星色物語16
タダの風景編
六万人の学生達をかかえる宇宙大学星には学生を対象にしたショッピングセ
ンターがあった。それは小さな惑星である大学星に点在し、最も近いショッピ
ングセンターには、車の乗れない学生達などでにぎわっていた。フロルはカズ
にティラ、そしてクィーニと共にそこでショッピングを楽しんでいたのである。
いつもならフロルの運転で少し離れた所に行くのだが今日のフロルは少し疲れ
ていたのでここになったのだ。
「クィーニはいつも幸せそうね」
カズが言った。チャコと付き合い出してから彼の影響か随分と明るくなった。
生真面目で近寄りがたい雰囲気がなくなり本来の女らしさが内面から滲み出て
いるようであった。彼女はチャコとおそろいのカップを選んでいるのをティラ
とカズに冷やかされていたのである。しかし彼女は恥ずかしそうにしながらも
その状況を楽しんでいたのだった。そういえば最近チャコの服装が変わってき
たのである。おそらくクィーニの影響なのだろう。
「フロルは何も買わないの?」
クィーニがさっきからつまらなさそうにしているフロルに声をかけた。
「タダがトト達と食料の買い出しに行ってんだ。オレは買うもんねぇよ」
フロルにはそっけない所がある。しかし彼女たちはそれをフロルの性格として
とらえ、気にしなくなったのである。
二年生になると今までの授業でなかった科目が入ってくる。宇宙船の操縦だ
けを行うバーチャル・リアリティーは今までと変わらないのだが、今度は心理
面を養うためにあらゆる事故に対処する為の学習をするのである。3D(立体)
のCD(コンピューターグラフィック)は現実のそれとなんら変わる事ないく
らい映像は鮮明であった。しかし宇宙には突発的な事故が付き物だ。わずかな
判断ミスが貴い生命を奪ってしまう事が充分考え得るのである。だからこそこ
の授業は重要であった。この授業により宇宙のこわさを知って航空科を断念す
る学生もいるくらいなのだから…
「フロル、大丈夫か… 」
タダは自分より早くバーチャル・リアリティー・コンパートメントから出て来
たフロルに声をかけた。彼女は少し顔色が悪いもののなんでもないよ、と言う
ように手を振った。タダは全身が汗びっしょりでかなり神経を使っていた事が
予測できる。この授業はポーカーフェイスで感受性の強いタダには辛いものが
あったのだ。
「お前随分まいってるな」
フロルはタダのほほを両手でパン、と打った。
「いた… 何するんだ、いきなり… 」
「いや、元気がねぇみたいだからさ。ぐったりしちまってだらしねぇぞ!」
確かにフロルの言うとおりである。今日のソフトウェアが提供してくれた映像
は心に重くのしかかっていたのである。
「母さんの夢を見たんだ… 」
タダはそう言った。さそいに来てもまだ起きていなかったタダをフロルは無理
やり起こしたのである。いつか幼い日に見た光景が、昨日のバーチャル・リア
リティーの授業を受けている途中に突如としてよみがえって来たのである。彼
の幼い日の記憶はまだ完全によみがえってはいなかったのだ。だから全然関係
のないちょっとしたきっかけでよみがえる事は充分に考えられるのである。
「昨日のソフトウェアには昔、母さんと散歩した所の風景に似た場所が写って
たんだ… 五歳になる前の僕もいたような気がする… その場所に僕は制御仕
切れなくなった船と共に突っ込んで行ってしまった… 」
タダは空調が正常に作動している部屋であるのに汗が流れている。フロルはタ
オルを濡らして来てタダに渡した。
「ふうん… そりゃまいるよな… オレは三回程死んだじまったけど… それ
にちょっと宇宙酔いで辛かったな」
「 …… 」
タダはフロルの言葉を聞いていないようだった。
「タダ? 一度… お前の夢見た所へ行ってみねぇか?」
はっとして振り向くタダ。フロルはにっ!と、笑った。
「週末何も予定はないよな? だったらいいじゃん、シベリースに帰るんだよ!」
フロルは勝手に決め込んでいる。もちろん自分も同伴で、である。でもそれも
いいかも知れないな、と思うタダだったのだ。
長老にもらった地図をもってタダとフロルはバスに乗った。小さな町に印が
ついている。休日ともなるとどうしても車が多い。それならばと思いバスにし
たのである。どこに行くのにも自分が運転しているとたまに乗る公共機関の乗
り物が新鮮なのだ。フロルも又そうであった。
バスは大きな町を後にし、だんだん自然の多い風景の場所を通るようになっ
た。長老の記した停留所で二人はバスを降り、小さな村に続く道を歩いて行っ
たのである。降り注ぐ太陽の光はまぶしく必然的に二人は木陰を選んで歩いて
行ったのである。暑い光がモザイクのように地面に写り揺れている… 、確か
にここはシベリースなのだと実感するフロルであった。
「この風景… 」
タダが小さな池を見つけて駆け寄った。池の向こうには何軒かの家が見える。
「ここは僕の育った所なんだ。少し思い出したよ」
タダは嬉しそうにフロルに向かって言った。それは長老が封じていた記憶が蘇
ったのではなく、タダが単に忘れていた部分だったのだ。
「僕はここでだれかに手を引かれて歩いていた。そう、大きな手だった… 」
タダはその手の感触を思い出そうとしていたのだがおぼろげな記憶の中からは
出て来なかったのである。
「オレ五歳までの記憶なんてないような気がする。お前よく思い出す事ができ
たんだな… それもやっぱり直感力のせいなのか?」
フロルは何かを思い出そうと手のひらを見つめているタダの手を握った。
「こんな手だった?」
フロルは聞いた。
「いや、もっと大きな手だった」
「きっとお前の父さんだったんだぜ」
タダに父の記憶はない。物心付いた時からずっと母と二人で暮らしていたよう
な気がするのだ。
不思議と寂しさとか物悲しさは感じられなかった。きっとフロルと二人で来
たからなんだろう。ゆっくり歩を進めるといつの間にか池の向こうにあった家
が間近に迫っていたのである。タダはその家の横の石の塀に囲まれた空き地の
中に入って行った。壁が崩れ、もう長い間人が住んでいなかった事を物語って
いる。塀から玄関に続く石畳以外の場所は雑草にまみれていた。
「フロル、僕の住んでいた家だよ」
タダは笑った。長老の地図に書いてある住所を見なくてもタダは感じることが
できたのである。それは確かだった。こんな時に笑えるんだろうか? フロル
はふと思った。しかし、問いただしはしない。フロルは黙って近くの石に腰掛
けた。タダの郷愁の気持ちが何となく伝わってくる… タダの心は今、遠い昔
に旅をしているのだから… 目を閉じてタダの気配を探って見た。静かに歩い
ているみたいだ。時々立ち止まり何かを考えているような気がする。そしてま
だ歩きだす…聞こえてくるのは茂った梢が風によって奏でる旋律のみ… フロ
ルは静かに聞いていた。ふとタダの気配が消えたような気がして不安になった
フロルが目を開けた。しかしタダはいる。フロルは再び目を閉じてタダを追っ
ていた…
そして…
不思議な沈黙の時間が続いていた。
「タダ!」
フロルは急に大きな声を出した。タダが驚いたように振り向いた。
「あ… あの」
フロルは何も言うことはなかったのだ。でもどうしてタダの名を呼んだのだろ
うと考えて見る。心の中に不安の塊が生じて来た。
「何でもねぇから… ごめん、何かよくわからねぇけど… お前が消えちまう
じゃないかって気がしたんだ」
タダはフロルの不安を何となく感じていた。タダが郷愁にかられシベリースか
ら離れなくなるのではないか、と言うことだ。でも彼女は自分の不安の元に気
づいてはいない。漠然とした不安をそのまま自分にぶつけてくるのだ。その時
タダは思っていたよりも長く、ここに止どまっていた事を知った。
タダの心の旅は中断した。
「フロル、このバス道をずっと歩いて見ないか?」
タダは提案した。観光地を巡るだけが旅行ではない事を旅馴れた人なら知って
いる、そんなふりをして歩いてみるのもいいだろうと思うのだ。
「歩いてるだけがこんなにどきどきするなんて知らなかった… 」
前を行くフロルが振り返って言った。
「それは君が異邦人だからだよ。でも今では僕もそうだけどね… 」
時折車がほこりを巻き上げて通って行く。四輪で走るレトロタイプのものや一
般に普及しているエアカータイプがこの田舎道を走り抜ける。
「きっとあいつらにとってここは単なる目的地までの過程なんだろうな。こん
な事考えるなんて変かもしんねぇけど… 観光地って旅行に慣れない人のとり
あえずの目的地に過ぎないんじゃないかって気がする」
「君の言う事を肯定していれば旅行代理店がつぶれちまうよ。でも、ゆっくり
歩くからこそ今まで見えなかった景色が見えるんだって思うな」
舗装されていない田舎道は真っすぐにのびている。道の両側に広がる風景には
高度の文明は感じられないのだ。こういう風に今までの文化を尊重しつつ発展
をとげた星こそ永く歴史を綴る事ができるものなのだから… 急激な変化に惑
わされ自らの命を崩壊させてしまった星々は数え切れないと星間史の研究家は
語っている。
やがて小さな村に着いた。その村でおそらく一軒しかないであろうみたいな
店で二人は休憩した。店の女将はどこから来たのかと、人なつっこく話しかけ
てくる。ここに村人以外の者が来る事がめずらしいのである。
「あんたはともかくそっちの娘さん、本当にベェネって星の人なんだね。でも
全く私たちと変わらないじゃないか。星系も違うのに… ここには異星の人が
いないからめずらしくってさ。気に障ったらごめんよ」
フロルはもちろんそんな事は気にしない。二人はしばらく休んでから出て行っ
た。
「そろそろ家に戻ろうか」
もうすぐ夕方になる。暗くなる前に帰ろうとタダは思った。
「お帰り、タダ」
タダは長老の声を聞いてほっとしている自分を感じた。ここが自分の家なのだ
から当たり前の事なのだが、それを当たり前と感じる事ができたのが嬉しいの
だった。
「ただ今、じいさん!」
タダより先にフロルが答えた。長老はそれを当たり前の事として受け止める。
しかし彼も又、フロルの言葉が嬉しかったのだ。タダは長老と目が合った。お
互いに考えている事がわかり二人はほほ笑んだ。
今夜は長老にとって久しぶりのだんらんであった。タダも最近はよくしゃべ
るようになった。長老に対する姿勢が違ってくるとこうも話しやすくなるもの
かと思うくらいだったのだ。
突然の急患にそのだんらんは破られた。近くの家の者から連絡が入ったのだ。
タダも一緒に行くと言ったのだが長老はそれを断った。
「なに、大した事ないと思う。このばあさんはこの時間になると調子を崩すん
だからな」
長老は荷物を抱えて出て行ってしまった。二人は急に広くなった部屋に取り残
されたのだ。
「じいさんしか医者がいねぇんじゃ仕方ねぇよな」
フロルは食事の片付けを始めた。タダもそれにならった。
「じいさん、寂しくないのかな… 」
フロルがつぶやいた。いくら昼間は助手が来ているとは言え夜はずっと一人き
りなのだ。
「オレだったら嫌だな、一人なんて絶対嫌だな」
フロルはなぜかむきになっている。タダはふっと笑った。
「でも誰だって死ぬときは一人で死ぬんだよ」
タダは少しフロルを困らせてやろうと思った。単に意地が悪いというのではな
くて彼女の反応が見たいのだ。フロルはちょっと考えた。
「じゃ、オレはお前よりは少し長く生きてやるよ。一人でも悲しんでくれる奴
がいるとわかってるだけでも寂しくないだろ… そしてお前の枕元で言うんだ。
オレも後から行くから生まれ変わらずに待っててくれよなって… そして… 」
フロルの言葉が途切れた。泣いている…
「ごめん。悪かった」
タダは適当な言葉が思いつかない。自分はいつでもそうなのだ。自分が悪い!
「 …オレ、今までこんな事を考えていたなんて知らなかった」
なにかのきっかけで思わぬ本心を自覚するする時がある。フロルにとって今が
そうだったのだろう。そんな深層心理までタダと言えども見抜けない。それで
も思わぬフロルの優しさに触れ、彼女に対する申し訳なさと喜びが交差するタ
ダだったのである。
フロルは確実に外見だけでなく内面も変化しているのだろう。それが成長の
もたらすものかどうかは知らないがゆっくりと続いているみたいなのだ。そし
て自分はどうなのか? それを判断するのは自分ではないのである。
「じいさんを見に行かないか?」
フロルは帰って来ない長老を心配していた。
「行ってみようか」
タダの言葉に立ち上がり、フロルは外に出た。ここは空気が澄んでいるせいか
星がきれいだ。
「オレさ、ガキん頃… 星っていつでも瞬いているものとばかり思ってたんだ。
でも初めて空を飛んだ時、星が瞬かない事を知った。そんな小さな事でもそれ
に気づいた時って… 自分がひどく偉くなったって気がしたんだ。大袈裟かも
しんねぇが一歩、大人に近づいたんだなって思った」
「その気持ち、何となくわかるよ。僕も小さい頃、四季というものを知らなか
った。その月によって暑くなったり寒くなったりするなんて想像できなかった
んだ」
二人は顔を見合わせて笑った。お互いの小さな頃が目に浮かぶようであった。
その家のドアに手をかけようとしたがタダは一瞬その手を止めた。フロルの
方に振り返り“静かに!”と、言うように指を立ててタダは窓に近付き中を覗
いた。その部屋の中で長老は急患であるはずのばあさんと酒を酌み交わしてい
たのである。
「図られたよ」
タダは小声で言った。どうやらさっきの連絡は本人からだったらしいと察する
事ができる。長老は気を利かせたつもりなのかどうかは知らないが少なくとも
決して寂しい人生を送っていない事だけは確かである。フロルは笑いたいのを
こらえていた。無償におかしいのだ。タダも笑いをかみ殺しながらその場を離
れて行った。家に着いた二人はタダの部屋で思いっきり笑っていた。フロルと
一緒だと笑うことが多い。考えてみたら二人は公認の恋人同士なのだ。甘い言
葉やささやきもあって当然なのだが彼女の前では全て崩されてしまうのである。
タダはこれでいいのか? と、思った。
「フロル、あのね。いつも思うんだけど君は当然のような顔をして僕の部屋に
来るだろ? それってとても危険な事だと思わないか?」
タダはまじめな顔をして聞いた。
「思わねぇよ。お前の部屋だから安心できるんだぜ。違うか?」
フロルのからかうような答えにタダはもういい、と言うように横を向いた。
「怒ったのか? お前ってかわいいんだな」
やはりフロルに普通を期待するのは無理なのかも知れないと思うタダであった。
「君の部屋は隣だよ。明日は朝のうちに家を出ないといけないから早くお休み!」
タダはそっけなく言ってフロルを追い出したのだった。
タダは大きなため息をついた。ベッドに転がった彼は今日の疲れがどっと押
し寄せて来たのである。そういえばかなりの距離を歩いたのだ。いつもならシ
ャワーを浴びると疲れも取れるのだが今日はそうじゃなかったのだ。少し興奮
したせいもあったと思う。そのうち睡魔が襲って来てタダは深い眠りについた
のである。
「母さん… 母さん? どこなの?」
幼いタダは家の中を捜し回っていた。しかし母はいない。父はいつもいなかっ
たが母は自分のそばにずっといてくれたのに… かくれんぼをしてるのかな、
と思って納屋の中も調べてみた。しかしやはり母さんはいなかったのだ。そし
て玄関から外に出てみると長老が立っていたのである。べそをかいているタダ
を長老は抱きしめた。
「タダ、お前の母さんはもういない。父さんもだ。でもお前はこれから私と生
きて行くんだよ」
しかしタダは泣き止まない。妻子のいない長老はタダの扱いに困ってしまった。
「よし、それじゃ池の方に行ってみよう。ほら、誰かが魚を捕っている。一緒
に見に行こう」
長老は手を差し出した。その手を拒まずタダはすがりついたのである。池に着
いたタダはしばらく子供達が取った魚を眺めていたが再び母が恋しくて泣き出
したのである。長老はそっとタダの頭に手を置いた。
「タダ、泣かないおまじないだ」
長老はタダの目を見た。
「お前の記憶を封じるからな… 」
何の事かわからない幼いタダはじっと長老の目を見つめ返した。
時間はかからなかった。ちょっとした催眠術みたいなものだろう。タダは新
しい人生を長老と歩み始めたのである。二人は池のほとりを歩いていた。初老
の男が孫の手を引いているという格好だった。タダにとって新しい記憶の第一
ページに長老の手の温もりがあったのである。
「長老の手だったんだ!」
タダは突然思い出した。忘れていた… 池のほとりの記憶だった。
「おい、どうしたんだよ? 何事かと思ったぜ」
フロルが肩を揺すっている。どうやら声を出していたらしい。
「汗かいてるぜ。恐い夢でも見たのか?」
タダは心配してくれているフロルと目が合った。ここは池のほとりではなく自
分の部屋であり、自分は五歳にもならない子供ではなかったのだ。ほっとした
タダは彼女の背中に手をまわし強く抱いた。フロルは抵抗しない。彼女は黙っ
て目を閉じた。
「おーい、タダ。いいかげん起きろよな」
台所からフロルの声がする。少し寝坊したようだな、と思いつつ下に下りて行
くと長老とフロルが食事の支度をしていたのである。
「さっきじいさんに教えてもらったんだ。シベリースの料理を」
テーブルの上には長老がいつも作ってくれる料理がのっている。フロルが作っ
たものらしい。どうやら自分の知らない所でだんらんができていたようだった。
「うまいか?」
有無を言わせないような言い方だが確かにおいしいのだ。
「フロル、どうやら合格のようだな」
長老が満足そうにしている。こちらも自分が教えたのだから当然だと言わんば
かりである。おかしい… タダは直感した。
“長老も変わってきているのだ!”
そしてタダ達は大学への帰路についたのである。いつものように長老がステ
ーションまで送ってくれた。
「フロル、次の乗り換え地は冬だ。これを持っていなさい」
長老がスカーフをくれた。確かに乗り継ぎの時間待ちがあるのだ。フロルは礼
を言って長老のほほにキスをした。タダは慌ただしい帰郷を終え、シベリース
を後にしたのである。
「フロル、昨日はごめん」
本当は、朝言うはずだったセリフなのだが今になってしまったのだ。
「別に気にしてねぇよ。オレさ、朝起きてお前の寝顔見てたら… お前の事、
もっと好きになった気がしたんだ」
フロルは笑った。タダはその笑顔にフロルに対する愛しさが再び込み上げて来
るのであった。
「フロル… 」
タダはフロルをを引き寄せた。そして… 彼女の髪をかきあげた時… タダは
フロルの首筋に付いているものを見つけたのだ。
「フロル、スカーフ… つけたほうがいいみたいだ」
「 …? 」
何の事かわからないフロルにタダはスカーフを巻き付けた。おそらく長老はそ
れを知っててスカーフを渡したのだ。朝食の支度をしている時に気づいたのだ
ろう。
“やられたな”
タダはカッと熱くなるのを感じた。スカーフを渡した時の長老の気持ちが今に
なってよくわかる。やはり長老にはかなわない、そう思うタダなのであった。
「チャコ、クィーニ! 迎えに来てくれたのか?」
大学星のステーションで二人は待っていた。ここには色んな星々の店がそろっ
ている。デートを兼ねての出迎えのようだった。
「急に帰るって言うさかいに何かあったんかいなと思うたけど、ただの里帰り
やったんやな」
「心配させちまったかな? 済まない、チャコ」
「いやいや、こっちが勝手に気いまわしただけやさかいに謝られたら困るわ」
チャコは笑っている。
「フロル、すてきなスカーフね。タダに買ってもらったの?」
クィーニは聞いた。彼女の服によくあっているのだ。
「いや、これはじいさんにもらったんだ」
クィーニはフロルのスカーフを手に取ろうとしてはっとした。
「ほ… ほんとにすてき… 」
クィーニは顔が赤くなるのを感じていた。しかし少し離れた所でチャコとしゃ
べっているタダにはクィーニの表情の変化を感じ取れなかった。何も知らない
フロルはクィーニに、長老に教わったシベリースの料理についてしゃべってい
るのであった。
その夜、チャコのアパートで食事の支度をしているクィーニが何をしゃべっ
たのか… それを知っているのはチャコだけであった。しかし明日もそうとは
限らないのである。何も知らないタダは明日の授業の予習をしているのであった。
終