星色物語bR0



黄昏のモーラ編    



「航空科の諸君、間もなくこの船はY−14ポイントの惑星モーラに到着する。ここ
で君たちは2日間過ごすことになるのだが、その間に船の点検、食料の手配、及び現
地の人々との親睦を図ってもらいたい。ここではパイロットとしての仕事だけでなく、
船を動かすに至るまでの事も知ってもらいたいと思っている」
 タダ達はパイロットになるための実習を続けていた。今回は航空科筆頭教官である
グレン教官も一緒であった。

「寂しい星だ… モーラという星は… 」
グレン教官は言った。タダは彼の方を見た。グレン教官は心を解放していないのでそ
の中はのぞけなかったが、それでもその星に対する憐憫の思いがわずかながら伝わっ
て来たのである。
「君たちは私がテストに加わったという事もあって、妙に気になる存在だった」
教官は宇宙空間に浮かぶ星を見ている。今、彼らはサバ系にあるモーラに向かってい
た。この長期旅行船には航空科でパイロット志望の4・5年生が実習の為に乗船して
いたのである。

「これは君たちが近い将来、勤務する船と同じタイプのものかも知れないのだ。参考
になるからよく見ておくんだな」
グレン教官はマニュアルを配った。ここにいる実習生はパイロットになる為に最終テ
ストを残すのみとなった学生ばかりなのだ。航空科といっても全てが5年間の学生生
活を終えた後パイロットになるのではなく、教官になったり研究生として大学に残っ
たり、或いは航空科というジャンルに関係のない大手企業に就職する者などその道は
分かれていたのであった。
「長期旅行にはアクシデントがつきものだ。単に船を動かすだけでなく、船内で生活
しながら旅客と接して行かなくてはならない。そこが短距離船との相違点だ。この実
習は長期旅行船、短距離船のパイロットを志望する者に関係なくあらゆる面において
頑張ってもらいたい」
グレン教官は500名余の学生の前での短いあいさつを終えた。
「いつまでたってもグレン教官って言いにくいな、やっぱり石頭は石頭だよ」
フロルはそっと耳打ちした。
「僕もそう思う。こうやってみんなの前に立ってあいさつしていても何だか友達がし
ゃべっているみたいなんだ。あつかましいと思うんだけど… 」
二人は顔を見合わせて声を出さずに笑った。グレン教官は二人の開けっ放しの思考を
キャッチしたのかこっちを向いてにっと笑っていた。
「気づかれたかな」
タダは肩をすくめた。フロルはグレン教官に向かって小さく手を振った。教官はそん
な二人のリアクションの差をおもしろく眺めていたのであった。

 一次の筆記テスト、二次の実技テストをクリアしてきたこの500余名に残された
のはフライトテストのみであった。これは数十時間を要するために何度にも分けて行
われて行くのだった。したがって実習期間中もそのテストの対象になっており、学生
達は気を抜く事なくこの地に滞在しなくてはならない。
「君は4年なのにこのテストを受けてるんだね」
5年生のウィリアムがタダに声をかけたきた。タダはこの先輩の顔は知っているもの
の名前までは知らなかったのである。
「あ、失礼、僕はウィリアム。ウィリアム・アローだ。君はタダって呼ばれているん
だろ?」
「正確にはタダトス・レーンです。でもタダでいいですよ」
いつもながらタダは律義である。
「じぁあタダ、これからの二日間、よろしく。僕たちは同じグループで行動するんだ
から仲良く頼むよ! 君はこのグループで唯一の4年生だけど君のうわさはよく聞く
んだ。的確な判断力に長けた冷静な男だってね。みんなが一目を置いているって事だ」
ウィリアムは嫌みな口調ではなくしたしそうに話しかけた。
「そんな事はないですよ、普通だと思っています。でも4年生でテストを受けたのは
5年生で航空科以外の授業をたくさん取りたかったから今の内に頑張ってみようと思
ったからなんです」
少し謙遜も混じっていたがほぼそれがタダの本心であった。
「僕なんか5年間かけてやっとの思いでここまでこぎつけたんだぜ、そんなにさらり
と言ってほしくなかったな」
ウィリアムはややふざけた口調だったがそれが本心だったのだ。
「すいません… 」
タダは思わず彼の心をのぞいてしまった事を謝った。しかし悪気のない先輩なのだ。
彼は後輩の為に気を使っていたのであった。5年生の中で孤立しないようにしてくれ
るウィリアムをタダはありがたく思っていたのである。
「それじゃ早速この星の視察でもしようじゃないか」
彼は言った。そしてタダはそれに従ったのである。

「老人の多い所なんだな」
フロルはモーラの宇宙空港で行き交う人々を見ながら言った。グループのみんなも同
じ第一印象らしくそれに同意したのである。大学の実習生を受け入れる宿舎や船に関
する業務を補佐する人員もみな老人であった。確かに慣れてはいるのだが、中にはか
なりの年配もいて学生達を驚かせていたのであった。この20人ほどの小さなグルー
プにはフロルを含め女性が3人いたので女性を含まない多くのグループからうらやま
しがられていたのである。学生達は数グループに分けられて町全体の宿舎に世話にな
る事になっていたのだ。
「子供の姿がないぜ」
誰かが言った。確かに子供や若者の姿はほとんど見受けられないのであった。町の様
子も活気がなく、中には随分前につぶれたと思われる店舗がほったらかしのまま点在
していたのである。
「この町だけなんだろうか? それとも星全体がこんな感じなのかな?」
フロルはこの町から伝わってくる侘しさみたいなものを肌で感じていたのである。そ
れはみんなに共通する思いだったのだ。

 タダは宿舎の食堂で夕食が運ばれてくるのを待っていた。同じグループのメンバー
も雑談をしながら待っている。今日の実習を終えて自由時間が始まる前の食事を学生
達は楽しんでいたのだった。実習といっても今日のは船の点検業務に関することを少
し見学した後、モーラの人々との親睦会に出席したくらいである。彼らはほとんどが
老人であり、学生達をまぶしそうな目で見ながらそれぞれの未来に乾杯してくれたの
であった。

「結局この実習の意味は何なんだろう?」
ウィリアムがグループのみんなに問いかけた。
「筆記でもなく実技でもなくフライトテストでもない… それでもグループにひとり
は教官がついている。ただの合宿みたいなものみたいなものなのにこれがテストなん
だろうか?」
もうひとりの5年生が不満そうに言った。タダもそれは感じていたのだがそれは何か
の考えがあっての事なんだろうとあえて気にしないようにしていたのである。しかし
みんなはその話題に興味を持って討議していたのであった。このぶんだとかなり遅く
までここにいなくちゃならないぞと覚悟を決めたタダだったのだ。
「タダ!」
フロルのグループが食堂に入って来た。グレン教官の配慮なのかフロルは同じ宿舎だ
った。彼女はいち早くタダを見つけたフロルが声をかけてきたのであった。
「オレ達今、モーラの人達との親睦会が終わったところなんだ。話がはずんじまって
さ、夕食いらないくらいだよ。お前、この後どうすんだ?」
フロルは聞いた。
「君はどうするんだ?」
逆にタダが聞いた。みんながテストの是非を討議している時に抜けるのは悪いような
気がしていたのである。
「予定がないから聞いてんだよ」
フロルの答えはそっけない。
「ねぇ、君。時間があるならこっちのグループに来ないか?」
さっきまで熱心に討議していた者とは思えないほどの気取った声だった。ほかのメン
バーもフロルの返事を待っている。
“いったい何なんだ?”
どうやら会話が見つからないためとりあえずテストをこき下ろしていただけみたいだ
ったのである。
「みんなに聞いてくるよ」
フロルは自分のグループに戻っていった。ウィリアムはすかさずタダのそばによって
来た。
「さっきの子、君の彼女なの?」
彼は小声で聞いた。下心がはっきりわかるのでタダは思わず苦笑した。
「彼女じゃないですけど… 」
タダはテレがあっていいずらかった。
「じゃ、フリーなの?」
ウィリアムの顔がぱっと明るくなった。
「いえ、僕の妻です」
言った後でタダはほっとした。これからこういう場面に幾度となく遭遇しなくてはな
らないのだ。今の内に慣れておかないと、と思う。しかし言い知れぬ満足感がタダの
内面からわいてくるのも確かだ。“単純な奴”と、自分に言い聞かせたがその思いは
消すことができなかったのだった。
「まいったね。君、妻帯者だったのか… 人は見かけによらないもんだな」
がっかりしたような口調だったが仕方ないことなのだ。しかし、合流したふたつのグ
ループは女性三人を中心に話がはずんだのであった。どんな所でも女性とは大きな存
在であり、よい意味においても男性を刺激するものなのだ。
「みんな楽しそうだな」
フロルはタダの横に座った。朝アパートを出てから初めて一緒に過ごす事ができたの
だ。
「君は楽しくないのか?」
タダは不思議そうに聞いた。
「そんな事ねぇけどさ、さっき親睦会で思ったんだ」
「何を?」
「最初に石頭が言ってたろ。寂しい星だって… あれがわかったんだ。どういう事か
ってさ」
フロルはため息をついた。タダはじっと聞いている。
「この星はゴースト惑星だったんだ。鉱物資源が豊富だっていうキャッチフレーズに
つられみんながこの星の土地を買って押し寄せた。その時のにぎわいはすごかったと
思う… でもさ、もう資源の底をついちまって人は減る一方らしいんだ。ここに住ん
でいる人達の子供はこの星をはなれ移住したんだって。仕事を探してね。だから… 」
フロルは言葉を切った。親睦会で知り合った老人の寂しそうな顔を思い出したのだ。
「若者の流出を止められなかったって事だな。だからさびれていたのか… 」
タダが後を続けた。漠然と感じていた思いが正しかった事に驚きはしなかったがこの
星の行く末の事を考えるとやるせない思いだったのである。
「故郷を捨てて希望を胸に抱いてここに来た人達はいっせいに子供を生み、そしてい
っせいに年老いてしまったんだ」
フロルはかなり入れ込んでいるようだった。無理も無い、彼女はもともと世話好きな
性格なのだから放っておけないのだろう。しかし所詮この星自体が解決しなくてはな
らない問題なのだ。気まぐれの同情は決して現状を良い方に持っていかない事を二人
は知っていたのである。
 ウィリアムはフロルのグループの学生数人と一緒に夜のドライブに出ていた。
「すごい町だな… 」
上空から見ると途絶える事なく町並みが続いている。しかしその窓全てに明かりは灯
っていなかった。
「どのくらいの人が住んでいるんだろうな?」
ウィリアムは独り言を言った。
「住んでる人は少ないって親睦会でモーラの人が言ってたぜ。ここはほとんどが年寄
りで自分たちは死ぬのを待ってるんだって」
一人がウィリアムの独り言に答えた。
「開発の仕方を間違ったんだろうか?」
「かも知れんな。サバ系の総合政府も若者の流出を止められなかったという事らしい」
「故郷を後にしてこの星に移り住んだくらいだからさぞかし勇気のある人達だったん
だろうな」
それはみんなに共通する思いだった。車はそんな町を後にし、郊外に出て行った。
「あれは… ?」
低い丘のような所に大きな塔が建っている。そしてその下には小さな規則正しい建物
のようなものがさっきの町並みと同じように延々と続いていたのである。塔に灯った
青い誘導灯に引かれるかのように学生達を乗せた車はそこに降りて行ったのである。
「すごい数だ… 」
みんなは驚きの声を上げた。そこには見渡す限りの墓碑が並んでいたのであった。墓
碑銘は読み取れなかったが墓碑はみな新しかった。
「この星が繁栄している時はさぞやすごかったんだろうな」
墓碑群は白い月にぼんやりと浮かんでいる。ウィリアムは夜の墓地のかもしだす妙な
雰囲気に飲まれれそうになっていた。自分の故郷の星にも起こりつつあるゴーストタ
ウン現象がここでは大規模に起こっているのだ。これは他人事では無かったのである。
「この星に未来はあるのだろうか?」
ウィリアムはつぶやいた。それは彼の心に眠る何かを呼び起こそうとしており、本来
の明るく楽天的な性格に隠された部分を刺激するのであった。彼はふと今まで考えも
しなかった事を考えている自分に気づき、驚いているところであった。 一夜明けた
今日の予定はモーラから一番近いサバ連邦政府加盟惑星ムオルだった。学生達は世話
をしてくれたモーラ人達に別れを告げて船に乗り込んでいたのである。
「 … ?」
ウィリアムは一人の老人に呼び止められたのだ。
「何か… ?」
彼は真剣な顔をした老人に向き直った。
「わしをムオルに連れて行ってくれんか?」
老人は言った。
「ムオルにはわしの子供や孫たちが住んでいるんだ。しかしこの星には定期船がない。
わしがどんなにあいつらに会いたくてもこっちから行く事はできないんだ。それにこ
こにはパイロットの資格を持つ奴なんかいない、だから頼む!」
老人は哀願した。
「密航は許されません… 」
彼は衝動に駆られそうになる心を押さえていた。規則は規則なのだ。
「そんな事はわかっている。しかし私は子供達に会いたいんだ!」
老人は強い口調になった。彼の心はムオルの事でいっぱいなのだろう。
  「どこかにかくまってくれるだけでいいんだ。君の名はもちろん知らないし、ばれる
事はない」
老人は必死だった。
「しかし… 」
ウィリアムの心は葛藤を繰り返していたのである。そんな彼の心を見抜いてか、老人
は枯れた腕を差し出してきた。ウィリアムはその腕を見つめ、自分の震える右手をの
ばしそうになった。しかし彼は思い止どまったのだ。やはり規則は変えられない。ま
して自分は何の力もない一介の学生なのだ。たとえムオルに連れて行ったとしてもそ
の後で困るのは本人とその家族なのだという事が彼には理解できたのだった。
「済みません!」
それだけ言うとウィリアムはその老人を振り返りもせず走り去ったのである。彼の心
臓は後悔と安堵が葛藤し、高鳴っていたのであった。それは集合場所に到着してもま
だ続いていたのである。
 集合場所で点呼をとっていた教官はその結果をグレン教官に告げていた。彼は数十
人の教官にむかって二言三事しゃべった後に学生達の方を向いた。
“フロル、君はわかっていたのか?”
タダは小声で耳打ちした。
“すぐにわかったぜ、だって変だと思ってたんだもん。お前はその点いいよな、最初
っから知ってたんだろ? どうして言ってくれなかったんだよ!”
フロルはタダに軽く肘鉄砲を食らわせた。
“いや、君ならわかると思って黙ってたんだ”
タダは弁解したのである。

「これからパイロットとなる君たちに言っておきたい事がある」
グレン教官は切り出した。
「とても大事な事だ」
彼は続けた。学生達は真剣な表情で彼の言葉を聞いていた。
「この場所に集合しなかったものが約70人ほどいる。彼らはおそらく全てが同じ理
由で来られなかったに違いないと私は思っている」
学生達はグレン教官の言葉にざわめいた。
「実はこれがテストだったのだ。途中で気づいた者もいたようだがこの星に対する同
情に流されないようにと仕組まれていたという訳だ。ここに来なかった、あるいはど
こかに老人たちを隠してここにいる者は、残念ながらこの点においては良い結果がで
ないだろう。君たちが宇宙の海を渡るようになると、このような事は再三出てくると
いう。それにいちいち同情していては冷静な判断力を求められるパイロットとしては
不適格なのだ。しかし人間的な面では決して他の者に劣らないという事を自覚してほ
しい。それではムオルに向けて出発する。今度は本当にテストらしいテストになるだ
ろう」
グレン教官の言葉は終わった。決断力がない為、集合時間に間に合わず迷っていた者
も船に戻って来た。みんなは一応に憤慨していたのだが、確かに大学側のテストの意
味を充分に理解できる為、文句は言えなかったのだ。

「ウィリアム」
タダは呼びかけた。彼は一人で外を見ていたのだった。ムオルに着くまでまだ時間が
ある。
「ああ… 君か」
ウィリアムは気のない返事をした。タダには彼の気持ちがわかっていた。しかし彼は
タダの直感力を知らない。
「僕はパイロットに向いてないよ」
彼は言った。タダは別に驚きはしなかった。聞き返されないのを不思議に思いながら
も彼は後を続けたのだった。
「確かに僕に救いを求めた老人は真実を語っていたと思いたい。僕は別にパイロット
になるのが嫌になったのではないんだ。でももっと違う道がある事を知ってしまった
んだよ」
ウィリアムは悩んでいるみたいだった。モーラのような現象は小規模ながらどこの星
でも起こっている事に気づいたのだ。
「こんなのを気まぐれだっていうんだろうか?」
ウィリアムは聞いてきた。
「たとえ気まぐれだとしても、その気持ちがずっと続くのであればそれは決して気ま
ぐれではないと思います」
タダは答えた。
「 … ありがとう」
少し間をあけてウィリアムはほほえんで言った。

「まーったくグレン教官って人が悪いや!」
フロルはコックピットの近くにある教官室でお茶を楽しんでいたグレン教官の所に時
間つぶしを兼ねて立ち寄っていた。
「何も私のせいではないよ。でも抜き打ちテストみたいな事が宇宙に出ると現実問題
として起こるのは事実なんだからな。それに感情に流されるようではパイロットとし
ては失格だ。その点、フロルはいざという時には以外と冷静に行動できるじゃないか」
グレン教官は笑いながら答えた。いつもはいかめしく威厳を保っているグレン教官も
フロルと向き合って話しているとテンポが狂うのだった。
「本当はモーラの老人達って子供や孫には会ってるんだろ?」
フロルはそれが気掛かりだったのだ。
「もちろんだよ。会おうと思えばいつでも会える。定期船もちゃんと出ているしな。
心配には及ばないよ」
グレン教官の答えにフロルは満足だった。
「老人達を利用してテストをしているみたいだと考えている者もいると思うが、この
テストに関しては航空科の先輩であるモーラ人からの申し出で実現した事なんだよ。
言い訳がましいが本当の事なんだ。数年に一度はこのテストをやっている」
グレン教官はうそはついていないだろう。しかし… 
「思うんだけどさ… 」
フロルは優しい表情で言った。
「オレやっぱりみんな一緒に住む方がいいや。じいさんもばあさんも父上や母上も一
緒にさ。別々に住むなんて嫌だな」
そんなフロルの考えはグレン教官の胸に暖かく伝わっていったのである。
“タダが惚れるわけだ… ”
彼はつくづくそう思ったのだった。

「また一歩、夢に近づいたな」
二人は良い結果に終わったテストに乾杯をしていた。簡単な食事を前に、二人は本当
に満足そうにグラスを傾けたのである。
「こんな事を言ったら君は気を悪くするかも知れないけど… 僕はもう一つ夢ができ
てしまったんだ」
「どんな?」
フロルはけげんそうな顔をして聞いた。いまさら何を、と言った表情である。
「僕たちの子供を抱きたいって事さ」
言ってしまってからタダは赤くなった。フロルは思わず吹き出したのである。
「お前ってさ… オレ達まだ学生なんだぜ。でもいいかもしんないな」
フロルは頬杖をついて、まだ見ぬわが子を想像しているみたいだった。
 二人の間に静かな時間が流れていた。何も話さなくてもそれは幸福の時間だった。
 その夜、タダは久しぶりに長い夢を見た。子供に囲まれている夢だった。自分の上
に数人の子供達が乗っている。足元にはベビーがしがみついていた。だれか髪を引っ
張る者がいてタダは我慢しきれずフロルに助けを求めているのであった。
“案外こっちの夢の方が先に実現したりして… ”
タダは隣に眠っているフロルをじっと眺めてそう思ったのである。
 
                                  終



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