星色物語bQ9
新しい旅立ち(4年生)
タダが20歳になったある日、短い休みを利用して彼はフロルを伴いシベリース
に向かっていた。
「ヴェネでもよかったのに… 」
タダは言った。
「でもよ、オレ、じいさんのとこでいいと思ったんだ。だってお前、一応一人息子
じゃねぇか。その点オレなんて末っ子だもん、こっちは五回目の結婚式だぜ」
フロルは屈託なく笑っている。彼女はもうすぐ自分の妻になるのだ。タダは帰る船
の中でつい、入学したばかりの頃を思い出していたのであった。
「タダ、お前ほんとうにいいのか? フロルと婚約しちまって」
アマゾンがやれやれと、言うように問いかけた。合格直後の事である。
「軽はずみとちがうか? ほんまにええんやな、それで」
チャコもアマゾンと同じような事をいっている。
「別に後悔はしてないよ。だってそれでいいと思っているから」
「そりゃ、今はいいかも知れないけどたったの45日間いっしょにいただけで決め
ちまうなんざ信じられんよ、とても。フロルにしても今までずっと男になる気でい
たんだのに… 」
ガンガが言った。横でトトがうなずいている。しかしヌーだけは違っていた。
「タダがフロルに出会ったのはそうなる運命だったと思う。それにたった45日と
言っても友情を育てるのには充分な時間だったと思うし、愛情にしてもしかりだろ
う。要は時間の長さではない」
ヌーの言葉にタダは静かにほほ笑んでいた。彼は決して後悔なんてしていなかった
のだ。軽はずみに決めた事でもない。タダは自分の直感を信じていたのであった。
理屈ではなくて自分は本能的にフロルを選んでいたのであった。
「ま、こんな事を言ってるけどオレ達はお前達がずっとうまくいゆよう応援してい
るからな、別れないようにしっかりがんばれよ」
そう言ってアマゾンはタダの肩をポンとたたいたのであった。それはみんなの共通
した思いであった。
フロルのアパートはタダの隣りである。したがって二人はいつでも行き来をする
事ができたのだ。
「なぁ、タダ。オレさぁ、又テストにおっこちたんだぜ」
フロルは宇宙船の操縦が苦手らしい。彼女はハイスクール時代に操縦の基礎となる
実技の勉強をした事がなかったのである。したがってかなりの出遅れがあるのは事
実だった。紙面上では理解できていてもいざ、実技となるとうまくいくとは限らな
いのだ。
「記録をつくる気なのか?」
タダはからかった。
「そんな事言うなよなーっ。オレ真剣にやってんだぜ」
心なしかフロルの目が潤んで来たように感じたタダは素直に謝った。
「あした、僕が一緒に乗ってやるよ。ちゃんと教えてあげるからさ、気にするなよ」
タダは励ました。彼女… まだ彼女にはなっていないけれどとりあえず女性になる
のだから彼女と呼んでおこう… は、そんなタダの言葉にぱっと安堵の色を示した。
感情が非情にはっきりしていてタダの直感力を借りなくても彼女の思考はわかって
しまうのだった。泣いたり笑ったり、自分の感情を素直に出せるフロルをタダは好
きだった。
あれは初めて迎えた夏の月の事だった。フロルは突然ランニングシャツ姿でタダ
のアパートにやって来たのだ。それだけならまだいい、フロルはタダのアパートが
暑いからと言ってそのランニングシャツを脱いでしまったのである。
「何するんだ! フロル!」
タダは思わず赤面したのである。
「だってここオレの部屋よりずっと暑いんだもん」
フロルは平然としている。
「僕は暑いのは平気なの、もっと涼しくしてやるからとにかく着ろよ!」
タダは怒ったようにシャツを差し出した。
「何だよ、襲いたくなったのか?」
フロルの言葉にタダは返事のしようがなかったのだ。違うといったらウソになる。
しかし彼女はまだ女性になっていなかったのだった。
「僕のアパートではそんな格好をしてはいけない。それだけは守ってくれよな」
タダはきつく言った。彼女はまだ女性になるという自覚がないのかもしれないが彼
にとっては女性なのだから…
「タダ、乗り換えだぞ」
フロルの言葉にタダははっとした。しばらく眠っていたらしい。
「 …夢を見ていたよ。君がまだ未分化の頃の」
タダは夢の中のフロルと見比べていた。性格なんかはあまり変わっていなかったけ
れど外見では随分変化が見られるのだ。
「色んな事があったけど過ぎてみればあっと言う間だったな」
乗り換えた船の船室でフロルはタダの腕に手を回した。いつものさりげない仕草だ
ったが今ではまだ恋人同士なのだ。しかし大学に戻る船ではこの手が自分の妻とし
て自分に接してくるのかと思うとタダはくすぐったいような不思議な気持ちになっ
てくるのだった。
「君も少し寝ておいたほうがいいよ。シベリースに着いたら朝なんだから」
時差の関係で朝に出発して朝に着くようになっていたからだ。そしてその日の夕方、
二人は式をあげる予定なのであった。
「寝られそうにないや。父上や母上はもうお前んちに着いている頃だろうし… 」
「そんな事を言ってると式の最中に寝ちまうぞ」
タダはフロルの背中をシートにおしつけた。そして自分もシートにもたれて目を閉
じたのである。
「タダ、タダ… 」
フロルが呼んでいる。どうやらさっきの夢の続きらしい。二人は中庭で授業の間の
休み時間を過ごしていたのであった。
「さっきさ、お前のクラスの奴らが来てオレの事じろじろ見るんだぜ、感じ悪いよ
な。何か用かって言ったら何にもいわずに逃げちまうんだもん。変な奴らだぜ、全
く… 」
タダにはわかっていた。自分には婚約者がいて、それがフロルだって事をクラスメ
イトに話していたからだ。きっとどんな子かというのを見に行ったのだろう。
「気にするなよ。きっと君が見たかったんだと思うよ。僕が話したからさ」
それでなくとも彼女は目立っていた。黙って立っていれば性的発育の遅い美少女な
のだから… タダも最初が肝心と思って自分の“婚約者”であるという事を主張し
たのであった。それでも男性がほとんどを占める航空科ではどうしても話題の対象
になってしまうものらしい。
「なんて?」
フロルは聞いた。
「僕の婚約者だと言った」
タダはフロルの真正面に向き直り両腕をつかんで目を見つめながら言った。
「 … うん、そう… なんだよな、オレ… 」
フロルはそんなタダの真面目な態度にリアクションを失った。決して自覚していな
いのではないがまだ自分は女性になっていない。それがフロルから“婚約者”とい
う言葉を少し遠ざけているようだった。それでもいい、ずっと男になるつもりだっ
たフロルが自分の人生を180度かえて女になってもいいと言い出したからだ。し
かも自分の為にである。それはタダにとって彼女に対する責任とともに言い難い幸
福をもたらしたのであった。
「でも女になるの… いつかわかんねぇけど… お前待っててくれるよな」
「待つって言ったじゃない」
「2年先か3年先かもっと先になるかもしれない」
「女性になってくれるのならどんなに待ってもかまわない」
「ばかだな、お前。その間に好きな女ができるかも知れないぞ」
しかしタダはそんなフロルの言葉を無視して彼女の唇に自分の唇を重ねたのである。
「え… 」
フロルは戸惑った。
「なぁ… 知らない奴が見たら男同士でキスしてると思うぜ… 」
フロルは顔を伏せていた。その表情はわからないが泣いているみたいだった。
「ごめん」
タダは謝った。少し早まったかな? という気持ちがわいてきた。
「謝ることねぇよ… ちょっとびっくりしただけだもん… 」
少なくとも嫌われてないことは確かだったのでタダは安心したのである。フロルの
反応はまるで思春期を迎えた少女のようであり、彼はそんな彼女をまぶしく感じて
いた。
「早く女になりたいな」
フロルは言った。
「お前の為にだぞ」
その言葉にタダは言いようのない喜びを感じたのは言うまでもなかったのだ。彼は
自分の直感が正しければ、フロルは思ったより早く変化が訪れる事を感じていたの
であった。しかしその直感はあてにならないとも思っていた。直感とは冷静なもの
に対してだけ正確に働くものかもしれないからだ。タダはそっとフロルを抱いた。
柔らかな感触はなかったけれどタダを熱くさせるのに充分であった。いつ彼女を女
性としてこの腕に抱く事ができるのか定かではないがその日は必ずやってくる。タ
ダはあせるのはよそうと心に決めたのである。
船内が騒がしくなった。慌ただしい雰囲気にタダは目覚めた。急病人らしい。直
ちに若い医師が名乗り出てその病人の治療にあたっていた。
「 …どうしたんだ? この船、止まってるのか?」
フロルも目覚めたようだ。
「急病人らしいんだ。定期船だから医者がいなかったらしい。船内アナウンスで呼
びかけがあった」
「なんの病気なんだろう?」
「うん、気になる… 時間がかかり過ぎる」
タダは船の上部にある特等室に入って行った。悪い予感がする。
「君は医師なのか?」
船長は尋ねた。
「資格はありませんが心得はあります。簡単な手術なら僕たち二人ともできると思
います」
タダは学生証を船長に見せた。宇宙大学の学生証には絶大な効力がある。二人は直
ちに中に招き入れられたのであった。
「シベリースに着くのがかなり遅れるけれど人命が第一です」
副船長が二人に伝えた。航空科という事で意識しているみたいである。
「わかっています。適切な判断だと思います」
タダは急病人のそばに近づいていった。
「原因がわからないんだ! 激しい腹痛、吐き気、腹膜炎らしいのだが… しかし
盲腸は手術の後があるので破裂はあり得ない」
若い医師はまだ経験が浅いために落ち着きを失っていた。タダは患者のすぐそばま
でいってその病状を確かめた。医師には的確な判断力を要する。その点タダはうっ
てつけであった。
「寄生虫のような気がする」
タダは言った。直感である。寄生虫という言葉自体死語となって久しいのにどうし
て? と、いう顔をして船長はタダの方を見た。しかしこの患者は確か、長期間の
“グルメツアー”に参加していたのであった。ありえない事はない。
「私は“寄生虫学”には詳しくない、しかし… 」
医師の顔が曇った。自信がないのだろう。
「開腹手術をしなくては! 設備はありますか?」
タダは船長に聞いた。
「手術室はある。直ちに電源を入れる!」
若い医師はタダ達の冷静な態度に自信を取り戻しつつあった。事実、彼はプロの医
師なのだ。
「執刀をするから君たちには助手を頼みたい」
彼は言った。
手術が始まってからすぐにタダの直感力が証明された。その患者の腹からは無数
のカイチュウが出てきたからだ。
「何という事だ… 」
医師はうなった。彼は医学の最先端の技術を会得していたが、あいにく後進星の病
気である“寄生虫”の勉強を怠っていたのであった。おそろしい事にカイチュウは
胆管の中にまで迷い込んでいたのである。数匹ぐらいのカイチュウならたいした症
状はでない。しかしこれ程の数となるとそうは言ってはいられないのだった。三人
はできるだけ多くのカイチュウを取り除くよう努力したのであった。
「検便の実施と駆虫薬の投与が必要です」
タダは船長に言った。
「直ちにシベリースで手配する事にしよう。この患者のツアー客全体にその必要が
あると思う」
「私もそう思います」
医師も付け加えた。
「君たちは医師になるのかい?」
彼はタダ達に聞いた。それほど二人は冷静で正しい処置をしたからである。
「僕たちは旅客機のパイロットになるつもりなんです。もっともまだテストすら受
けてないのですが… 」
タダは少し照れた。さっきの手術中にはみられないような青年らしい顔であった。
「いつか君たちの船に乗りたいな、安心して乗っていられるからな」
医師は笑った。二人は顔を見合わせ、そして同じように笑っていた。医師は直感力
がなくとも明らかにこの二人は友人同士ではないという事がわかった。
《ワープに入ります。船をご利用の皆様はシートベルトを着用のうえ… 》
船内アナウンスが入った。かなり遅れてしまったがシベリースにむけて大きくジャ
ンプするのだ。
三人は患者をベットに固定し、自分達も特等室のシートに座った。
「間に合うかな?」
フロルは急に不安になってきた。
「僕たちがいないとできないんだから心配することはないさ」
すでにシベリースでは正午を過ぎている。それでも夕方まではまだ時間はあったの
だ。船が小さく振動し、ワープが終わった。不快感を感じる事なく過ぎたワープは、
並々ならぬ船長の腕前を語っていた。
「もうすぐ着きますよ」
長老はフロルの両親や兄妹達を安心させるように言った。昼過ぎだというのに肝心
の二人がまだ戻って来ないのだ。以前から決まっていた日とはいえ緊急事態は避け
られない。式にはフロルの側は両親とジード達兄妹、タダの側には親族のいない長
老はかねてから仲のよかった未亡人のマリー、そして彼の助手だけを呼んでいたの
である。
「フロルをお願いします」
彼女の両親は長老に頼んでいた。その顔には異星にとつぐ娘を心配している心が反
映されていたのである。星を問わずどこでも同じ、婚礼のありきたりの風景であっ
た。
「父上、母上!」
二人が帰って着た。勢いよく開いたドアからフロルが飛び込んできたのである。彼
女は両親に言いたい事がいっぱいあったのだ。両親も又、同じであった。気を利か
せた長老は応接室を彼らだけにして外に出た。フロルは両親と別れの時を過ごさね
ばならない。しかしそれは永遠の別れではなくて、新しい生活に踏み出す為の通ら
ざるをえないけじめのようなものだった。
タダは自分の部屋で待っていた。階下にフロルの気配を感じる。しかし今、彼女
の心は両親の事でいっぱいのようだった。タダは着替えを始めたのである。しかし
新郎の着替えなんて簡単なものなのだ。そして余った時間を持て余しながらタダは
長老の気配を探していたのである。彼は庭に出ているようであったが思考は決して
読むことはできなかったのである。
「タダ… 」
フロルの声がする。
「支度できたぞ」
フロルが入って来た。テラの習慣で真っ白のドレスを身につけている。タダは一瞬
息がつまる思いだった。今日自分はここにいるフロルをもうすぐ妻として迎えるの
だ。今日までのフロルと今日からのフロルは同じであって同じでない。タダは“夫
婦”という言葉で区切られた人生の始まりを無事に迎える事ができた事をうれしく
感じていたのである。
「お前、覚悟できてんだろな」
フロルが聞いてきた。
「え? 何の」
タダが聞き直した。
「お前、じいさんにいっておかなきゃいけない事ねぇのか? オレなんて父上や母
上にいっぱい言う事があったんだぞ! せめてさ、今日から妻を持つから老後の心
配はしなくていいとか言う事があるだろう?」
そんな事は思いつきもしなかったタダはフロルの機転に驚いていた。
「君って思ったよりよく考えているんだね」
「じゃ、お前って何にも考えてなかったのか?」
フロルは呆れ顔でタダを見た。
「僕は君が僕の妻になるんだって考えてたら、後は何も考えられなくなったんだ。
もちろん父さんにも何も言わなかったさ」
タダの正直な気持ちだった。
「お前… 」
「二人でいい家庭を作って行こうよ。子供達が伸び伸び育つような」
タダは明るく言った。
「子供… できなかったらどうすんだ?」
フロルは聞いた。
「いてもいなくてもいい家庭は作れるさ」
自然に任せればいい… と、言いかけたタダはふと予知能力を持っている先輩の言
葉を思い出したのだった。
“フロルは多産系だな”
確かにその先輩はタダにそう予言したのである。自然に任せていてはいけないのか
もしれないな、とタダは反省するのだった。
「お前何考えてんだ? 変な顔してさ」
まさかこんな時に家族計画の事を考えているとは言いにくい。
「いや、何でもない。さ、下におりよう」
タダはフロルの手を取った。長い裾がまとわりついて歩きにくそうにしているもの
の、その白いドレスはフロルによく似合っていた。薄いシルクサテンにビーズがい
っぱい付いたかわいいデザインである。短い透けた袖には上品なリボンが付いてい
た。
「お前さ、ハンカチ用意しといてくれよな、オレさっきも泣いてたけど式の間、ま
た泣いちまいそうな気がすんだ。だから化粧もしてねぇんだ」
意識していなかったが確かに口紅だけである。
「そんな事わざわざ予告する事ないだろ。君が泣き出した時さりげなく僕がハンカ
チを差し出して、君がはっとしたようにそれを受け取るっていうのがきれいな形だ
と思っていたのに。そんな事を事前に言う花嫁も少ないぞ」
タダは憤慨した。いつも彼女はムードがない。しかしそんな彼女だからこそ強くひ
かれたのかも知れないのだった。
村にあるただ一つの聖堂に二人とその親族は入って行った。二人の永遠の結び付
きが交わされた聖堂の回りには長老の手塩にかけて育てた養子であるタダや異星か
ら迎える花嫁を一目見ようと多くの人々が集まっていた。長老の部下であるシベリ
ース政府の役員までもが長老に祝いの言葉を伝えようとやって来ていたのである。
長老の思惑とは裏腹ににぎやかな披露宴になってしまった事は隠しようのない事実
であった。しかしそれは長老の人望のあらわれでもあったのだ。フロルの親族は改
めて長老の地位に驚くのだった。現役を退いているとは言え、彼はまだシベリース
政府にとって重要な人物だったのだ。
しかし結婚式は厳粛な式だった。豪華ではないけれど親族に暖かく見守られ、永
遠の愛を誓い合う… そんな式だった。二人の目に中のお互いの姿を見て、また愛
を確認しあう… そっと涙をぬぐおうとしたフロルの目にハンカチを当てたタダは、
長老やフロルの両親の目には頼もしく写ったようだった。
「 …… 」
タダはハンカチに染み込んだ彼女の涙にキスをしたのだった。
「愛してるよ… 心から… 」
今度のキスは唇だったのであった。
大学に戻った二人はファミリー用のアパートへの引っ越しが待っていた。仲間た
ちが力をかしてくれた事は言うまでもない。
「全然変わらないけどお前たちって夫婦になったんだな」
四世がしみじみと二人を見ながら言った。
「ほんまや、考えたら長いつきあいやったからいまさら、とも思うけどな」
チャコも同じような事を言う。
「今度の週末にここで披露宴をしたいと思ってるんだ。来てくれるかい?」
聞かなくてもわかっている事なのだがタダは律義なのだった。ヴェネでの披露宴は
次の休みになりそうだ。二人が落ち着けるのはまだまだ先のようだった。
みんなが帰ったのは明け方近くだった。二人は片付ける気にもならなくてぼんや
りと眠気をこらえてソファーに腰掛けていた。
「タダ、オレのマウス、相手がいるかな?」
フロルが聞いた。彼女はマウスを一匹飼っていたのである。
「やめとこうよ、だって君この前トカゲを飼いたいって言ってたじゃない。これ以
上増やさない方がいいよ」
タダには生き物の世話をする趣味はなかったのであった。それに引き換えフロルは
小動物が大好きである。好きなようにさせておくとこの部屋はどうなるかわかった
ものではないのだった。
「フロル… 」
「ん?」
「いや、何でもない」
「変なヤツ」
タダは何かを言おうとしたがやめておいた。しかしやはり思いなおしてフロルに言
った。
「外に出てくれないか?」
「何すんだ?」
「いいから!」
タダはフロルをドアの外に押し出した。そして自分も外に出てドアを閉めたのであ
る。そして一呼吸おいていきなりフロルを抱き上げた。
「何すんだよ!」
フロルはいきなり抱き上げられて面食らっていたのである。
「テラの映画でこんなシーンがあったんだ。初めて自分の家に花嫁を迎える男がこ
うやってたんだ」
タダはドアを開けてフロルを抱いたまま入って行った。
「お前ってさぁ… 」
フロルはあきれている。
「でも悪くねぇな、こんなの… 」
フロルはタダの首に両腕を巻き付けた。タダの匂いがする。
「これからもよろしく! 僕の奥さん」
タダはふざけたように言ったのだがその言葉にフロルはなぜか胸にくるものがあっ
て涙ぐんだ。彼女はタダの胸に顔をうずめたのだ。今、やっと緊張が解けたような
気がする。タダはそんなフロルが限りなくいとおしく感じていた。入学テストで出
会って以来、ずっと自分の心を占めていたフロルが腕の中にいる。彼女には今まで
のままでいいと言いながらも、自分のために人生を反転させたフロルの為にこれか
らはより以上に彼女に対する思いやりを持たなくてはと思うタダだった。
「オレさ… 」
フロルは小さな声で言った。
「家族っていつも意識の外にあったんだ。でもシベリースでみんなに向かってここ
の星の人間になるんだって言ったら急に寂しくなっちまって… どうしてかわから
ねぇけど家族と別れて暮らすのがこわくなっちまって… おかしいよな。オレずっ
と大学で生活してる時は何にも感じなかったのにな。同じなのに違うんだよな…
やっぱり寂しいとしかいいようがねぇんだ… 」
フロルは泣いていた。それが嫁ぐという事なのだろうとわかっているのだけれどそ
の感情は理屈では処理し切れないのであった。タダはそんなフロルをしっかりと受
け止めている自分が又ひとつ、強くなったように感じていた。
幾億の星々の中に偶然巡り会った二人が結ばれた。そしてこれからも又、無窮の
人々の魂がこの宇宙の元に結ばれてゆくのだろう… 黙して語らぬ銀河の輝きは人
類の生命の火の一瞬のきらめきを、いつまでもかわらぬ目で見続けて行く事なのだ
ろう…
終