星色物語bQ4
白い夢編
芸術科のティラとカズの勧めでフロルとクィーニは服飾デザインコースを専攻し
ていた。これはどの学科でも選択コースだったのでフロルは単位を落としてもいい
という軽い気持ちで受けていたのであった。もちろん受講しているのはほとんどが
女性だったのである。
「明日までにデザイン画を5枚仕上げなきゃいけないなんてね… 」
クィーニはため息をついた。ティラもカズももう済んでいるのだが彼女はまだだっ
たのである。もともと絵を描くのは苦手なクィーニだ。天文学で星図を作るのとは
わけがちがう。こうなればティラの所にいって知恵を借りようと思うクィーニだっ
た。こんな事はもちろんチャコも苦手だろう事が想像できる。彼女はティラのアパ
ートにスケッチブックを持って出掛けて行ったのである。
「ティラ、お願いっ!」
クィーニは手を合わせて頼み込んだ。
「しかたないわね。それじゃ私が採用しなかったデザインでよかったらつかっても
いいわよ。ただし気に入らなくても知らないから」
ティラは自分のスケッチブックを出してきた。
「ありがとう! 恩にきるわ!」
クィーニはさっそくティラのデザインを写し始めた。さすがに芸術科だけあってみ
ごとなデッサンで描かれている。クィーニはとてもかなわないと思ったのである。
でもとりあえずこうしておけば明日の授業には出席できるのだ。彼女は何度も礼を
言ってティラのアパートから引き上げたのだった。
「だからさ、お前だったらどんな服がいいかって聞いてるんじゃねぇか」
フロルはタダの部屋に寝っ転がってスケッチブックに向かっていた。彼女もまた、
デザインが浮かばなくてタダの所に転がり込んでいるのだった。
「そんな事いわれても服なんてどうでもいいよ。とりあえず着ていればいいんじゃ
ないか?」
タダはいいかげんに答えている。だいたいゴロゴロ寝っ転がってデザインを考えて
いるだなんて、ろくなのが浮かばなくて当たり前だと思うタダだった。
「でも明日までなんだぜ、これ。オレの身にもなってみろよ」
「なれないから遠慮するよ」
タダは冷たく言ってそっぽを向いた。
「なんだよ冷たいな、オレがこんなに悩んでるっていうのに」
とても悩んでいるように見えないけれど、とりあえず困っているのは確かなようだ。
しかしあいにくタダにもその才能がないのだった。
「よーし、こんなのでどうだ!」
フロルが描いたものはとても大学生が描いたものとは思えないほど稚拙なものだっ
たが、とてもけなす気になれないタダだった。
芸術科のパッピは他の追随を許さぬほどの才能を持っていた。彼女の芸術的セン
スはその科でも有名であり、彼女自身もそれを隠そうとはしなかったのである。彼
女の親友のシルフィーは自分の友人の才能をまるで自分の事のように誇らしげにし
ていた。今日もシルフィーはパッピの描いたデザイン画を感心して眺めていたので
ある。
「いつ見てもすごいわ… 」
すぐにでもデザイナーとして活躍できるほどパッピのデザインは優れていた。中で
もシルフィーが最も気に入ったのはウェディングドレスだったのだ。
「これなんかすごく素敵… 」
ばらの地模様の真っ白な生地でシンプルなシルエットだが絶妙なカッティングが生
きている逸品だった。パッピはいつかそんなドレスを着て好きな男性と結婚できた
らいいなと思っているような女性だったのである。しかしこの大学に入ってくるよ
うな女性で結婚が夢だ、というような者はほとんどいなかったのだ。だから彼女は
その夢をだれにも話さないでいたのである。この大学にいる女性が求めるものは専
門教育をうけ、キャリアウーマンとして自分の故郷の星で活躍する未来だったので
ある。
「パッピは服飾デザイナーになるのが夢なの?」
シルフィーは聞いた。まわりの誰もがそう思っていたのである。芸術科に籍をおい
ているものの服飾関係に秀でているのが明らかだったからである。
だからこのコースを選んだのよ」
パッピは答えた。とても結婚する事が夢だとは言えない。それに今は好きな人もい
ないのだ。しかし彼女はいつか自分でデザインしたウェディングドレスを着て嫁ぎ
たいと思っていた。彼女の星ではほとんどの女性が結婚すると同時に家庭に入って
行くのである。
「私は… 」
「言いたい事はわかってるわ。オートクチュールの店を開く気なんでしょう!」
シルフィーはさも当然というように言った。だからパッピは後の言葉が続かなかっ
たのである。もともと気が強いパッピだがどうもこの点では消極的にならざるをえ
ないのであった。それは彼女の容姿によるものだったのだ。
“どこから見てもきれいじゃない… ”
パッピは鏡に写る自分の顔やスタイルを見てそのたびに悲しくなるのである。かな
りぽっちゃりした体で平凡な顔をしている。しかしシルフィーはパッピがそんな劣
等感を持っているとは思ってもいない。それはパッピの自信にあふれたしゃべり方
と強気な性格のせいであった。
「あ、このドレスもいいな」
シルフィーはロングドレスのデザイン画を手にとっていた。
「あんなのを描かれちゃオレのなんてクズだな」
フロルはさすがにパッピの前には自分のデザイン画なんて見せられないと思いスケ
ッチブックを抱き締めていた。
「フロル、どんなのができたの?」
シルフィーがやって来た。
「いや、オレのなんて… たいしたもんじゃねぇよ!」
フロルは持っていたスケッチブックを後ろに隠した。本当にたいした事のない作品
ばかりだったのだ。クィーニもデザインは良いとして彼女の画才の無さのため、せ
っかくティラが考えていたものが生かされていなかった。フロルはクィーニと共に、
お互い取る科目を間違えたみたいとため息をついたのであった。
専門教育を徹底する為、この大学では高いレベルで授業が進んで行く。途中でや
めたければそれでもいいのだが、続ける以上はそのレベルについて行かなくてはい
けないのであった。
「オレ、針なんて持った事ねぇよ」
今度は自分のデザインした服を作るのである。フロルは音をあげていた。クィーニ
もまた同じである。彼女たちはそれぞれパイロットや天文学教授になる為この大学
に入学したのだったから、針仕事とは無縁だったのだ。当然の事ながら結婚したと
しても家庭におさまる気はなかったのである。
「もうやめちまおうか?」
フロルは本気で考えていた。しかしクィーニは続ける気になっている。
「だめ。たとえパイロットでも何でもできた方がいいに決まってるわ。もし長期旅
行船用のパイロットだったら船の中に住居があるんでしょ。だったらタダや子供達
の為にも繕い物をやらなきゃならない時がぜったいあるから」
そういえばそうなのだ。最近では専門的な知識と技術が要求される長距離船の会社
が航空科卒の学生を待っているのであった。
「でも服を作る事なんてぜったいないと思うぜ」
フロルはまだブツブツ言っていた。そういうクィーニも自信があるわけではない。
結局二人はティラのアパートにケーキを片手に出掛けていったのである。
「あれ? いないぜ。どこに行ったんだろう?」
ティラはいなかった。そして今度はカズの所に行ったのだが彼女もいなかったのだ
った。
「おかしいわね。しかたないな… 被服の教官の所にでも行きましょうか?」
クィーニは仮縫いが途中の服をバッグに詰めた。フロルも裁断しただけで手をつけ
ていない生地を袋に入れたのである。
被服室には大きな鏡が並べてあり、どの角度からも仮縫いの姿が写るようになっ
ていた。それを見ながら二人一組になって補正をしていくのである。仮縫いが終わ
れば本縫いにかかるのであるがクィーニもフロルもそこまでは進んでいないのだっ
た。
「誰かいるみたい… 」
被服室の中に人の気配がする。教官室に行くつもりの二人だったが何となくその気
配につられてドアを開いたのである。
「あっ!」
クィーニは驚いた。大きな鏡の前にはパッピが真っ白のウェディングドレスを着て
立っていたのであった。
もっと驚いたのはパッピだった。まさか誰かが入ってくるとは思わなかったのだ
から。彼女は鏡の前で色んなポーズをとっていたのである。いつか嫁ぐ日を夢見な
がら…
彼女は素早くウェディングドレスを脱いだ。クィーニが見て気の毒なほど顔が赤
らんでいる。しかし二人にはどうして彼女がそうなったのかわからないのだ。
「もっと見ていたかったのにどうして脱いじゃったの?」
クィーニは不服そうに言った。
「あんたには関係ないでしょ! 勝手に入ってきて!」
パッピは本気で怒っているみたいだった。しかしクィーニはその言葉がひっかかっ
たのだ。
「あなたがいるとは知らなかったんだもの。それに見られたからといってどうなる
ものでもないでしょ? 誰もあなたが花嫁姿にうっとりしていたなんて思わないわ
よ!」
クィーニも熱くなっている。普段はおとなしいクィーニだが多少むきになる所があ
るのだった。いつかその為、フロルは引っぱたかれた事があったのだ。
パッピはクィーニのそばにつかつかとやって来て何も言わず、思いっきりほほを
ぶった!
「 !! 」
クィーニはその場に倒れた。まさか平手が飛んでくるとは思わなかったのであった。
「おい、大丈夫か?」
フロルは抱き起こした。右のほほが真っ赤になっている。しかしパッピは悪びれる
様子も無くウェディングドレスを抱えて勢いよく部屋を出て行ったのであった。
「 … フロル、私… そんなに悪い事、言った?」
クィーニは涙を浮かべてフロルにたずねた。しかしフロルにはわからなかったので
ある。
「オレ、よくわかんねぇけどパッピにとっては嫌な事を言ったんだと思うぜ。でな
いとあんなに怒るわけねぇもん」
二人は教官室に行くという目的を忘れ荷物を抱えたままアパートに帰って行った。
クィーニはまだべそをかいていた。彼女はまだ自分がなぜぶたれたのかわからない
事が気になっていたのである。
「タダ、お前どう思う?」
タダは意見を求められた。フロルはさっきの事をタダに話したのだ。クィーニも今
頃チャコに話しているだろうけれどチャコの事だ、全面的にクィーニの味方をする
に違いないと思うフロルだった。
「さぁ… パッピがいればすぐにわかるんだけど… でも考えられる事は、パッピ
が自分の花嫁姿に見とれているのだとしたらクィーニがぶたれたわけがわかるんだ
けどな。テラ系じゃ、花嫁は真っ白なウェディングドレスを着て式をあげるのが一
般的だから。それが夢だという女性がいたとしてもおかしくないさ」
タダは何となくそんな気がしたのである。
「真っ白なウェディングドレスか… オレの星では色なんて関係ないんだけどな。
でもそれが本当なら、パッピって結婚する事を夢見てるみたいだな」
フロルは不思議そうに言った。
「なんだ? じゃ、君は結婚するのを夢見てないのか?」
タダは少しショックだった。タダは心ひそかにフロルとの新婚生活を描くことがあ
ったのだから。
「そんな事、言ってねぇよ! 結婚ってさ、好き合った二人が一緒に住む事なんだ
ろ? だったらオレ、もうお前とずっと一緒だからいまさら… なんかさ、あの… 」
フロルは一人でしゃべって赤くなっている。タダはフロルの言いたい事がわかった
のだ。
「結婚する事が夢だという女性がいてもいいと思うよ」
タダは言った。
クィーニは昨日の事が気になってあまり眠れなかった。彼女とチャコも又、タダ
と同じような結論に達したのであった。
「どうやって謝ったらいいのかな… 」
クィーニは憂鬱だった。今日は服飾デザインコースの授業はない。天文学科のクィ
ーニと芸術科のパッピと共通の授業は他にはないのだった。
「でも意外ね。パッピってそんなふうに見えないけどな」
ティラが言った。フロルが昨日の事を話したのだ。
「めずらしいけれどそんな夢もいいと思うな。白いドレスは確かに魅力的だもん」
テラ系出身のカズはその気持ちがよくわかるのだ。
「そんなもんかな、オレあんまりわかんねぇや」
フロルはまだ首をかしげている。
「でもそれがわからなきゃパッピの気持ちなんて理解できないと思うわ」
カズはパッピがウェディングドレスを着た時の気持ちが伝わってくるようだったの
だ。故郷の星で活躍したい反面、女性としての結婚願望… それは相反して存在す
るものなのかもしれないのだった。
「仕事を取るか結婚を取るか、そんな事で悩む日がきそうだな」
カズは言った。
「それだけじゃないわ、結婚しても家庭を取るか仕事を取るかでも迷うわよ、きっ
と」
ティラがカズの後を続けた。クィーニは話題が自分から離れてしまっているのを感
じていたがみんなの意見をおしなしく聞いているのであった。
「私… 上手な謝り方なんてわからないから正直な自分の気持ちをパッピに伝えて
くる」
クィーニはパッピのいる教室へ入っていった。彼女は緊張の為、青ざめていた。
「クィーニ、しっかりな」
何をしっかりかは知らないけど、ともかくフロルは励ましたのである。
“女って複雑なんだな… ”
それがフロルの正直な気持ちだったのである。複雑、というよりも考え方が違うだ
けなのかも知れないがフロルにとってはまだ“女性”は謎に満ちていたのである。
フロルは教室の外でぼんやりとクィーニが出てくるのを待っていた。
「やっぱりわかるわ! パッピの気持ち。でもね、私はあなたのように才能のある
人が… かわいい夢を持っているって事がわかったとたんに何だか嬉しくなってし
まったんだ。だって… あなたって普通の人じゃないと思ってたから。だから安心
した」
クィーニはどうやらパッピと意気投合したみたいだった。パッピ自身、自分の気の
強さの為に今まで主従関係の友人しかいなかったみたいだと言う事に気が付いたの
だった。
「私、素直じゃないからね。今まで弱みを見られるのが嫌だから強がっていたよう
な気がする… 」
パッピは正直な気持ちをクィーニに言った。
「私も本当は素直じゃなかったからあなたの気持ち、よくわかる… 」
クィーニは故郷の星で“才女”だと言われ敬遠され、友人というものに対し臆病に
なっていた事を思い出していたのである。
“素直になって一歩踏み出せよ… ”
いつかフロルに言われた言葉だった。彼女は今、もう一度その言葉をかみしめてい
たのである。
「フロルって無意識のうちに物事の確信を突いているところがあるのよ」
クィーニの話題がフロルの事になった。彼女は教室の外でフロルが待っているのを
しばし忘れ、パッピとの会話に夢中になっていたのである。
「全くクィーニったら嫌んなっちまう。結局一時間だぜ、一時間! オレずっと心
配して待ってたんだからな。入っていくのも悪いと思ってさ。せっかくの昼休みが
パーだもんな」
フロルはタダのアパートでぼやいていた。彼女は女性独特の不特定の相手との長話
はあまりしない。だからクィーニのように、さっきまで仲たがいしていたような者
と長話ができるという神経が理解できないのであった。そのくせここにいる時は自
分勝手にずっとしゃべり続ける事もあるのだ。フロルは本当に話をしたい相手でな
いとしゃべらない。タダは自分がフロルにとって特別な存在である事を再認識する
のであった。
「フロル?」
タダはフロルのアパートに入って行った。呼んでも出て来ないので遠慮なく奥の部
屋に行くと、彼女は鏡の前で白い大きな生地を体にまとっていたのであった。
「ウェディングドレスみたいだね」
タダはフロルのそばに近づいて行き、彼女の手を取った。
「テラではこうやってお互いの指にリングをはめるんだよ」
タダはフロルの指にリングをつけるふりをした。
「そしてお互いにずっと夫婦である事を誓うんだ」
タダは長老とともに出席した結婚式のシーンを思い出し、フロルに軽くキスをした
のである。
フロルははっとした。
「わかるよ! パッピの気持ちが… 」
フロルは胸の奥から込み上げてくる言葉に出せない感情をかみしめていた。パッピ
の夢がフロルの心に気持ちよく入ってくる… 白い生地がやけに目に染みる瞬間を
フロルは戸惑いながらも受け入れたのである。フロルはもう一度、鏡に写った自分
の姿を見た。そして横に写ったタダを… そしてフロルは目を閉じた。まぶたの奥
に真っ白なウェディングドレスを着た自分が写っていた。その時はじめて本気で結
婚というものを意識しはじめた自分をはっきりと認めたフロルだったのである。
「やっぱりオレにはむいてねぇよ」
フロルはなかなか完成しない服を目の前に大きくため息をついた。
「頑張ってるじゃない。でも早くしないと提出日に間に合わないわよ」
パッピが声をかけてきた。彼女はいつもの彼女に戻っていた。
「わかってるよ、言われなくても」
フロルはいつもの調子で返事をする。パッピはそれ以上しゃべろうとはせずに向こ
うの方にいってしまったのだった。
「私ね、今ならパッピの気持ちが理解できるわ」
クィーニが纏り縫いをしながらフロルに耳打ちした。
「昨夜チャコに言われちゃったんだ、色々とね」
クィーニは何かを思い出したのかくすっと笑った。フロルも又、昨夜の事を思いだ
し胸が熱くなってくるのであった。
フロルベリチェリ・フロル、19歳の出来事だったのである。
終