星色物語19





トトのサボテン編



 トトのアパートはいつも植物であふれている。緑が多いと気持ちがいいものだが彼の
部屋は多すぎるのであった。
「私はこんな部屋が好きだ」
ヌーはここがけっこう気に入っているのだ。居間のテーブルや窓際に置かれたサボテン
はきれいな花を咲かせているし、窓際のツタは天井に向かって細い手を広げていた。
「今日は変な植物はないんだろうな」
四世はトトに聞いた。先週の事だが台所できれいな花が咲いているのでうっかり匂いを
嗅いだ四世が眠ってしまったのである。催眠効果のある花だったのだ。それだけではな
い、人の気配に敏感な巨大オジギソウは人が通るたびに葉をすぼめて、みんなをおどか
していたのだった。
「変な植物とはあんまりだな、つきあってみるとかわいいもんだよ。ハイ、これ。君が
欲しいって言ってたやつ」
トトは四世に小さな布の袋を渡した。
「なんなのだ? それは」
ヌーは聞いた。ガンガやチャコたちも横から見ている。
「さっき四世が変な植物呼ばわりした花の乾燥させたものなんだ。生の花ほどではない
が催眠効果があるんだ」
「なんでそんなのが必要なんだ? 夜遊びしすぎて寝られないのか?」
ガンガがからかった。四世はそれほどよくもてるのである。貴族なだけあって女性の扱
いがうまいのだ。
「お前いつも違う女連れてるもんなーっ」
フロルもからかった。
「悪かったな! フロルみたいに特定の相手がいたらそんな事はしないんだけどな」
「作りゃいいじゃん!」
「イモを作るんじゃあるまいし、そんなにホイホイできるかよ!」
四世は言い返した。
「イモ作るの… けっこうむずかしいんだよ」
トトがぼそっと言った。突っ込んだのじゃないけれど、そのタイミングのよさに一同は
笑った。
「おい、差し入れだ!」
アパートに入って来たアマゾンが夜食のパンをテーブルに置いた。
「トト、台所借りるよ。オレがおいしいコーヒーを入れてやる」
ガンガが席をたった。彼は医学科の研究室で夜を過ごすことが多かった為、コーヒーの
入れ方が誰よりも上手なのだ。
「さすがだな。ガンガ、君のコーヒーは格別だ」
ヌーは一口すすってから香りを楽しんでいた。
「はい、フロル」
ガンガはカップを手渡そうとした。
「あっ!」
小さく叫んだフロルはテーブルに置いてあるサボテンの鉢にコーヒーをこぼしてしまっ
たのだ。
「ごめん、トト。こぼしちまった! このサボテン、大丈夫かな?」
フロルはサボテンの鉢を取り上げた。きれいな花の部分にはコーヒーはかかっていなか
ったが、かなりの範囲で濡れている。
「サボテンは強い植物だから枯れる事はないよ」
トトはその鉢を窓際に置いた。そこのスペースは箱に詰められたサボテンで埋まってい
た。それを彼は明日、サボテンを栽培室に移動するつもりだったのだ。
「トト、今研究している植物ってどんなものなんだ?」
タダが聞いた。彼の植物学に関する知識はすごいものがある。その彼が取り組んでいる
課題は“植物の繁殖力について”だった。
「何も無い土地でも繁殖するという一種の超能力みたいなものを持ってるんだ」
人にしろ植物にしろ何かの超能力は持っているものだと言われている。かつて人間は超
能力を当たり前のようにして持っていて、それは超能力ではなく能力の一つとして備わ
っていたと言う学者もいた。人間はめざましい発展を遂げたがそれと引き換えにその能
力を失いつつあるのだと彼は述べていた。しかし植物の原始的な細胞には隠された能力
が存在するのである。トトはそんな植物を研究しているのであった。
「栽培室に置いてあるんだ。あした見せてあげるよ」
トトは快諾した。
“超能力を持っている植物か… まるでタダみたいなやつだな。でも繁殖力が強いなん
て… ”
フロルは心の中でくすっと笑った。むっとして振り返ったタダをフロルは無視したので
ある。
「今、つまらん事、考えてたろ!」
タダはフロルに迫った。
「別に… オレ、何も考えてねぇよ」
フロルはとぼけた。
「まあまあ、二人とも… 続きは自分のアパートにかえってからやってぇな」
チャコが止めた。どう見てもこの二人のやり取りは普通のカップルとは違う。べとべと
した甘さはないけれど仲がいいのであった。

 トトは小さな栽培室でサボテンに似た植物を紹介していた。サボテンと違っていると
ころはトゲがないと言うところである。
「R−2惑星で発見された植物なんだけど、これ… 」
「ああ、あの不毛の地、と言われている? 別名“砂の惑星”って言うんだろ?」
アマゾンは何かで聞いた事があったのだ。苛酷な環境の為、人はおろか植物もほとんど
自生しないと言われているのであった。
「そうなんだ、何もない土地で育った為に環境以外の刺激に極端に弱い。たとえば人と
か動物とかね。だから繁殖力が強い割によく枯れる。実験するのはまだまだ先の話だか
ら地道に栽培して増やしてみようと思ってるんだ」
トトは栽培室にクラシックを流していた。流砂を連想させるような静かな曲である。
「大変なんだな、植物を育てるのって… サボテンに似ているくせに刺激に弱いのか。
こいつとえらい違いだな… 」
フロルは今日、トトの部屋から運ばれたばかりのサボテンを指でポンと弾いた。サボテ
ンも感情がある植物と言われていて、色々研究がなされてきた。電極線をサボテンにつ
ないで実験した結果、恐怖に対して強く反応する事は一般的によく知られているのであ
る。それどころかその恐怖の感情は他のサボテンにも伝染するのであった。
 サボテンの異種間交配でできた雑種は原種よりも強い。そのために次々と強い種類が
できて行くのである。トトはこの感情を持つサボテンと不毛の地でも繁殖できる超能力
をもつと言われているR−2惑星のサボテンみたいな植物とをかけあわせ、新種をつく
り出しその星の緑化運動に貢献できたらいいなと思っているのだった。
「タダ、僕は無謀な事をしているのかな? 成功するんだろうか?」
トトはあてにせずに聞いた。
「さあ、ぼくには想像できないよ。それに関する事ならトトの方が直感力が働くんじゃ
ないのかな」

 トトは時間を決めて栽培室に入っていた。なるべく外部からの刺激を避けるためであ
る。タダはフロルからの差し入れのケーキをトトに渡した。
「フロルは?」
いつも一緒のフロルがいないのでトトは不思議に思った。
「居残りなんだ。多分ね。さっきは教室が別れてたからよくわからないけど… 」
恐らく補習を受けているのであろう事が想像される。トトはタダについて行く為にあま
り得意分野でない航空科に籍をおいて頑張っているフロルをけなげに感じていた。彼女
ならもっと向いている分野もあるのだけれど、彼女は航空科でないとだめなのだ。
「タダ… 」
トトは羨ましそうな顔をしてタダに言った。
「君は本当に幸せものだね」
タダはシンプルな言葉に弱い。一瞬彼は赤くなった。最近では仲のいい友達の前ではポ
ーカーフェイスが保てないタダだったのだ。
 R−2のサボテンは少し大きくなっていた。つぼみらしいふくらみが何カ所かにでき
ていてそこの部分はうっすらと白くなっていたのだった。
「黄色の花が咲くんだよ」
トトは膨らんだ部分を指さして言った。
「はやく実験がしたいな。できたら普通のサボテンと掛け合わせて刺激に強いタイプの
ものを作りたいな」
トトは楽しそうに言った。彼の実験をしている時の顔は、ふだんの自信の無さそうなそ
れとは違い厳しいものがある。特に今回のR−2サボテンは何人もの学者が掛け合わせ
の実験に失敗しているだけにトトは燃えていたのである。
「成功するといいね」
タダはトトを励ますように言った。
「ようっ! トト。頑張ってっか!」
フロルが入って来た。
「あれ、補習はどうしたんだ?」
「何だよ、オレの授業が長引くとすぐに居残りだの追試だの言ってるだろ! 今日は教
官に少し注意を受けただけなんだ。補習じゃねぇぞ!」
似たようなものだとタダは思ったが黙っておいた賢明なタダだったのである。
「ほら、ケーキにはこれが付きもんだぜ」
フロルは栽培室の小さな机にカップを用意した。ポットには熱いコーヒーが入っている。
タダはどんなに暑くても熱いコーヒーが好きだったのである。
「僕はケーキ、いらないから」
タダはあらかじめ断っておいた。どうも甘い物は好きになれないのだ。
「わかってるよ。これはトトに差し入れしたんだもん。なっ!」
フロルはトトにケーキを渡した。コーヒーはよい香りを栽培室に漂わせている。トトは
コーヒーを飲みながらフロルの方を見た。彼女を見ていると白号での入学テストの事を
思い出す。フロルは最初両性体だったせいか、いまだに女性として見ていない部分が多
いのだ。そのため女性の苦手なトトでもフロルと友達付き合いができると言うものであ
った。

 ヌーはトトと共にわくわくしながら栽培室に入って行った。昨日タダが来た時に白く
なっていたつぼみがもしかすると開いているかも知れないと思ったからだ。ヌーもトト
の興奮が伝わって来て自分まで楽しくなってしまうのであった。
「さあ、どうなっているのかな?」
トトは栽培室の一角に植えているR−2のサボテンに近づいて行った。

「 !! 」
トトは声も出ない程、驚いた!
彼の大事に育てていたものは花を咲かすどころか一本のこらずしわだらけの茶色の固ま
りになって砂の上に横たわっていたのである。
「いったい誰がこんな事を… 」
ヌーはがっくりきているトトをなぐさめるように彼の両肩に手を置いた。トトが自分の
部屋から移動させたサボテンには全く異状がないのである。R−2のサボテンだけが枯
れてしまっているのだ。これは人為的なものだと思わざるを得ない状態なのであった。
「僕はこの栽培室にカギをかけていたんだ。そして昨日この部屋を出て行ってから一度
もここに入っていなかった。僕以外でここのカギを持っているのは教官だけなんだ… 」
トトは本当に気落ちしていたのである。この小さな栽培室は40日くらいならトト個人
で使っていいと教官から許しを得ていたのである。

「タダ、何か気配を感じるか?」
ヌーが聞いた。ヌーに呼ばれたタダが栽培室に来ていたのである。
「いや、何も感じない。僕の直感を刺激するような悪意はこの部屋から感じられないん
だ。僕の力不足かも知れないが… 」
タダは困った。どうしてだか訳がわからないのである。カギがかかっている部屋でサボ
テンが枯れてしまった… これは密室における事件なのだ。犯人は必ずいるはずなのだ。
ここの空調はトトの設定どおりに作動している。狂った形跡はない。もしも狂っている
とすればR−2以外のサボテンも枯れてしまうはずだったのである。
「たった一日で枯れてしまうなんて考えられない… 刺激を与えた覚えも無いし環境に
は強いはずなのに… 」
「トト、もう一度取り寄せられないのか?」
ヌーは聞いた。
「この原因が分からない以上取り寄せ無理だと思う… だって又、そんな目にあったら… 」
トトはもう実験は無理かもしれないと心の中で思っていた。犯人が入った形跡の無い部
屋でこうなった以上、原因は自分の管理以外にないのだから。トトは自分に原因を見い
だそうとしているのであった。

「トト、このサボテンが何か知っているかも知れないよ」
タダはなんとなくトトの部屋から運んだサボテンに引っ掛かるものがあった。
「電極線をつないでみるのかい?」
トトはタダに聞いた。
「そう、昨日と同じ状態にしてもう一度同じ行動をするんだ。僕たちがいなかった時間
も電極線をつなぎっぱなしにしておけば何かわかるかも知れない」
タダは自信を持って言った。夜間の事までは誰にもわからないし、もし犯人がいるのだ
ったらひょっとするともう一度、ここにやって来るかも知れないのである。トトは自分
では感じていないだろうが彼の学科では常に注目を受けている。誰かにねたまれている
かも知れないのだった。もちろんタダはそんな事は口には出さなかったがヌーも感じて
いたのである。これは才能のあるものの宿命でもあったのだ。 

「ここに電極線をつないで… そして針が大きく振れる場合だけブザーが鳴るようにセ
ットしておくんだ」
トトは器用に電極線をサボテンにつないだ。
「夜中に鳴るとうるさいだろうな」
タダは心配したが、ヌーはそのほうが犯人がいるとしたら捕まりやすいと言っている。
ブザーはトトの部屋にも聞こえるようになっていた。
「私は外に出ていましょう」
タダとヌーはさっきケーキを持参で呼び出されたフロルと共に栽培室の外で待っていた。
時刻も昨日とほぼ一緒である。タダはケーキを持ってトトのいる栽培室の中に入って行
った。そしてフロル、彼女はコーヒーを持って入って行った。
「コーヒー持って来たぜ。昨日と一緒でうんと熱いやつ」
フロルは紙コップにコーヒーをそそいだ。よい香りが栽培室の中に立ち込める。
   ピーッ! ピーッ! ピーッ!
激しくブザーが鳴り、サボテンにつないだ計器の針が目一杯の所まで振れた!

「コーヒーだ!」
タダがトトと声をそろえて叫んだ。熱いコーヒーの気配を感じてサボテンは激しく反応
したのである。タダは精神をサボテンに向けて集中した。
 凄まじい恐怖の念が全てのサボテンに伝わって行く… 人間のように原始的な能力を
残していない生き物には全く影響が無いが、この恐怖のパワーは刺激に弱いR−2のサ
ボテンにとって致命的だったのであろう。興奮しているタダとトトと違ってフロルは一
人、青くなっていた。
「ごめん… トト、オレがお前のサボテンにコーヒーをこぼしたりしたから… 」
フロルは神妙な顔をして謝った。ヌーもブザーを聞いて栽培室に入って来ていた。タダ
はフロルの顔とトトの顔を交互に見た。
“大丈夫、トトは怒っちゃいないよ”
タダはそれを感じていたけれど自分の言うべきセリフではないのだ。このあっけない幕
切れにヌーは驚いていた。
「フロル、僕は君の笑っている顔が好きだ。これは君のせいでも何でもないんだから気
にしなくていいよ」
トトは自分の口から出て来たセリフに驚いていた。うつむいているフロルを見ていると
自分までせつなくなってしまって思わず口からついて出たのがそのセリフだったのだ。
しかしもっと驚いたのはタダだったのだ… さっきまでトトの心にはそんなセリフは浮
かんでいなかったのをタダは知っていた。フロルは気づかぬままにサボテンに恐怖を与
えていた。そしてトトはフロルに対する好意を気づかぬままに持っていたのではないの
だろうか? いや、そんな事は無いと思う。トトはフロルを女性として見ていない事を
知っている。タダは自分の考えを打ち消した。トトにはトトの運命の女性がどこかに待
っているのだろうから…
「ホントにごめん… 」
フロルはトトの両手をしっかり握った。この時、トトに電極線をつないでいたら計器の
針は激しく揺れただろう。

「結局取り寄せてもらえる事になったってさ」
タダがフロルのアパートに入って来た。
「ホントか? 良かった… オレどうしようと思ってたんだ。トトの顔を見るのがつら
くてさ」
「トトが気にしてたぜ。君が温室にやって来ないから。行ってやれよ、今なら花の手入
れをしているから」
フロルはタダの言葉にうなずいて温室に向かった。タダは少し複雑な気持ちを打ち消す
ように首を振った。

 フロルはベッドの横にサボテンを置いた。さっきトトからもらってきたのである。雑
種のサボテンで、コーヒーをこぼしたのと同じ種類の物だ。トトは栽培室のサボテンを
自分のアパートに戻したのでフロルがその一部を引き取ったのだ。ただでさえ植物でい
っぱいのトトのアパートだからそれが自分ににできる親切だとフロルは思ったのだった。
「タダ、おみやげ」
フロルがタダの机にサボテンを置いた。タダの分ももらってきたのである。
「これ、僕が世話するのか?」
タダは迷惑そうに言った。こういったものの世話は得意ではないのである。
「君、育てろよ」
タダはフロルの手にサボテンを押し付けた。
「オレの分もあるんだ。だからこれはお前の」
タダは仕方ないなと言うようにサボテンを受け取った。
「オレさ、トトに言ってやったんだ。このサボテンを鍛え直してやるって」
「鍛え直す?」
「そう、オレのアパートで世話をするんだからちっとは骨のあるやつに育てねぇとな。
コーヒーこぼしたからって恐怖でおたおたするような奴はやだかんな」
タダはトトの顔が目の前に浮かぶようだった。おそらく苦笑していたのだろう。
「それにさ、こいつがしゃんとしたらこいつと掛け合わせてもっと強い新種ができる
かもしんねぇだろ。それにトトの部屋に返して他のやつらをこいつが鍛えるってのは
どうだ?」
フロルの理屈も一理あるのだが彼女が言うとなぜかおかしいのだ。
「そうだね」
とりあえずこう答えておこうと決めたタダだった。

 フロルのアパートのサボテンは熱いコーヒーの刺激に慣れ、時々かわいがるように
して弾く指の刺激にも慣れてたくましく枝を伸ばして育って行った。やがて大きな花
を咲かせたそれは「えっへん!」と言ってふんぞりかえっているようにも見えた。
「僕の部屋の方が繊細だ… 」
二つのサボテンに電極線をつないで反応を比べていたタダが言った。
「お前は甘いからな」
そう言ってフロルは笑った。“甘い”と思われるようになったのは大学に入ってから
の事だ。ハイスクール時代の同級生が聞いたら信じられないだろうなと、思うタダだ
った。
“まあいいさ”タダは心の中でつぶやいた。これが本来の自分だったかも知れないの
だから。自分が気づかなかっただけで…
 二人が食事に出て行った後に残されたサボテン達は、互いに自分たちのご主人様の
事を話し合っているみたいに計器の針を動かし続けるのであった。


                                    終



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