星色物語・シリーズbR
生命編
1年生
その日の朝、宇宙大学の学生デットは故郷の星を後にした。銀河の腕のほぼ中央に
ある惑星ダークからの唯一の学生である彼は、卒業後この星最高機関に就職が決まっ
ているのであった。この星はガンガの故郷の星と同じく短命の種族が住んでいて、そ
の平均寿命は益々短くなって行く現状であった。豊かな社会の象徴である老人、その
数はまれである。
大学に向かう船の中でデットはずっと小さなカプセルをいじっていた。このカプセ
ルは昨夜最高機関のリーダーから渡されたもので、一週間後に再びこのカプセルを持
って故郷に帰らなければならないのであった。彼には他の学生とは違い使命を持って
行動していたのである。しかし今回の使命はかなり無理なものがあった。彼一人の力
ではどうにもならないからである。彼は大学に帰るのが非常に憂鬱であった。いった
いその使命とは… ?
「タダ、どうだった? 今回は」
テストの事である。彼はどの科目においても優秀な成績をおさめていた。それもその
はずだ。パーフェクトとはいかないまでもだいたいの出題内容が予測できたからであ
る。こういう場合、直感力は大変心強いものなのだ。
「まあまあかな… 」
タダは頭をかいた。はっきり良い成績だとは自分からは言いにくいものである。彼は
フロルに成績カードを見せた。
「お前といい四世といいどうしてそんなにできるんだろうな。やっぱり基本的に何か
差があるんかな?」
フロルは自分の成績カードをタダに渡した。数学以外は平凡な成績である。
「これでも一生懸命やったんだけどな… でももっと頑張ってる奴がいるって事なん
だろうな」
「そういう事。でもよくやったじゃないか。少なくとも半分以下にはなってはいない」
タダはフロルの巻き毛にそっと触れた。タダは彼女の明るい金色の髪が好きだった。
彼の故郷のシベリースには一年中明るい太陽の光が降り注いでいる。彼女の髪はそん
な太陽みたいな輝きの色であった。
「食堂に行こうぜ。きっとガンガ達、もう来ているかもしれない」
宇宙船白号で共に生活した45日間は、教官であるグレン・グロフを除く10人を
強い友情で結び付けたのであった。もっとも王様はそのあだ名どおり故郷の星を統治
しなければならないので大学にはいない。しかし誰とはなく王様に宛てて連絡をとり
あっているのであった。
今日も又、別に約束をしている訳ではないのだが食堂に何人かが集まって来ている
だろう。お互い違うジャンルを選んでいるのだがその友情は変わらなく続いているの
である。
医学科の教室でガンガはコンピューターとにらめっこをしていた。そろそろ食事の
時間なのだがこのレポートを完成させないと明日からの授業に差し支える。彼は今、
必死であった。
「ガニガス・ガグトス君… 」
突然声をかけられたガンガは顔を上げた。目の前に今まで話したことのない同級生が
おどおどしながら立っている。顔は知っているのだがあいにく名前までは浮かんでこ
ない。
「失礼、名前が分からないんだが… 」
ガンガは正直に言った。
「済まない、勉強の邪魔をしてしまって… 僕の名はデット、ダーク星出身です」
ガンガに声をかけた男は名を名乗った。
「ダーク星… 」
ガンガは星の名を知っていた。自分の星同様、短命の種族の住む惑星なのだ。デッ
トも又、ガンガの故郷の星、レドレーガを知っていた。今まで意識しなかった二人
は共通の夢を持って入学したのであった。誰もが長く生きられる社会、それは並大
抵のことではない。
デットはいつも一人で研究を続けていた。親しい友達もいないみたいだし、教室
では常に孤立していた。かといって決して嫌みであるとかいうのではない。ただ優
等生にありがちな付き合い方を知らない真面目さのせいであった。ガンガの知って
いる彼の知識とはこれぐらいのものである。
「僕が君に声をかけたのは極めて不純な動機のせいなのだ。今から僕の言うことを
黙って聞いて欲しい」
彼は前置きをした。ガンガは黙ってうなづいた。
「ダーク星は君のレドレーガ星同様長く生きる事のできない種族が住んでいる。皆、
30才前後で死んで行くため、たいした研究もなされぬままにその一生を綴じてし
まう。僕ももう人生の半分以上を生きてしまった。なのに… まだ、みんなのため
に何もしていない。この大学に入ることができたのも経済的に援助してくれた故郷
の最高機関のおかげなのだ。だから僕は何とか故郷のため、役に立ちたいと思って
いる」
まどろっこしい男だな、と思いつつもガンガは彼の話に耳を傾けた。自分と共通の
夢をいだくこの男に少し興味を持ったからだ。自分と違うところはこの男には仲の
良い友人がいないということだろう。思い詰めたような表情は彼の暗い顔をよりい
っそう暗くしていたのである。
「オレの星も君の星と同様に30才ぐらいしか生きられないんだ。星全体を覆って
いる風土病のためにみんな死んでいってしまう。だからオレは9才の時にトレドレ
ーガ型青緑色クロレラの培養を受けたんだ。このまま長く生きることができて染色
体に以上が認められなければみんなに培養をすることができる」
「クロレラか… 成功すればいいのにね。僕の星ではまず遺伝子の研究が進められ
ている。この遺伝子のどこかに短命のなぞを解くカギが隠されているのかもしれな
い… そう考えた学者たちは必死で捜し回った。しかし、結局そのカギは見つから
なかったのだ。彼らに与えられた時間は限られている」
ここでデットは大きくため息をついた。
「僕は遺伝子の研究のために精子を持ち帰らないといけないんだ… 。ここには色
んな星から集まって来た選ばれた学生が集っている。これは星の最高機関からの依
頼だから実行しなくてはならない… 」
かなり心苦しいのだろう、彼の手は小刻みに震えている。
「精子だって?」
ガンガは思わず聞き返した。遺伝子の研究のためには確かに精子は必要だろう。し
かし、精子じゃなくても髪の毛であるとか爪でも良いはずだ。精子を必要とすると
いう事、それはすなわち繁殖を意味するのである。
「この大学内で精子を集めると言うことは非常に困難なことだ。良識の問題なのだ
からな。もし、自分の感知しない自分の子供が君の星で実験材料になっているとし
たらオレなら耐えられないね。もっともオレの精子じゃ役ににたたんだろうが友達
を巻き込むのだったらごめんこうむるよ」
デットはじっと黙っている。彼はガンガの言いたいことを十分に理解することがで
きる。しかし、彼に与えられた使命は絶対であった。彼の星はクロレラの代わりに
他の星の人間との結合を望んだのである。たとえ純粋なダーク星人がいなくなった
としても彼の星の最高機関は長寿の社会を選んだのであった。
「君が僕の失礼な話を怒らずに聞いてくれたに感謝するよ。本当に済まなかった」
デットはガンガに謝って教室を後にした。ガンガはしばらく彼の後ろ姿を見つめて
いた。彼は又、他の学生に自分と同じように声をかけるのだろうか… ?
ガンガは何となく悪いことをしたような気がしてレポートに手が付かなくなって
しまった。 自分の意思に反することではあるが実行しなくてはならないデットが
気の毒でならなかった。
食堂に集まった仲間たちはガンガの話を聞いていた。
「種族が滅びるのも定めなら、存続するのもすべて定め… その星の人間が努力す
るのも又、定めでしょう」
宗教学を学んでいるヌーは常に冷静である。
「でもさ、そのデットってやつもかわいそうだな。やっかいな事、頼まれてさ。き
っと断り切れなかったんだろうな… 」
フロルは極めて同情的である。
「しかし精子とはね… ちょっと無理な相談だな」
アマゾンははっきり否定した。
「でもガンガの言うように、その精子によって生まれてきた人間がただ研究にだけ
使われておもちゃにされるって限らないのじゃないと思うけど… 」
赤鼻は自分の友人でもないデットの味方をした。
「なあ、赤鼻。お前そいつに協力してやれば? 精子を採取するなんて一瞬なんだ
ろ?」
「フロルッ!!」
タダは思わず大きな声を出した。
「君はあまりにも自覚がなさすぎるよ。精子を取るって事は… あの、つまり…え
っと… 」
フロルを除く全員はタダの言いたいことを十分に理解する事ができた。
「なんだ? そんなに取りにくいものなのか? でも、誰でも簡単に取れるって何
かに載ってたぜ」
女性に変化したとはいえまだまだ自覚の足りないフロルであった。
「タダ、お前苦労してんじゃないか?」
アマゾンはそっと耳打ちした。思わず苦笑するタダ。しかし、そんなフロルもかわ
いいのだとけっして口に出して言わないタダであった。
「あの… 僕、思うんだけど… 」
今まで黙っていたトトが初めて口をきいた。
「たとえ、精子が集まったとしてもこの大学星を出るときにチェックされるんじゃ
ないのかな? だって精子って物じゃないし… 特別枠の持ち物になると思うんだ」
確かにトトの言うとおりだろう。大学星のチェック体制は半端ではない。
「そうだな。トトの言うとおりかもしれないな。そう考えるとオレも気が楽になる
よ。なんだか彼に悪いことをしたみたいな気がしていたんだ」
ガンガはほっとため息をついた。
「じゃあ、そいつ、この星を出る前に捕まっちまうのかなぁ… 」
他人事ながら気になるフロルであった。
大学星の一年は146日である。小さな太陽をひと回りする一年には四つの月が
ありそれぞれ春夏秋冬に別れていた。各星によって公転が違ってくるので年齢も皆、
まちまちであるが宇宙大学ではテラ系地球の公転、すなわち一年365日を一年と
して採用していたのである。
今は春の月、寒さも和らぎ学生達はキャンパスで集い語らい、短い休憩時間を利
用して青春時代の思い出に学校生活を謳歌していた。
「フロルを知らないか?」
タダはパイロットコースの友人である四世に聞いた。
「お前が分からないんだったら誰にも分かるはずないじゃないか。一体どうしたん
だ?」
タダは超能力開発コースの授業で精神力を使い果たしていたのでいつものカンがさ
えなかった。フロルのいそうな場所が全く見当がつかないのである。
「いや… なんだか悪い予感がする… 嫌な感じなんだ」
それがなぜなのかは分からないが何か心に引っ掛かるものがあった。タダは額に手
を当てた。頭が痛い…
「ええーっ! お前のカンは当たるからな。何がそんなに気になるんだ?」
四世はむきになってタダに聞いた。しかしタダは黙って頭を振るだけだった。
パイロットコースの実技であるワープ航法のテストが目の前に迫っている。冬の
月には最低点で落っこちて、追試になってしまったので彼女は何とか今回はと思い、
訓練用のボートに乗っていた。
“あれ、おかしいな… 警告用のランプがついてる… ”
フロルは計器類を点検した。しかしランプは付いたままだった。初歩的なミスで点
検しないで発進してしまったのだ。
「君… 」
突然後ろから声をかけられフロルはびっくりし、大きな声を出した。まさか自分以
外の人間が乗っているとは知らなかったのだ。
「だ… 誰だよ? お前! 何でオレのボートに乗ってるんだ?」
声が震えている。まだ心臓が波打っているのだ。
「済まない… 脅かす気じゃなかったんだ。しかしこれから僕の言うことを聞いて
欲しい」
「 …… 」
フロルは黙って侵入者の観察をしている。緊急事態になると妙に冷静になるフロル
であった。
「僕はどうしても故郷に帰らなければならないんだ。だから僕を一番近くのステー
ションまで連れて行って欲しい」
侵入者の男は哀願した。気が弱そうなくせに大胆なことをする… フロルは腕を組
んで答えた。
「オレは外出許可をもらっていない。従って近くのステーションどころかワープも
できない。それにお前をステーションまで送って行く義理も義務もねぇよ!だいた
いチェックも受けずに外出するなんて違反じゃんか!」
フロルははっきりと言い切った。
「頼む! 僕をステーションまで乗せて行ってくれ!」
男はフロルの肩をつかんだ。
「何すんだよっ!!」
フロルはおもいっきり男の頬をぶった。その反動で彼は激しくボートの壁に体をぶ
つけ、船体は大きく傾いた。
「!!」
フロルは自動操縦を解除し、船体の軌道修正をしようとしたが男の腕がそれを阻止
した。
「お前、死にたいのかっ!」
フロルは叫んだ。
「故郷に帰れないのだったら死んだ方がましだっ!」
男は操縦桿を動かした。あわてて元に戻そうとするフロルだが男の力にはかなわな
い。自分の非力さとチェックを怠ったミスに情けなくなった彼女は思わず涙ぐんだ。
「オレ、死ぬのやだからな… タダと結婚しないで死ぬなんて絶対いやだっ!!タ
ダ… 、タダ… 」
フロル頬に涙が伝わって落ちた。
「君… 女性だったのか?」
男が一瞬ひるんだ隙にフロルは操縦桿を取り戻し大学に向けて発進した。的確な操
作でボートの軌道が修正される。男がもう何もしそうにないと判断した彼女は、自
動操縦に切り替え男に向かって話しかけた。
“悪い奴ではなさそうだな… ”
フロルは自分身が危なかったにもかかわらず男の事が気になったのだ。彼は静かに
自分の事をはなし始めた。
その時、頭の中に激しい電流が流れたような衝撃を受けたタダは、確かにフロル
の声を聞いた。
「フロルッ!!」
タダは突然大声を出した。驚いた四世を後に駆け出したタダは、迷いもせずに訓練
用ボートの発着場に向かっていった。
「おい、待てよタダ。どうしたんだ?」
四世は後を追った。彼のあわてようが尋常ではない。ポーカーフェイスの彼らしか
らぬ行動である。発着場に着くや否や許可なくボートに飛び乗ったタダは、宇宙に
向けて発進した。ぼうぜんとたたずむ四世のそばにいつの間にかグレン・グロフ教
官が立っていた。
同時に到着したボートから3人が降りて来た。グレン教官の姿を見つけ、デット
は観念し近づいて行った。
「フロル… 君の声が聞こえた。僕を呼ぶ君の声が聞こえたんだ。君の声をたどっ
て… フロル、君に何もなくて本当に良かった」
タダはフロルを強く抱いた。
「お… おい、タダ。人が見てる… 」
フロルはタダを押しのけようとしたが彼は腕の力を緩めようとしなかった。
「タダ… 」
観念したフロルはタダの胸に顔をうずめた。
「タダ、お前ってずいぶん大胆なんだな。見ているこっちが恥ずかしくなるよ」
四世がからかった。グレン教官も呆れ顔で見ている。
「あ… いや、つい… 」
タダはやっとフロルから離れた。今まで自分でも気が付かなかったが、いつの間に
かフロルの存在が大きくなってくるのを感じずにはいられないタダだった。
「で、結局デットはどうなったんだ?」
いつもと同じように仲間が集う食堂でフロルはガンガに聞いた。
「処分はなかったよ。ただしダーク星政府に対しては厳重注意だったらしいがね。
大学星ににらまれたら、ただでは済まないだろうから政府はそう無茶な事を彼に要
求しなくなるだろうな、きっと」
「しかし、精子を彼にやった奴ってだれだったんだろな」
アマゾンは信じられないという表情で言った。
「ま、色んな学生がいるからな。仕方がないよ。個人によって物の考え方が違うか
らな。深く追求をしない方がいい」
ガンガは言った。
「まさかお前… 」
フロルはガンガをジロッとにらんだ。
「じょ… 冗談はよせよ! なんでオレが。オレって短命の種族なんだぜ」
ガンガは弁解した。フロルにかかったら仕方がない。一同はガンガのあわてぶりに
爆笑した。確かな時間、ゆるぎない友情がここにはあった。
医学科の教室でデットはひとり、ため息をついていた。ガンガは何か言わなけれ
ばと思いながら彼に近寄っていった。しかし以外にも話しかけて来たのはデットの
方だった。
「ガンガ、話を聞いてほしい… 」
彼は暗い顔でぼそっと言った。
「どうしたんだ? 一体… 」
ガンガは努めて優しくたずねた。
「実は故郷からまた、依頼が来たんだ。今度は卒業するまでに成績が良くて長寿の
星の婚約者を見つけて来いだって… 」
「はあーっ?」
全くこりていない政府である。
ガンガはあまり深入りしないようにと思いながらも、彼の愚痴を延々と聞いてい
る自分に新しい自分を発見するのであった。
終