星色物語・シリーズbQ
神になった日編
(2年生)
宇宙大学星から少し離れた星のステーションから銀河方面全域の観光船が発着して
いた。週末の一時をこの船で過ごすカップルも少なくなく、タダの在籍している大学
の学生もその例外ではなかったのだ。
「フロル、どこに行きたい?」
タダは観光パンフレットをフロルに見せながらたずねた。
「う… ん、まよっちまうな。オレ、お前が行きたいとこでいいや」
フロルはタダにパンフレットを返した。もともと銀河のはずれの辺境星出身のため、
銀河旅行を多く体験していない。したがってどこに行っても楽しめる利点があった。
「それじぁここ、テラの第4惑星と第5惑星の間にあるアステロイドベルトに行こう
か。僕はここに一度行ってみたかったんだ」
タダは小惑星群を指さしながら言った。色々な大きさや形で形成されているこのアス
テロイドベルトは昔から論議の的であった。今では幻の第5惑星であったものが何か
の原因で爆発し、砕け散った状態で太陽という恒星の周りを回っているのではないか、
というのが一般的な説になっていた。
「あ、オレこのアステロイドベルトって知ってる。知的生命がいたとかいなかったと
かでもめてただろ」
「そう、結局知的生命は発見できなかったんだ。さんざん科学者が捜し回ったんだけ
どね。しかし今はもうただの観光名所になってしまっているが… 」
タダは少し残念そうだ。ポーカーフェイスに見えて案外ロマンチストなのかもしれな
いな、と思うフロルであった。
ステーションから一度目のワープで銀河系の端に向かって小さく飛んだ。大きなワ
ープができないのは星々が多く集まっているせいだと観光協会が言っているが、パイ
ロットの腕に不安があるからなのかもしれない。だから安全策としてこうしているの
かもしれない。
「なあ、タダ。今見えている星ってさ、みんな恒星なんだろ。テラで言うと太陽みた
いに自分で熱だして光ってるヤツ。それじゃあその内の何パーセントかにひょっとし
たら何かの形の生き物がいるのかもしれないな」
確かにそうかも知れない。自分たちみたいな人間タイプじゃないもっと他のタイプが
存在してもおかしくないのだ。しかし以外とそれは発見されていなかったのである。
タダは、これが世間で言うデートであるのにそれらしくないのをおかしく思った。女
性に変化してもっと女らしくなるのかな?と、思っていたがほとんど変わっていない
彼女がいとおしくあり、少し残念でもあった。
「フロル… 」
タダは彼女の肩に手を置いた。以外と素直にフロルはタダの胸に頭を預けてきた。
「僕はずっと前… 小さな子供のころ星がいっぱい集まっている所に行きたかったん
だ。そしてその星がたくさん見えている所にワープしてもらって近づくと、そこには
大きな星が散らばってあるだけでちっともたくさんじゃなかったんだ。だから何だか
悲しくなった事を覚えているよ」
タダは遠い昔を思い出して言った。
「あ、オレ、その気持ちわかるぜ。ガキん頃、花を摘みに行っててさ、近くにはまば
らにしか咲いてないのになぜか遠くにはいっぱい咲いているように見えるんだ。でも
そこに近づいて見るとやはりさっきいた所と同じでがっかりしちまったんだ。オレさ
、腕いっぱいに花を摘むのが好きだった… 」
タダの胸の中で、夢見るようにうっとりとしているフロルはさっきの彼女とは打って
変わって女らしく、彼をドキリとさせた。
「間もなくアステロイドステーションに到着致します。恐れ入りますがシートベルト
をお締め下さい」
船内アナウンスが響く。到着後は自由行動であった。オプショナルツァーで大型エア
バスのアステロイド周遊に出る老人たちもいれば土産物の店に向かって走って行く子
供連れ、そのままロビーに残ってしゃべっているカップルなどさまざまであった。二
人はボートを借りてアステロイドの間を散策することにした。タダはこの青年には珍
しいくらいわくわくした気持ちを押さえることができず、フロルを驚かせていた。
「お前ってガキみたいだな」
フロルはくすっと笑った。ややばつが悪そうに顔を赤らめるタダ。
「さあ、出発するよ!」
タダはボートのレバーを引いた。軽い振動とともにボートは発進する。タダの腕前は
確かであった。小さなボートは小惑星の間を進んで行く。音すら聞こえない暗闇の宇
宙に浮かぶそれらは何を二人に語りかけているのであろうか? 比較的大きなジュノ
ーにボートを止めたタダはフロルの手を取って外に出た。重力場発生装置がついてい
る宇宙服(スペーススーツ)は、外の世界と遮断されており快適な体温を保ってくれ
る。
「あれ、さっきの団体じゃないのかな」
タダのマイクにフロルの声が入ってくる。その声のバックに、小さな旗を掲げたツァ
ーコンダクターが出発時間を連呼しているのが小さく聞こえる。しつこく言ってもな
かなか時間を守らない客が多いのだ。添乗員が痩せるのも無理はない。
「団体さんといっしょなんていやだぜ。まるで自分までいっしょのツァーにいるみた
いだもんな」
フロルが文句を言った。確かにそうかもしれない。
「場所を変えよう」
タダは観光客のあまり行かない所にボートを進めて行った。小さなボートだから行け
る宇宙のゴミ捨て場状にがれきが浮かんでいる場所である。一つ一つが手に乗るぐら
いの物も多い。
「 … !!」
タダは操縦する手を止めた。
「何か聞こえる!」
彼は突然言った。
「オレ何にも言ってないぜ」
フロルはけげんそうな顔をした。ボートの中はふたりっきりだ。外からの声が聞こえ
るはずがない。
「テレパシーじゃねぇのか?」
フロルが尋ねた。
「わからない。でもささやくように何かが訴えるような思考を送ってくるのがわかる…
いったいどこからなんだろう?」
周りにはがれきが浮かんでいるだけなのだ。タダはじっと耳をすました。決して耳か
ら入ってくるのではないが、そうすると聞こえるような気がしてくる。フロルはタダ
の手をぐっと握った。彼女の不安が伝わってくる。
「 … … ! 」
「あっちの方角だ」
タダは発進した。ボートはゆっくりと進んで行く。間もなく前方に直系1ほどの惑星
が現れた。いや、惑星と呼ぶのにはあまりにも小さすぎるようだ。
「この惑星から聞こえてくるんだ」
タダは指さした。,br>
「でも、何にもない惑星じゃないか。人なんて住める訳がない… 」
フロルの言うとおりなのだ。しかし、そのテレパシーみたいなモノは確かにここから
響いてくる。一体誰なのだ? この思考の持ち主は? そして何を訴えているという
のだろう?
“ナニガイイタイノダ?”
タダは思考をその惑星にぶつけた。ほとんど引力を感じる事がないので墜落する心配
はない。
“タスケ… テ… ”
“ タ … ス … ケテ ”
惑星は答えた。言葉じゃない思考が飛び込んでくる。惑星が… ? いや、そうで
ないのかもしれない。しかしその方向には惑星しか存在しないのだ。
「降りてみよう」
タダは平らな所にボートを止めた。地平線がやけに丸い。白い砂だらけの星である。
本当に何もない星だ。人影どころか小動物もいない。
「空が暗いし寂しいな… ここって」
フロルはあたりを見渡した。二人の足跡の他にも誰かの足跡が残っていた。タダは何
を思ったのかその砂を少し、小さなカプセルに詰めた。こぼれ落ちた砂が静かに落ち
て行くのは少しながらの重力が働いているせいであろう。
宇宙大学星の入国でしつこく砂のことを聞かれたがどうにかパスし、タダはそれを
専門の教授に手渡した。
「で、君はこの砂がテレパシーを出しているというのかね」
教授はタダに言った。
「そうとしか考えられないのです。確かにこれだと思うのですが… 」
タダは自信を持って答えた。今は不思議な声は聞こえて来ないがボートの中で聞いた
のは、確かにこれからだったと確信している。
「よろしい、調べて見る事にするよ。また後で報告するから待っていなさい」
教授は専門的な興味もあってか快く引き受けてくれた。
女性の格好をしたフロルがロビーに1人で立っていると、必ずと言っていいほど男
達が声をかける。今日はめずらしく姉が送ってくれた青いワンピースを着ていたので
余計にそうである。彼女は迷惑そうな顔をして彼らを断っていた。タダがフロルの姿
を見つけたときもちょうど上級生に声をかけられている所だった。
「ごめん、遅くなっちゃって」
タダは上級生とフロルの間に割って入って行った。ナンパに失敗した上級生はその場
から離れて行った。こういう事は1度や2度ではなかった。しかし、このだれもが認
める奇麗なフロルを自分の彼女にすることができたタダは、ちょっと得意でもあった
のだ。
「早く行こうぜ。オレ、さっきみたいな目に遭うの好きじゃないから」
フロルはタダの腕を強引に引っ張って歩きだした。う〜ん、やっぱりフロルはフロル
だな… と、思うタダであった。
調べが終わった教授はタダに報告書を手渡した。凝り性の彼はタダの為と言うより
自分の自己満足の為、あらゆる角度から“砂”の調査をしたのであった。
「微生物が発見されたんだ。それとウイルスもね。よく入国の時に持ち込めたものだ
と感心してるのだが、それはまあいいとして… そのウイルスとは、今この大学内だ
けでなく、この近所の星々ではやっている“風邪”のウイルスだ。そしてそれが微生
物を食いつぶしているんだ。まあ、こんな事はよくある話だが… いずれにせよ“風
邪”と違う方は害はない」
タダは愕然とした。自分を呼んでいたのは風邪に犯されている微生物だったのだ。
でもどうして微生物に思考があるのだ? これが知的生物だというのだろうか?
「ありがとうございました。お手数かけてしまって… また、何かあればよろしくお
願いします」
タダは丁寧に礼を言って教室から出て行った。そしてそのまま黙り込んでしまったの
である。
「お前が何を考えているのかわかるような気がする… 」
フロルはタダの目を見つめてやさしく言った。ほほ笑み返すタダの心は決まっていた。
「もう1度、行こうか」
タダはフロルを誘った。うん、と言うようにフロルは目でうなずいた。
今日のアステロイドベルトは観光客もほとんどいなかった。
「フロル、君は人型以外の知的生命体を信じるかい?」
タダは唐突に尋ねた。
「ああ、“風邪”にやられかけていた微生物の事だろ? お前、そいつを助ける為に
もう1度来たんだろ?」
「うん、しかし“風邪”のウイルスもひょっとしたら知的生命体だとしたら、僕はと
んでもないことをしようとしているのかも知れない… 」
タダは常によく考えて行動する。しかし考え過ぎるきらいがあるのだった。
「ばかだなーっ! お前、風邪ひいて薬飲む時、そんな事いちいち考えているのか?
信じられねーな。オレは風邪を治す為に飲むんだから何とも思わないぜ。正義ってい
つもそうじゃん」
考えてみたらそうである。
「でもさ、オレ、お前のそんな所… 好きなんだ」
フロルはやや、照れながら言った。タダのつまらない優しさが嬉しい。
「もう1度言ってくれる?」
タダはフロルに頼んでみた。心で感じていても声に出して言ってもらえるのは嬉しい
ものなのである。
「いやだ!」
フロルはちょっとすねるふりをした。さりげなく言っているつもりでも本当は勇気の
いるセリフだった。
惑星はタダを呼んでいた。病んだ事によって初めて己が知的生命体である事を伝え
た弱い生命体だったのだ。
“イマ、ナオシテアゲルヨ… ”
タダとフロルは惑星に降りた。タダはゆっくりと薬をまいた。細かな粒子が静かに音
もなく降ってゆく… 静かに時をかけて…
場所を変えてまた、薬をまくタダ。フロルもそれにならう。
静かに… 音もなく…
やがて惑星は静寂を取り戻し、声を出すのをやめた。
「帰ろうか」
タダはフロルの手をとった。
暗黒の宇宙に恒星が光る。タダは黙ってボートの操縦桿を握っている。声を発するの
が怖いくらい真剣な目をしているタダをフロルはやはり黙って見ている。タダは何か
を感じ、ふと後ろを振り向いた。
“カミヨ… ”
惑星がタダに向かってひと言しゃべった。穏やかな目に戻るタダ。フロルはなぜだか
あたたかい心が自分に伝わってくるのを感じ、目頭が熱くなった。
「どうした? フロル」
急に涙ぐんだフロルを心配してタダが声をかけた。
「いや、何でもない… 」
フロルは自分でもどうして涙がこぼれたのかわからなくて戸惑った。
“惑星のテレパシーだったんかな?まさかね… オレに聞こえるわけないじゃん”
タダはボートを止めた。けげんそうな顔をするフロル。
「フロル… キスしていいかい?」
タダは唐突に聞いた。今までそんな事を言った事はないのだが… 今までにも増して、
急激にフロルを身近に感じたタダだったのだ。
「べ… 別にいいけど… 、何だよ… ?」
タダはフロルの背中に優しく手を回した。
二人の時が止まる…
ワープに入った船は、間もなく宇宙大学星に到着予定である。またいつもの生活に
もどる二人だったが、今日のことは決して忘れられない思い出になるであろうと感じ
るのであった。