星色物語bQ8
アダムの遺書編
タダの尊敬する航空科の先輩にグレイス・バーンがいた。彼は4年生になった
タダより6学年上で、宇宙大学の研究生として最後の学年を迎えようとしていた
のである。
「僕は君に会えてよかったよ」
グレイスはタダに言った。
「どうしてそんな事を?」
タダは聞いたがグレイスは笑って答えない。彼はタダよりはるかに上回る直感力
を持っていたのであった。彼の心は誰にも決して悟られることはなかった…
「 …だからオレは4年生でほとんどの単位を取ってしまうぜ。特に実技には力
を入れたいんだ」
フロルは次の5年生を必修以外の好きな授業で占めようと考えていたのであった。
「僕もそうしようと思ってる。どうやらこの4年生が今までで一番忙しくなりそ
うだな」
二人は顔を見合わせた。もうすぐ二人の新しい生活が始まるのだ。自然とお互い
を見る目が優しくなる瞬間を、人は幸せと呼ぶのかもしれない。
「これ、何だよ?」
フロルはタダの机の上においてある石のような固まりに手を触れた。ひんやりと
していて普通の石とかわらないようなのだが…
「グレイス先輩がくれたんだ。多分隕石だと思うよ」
タダはそれを取り上げて外の光を反射させた。大気圏突入の際に溶けているのが
わかるような光沢だった。何の変哲もない隕石だったのでどうしてこれをグレイ
ス先輩がくれたのかわからなかった。それほど彼の心は読みにくいのである。
「タダ、君はもう超能力開発コースを取らないんだね」
グレイスはタダに言った。
「このコースは3年間勉強したので… それに4年生で卒業する為の単位を取っ
てしまおうと思っているんです。超能力に関してはあまり伸びないし、それに積
極的に伸ばそうとは思ってませんから」
タダは事実、自分の持つ直感力だけで充分だと思っていた。確かにあるにこした
事はないのだが、実生活においてそれ程役立っているようには思わない。タダの
超能力は中途半端な状態だったのだ。
「君はすごい才能が眠っているような気がするのだが… 君の直感力には限界が
あるかもしれないが、念動力はもっと伸びると思うんだけどな」
「先輩の買いかぶりですよ。それはお世辞と言うものでしょう」
タダは笑った。しかし、タダは知らなかったのだ。グレイスにはタダの中途半端
な直感力とは違い、恐るべき予知能力があるという事を…
「君はいつでも無難に人生を送って行くんだね。決して無茶な事はしないだろう
な。でもそれが君のいいところだ」
「どうしたんですか? いつもの先輩じゃないみたいだ」
「いや、最近君と落ち着いて話す機会がなかったからな。ついうるさくなってし
まったんだ」
そう言って彼はタダの前から去って行った。タダは何か直感力を刺激するものを
感じたがすぐに忘れてしまった。廊下の向こうにフロルの姿が見えたからだ。タ
ダは今、自分たちの事で頭がいっぱいだったのだ。
「何か用だったんじゃねぇのか? 先輩」
「かもしれない。今度会ったら聞いとくよ」
タダはグレイス先輩の出発を祝うパーティに出席していた。彼は希望する惑星
探査要員として正式に認められ、卒業と共に銀河系内を探査する職に就く事にな
るのであった。そして今、学生の身でありながらも航空科研究生代表として星間
連盟の探査船に乗船し、銀河系の未開の惑星の文明を調査する為に出発する予定
であった。星間連盟ではある一定の文化が発達している惑星でないとその連盟に
参加できない事になっていた。この広い銀河には数多くの人類が住んでいる。し
かしそれら全てが星間連盟に参加できるわけではなかったのだ。いたずらに発達
した文明を見せる事は、その惑星に住む人類にとって害になる事もあったからで
ある。
「タダも惑星探査員にならないか?」
グレイスはタダに聞いた。
「いえ、僕は旅客機のパイロットになるつもりなんです。長期旅行用宇宙船のパ
イロットをしていた父の後を継ぎたくて… 」
そう言ってタダは少し照れた。パイロットになると言う事が恥ずかしいのではな
くて、長老の事を“父”と言った事に対してのテレであった。フロルは横でそん
なタダを何も言わないで見ていた。グレイスはフロルの方を向いて、そしてタダ
を見た。
「そう言うと思ったよ。タダはきっと優秀なパイロットになるだろう。そしてフ
ロルはタダの良いパートナーとしてうまくやっていくだろうな。そんな気がする
よ。それにどうやらフロルは多産系らしい」
グレイスは笑った。
「そんな… 」
タダはそれを冗談ととって同じように笑っていたのである。
「タダ!」
グレイスはタダの名を呼んだ。
「え?」
タダはかつてないような真剣な顔をしたグレイスを見た。
「いや、さすがの僕でも緊張しているらしいんだ。きっとタダも初めて旅客の命
をあずかって空を行くときはこんな気持ちになると思うよ」
彼の指先が細かく震えていた。
「先輩でもそんなのだったら僕なんてもっともっと緊張すると思います」
「それは謙遜というものだよ」
グレイスはいつしか穏やかな表情に戻っていった。誰かが彼を呼んでいる。
「それじゃ! タダ、フロル、幸せにな!」
そう言い残してグレイスは声のする方へ走って行ってしまったのだ。タダは彼の
言葉になぜか一抹の不安を感じたのであった。
「タダ、何か変だと思わねぇか? いつもの先輩じゃねぇような気がするんだけ
どな。オレの思い過ごしなんだろうか?」
タダは改めて自分の直感力を確信した。フロルでさえ何かを感じている。これは
何かが起こる前兆かも知れないのだ。
「わからない。でも僕も何か変な感じがするんだ。思い過ごしであってほしいん
だけど… 」
タダはそれ以上の事は言えなかった。予知能力はないからだ。タダは自分やその
回りの者に対して直感が働くのであって未来を予期するとかいう大それた事は決
してできないのであった。
惑星探査船は銀河の中心部に向かってワープを続けている。そこにはようやく
宇宙に向けてメッセージを送り出した種族の住んでいる惑星があったからだ。探
査員はその惑星の赤道上の静止軌道に船を浮かべ、小さなボートで地上に下りる
事にしたのである。
しかし、緊急事態は突如として起こった!!
惑星探査船が何もない空間で異常をきたし動き出したのである。直ちに隊長のボ
ートが船に引き返し、計器類をチェックしたのだが、その原因はわからないのだ
った。グレイスもパートナーの探査員と共に探査船に戻ろうとしたが、隊長の声
がボートに飛び込んで来たのでそこに停止させたのである。
“原因がわからない! ただ言える事はこのままだと探査船は惑星に落下すると
いう事だ!”
それは最悪の緊急事態だった! グレイスは隣のパートナーであるルイーダと顔
を見合わせた。5〜6才年上の女性であった。
“大気圏に突入しても燃え尽きるように探査船を爆破する。君たちは近くのステ
ーションにワープして本部に戻るように!”
隊長命令が下った。
ルイーダは探査船をいとおしそうに見つめていた。探査員になってからずっと
この船で生活してきたのである。彼女にとってそこは我が家みたいなものである。
グレイスはそんな彼女の気持ちを汲んでやり、その船が静かに分解して行く様子
を一緒に眺めていたのであった。
グレイスがワープに入った時、船の破片が当たったのかもしれない。二人はど
こか違う場所に飛ばされてしまったのである。
明らかなワープの失敗であった!
「私が感傷にふけっていたばかりに… 」
ルイーダは謝ったがグレイスは気にする様子もなく彼女を支えてやった。
「計器類が異常を来している。どこかに僕たちがスペーススーツ無しで下りる事
のできる惑星を探しましょう」
彼は正常に働いている計器類を頼りに探し始めた。
「大気、重力、地磁気… ここなら大丈夫だ。しかしこのボートはもう… 何の
機能も果たさない… 」
グレイスは全てを覚悟した。自分の予知能力が正しかったら自分たちは目の前に
迫った惑星に不時着する事ができる。しかしその後は…
宇宙大学航空科は星間連盟惑星探査本部からの連絡を受けて大騒ぎだった。
「タダ、先輩はどこにいるんだろう?」
フロルは自分以上に先輩の事を心配しているタダが心配だった。フロルはタダの
ためにも吉報が届く事を願っていたのである。
「僕はあの時、止めるべきだったんだろうか?」
タダはフロルに聞くふりをして自問自答した。しかしフロルには返事ができない
のだ。タダはフロルの返事を期待してはいなかったのだがそれでも聞かずにはい
られない程、動揺していたのである。
「きっと帰ってくるって信じてるだけじゃだめなのかな… 」
フロルはそっとタダの肩を抱いた。それはフロルにできる精一杯の返事だったの
だ。タダはこのままもう少しフロルの優しさに甘えていたかった。
「この宇宙のどこかに生きているさ」
タダは窓から見える夜空を見上げた。確かにそんな気がするのだ。
「オレもそう思う… 」
フロルもなんだかそんな気がするのだった。
二人の下りり立った惑星には原始的な植物が生い茂り、ジャングルには猿のよ
うな生き物がいたがそれはただの猿であり人ではなかったのである。
「どうやらここには僕たち以外の人間はいないらしい」
「発信装置が壊れてしまった今、誰かがこの星を見つけてくれるのを待つしかな
いな… 」
グレイスは全てを予期していたのであった。そしてこの惑星で生きて行かなくて
はいけないという事も…
「私たちはもうこの星から外に出られないのかな?」
ルイーダはグレイスに聞いた。彼女は度胸のある女性である。彼女は涙を見せず
にほほ笑んでいた。グレイスはそれには答えなかったが否定はしなかったのであ
る。
「私たちはまるでアダムとイブね!」
ルイーダはグレイスの手を取った。テラ系出身の彼女はグレイスにアダムとイブ
の意味を教えてやった。
「よろしく、イブ。不本意なアダムかも知れないがよろしく」
グレイスは彼女の手を握り返したのであった。二人はこれからこの星で手を携え
て生きて行かなければならないのである。この惑星は今日から文明を持つ事にな
ったのだ。過去との決別と引き換えに、この二人は限りない試練と自由を確保し
たのであった。
タダの元に手紙が届いたのはその事故があってからかなり日がたっていた。タ
ダは驚いた。星間連盟だけでなく、宇宙大学航空科や天文学科の合同捜査にもか
かわらず、二人の行方は依然わからなかったのであった。なにしろこの銀河系に
おいて人の住む事のできる条件を備えている惑星は数知れないのだ。一つの惑星
をくまなく捜査するのさえ数日間を要する。従って二人が発見される確実はかな
り低かったのだ。その手紙はタダにあてたグレイスの遺書のようなものだったの
である。
“タダトス・レーン、僕はこうなる事を予期していたんだよ”
そんな書き出しで手紙は始まっていた。
“君には気づかれなかったと思っているが僕は未来を予測する力を持っている。
予知能力というものだ。実はこれから書く事は誰にも黙っていたのだが、君には
話しておきたかったのだ。これを人は懴悔とよぶのかも知れないがあいにく僕は
神を信じない。話をする両親も兄弟もいない。君と違う所は僕には父親がわりの
人とフロルのような婚約者がいないという所だろう。僕は僕のために君に会いた
かった。しかし今はそんな考えを持っていた事を恥じているのだ。僕は君を弟の
ように思い始めたのだ… ”
タダは大きくため息をついた。今まで予知能力を持つ人間がすぐそばにいたの
にそれに気づかなかった自分の直感力のいいかげんさに少し腹が立ったのだ。グ
レイスはおそらくタダの知らない彼の未来をも予測する事ができたのだろう。タ
ダは続きに目を通していた。
“もう少し君が… いや、所詮ぐちにしか過ぎないのだが、君がもっとするどい
直感力を持っていたのならもう少し早く、僕たちを捜し出すことができるのは確
かなのだ。しかし期待するのは我がままだ。それに僕たちは僕たちで着実に未来
を築いて行くつもりなのだから。君はきっと僕たちを見つける事ができるのだ!
それを知っていたからこそ僕は君に近づいて行ったのだから。虫がいいかもしれ
ないがこんな僕を許してほしい”
多分彼は自分の未来を知っていたからこそ、僕に近づいたのだろう、とタダは
思った。しかしそれに対する恨みはない。故意に目をかけてくれていたにせよ、
確かに彼は自分にとってプラスになる先輩だったからである。
そこまで読んで、タダは急速に疲労を覚えた。おそろしいプレッシャーを感じ
たからだ。自分がグレイスを発見するという事実! 何という事なんだろう…
ふと後ろを振り返った。しかしそこにはフロルの姿はない。
「なさけない奴だな… 」
タダは自嘲した。
「タダ、入るぞ」
フロルが帰って来た。
「お前の呼ぶ声が聞こえたような気がしたんだ」
タダは何も言わずにフロルを抱いた。
「オレ… 走って帰ったから汗かいてる… 」
フロルは抵抗した。しかしタダはその手を止めなかった。
「タダ… お前… 」
フロルはなぜだかこの時、タダが幼い子供のように思えてならなかったのである。
グレイスはこの惑星に着いてからずっと新しい発見の連続だった。それは完全
に自分たちの社会から切り離されてしまったという悲しみをいやしてくれるだけ
でなく、新たな生きがいとして喜びを感じるようになっていたからである。
「グレイス、ちゃんと描けてる?」
ルイーダは丘の上にいるグレイスに言った。通信機の向こうでグレイスが笑いな
がら“上手だよ”と、返事してくれる。それは恐らく逆の意味で言っているのだ
と察した彼女はちょっとむっとしたのであった。
「やっぱり私って画才がなかったんだわ」
ルイーダはがっくりきていた。風のあまり吹かない広大な大地に彼女は大きな地
上絵を描いていたのであった。二人は丘の上から地上絵を眺めていた。いつか、
誰かが自分たちを発見してくれるようにと願いを込めて…
「きっと誰かが僕たちを見つけてくれるよ。でもひょっとしたら僕たちはこの惑
星から離れないかも知れないぞ」
グレイスは彼女に自分の特殊な能力の事を話していない。彼女はまさか、と言う
ような顔をして彼の方を見た。
「早く子供がほしいな。ルイーダ」
グレイスはルイーダの方に手を回した。
「あせらなくてもそのうちできるでしょ!」
ルイーダは笑っていた。こんな彼女だからこそ自分はうまくやってゆけるのだと
グレイスは心底思っていたのであった。
“結局、僕たちはその惑星の進化におけるミッシングリングだったのだ。今まで
猿から人に進化する過程においてどうしても間に入る類人猿、これを見つけるの
は困難な事だった。他の惑星の事は分からないが、ここでは猿から一足飛びに人
になる、すなわち自分たちの出現があるからだ。猿と人をつなぐミッシングリン
グ、それは神が定めた運命だったのであろうかと、神を信じない僕が考えている。
タダ、僕は君の驚き戸惑っている顔が目に浮かぶようだ。でも君は君のままでい
いんだから。そのままで君の人生を歩んで行く線上に僕がきっといる。無理はし
なくていい。今度あえる時が楽しみだ。それじゃ、又。そうそう、この前あげた
隕石を割ってごらん。君のフロルの好きな星空が詰まっているよ。僕からのささ
やかなお祝いだ!”
グレイスの手紙はここで終わっていた。
「いい先輩だったよ」
タダはあまり接点はなかったものの、色々親切に教えてくれたグレイスの顔を思
い浮かべていた。
「ミドリ先輩のような派手さはなかったけどね」
タダはフロルの顔を見た。
「そうだな、ミドリはけっこういいかげんだけどグレイス先輩は全然ちがってた
もんな。ちょっと兄上に似ていたな」
フロルはジードの顔を思い浮かべていた。タダもフロルと同じ思いであった。
「明日、実験室であれを割ってみよう」
タダは机の上に置いてある隕石に目をやった。うん、と言ってフロルもそっちの
方を向いた。そこにはお世辞にもきれいとは言えない石がぽつんと寂しげに転が
っていたのである。
グレイスの言葉どおり隕石の中には星空が詰まっていた。いったいどうやって
できたのかは知れないがこの隕石には小さなくずダイヤがたくさん詰まっていた
のであった。
「きれいだ… 」
フロルはそれを電灯に反射させて光の変化を楽しんでいたのである。地表に激突
した時の衝撃によって生じた高温高圧下でできたものか、原子太陽系の中でガス
がイオン化したプラズマ状態からできたものかはわからないが、その黒い断面の
中に光るくずダイヤは星空そのものだったのである。フロルはあきる事なくそれ
を眺めていた。タダはそんなフロルの表情をやはりあきる事なく眺めていたので
あった。
ふと、タダは思った。グレイス先輩は確か出発を祝うパーティで…
“君は優秀なパイロットになる。フロルはよいパートナーに… ”
そんな事を言っていたと思う。その後だ。
“フロルはどうやら多産系らしい”
そう言われたのだ。これはきっと先輩の予知能力で知り得た僕たちの未来かも知
れないぞ。タダの直感がそれを事実だと認めている。タダは思わずフロルの細い
体をじっと見つめてしまった。何も知らないフロルはまだ隕石を眺めている。そ
の横でタダは、自分やフロルによく似た子供達が歓声をあげてうようよ走り回っ
ている姿を想像して頭が痛くなってきたのである。確かに子供はたくさん欲しい。
しかしいきなりに、今想像していたくらいの子供達の父親になる勇気はなかった
のである。
「ん? どうしたんだ?」
フロルはのぞき込んだ。
「いや、何でもない。ちょっと寝不足かな?」
タダはごまかした。
「お前、よく寝ていたくせに」
フロルは突っ込んだ。そういえば彼女の横にいるとプレッシャーが消えて、知ら
ないうちに熟睡していたのであった。
「これ、半分は宇宙にもって行こうな」
唐突にフロルは言った。
「そして、あと半分はシベリースの家に飾っとこうぜ」
彼女の明るい笑顔はいつだってタダを支えてくれる。今日もタダはそんなフロル
の表情に一瞬のときめきを感じていたのであった。
今、タダの心は宇宙に飛んでいた。自分の操縦している船のスクリーンにいび
つな形の地上絵が写っている。もうすぐ会える… そんな気がしていた。すでに
大きくなった黒髪の子供が自分の横でスクリーンを見つめている。再会はもうす
ぐなのだ。
「父さん、この惑星の人って大学の時の知り合いなんでしょ?」
彼はフロルによく似た目をしていた。
「先輩なんだ」
彼の母親が答えた。黒髪の子供は両親の静かな興奮を感じ取り、二人にならって
その地上絵を見つめていたのであった。
いつまでも… あきる事なく。
終