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星色物語bR1
脱出編
「いったい誰が見たんやろ?」
チャコは気の遠くなるような天体の学説を読んでいた。過去の学者たちが宇宙に関
する研究をし続け学会で発表したものばかりだった。故郷のテラ系クエスの学者の
もある。銀河と銀河のぶつかり合う瞬間に飛び出すエネルギーの測定とかブラック
ホールの内部構造とかクエーサーに関する新説とか… チャコにとってどうしてこ
んな仮説が次から次へと発表されるのだろうと不思議だったのだ。
「なぁ、クィーニ。お前はどんな論文書くんや? 5年になったらじきに書き始め
なあかんさかいなぁ」
チャコ達の所属する天文学科では卒論が5年生の課題になっていたのである。航空
科が筆記テストや実技テスト等があるのと同じく天文学科ではこの卒論がテストの
かわりになっている。もちろん厳しくチェックされる為、不合格になる者もでてく
るのだ。4年生も終わりに近づくとそろそろ卒業の事が気になってくるのは当然と
言えば言えよう。。
「クィーニ、わてな、あんまり大きい事は書けへん。天文学っていったい何やろと
思う事があるんや」
チャコはクィーニの手の込んだ愛情料理を味わいながら彼女に問いかけた。
「さぁ… あたしはあんまり考えた事ないんだけど身近なものを課題にして書きた
いなあって考えてるんだ」
クィーニはまだ課題までは考えていないらしい。
「わては何か実生活に役に立つような天文学に関する事でも書こうかなと思っとる
んや」
チャコもまだ課題は決まっていないのだ。
「それでいいんじゃない? チャコみたいに身近なものを選んでもいいし、実生活
には役にたたなくても夢を与える要素を持っているのもあっていいと思うわ」
クィーニはにっこり笑って答えた。美人じゃないけれど愛らしいクィーニはいつで
もチャコを勇気づけてくれる。
「そやな、自分が書きたいもんを書いたらええんやさかいにな」
チャコは納得したようだ。彼は卒業後、故郷に帰り天文学の大学教師になると決め
ていた。宇宙大学で後5年間研究を続けようかとか、他の職業を選ぼうかといろい
ろ迷ったが結局その道を選んだのである。兄妹の多いチャコはクィーニの星に行っ
てもいいと言ったのだが、同じく兄弟の多いクィーニはチャコの星に行くと言った
のだった。
「チャコはきっと今までになかったような卒論を書きそうな気がする。だからね、
一緒に頑張って書こうね!」
クィーニはチャコだけでなく自分を励ますように小さくガッツポーズをとったので
あった。
「 …そうゆうてクィーニが励ましてくれたんや」
タダやガンガ達の前でチャコはのろけていた。自分ではそう思っていないみたいな
のだが彼女のいないトトやアマゾンには少しこたえるのであった。トトの所属する
農学科でも卒論が義務づけられているがあいにく励ましてくれる者はいなかったの
だ。
「僕たちあと一年で卒業なんだね… みんな自分の星に戻ってゆくんだ… 」
トトは寂しそうに言った。入学して来た時は卒業なんてまだまだ先の事と思ってい
たのだが、こうやって近づいてくるとつい感傷的になるものだった。トトは大学に
とどまって研究を続けるつもりなのだ。ヌーもトトと同じである。しかしほかのメ
ンバーはそれぞれの道を歩いて行くのだ。確実な別れが近づいて来ているのはかく
しようもない事実であった。
「これからが未来なんだな」
赤鼻もしんみりとした口調だった。
「そりゃそうさ。現在より先はみな未来なんだからな。その前にまず最終学年を充
実させる事が先だぜ」
アマゾンが言うのももっともである。
「わたしもそう思う。まだ一年間一緒にいられるのだからもっとお互いに自分を高
められたらと思っている」
ヌーはいつもと変わらない。しかしタダは知っていた。彼はおそらくこのメンバー
の中では一番長く生きる事ができるだろう。それは仲間の死を認識し、なげかなく
てはならないという悲しい運命が待っているのだという事実なのだ。彼はその運命
に比べたら卒業の別れなんて一時の事だと思っていたのであった。
“ヌーはこれからも運命という言葉で自分を慰め続けているのだろうか… ”
タダはいつも静かなヌーの横顔をながめていた。あまり多くを語らないかなり年上
の親友は、いつも冷静に話し合える存在だったのだ。
「ヌーはここに残ってどんな事をするんだ?」
後の授業のないタダが同じく授業のないヌーに聞いた。チャコやトトも隣にいる。
「わたしは人生の末期に幼い子供を残して死んでゆく者の心の支えになるような言
葉を見つけたい。わたしには時間が与えられているのだから」
二つの恒星を大きな楕円形の軌道で公転する惑星ヴィヌドー、その周期は64年で
ある。全身うろこにおおわれた両性体の子供達は恒星から最も離れる厳冬を乗り越
えられずに亡くなった後、僧達に見守られながら春を迎える。春になれば子供達は
脱皮し単性となるのだった。しかしヌーのように脱皮しなかった者は自動的に僧と
なる運命にあった。
「ヴィヌドーの人達は他の星への移住を考えなかったのかい?」
タダは聞いた。
「運命を受け入れる種族だからそんな事はしないのだ。限られた人生だからこそ平
和を保てると思っているからね。金持ちも貧乏も無益な戦争も苛酷な環境のヴィヌ
ドーには無縁なのだから」
「住みやすい星やからこそ欲も出てくるんやな」
チャコは環境の整った自分の星を振り返っていた。タダはヌーが決して口にしない
言葉を知っていた。
“短命の種族もつらいが長寿すぎるのもつらい… ”
と、いう事を。そんな自分を克服する為にもここに残って宗教学を続けるのが運命
だとヌーは思っていたのである。
「お互いにこの大学で学んでいる事は違うけど、将来役立てるためにここにいるん
だから“今”を大切にしたいな」
タダは正直な思いを三人に伝えた。話の視点はずれていたがヌーもチャコもその思
いは同じだったのか何も言わずに聞いてくれたのだった。
「なぁ、今からちょっとだけどこかに行かへんか? どうせこの後、ヒマなんやろ?」
チャコが思いっきり話題を変えた。
「それだったら小さなワープで行ける所にでもどうだい?」
タダが誘った。今日はフロルの授業が長引くので退屈していたところである。三人
はタダの提案に賛成したのである。
航空科専用の空港で四人は小型船に乗り込んだ。燃料が限られているため遠くへ
は行けないが比較的簡単なチェックと行き先を明記するだけで宇宙の出る事ができ
る。
しかしこの宇宙は何がおこるのか想像できないのであった。たとえ直感力に優れ
ているタダにしろ予言者ではない。少し先の未来も当然見る事はできないのであっ
た。
「!!」
小さなワープから出たタダは突然目の前に現れた大学の練習船を発見し、とっさの
判断で連続ワープの操作をして回避したのである。
「無茶な操作をする奴やな、となりに教官が乗っとるのに何やっとるんや」
チャコは憤慨した。ワープには決められたポイントがある。それを守って行かない
とワープからでたとたんに衝突する事故が多発するからだった。今の場合は明らか
な練習船のミスだった。このポイントは宇宙大学に戻る船の通過点ではないのであ
る。
「遠くに飛び過ぎた… 」
タダは自分の船の位置を確認しながらつぶやいた。それだけではない、ヌーが急ワ
ープの衝撃でどこかで胸を打ち付けで神経ショックの状態になってしまったのだ。
「タダ、船を止めないと!」
トトが気を失っているヌーを気遣って言った。しかしこのポイントで長時間の停止
は無理だった。わずかながらでも近くの恒星の引力の影響を受けていたため、どう
しても燃料を使わなくてはならなくなるのだ。
「停止は無理だ。帰りの燃料が確保できないんだ。チャコ、近くに発着可能な惑星
はないか?」
チャコはコンピューターの画面を見つめた。
「一番近いのがここや、濃い酸素はあるものの原始的な生き物しかおらへんで」
チャコの指さす惑星は極めて近かった。
「そこならわずかな燃料で行ける! チャコ、トト、ヌーを頼む!」
タダは直ちにその惑星に着陸したのであった。
「君は教官になって日が浅いというもののこんな事でどうするのだ!」
タダの船とニアミスをおこした練習船に乗っていた航空科出身の新米教官がグレン
教官から大目玉を食っていた。操作をしていた航空科一年生のミスというよりもこ
の新米教官のミスになる。
「それで相手の船はどうしたんだね」
グレン教官は聞いた。
「すぐにワープをしてくれましたのでこちらと接触する事なく消えました… 」
“タダの腕なら充分に考えられる。しかし遠くに飛んでしまったのなら小型船の燃
料では帰って来られないぞ”
「定期船の発着惑星の近くに飛んでいるのなら心配はないのだが… 」
グレン教官はそうではないような気がしていたのである。各惑星の発着港にメッセ
ージを送った彼は、自分の直感力を駆使してタダの行き先を探っているのであった。
しかし不思議と不安が広がってこないのだ。タダを信頼しているのか自分の考えの
甘さなのかはわからないのだが…
「うそでしょ! チャコが行方不明だなんて… 」
事実を知ったクィーニは気が遠くなる思いだった。一緒にいたティラとカズはどう
なぐさめていいかわからず言葉に詰まっていたのである。
「クィーニ、泣かないで。きっと元気で帰ってくるから… 」
ティラはこういう場面が苦手だった。気持ちはわかるのだがどういって言ったらい
いのかわからない。
“そんな無責任な事を言って、もしだめだったらどうするのよ”
カズがティラにささやいた。
“最悪の事態を予想していた方がもしもの時のショックが小さくてすむものよ”
と、言ったカズもこういう場面の対処が下手だった。二人にできることは泣いてい
るクィーニにその胸をかしてやるぐらいのものだったのだ。
「グレン教官、オレ、タダが書いて行った所に行ってみたい」
フロルが教官室にやって来た。
「やめた方がいい。しかしこの場所には行っていないんだぞ。それに小型船だから
燃料にも限りがある。近くの宇宙港のある惑星までたどり着いてくれればいいのだ
が… 」
グレン教官はフロルの気持ちはわかるのだが二重遭難になってはいけないと思って
反対していたのである。
「待つことだ」
グレン教官は命令するように言った。冷静を装っていても不安で一杯の心をもてあ
ましているフロルを見抜いていたからである。
「 …… 」
フロルは黙って教官室を後にした。もう夜といってもいい時間になっている。闇雲
に捜し回る事の無意味さは充分に承知の上だったのだが、やはりじっとしていられ
ないのだ。
アパートのドアの前にはクィーニが待っていた。ティラとカズも横にいる。
「クィーニ、来てたのか」
フロルは声をかけた。
「フロル!!」
クィーニはそれだけ言うのがやっとだった。ティラ達はフロルが意外としっかりし
ているので安心したのである。フロルの所に行こう、と誘ったもののフロルも同じ
状態だったらどうしようと思っていたからだ。
「クィーニ、そんなに泣くなよ。チャコもタダも絶対帰ってくるからさ」
フロルは無理をして笑った。
「でも… 」
クィーニの不安は消える事がない。
「オレ達が信じてやんなきゃどうすんだよ。元気出せよな、あいつら結構頼りにな
る奴ばかりだぜ」
クィーニはおおいに慰められたのである。
「フロルって強いよ… 」
クィーニは何かが起こったときに発揮できるフロルの強さをうらやましく思ったの
であった。
「肋骨骨折や胸骨骨折はないみたいだな。呼吸が安定している」
タダはほっとした。急操作とはいえ自分の操作する船でケガをしたのだからその責
任を感じていたのである。
「この植物から薬が作れるよ」
トトは不時着した惑星の植物を摘んできてヌーの胸に湿布した。船に積んであった
簡単な食器は薬を作る道具に変身したのだった。
「 … ?」
ヌーは間もなく目を開けた。
「 …わたしは… 眠っていたのか?」
「すまない、ヌー。僕のせいで… 」
タダは謝った。
「いや、タダがいなかったら今頃宇宙のゴミとなっていた所だ。気にする事はない
よ」
ヌーは穏やかな表情でタダの言葉を否定した。トトの薬がきいたのか痛みもあまり
感じられないようだ。
「タダ、わたしはもう大丈夫だ。いつでも発進していいからな」
ヌーはほほ笑んだ。
「よっしゃ、そしたら発進しようやないか」
チャコは明るく言った。
「燃料が少ないんだ。遠くに来すぎた… 僕のミスだ。大学星まで飛ぶワープの為
になるべく多くの燃料を残しておきたい」
「わかってるって。そない思てこの星からの脱出速度なんかちゃんと計算してある
んやさかいにな」
チャコは船の推進力にこの星の自転速度を加えてやれば、その分燃料が少なくて船
も軽くなる事を計算していたのだった。
「タダ、このポイントから脱出してくれへんか。ここが一番自転の速度が速い所な
んや」
チャコの示すところからタダは飛び立った。船は燃料を浪費する事なくワープ可能
のポイントまで着くことができたのである。
「さすがに天文学科はすごいな」
トトがほめた。
「いいや、トトの薬を作る技術に比べたらどうって事ないで」
チャコは謙遜している。後はタダの操作に全てがかかっていたのであった。燃料は
あとぎりぎりの状態だったのだ。大学星から離れているポイントに出たら宇宙に漂
流しなくてはならないことになる。これほどの残量で船を操作した事はかつてない
タダだった。
「タダならできる… 」
ヌーは焦ることなくいつものように接してくれた。
「いつもと同じで良いのだから」
ヌーは再びほほ笑んだ。タダは少し揺らぎかけていた自信を完全に取り戻したので
あった。ヌーの存在を改めて大きく感じたタダはワープに入る操作にかかったので
ある。
冷静なパイロットとしてのタダがそこにいた。しばらくの不快感から出た先には
青く光る大学星が目の前に迫っていたのである。
「な、言った通りだろ。奴らは殺したって死なねぇからさ」
フロルは言った。知らせを受けて駆けつけたクィーニはチャコの無事を喜んだので
ある。
「よく帰って来たな、タダ。おまえの回避行動のおかげで衝突を免れた新米教官は
たっぷり説教しておいたからな」
グレン教官はタダ達の帰還を信じていた。しかしそれはあくまで直感であり確かな
ものではなかったのである。
“僕は信頼されている… ”
タダはそれを感じていたのである。
「クィーニ、来てくれたんか!」
教官室から出て来たチャコはべそをかいているクィーニのそばに近寄った。
「おまえほんまに泣き虫なんやな」
そういってチャコは彼女の肩に手を回したのだった。タダとトトはそんな二人をほ
ほえましく見ていたのである。
「トト、お前もとんだ災難だったな」
フロルはトトの背中をドンとたたいた。彼女なりに気を使っていたのである。
「でもやっぱりタダはすごいや。いざという時には頼りになるよ」
トトはお世辞ではなく本心からそう言っていたのである。
「うん、オレもそう思う。でもお前も頼りになるぜ。だってヌーの薬、お前が作っ
たんだろ? そこに生えていた植物を利用してさ。それってなかなかできる事じゃ
ねぇぞ」
フロルはトトの才能を高く評価していたのである。彼はしきりに照れていた。やっ
ぱりフロルにじっと見つめられてそんな事を言われると、ときめいてしまうトトだ
ったのだ。
チャコはクィーニのアパートでくつろいでいた。
「クィーニ、今回の出来事で思ったんやけどな」
チャコは落ち着きを取り戻したクィーニに話しかけた。
「何て?」
クィーニは聞いた。
「天文学っていったい何の為にあるんやろって思ってたんやけどな… 天文学もな
かなかええもんやなって感じたんや」
クィーニは何のことかわからない。
「何でも無駄なことなんかあらへんもんなんかも知れへんな」
チャコは自分に納得させる為に言っているみたいだったのだ。
「フロル、僕のこと心配しなかったのか?」
タダはクィーニに比べ、やけにあっさりしているフロルに不満だったのだ。
「オレが心配しねぇ訳ないじゃん。これでも随分我慢してたんだぞ… でもお前の
事だからきっと元気で帰ってくると信じていたんだ。いいか、オレはずっとお前を
信じているんだからな! だからこれから先もずっと信じているから… 裏切った
ら承知しねぇぞ!」
フロルはタダの胸に飛び込んでいった。
「ごめん… 」
フロルの気持ちなんてずっとわかっていたくせに思いやりのない言葉で傷つけてし
まった事をタダは詫びていた。いくら謝っても許してくれないような気がしてタダ
は不安になってきたのである。
「タダ… 」
フロルは顔を上げた。
「そんな情けねぇ顔すんじゃねぇよ。未来のパイロットなんだろ? みんなから信
頼されなきゃなんねぇ立場なのにそんな顔をしてたらみんな船から降りちまうぜ」
フロルはわざと明るく言った。
“フロルって… ”
だんだん変わって来ている、そう言いたかった。さっきもそうだ、トトを気遣って
いたのがはっきりとわかったし…
“共に歩いて行こうと言いながら、自分の方がフロルを追っかけなけりゃならない
日が来るかもしれないぞ”
タダは一抹の不安を感じたのである。
「さ、出来たぞ!」
フロルが得意そうに出して来た料理はいつもの簡単なものだった。
“こっちの方は変わらないな”
そう思ったのだが黙ってフォークに手を伸ばしたタダだったのである。
終