対処法”を発見したのだ。自殺
というのは遺伝的要素が強いものだという事は以前から分かっていた事だけに多く
の医学者は大きくうなずいた。他の星においてもその発見はあったのだがその具体
的な対処方法は見つからなかったと聞いている」
「自殺遺伝子の対処法… 」
タダは驚いた。そんなものがあるなんて知らなかったのだ。
「そうだ。自殺遺伝子とは脳内の化学物質Nが欠如している遺伝子の事なのだが、
我が星の医学者であるゼルダは化学物質Nの量を調節する酵素を発見したのだ。し
かし彼はそれ盾にして密かに政府を強請っていた事がわかった」
「でもどうしてそのゼルダという男がこの大学に入って来たんだ?」
タダは聞いた。
「いや、彼は医学者なのだがここの学生でもあった。在学中にその研究をし、そし
て論文を発表したのだ。しかし肝心の酵素の記号は彼のマイクロフィルムの中だと
いう事らしい。このマイクロフィルムがあれば我々は自殺の不安に怯える事なくよ
り長く生きられるのに… 」
タダはすべてを察する事ができた。マイクロフィルムの在りかを除いては…
この男達は警察機関の職員で、自分の星の為にゼルダという男を殺害し、大学内に
埋めたのだ。そして彼らはマイクロフィルムを捜す為にここに入学したもののしび
れをきらした上司が新入生として入学して来たらしいのであった。
 タダが帰って来ない事を心配したフロルは石頭の所に行った。やはり彼には頼っ
てしまうのだ。
「フロル、タダに関しては私に任せてくれないか」
石頭はフロルを安心させるように言った。しかし事態は決して楽観できないのであ
る。彼女は石頭の言葉に隠されたものを感じていた。それは普段のフロルとは違い、
タダの身を案ずるがゆえのものだったのだ。石頭に“任せてくれ”と、言われたも
のの彼女はじっとしている事はできなかったのである。タダの友人関係を中心に調
べまわった結果、四世と赤鼻から気になる事を聞いたのであった。オーパと握手し
た時タダが変な顔をしたと、言うことを… フロルは女の第六感を信じたのである。
「よーし、これでいいや」
フロルは姉が送って来てくれた化粧セットの中から口紅だけを取り出して塗ってい
た。真っ白の毛糸で編まれたミニのワンピースを着込んだフロルはより魅力的に見
えた。焦げ茶のブーツもよく似合っている。彼女はオーパのアパートに乗り込む気
なのだ。じっとしているよりは動いていたほうが気が休まるフロルは実行が早かっ
たのである。
「まさかあいつタダを… 」
一抹の不安がよぎったが、彼女はすぐに訂正した。必ずしもオーパの所にいるとは
限らないのである。そんな思いで歩いていたフロルはオーパのアパートを見つけた。
「オイ、誰か来たみたいだぞ」
一人がドアの方へ言っている間にもう一人がタダを奥の部屋に連れ込んでショック
ガンを突き付けた。
「オーパ、いる?」
フロルは中にいる学生に声をかけた。
「オーパなら留守なんだけど君、何か彼に用なのかい?」
「用って程じゃないんだけどな… 」
フロルはちょっとしなを作って言った。学生はそのしぐさにドキッとした。彼は
“部長の彼女に違いない!”と、勝手に勘違いをし、部屋に入るように勧めた。こ
こで彼女を追い返してしまっては後で何を言われるかわからないからだ。それにも
うすぐ彼は帰って来るだろうし…
“部長の彼女が来た。俺は相手をしているからお前はこいつを頼む”
フロルの相手をしていた学生が奥の部屋に言いに来た。タダは一瞬にしてフロルが
ここに来た事を察したのである。
“僕の事なら心配しなくてもよかったのに… かえって僕が動きづらい… ”
とは言うものの彼女の気持ちはよくわかるのだ。自分も逆の立場ならそうするに違
いない。
「声を出すんじゃ無いぞ」
タダの横の学生が小さな声で言った。
 オーパの部屋についている小さな保温ボックス(冷蔵庫の反対)からホットコー
ヒーを出して来た学生は、フロルと自分の前にそれを置いた。自然と彼女を観察し
ている彼は改めて彼女の容姿に見とれていたのである。目の前にミニスカートの女
性が座っていて、おまけにすごい美人ときていては普通の男ならとても平常心を保
ちにくい状況だったのだ。しかし彼は一応自分の星では刑事なのだ。決してただの
学生ではない。それに上司の彼女に少しでも印象よくして置けば自分の出世にもつ
ながるのだ。
「窓、開けてもいいか?」
フロルが立ち上がろうとするのを学生は止めた。奥の部屋が気になるのだろう。フ
ロルは何かを隠しているな、と思いつつホットコーヒーを一口飲んだ。そして缶を
置こうと下を向いた時、床に落ちている黒髪を見つけたのだ。フロルはそれを見て
彼女の素朴なカンでタダがここにいると確信したのである。オーパもこの男も黒髪
ではない。しかしどうしてタダが… ?

 石頭は大学内のスタッフとともに、オーパに関する調査をしていたのである。彼
の故郷である星を調べて行くうちに、彼が刑事である事を知った。そしてある事件
の調査をするためにこの大学に入学して来た事も… 彼はオーパを呼び出した。た
とえ刑事であっても三年前に起こった殺人事件を大学側が見落として、おまけに遺
体がここに埋められているというのだからこれは許される事では無いのである。
「単刀直入に言おう。君たちはゼルダをどこに埋めたんだね?」
オーパの驚き方は尋常では無かったのである。愕然とした彼に追い打ちをかけるよ
うに石頭は続けた。
「君の星の正義はこの大学においては犯罪だ。しかし我々は君を裁く事はできない。
君も子供ではない。それなりに対処したまえ」
「分かりました… その前に一つ教えてください。ゼルダは殺される前に何かこの
大学に残してはいなかったでしょうか? 彼は我が星の将来を変えるような研究を
完成させていたのです!」
オーパはすがるような目をして石頭に聞いた。石頭は黙ってゼルダのノートのコピ
ーを差し出した。
“神の領域を越えた物は森の中、背の高さで眠る”
こう書いてある。
「私のカンでは中庭だろうと思うのだが… 」
「ありがとうございます。教官… 」
オーパはコピーを受け取った。
「それと… 君が捕らえている学生を直ちに解放してやる事だな。もっとも彼はい
つでも逃げられただろうけれど、あえてそうしないのは訳があると思うがね」
 フロルは考えていた。どうやってタダを助け出したらいいのかを… 学生達のア
パートは全て同じ間取りになっている。それならば… 幸いここにはオーパはいな
い。
「オーパが奥の部屋を片付けといてくれって言ってたんだけどな」
フロルは少し甘えたような声で学生に言った。低い机に身を乗り出したものだから、
彼の目の前にフロルの胸があったのだ。
「あ… いや、奥の部屋はもう片付けたんだけど… 」
彼はドギドキしながら断った。彼女の服装は独身男性にとって刺激的なのである。
「じゃ、確認してくるよ」
フロルは奥に行こうと立ち上がり彼の前を通り過ぎようとした。
「やめろっ!!」
彼はフロルの腕をつかみ引き戻そうとした。
 ガタン!
フロルはその反動で後ろに倒れてしまった。思ったよりも強い力だったのだ。
 タダは奥の部屋で気をもみながら捕まっていた。自分一人ならさっさとここから
出られたのだが彼女が来ているとなると話はややこしくなってくる。どうしようか?
 と、思っていた矢先に向こうでフロルの倒れる音が聞こえたのだ。一体何が起こ
ったんだ?
「 …… 」
タダは音も無く学生のショックガンを落とした。念動力だ。手首の紐はすでに解い
ている。タダは彼の後ろに回り口をふさいだ。
「静かにしろ、声を出したらただでは済まない」
タダは威嚇の意味で彼の体に軽くショックを与えた。
“こいつ… 確か、初級のテレパスではなかったのか? サイコキネシスを使える
のか?”
彼はひどく混乱していたのである。タダは彼の後ろに立ったままでドアの方に移動
して行きノブに手をかけた。
「いて… 何すんだよ! いきなり… 」
フロルは腰の辺りをさすっている。彼女を助け起こそうと近寄って行った学生の後
姿に向かってタダは声をかけた。
「それ以上彼女に近寄るんじゃない!」
フロルの横にいた学生は弾かれたように立ち上がった。
「タダ! やっぱりここだったのか!」
フロルはタダに近寄ろうとした。
「フロル、そいつから離れろ!」
タダの声にフロルは一歩退いた。
「どうして… 」
フロルの横にいた学生がタダが素手なのを見て近寄ろうとした。
「手を出すな。こいつはサイコキネシスが使える! 危険だ!」
タダに捕まった学生が叫んだ。
“本当はさっきぐらいが限度なんだけど… ”
と、思いつつタダははったりをきかした。
「僕が念じれば、君たちの心臓を止めることもできる」
タダは机の上の缶を念動力で弾いた。彼らはもう抵抗しようという気はない。自然
と壁際に追い詰められた二人は観念したのである。タダは二人を意識しながらフロ
ルのそばによって行った。
「どうしてここに来たんだ!」
タダは文句を言った。
「お前が心配だったからにきまっているだろ。そんな事もわかんねぇのか!」
そんな事は充分にわかっているのだが、自分の為にフロルを危険な目に遭わせてし
まった事に対しタダはいらついていた。
「でも自分がどんな目に遭うか考えた事があるのか?」
タダはさらに突っ込んだ。
「お前の為に死ねるんなら本望だよ!」
フロルは言い返した。タダはもうぐうの音も出ない。これはフロルが言うべき言葉
ではないのだ。
「僕は君にそんなセリフをはかせたくなかった… 」
タダは思わずフロルの胸に顔を埋めた。
「あ、ばかっ!」
フロルは叫んだ。その隙を見逃すほど二人の学生はばかではない。素早くショック
ガンを構えた彼らはタダとフロルに狙いを定めたのであった。
「形勢逆転だな」
二人はドアの所に追い詰められてしまった。
「お前、何考えてたんだよ!」
フロルは怒っている。何も考えてないからこうなったのだが…
「ごめん… 」
タダは自分の軽率な行為に恥じ入ってフロルに謝った。
「お前はこれから私達に協力してもらう」
一人が警戒しながら言った。タダが念動力を使えると知ったからには決して隙を見
せようとしないのだ。タダに反撃のチャンスはやって来ない。彼は頭にショックガ
ンを突き付けられたままフロルから引き離された。
「言うとおりにするよ。ただし彼女だけは今すぐ解放してやってくれないか?」
タダは頼んだがそれは受け入れられなかった。
「捕らわれの姫がどうなるかわからない程、君は子供では無いはずだが… 」
刑事という社会的地位を持っている彼らは決して本心で言っているのでは無いのだ
が、今までこの若い二人に翻弄されたという事に腹を立てていた為、ついこういう
言い方になってしまったようだった。
フロルは降参、という意味で両手を高く上げようとした。必然的にワンピースの短
い裾が上がる。一瞬、刑事たちは彼女に釘付けになった。独身男性の悲しい性であ
った。タダは彼らの隙を突いて手からショックガンを叩き落としたのである。
 その時入り口のドアが突然開いたのであった!

「ゲームオーバーだ」
石頭や大学星の警察機関の関係者がオーパを連れて入って来た。全てが明るみに出
てしまったのであった。それは彼らの学生生活の終わりを告げる宣告でもあったの
である。観念した三人はそれ以後、素直に大学側の指示に従った。
 ゼルダの遺体はオーパの供述のもとに発掘が進んでいた。それは偶然にもタダと
フロルが初めデートをしたという“竹もどき”の根元だったのだ。そしてちょうど
タダがその現場に着いた時、白骨化したゼルダが姿を現したのであった。湿った土
にまみれたそれは文字通り白くはない。フロルは急に気分が悪くなりその場にしゃ
がみこんだ。
「大丈夫?」
タダは聞いた。
 発掘現場の周りに張られたロープの外には、これでもかというくらいの学生達が
興味深げに群がっていた。タダはゼルダの白骨に触れ、静かに目を閉じた。石頭も
タダと同じ行動をとった。
「 !! 」
どちらが先に閃いたのかは分からないが二人は驚いたように顔を見合わせた。
“神の領域を越えた物は森の中、背の高さで眠る”
その意味がわかった! 白骨化したゼルダの残存思念を二人は読み取ったのである。
石頭は“竹もどき”の節を調べるように近くの者に言い付けた。ちょうど三年前に
背の高さだった“竹もどき”の節は随分と伸びている。彼は上の方を調べるように
命じたのである。そしてそのマイクロフィルムは彼の遺体から驚くほど近くにはえ
ている“竹もどき”の節の中に隠されていたのであった。
「きっとゼルダがこれを守っていたんだ… 」
タダはしんみりとした口調で言った。一同はタダの言葉に打たれ静まり返っていた。
その静寂の時間を破ったのはフロルの言葉だった。
「一節だけ間延びしていたのはきっとゼルダの肥料が効いていたんだな… 」
赤鼻に似ていたのならきっと体格も良かったに違いない。タダの作り出した厳粛な
雰囲気が壊れ、一同は違う意味でがっくりきたのである。
「フロル、気分悪いなら黙ってろ!」
思わずタダが赤面した。

「よう、大変だったな」
発掘現場から解放された二人に四世が声をかけた。横には赤鼻もいる。
「ほんと、まさかこうなるとは思わなかった」
タダも長かった今日一日を振り返り、つい、ぼやきが出てしまったのである。
「じゃ、今夜はタダのアパートに集合だな」
赤鼻がさも当然というように言った。
「いいよ、ただしお手柔らかにたのむよ。なんせ病み上がりだからな」
タダがクギを刺した。もちろんお酒の事である。
“お前がつぶれちまったらフロルと飲むさ、今日の彼女はすごく魅力的だ”
別れ際に四世はタダにからかうように耳打ちした。もちろん冗談で言っているのは
分かっているのだがタダは本気で心配した。誰が見てもフロルは魅力的なのだ。彼
女は自分を見る男性の視線を意識していないから困るのだとタダは思った。
 その日のうちに放校処分となった三人はマイクロフィルムとともに自分の星へ帰
って行った。タダに対する監禁事件はうやむやになってしまったが、わざと逃げな
かった彼にも多少の責任があるとしてあえてそうしてしまった所もある。

「自殺による死亡が死亡原因の55%だなんてすごい星だな。オレの星では考えら
れん事だ」
ガンガは感心した。約束どおり今夜はタダのアパートに集合しているのである。
「何でも彼らの星の平均寿命は120才前後らしいんだってよ」
アマゾンが石頭から聞いたらしい。トトも長命種の星だがそこまではいかない。
「それだけ生きりゃ死にたくもなるかもしれんな… それでもまだ生きたくて自
殺遺伝子の対処の仕方を研究するなんてはっきり言ってぜいたくだな」
ガンガの言う事には一理ある。しかし人類の生への執着は貪欲なものであった。
「どうした? フロル」
タダはいつもと違い酒の進まぬフロルに声をかけた。
「頭… 痛い」
タダは彼女の額に手をやった。少し熱っぽい。
「お前の風邪がうつったみたい… お前、うつしたら治るってキスしただろ」
「ああっ、何を… こんな所で!」
タダはうろたえた。
「いいっていいって! お前は奥に行ってフロルの看病でもするんだな。オレ達は
勝手に盛り上がるからさ」
アマゾンが二人を追い立てた。こうなれば開き直るしかないのである。
「フロル、あっち行こう」
タダは突然フロルを抱えた。
「あっ、お前!」
タダは驚いているフロルを抱きあげて奥の部屋に消えて行った。一同はアッケに取
られて二人を見ていたのである。タダがそういう行動にでるとは思わなかったのだ。
そして彼らは二人の為におおっぴらに騒いで乾杯するのであった。  
しばらくするとタダが部屋から出て来た。フロルは薬を飲むとすぐに眠ってしまっ
たのだ。
「待ってたぜ。さあ、もう一回飲みなおしだ」
ガンガがタダの背中をたたいた。彼は少しの酒でハイになる。ヌーと赤鼻は辛気臭
い話に花を咲かせていた。チビチビとなめるように飲んでいるトトの横で四世とア
マゾンとチャコが飲み比べをしていたのである。それぞれがみんな楽しそうで、風
邪で寝ているフロルには悪いがたまにはこんなのも悪くないな、と思うタダであっ
た。

 おそらくこのメンバーは、卒業しそれぞれの星に帰って行ったとしてもその友情
は変わらないだろう。それは確かな予感としてタダには感じられたのである。


                                 終



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