星色物語bQ7



フロルの憂鬱編(続×27)



 フロルは最近なんだか自分が自分でないような気持ちだった。いつかタダに指摘され
た事もある。これはいったいどういう事なんだろうと自分に問いかけても答えは見つか
らない。彼女は何となく憂鬱な日々を送っていたのであった。

「あっ!」
フロルは自分の不注意でフライパンに指を触れてしまった。調理の最中にぼんやりして
いたからである。
「どうした? フロル!」
タダがとんで来た。
「あ… 何でもない… 」
「火傷したのならすぐに水だ! ほら、さっさと手を出して!」
タダはフロルの手首をつかんで赤くなった指を水にさらした。
「しばらくそのままにしておくんだよ」
タダはそう言って焦げかけのフライパンの後始末をした。なれた手つきである。フロル
はそんなタダの後ろ姿を見つめていた。頭の中で何かがぱちんと弾けた。
“オレ… タダの足を引っ張ってるみたいだ!”
タダはいつも自分の事をパートナーという言葉で表現してくれる。しかしそれは女性と
してと言うよりもっと違った意味があるのではないか?
“正直言ってタダの方が何でも手際よくこなすじゃねぇか。それに簡単な料理ならタダ
の方が上手い。それじゃオレの奥さんとしての存在っていったい何なんだろう?”
フロルは情けなくなって、あふれてきた涙をぬぐった。
「痛むのか?」
タダがのぞき込んだ。タダはいつも優しくて気が利く。しかし自分はどうだ?
「タダ、お前さ… 」
“オレと結婚すればきっと後悔するぞ”
という言葉を続けたかったがそれをタダが制した。
「結婚前って女性は不安定になるって聞いていたけど今からそんなのでどうするんだ?
  僕たちまだ4年生になっていないんだぜ」
タダはいつもながら気の利いた言葉は苦手なのだ。フロルの気持ちが伝わったタダにで
きる事は、フロルが落ち着くまでじっとだきしめ続ける事であった。フロルの不安は放
っておけないほど広がって来ているらしい。タダは彼女の為に何とかしなくてはと思う
のであった。どうやらフロルは自分に対してだけ敏感になっているようなのだ。それが
彼女の自分に対する思いやりから来ていると分かった以上、いても立ってもいられない
感情がタダの内部に広がって行くのであった。
「そうさ、オレのハイスクールの修学旅行もテラだったぜ」
アマゾンが言った。今夜はヌーのアパートに集まっているのだ。
「僕もテラだった」
赤鼻も言った。
「テラ系の修学旅行は断然テラがトップやな」
チャコのハイスクールもそうだったようだ。
「テラ系発祥の惑星テラはとてもきれいな星だと聞いている。私はまだ行った事はない
がいずれは訪れたいと思っているのだ」
ヌーが言った。
「タダ。オレ、テラに行ってみたい!」
フロルがタダを誘った。フロルのハイスクールの修学旅行は異星に行かなかったのである。
タダが誘う前にフロルが乗って来たのである。
「タダ、連れてってやったらどうだ?」
アマゾンが気を利かして言った。もちろんタダに依存はなかったのだ。

 テラ系の人類発祥の地である古き星テラは、宇宙大学からさほど離れていない場所に位
置していた。その緑の惑星は幾度となく繰り返された愚かな戦争の為に“死の星”となり
かけていたがそのたびに復活する事ができた。しかし、放射能汚染が限界にきた地点で故
郷の惑星を後にし、人類は未開の惑星を第二の故郷にする為に散って行ったのである。そ
れはテラ系の歴史の始まりの瞬間であった。これはサバ系にも共通している事で、サバも
又故郷の惑星を後にした人類なのだった。

 放射能汚染の心配がなくなったテラは観光惑星として静かに観光客を受け入れていた。
「静かだな… 」
フロルはテラの第一印象をそう語った。ここは一種の聖域であり、娯楽設備が整っていな
かった為、観光客は限られていたのである。フロルは決して軽い気持ちでここに来たいと
言ったのではなかった。タダの星系の源である“テラ”を一度見てみたいという気持ちが
いつの頃からか芽生えていたのである。

 二人は絶海の孤島にレンタルの小型ボートで降り立った。そこには300体以上の巨大
な石の像が立っていたのである。頭と胴体が同じくらいのその像は遠くを眺めていた。
二人の他は学者みたいな団体が一組いるだけで、彼らは口々に自分たちの星の言葉でこの
像に関することを論じ合っていた。
「僕が以前修学旅行でここに来たとき何をしたと思う?」
タダが聞いた。え? と言うようにフロルが振り向く。
「僕はね、この像のまねをしてぼーっとして海を見ていたんだ」
タダの言葉にフロルは笑った。モアイ像と呼ばれているこの像と同じ顔をして、ぼーっと
した目で海を眺めているタダを想像したからだ。フロルはもう一度笑った。近くにいた学者ら
しき団体は非難するような顔で二人を見ている。タダはそんな連中を無視したのだった。
「それでお前、何を考えてたんだ?」
フロルは聞いた。
「別に何も… あ、海が広がっている、っていうくらいしか印象にないんだ」
タダは水平線を見た。きれいに並んだ7体のモアイもそっちを向いている。
「じゃあ、この像は何を見ていたのかな?」
フロルはもう一度聞いた。
「論議の的だけど答えは出なかった。きっと何かを見ていたんだろうけれど、その何かが
なくなってしまったんだろうな」
「目の向きの方にか?」
「多分ね」
二人は並んで海を見ていた。フロルはいつかこんな事があったような気がした。ここに来
たのははじめてなのに、なぜかこのシーンを知っているようなのだ。
「夢で見たのかな?」
首をかしげているフロルをタダはじっと見つめていた。夕日がさして赤くなった髪が風に
なびいている。
「フロルってきれいなんだ… 」
タダはフロルの第一印象を思い出した。そうだった、あの時はまだ女性に変化する前だっ
たのに僕は女性としてしか見られなかった。今思えばそれがフロルとの将来を直感してい
たのならば、僕は予知能力があるのかもしれないぞ。
 タダは自分の想像に酔っていた。別に本気で予知能力があるなんて思ってはいないのだ
が… フロルがちらりとこちらを向いた。少しばつが悪い。タダは自然に赤くなった頬を
夕日のせいにしていたかったのだ。

「修学旅行生だ」
二人のチェック・インしたホテルのロビーが急ににぎやかになった。少し年下の学生達の
若い声が響いている。
「あんな頃があったな」
タダが懐かしそうに見ている。
「懐かしいのか?」
フロルが何げなく言った言葉にタダははっとした。少し前なら懐かしさを感じる事ができ
ない時代だったのだ。別れた女性がいた。心を許せる友はほとんどいなかった。記憶も封
じられたままだった。それに何よりフロルがいなかった。
「懐かしいな… やはりどんな時代も」
タダは久しぶりに過去をふりかえっていた。今の自分は驚くほど安定している。
「そうだな、その時は忘れちまいたい事でも過ぎてしまえば懐かしく感じる事ってあるよ
な」
学生達が騒ぎながら通り過ぎて行く。彼らはこの瞬間が明日には過去の出来事になる事を
意識しないまま今を過ごしているのだろう。
「フロル、明日はめずらしい所に連れて行ってあげるよ」
タダはフロルの肩に手を回した。学生の一人がこっちを向いている。
“あの二人、もうすぐキスをしそうだぞ”そんな思考が飛び込んでくる。
 タダはくすっと笑った。それならば…
タダはその期待にこたえる行動をおこした。あっと驚くフロル。彼女はこんな体験をあま
りした事がない。
「お前、ずいぶん大胆だな!」
「フロル、テラには“ことわざ”と言う便利な言い伝えがあるんだよ」
「なんて言うんだ?」
「“旅の恥はかき捨て”って言うんだ」
タダはもう一度、キスをした。フロルは少し慣れた。学生達は遠巻きにこのカップルを見
ている。引率の教師がそんな彼らを広間に行くように促した。そろそろ食事の時間なのだ。
 急に静になったロビーの外には見たことのない星空が広がっている。
「あの星の光はずっと遠くから幾億年の年月を越えて届いてるんだな」
タダは冴えた空を見ていた。フロルは自然とタダに寄り添っていった。

「ねぇ、フロル。構えるのはやめなよ。君は僕のことを考えてくれているのはわかってる
んだ。でもね、たとえ結婚しても僕たちは僕たちで変わらないんだから。今までのように
同じ話題で話して違う意見を言い合って… ちいさなケンカを繰り返しながらも信頼しあ
って暮らしてゆきたい。僕は平凡でいいから普通の家庭の生活を作ってみたいよ。だから
僕に足りないところは君に補ってもらいたいんだ。君には君の良いところがいっぱいある
んだから」
「そんなの… あるか?」
「君は知らないだけなんだ。僕は今までずいぶん君に助けられた… 」
「んな事ねぇよ… 」
「僕はずっと君を守って行くとは言わない。今までどおりでいいじゃないか。ずっと一緒
にいればいいぐあいにやっていけると思ってるから」
「うん… 」
「僕の言うことがわかるだろ?」
「うん」
「もっと自信を持って今までのフロルに戻ってみないか?」
「 …… 」
タダはフロルの手のひらに自分の手を重ねた。その接触面からタダの優しさが流れ込んで
ゆく… フロルは幸せとはこんな瞬間の事をさすのだということを心から感じていた。表
面上の言葉のやり取りや性欲を満たすための接触ではない至福の繋がり… おだやかな恍
惚状態がフロルをおそう。今まで心に引っ掛かっていた事が静に流れ出して行くのを彼女
は感じていた。
「ずっと… お前と一緒に歩いて行きたいな… 」
フロルはタダの手に自分の指をそっとからめていた。

 タダの言ってためずらしい所は昨夜の修学旅行生であふれていた。どうやらグループ行
動の日らしいのだがみんな行き先は同じようなのだ。今日は引率の先生がいないせいか、
みんなは昨日より更ににぎやかだった。
「こんなはずじゃなかったな」
タダの予定では二人っきりで過ごすはずだったのだが…
  「別にいいじゃん、誰がいても。どうせ下心があったんだろうけどさ。アクション起こせ
ば受けてたつぜ。確か、お前きのう言っただろ?“旅の恥はかき捨て”ってさ」
フロルはコロコロ笑った。
「そんなにはっきり言われるとかえって手が出せないものなの!」
タダは憤慨したのだった。

 ここの大地は石英の砂地が広がっており、その一部は緑のガラス層に覆われていた。立
ち入ることはできないけれど、この層は過去の核戦争の傷痕に違いないと言われている。
「僕もそう思う。ここの石英の砂地がガラス化するには数百万度以上の熱が必要だ。そん
な熱は過去の世界では核爆発しかないからね」
フロルはキラキラ光った緑のガラス層を眺めていた。
「ここのもっと下の地層にもこんな層があるんだよ」
タダは説明した。この層ができるずっと前にもやはり核戦争があったのだ。
「こんな事を繰り返していたのが僕の先祖だよ」
「なんか信じられないな。そんな事が起こってたなんて… ヴェネにはなかった話だな」
「ずっと昔の話だよ」
 タダはその緑の大地の横に建っている博物館に案内してくれた。これは主に修学旅行生
用に作られたものらしく、たくさんの椅子が広間に並べられていた。その広間の隅には大
きな石でできた球体が3個、並べられている。その前には星間用語で“記憶の石”と書い
たあった。
「これは僕たちテラの人類が作ったものではないと伝えられている。この完全な球体の中
には太古の昔に起こった戦争の記憶が封じ込められているんだよ」
タダは自分の手を“記憶の石”の表面にくっつけた。
「ほら、こうするんだよ」
タダはフロルの手を同じようにその石に付けた。フロルの頭の奥に何か語りかけるような
声らしきものが聞こえてきた。しかしその声は小さくて聞き取りにくく、何を言っている
のかわからなかったのだ。
「僕の手と重ねてごらん」
タダが言った。とたんにフロルの頭の中にはっきりとした映像が浮かび上がったのである。
「すごい!」
フロルは感嘆した。そのしくみは分からないが“記憶の石”は自分が見てきた事を正確に
後世に伝える役目をしていたのである。
 それは数世紀にも及ぶ放射能汚染に犯される前のテラの姿だった。人々は希望に満ちた
生活を送っていたのである。しかし一時の平和は時の権力者が得た未知の力によってもろ
くも崩れ去ったのである。未知の力をもたらした者ははるか星の彼方へ去ってしまい、後
には焼け焦げた大地を抱えたテラがポツンと残されたのである。“記憶の石”は奇怪な景
観を写している。高熱によって歪められた町は人一人住めぬ廃墟となってしまったのであ
った。
「すごい過去だな… 」
フロルはまだ高鳴っている胸に手を置いた。

「お兄さん」
さっきの修学旅行生がやって来た。ぎこちない星間用語だが言葉として通じるのだ。
「お兄さんが手を置くと、ここの石の記憶がわかるの?」
女学生が聞いた。
「試してみるかい?」
タダが親切に呼びかけると近くにいた女学生が団体でやって来た。タダはまんざらでも無
さそうにその子達の手を取り“記憶の石”の映像を見せてやった。
“まるで兄さん気取りだな”
フロルは思った。しかし悪い気はしない。ロマンチックには程遠い状況だったが二人はテ
ラを満喫しているのだった。

「また来てもいいな」
帰りの船でフロルが言った。青い星、テラは随分小さくなっている。もうすぐワープに入
る頃だろう。
「ほんとに来てよかった… オレ、テラが好きになった」
フロルが独り言のように言った。タダはフロルが満足しているようなので、彼も嬉しかっ
たのだ。
「また来ようよ。僕もテラが好きだ」
「でもお前、オレが言うまでどこにも連れてってくれないじゃん。大体お前、少し出無精
だぞ! もっとどっかに行こうぜ!」
フロルは文句を言った。
「そんな事ないと思うよ。たまにはどこかに行こうって誘ってると思うけど… 」
と、言い返しながらタダは何を思ったのか吹き出した。
「君らしくなった!」
タダは笑った。
「え… ? 何だよ! 急に… そりゃ、オレさ。ちっとばかり落ち込んでいたけど… 」
「でも、もう大丈夫だろ?」
「うん、多分ね。何かこう… どう言ったらいいんだろう? 大人になったっていうんだ
ろうかな? 違うんだよ、今までとは」
フロルは自分の心情が上手く言葉に表せない。そうこうしているうちに二人を乗せた船は
大学星に到着したのであった。

 アマゾンのアパートにヌーやガンガがやって来た。仲間内で誰彼と無く電話をかけてい
ると自然とたまっている場所がわかるのだ。こんやはアマゾンの所だったのだ。
「よっ、どうだった? テラの旅は?」
アマゾンが聞いた。フロルはちらっとタダの方を見た。
「オレさ、大人になったような気がしたんだ」
フロルがみんなの前で言った。
「大人になる?」
だれもが聞き返したのである。トトは顔を赤らめた。勝手に何か想像したらしい。
「よくわかんねぇけど、何かさ。これからずっと… 」
フロルは少しうつむいた。
「ずっとどうしたんだ?」
ガンガが聞いた。気になる言い方なのだ。
「ずっとさ、タダの奥さんとしてやっていける自信みたいなもんができてきたんだ」
トトはほっとしたような顔をした。
「トト、お前変なことを想像していただろう!」
アマゾンがからかった。彼もフロルと同じく少し幼いところが残っているのだ。
「ぼ… 僕、別にそんな事思っていないよ!」
トトはあせっていた。
「アマゾン、からかうのはそれくらいにして… 今夜は二人のために飲もうではないか」
ヌーがグラスを片手にみんなを誘った。もちろん異存はない。最初からその気だったの
だから…

「頭痛い… 気分悪い… 」
フロルは喫茶室で頭を抱えていた。冷たいコーヒーが胃にしみる。
「自業自得、我慢するんだな」
タダは冷たく返事をした。これは本人でないとどうしようもないのである。
「タダッ!」
フロルは突然タダの両手を強く握った。横にいた四世やトトが驚いたように二人に向き
直った。ヌーまでもが何事かとフロルの次の言葉を待っていた。
「オレ、本当に気分悪い! これってつわりじゃねぇだろな?」
タダは愕然として椅子からずり落ちそうになった。
「ちょと待てよ! ぜったいそんな事はないっ! なんて事を言うんだよ! こんな所
で… 」
タダは思いっきり恥をかいた気分である。あわててタダはフロルの腕をつかんで喫茶室
から連れ出した。

「僕も頭痛くなって来た… 」
「自業自得だぜ」
フロルは即座に言い返した。
 タダはしみじみと思っていた… しおらしいフロルもよかったな、と…
 
  

                                 終

 


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