星色物語bR2



フロルの葛藤 編    



 必修科目の単位を取る事のみに追われた4年生が終わった。そしていよいよ二人に
とって、自由に学べる5年生が始まったのだ。
「で、結局フロルは欲張りなんだね」
タダは苦笑した。
「だってせっかく大学に入ったんだもん。いっぱい勉強しなくちゃもったいないじゃ
ん。オレ、今ならハイスクールの先生になれるんだぜ。それに看護婦だろ、後はケア
ウーマンそれに… 」
フロルは指を折って自分の取った資格を数えていた。
「でも結局ひとつしかなれないんだよ、フロル」
「そんな事くらいわかってるよ。でもさ、何でも知っていて損はない!」
確かにそうだった。そういうタダもフロル以上に資格を取っていたのである。マイペ
ースとは言うものの、身近にライバルがいると燃えるタダだった。もともとまじめで
勤勉家であるタダが本気になるとこわいものがあったのだ。彼はすでにパイロット・
ライセンスを持っていたのである。
「そういう事、でもね。フロル、学生の間だけ勉強するんじゃなくて人生そのものが
勉強なんだから持続しなきゃいけないよ」
タダは勉強を始めたら回りが見えなくなるフロルの態度に不満を感じていたのである。
「お前、焼き餅やいてるな」
フロルはピンときた。
「何に?」
タダはむきになった。
「わかってるくせに!」
フロルはからかった。タダを無視している訳ではないのだが、今は勉強に専念してい
たい気がするフロルだったのだ。これは一種の焦りだった。どうしてそんな気にな
るのか自分ではその原因をうっすらと感じてはいるものの、それでも確信がある訳で
はないのだ。とりあえずこの5年生での科目はできるだけ前半に詰め込みたい、そん
な思いのフロルだったのだ。
「でも… 無理はするんじゃないよ」
それは本心であった。
「ありがとう。わかってる、お前が心配してくれてんの。でも心配ねぇよ、オレけっ
こう丈夫なんだぜ」
その通りだった。彼女は入学して以来、病気らしい病気をした事がなかったのである。
無理をしているようでもどこかでバランスを上手にとっていたのだろう。
「フロルは来月のテストにパスすりゃパイロット・ライセンスがもらえるんだな」
ガンガが一般医療コースの授業の時に声をかけてきた。フロルは1年の時からずっと
そのコースを専攻し続けていたのである。医学博士にはなれないものの、B級医師免
許取得のテストが受けられる。そしてその知識はそうとうなものであった。これはタ
ダに少しでも近づこうとする彼女の努力の結果であったのだ。
「うん、まぁな。でもオレこの前のテストで落ちてるからな… ちょっと自信がねぇ
んだ。それに… 」
フロルは顔を曇らせた。
「それになんだ?」
ガンガはフロルの表情が変わったので気になった。
「いや、何でもねぇよ。いつかタダと同じ船で空を飛べたらいいなって思ってるんだ
からな」
フロルは何だか無理をしているみたいだった。
「フロル、前から思っていたんだけどな。お前、本気で同じ船に乗れると思っている
のか? 新米のパイロットは必ずベテランと組むもんだと相場がきまってるじゃない
か。夫婦だからといっていつでも一緒にというわけにはいかないものなんだろ?」
ガンガは言いにくい事をはっきりと言った。それがフロルの為だと思ったからなのだ。
「わかってるよ、ガンガ。オレもそんなにバカじゃねぇから。いままで色んな奴と一
緒に色んな船に乗って実習してきたんだもん。だれとでも上手くやっていけると思っ
ているよ。だってプロのパイロットになるんだからな」
「タダが休暇に入っている時、お前が空にいるって事もあるんだぞ」
ガンガは突っ込んだ。彼はいつかタダが言っていた言葉を思い出したのだ。フロルが
パイロットになったのならばすれ違いの生活になるかもしれない、という事を。
「それもわかってる。でもさ、キャプテンになれば副キャプテンを自分で選べるんだ
ぜ。もちろんパイロットも自由に選べる」
これにはガンガも驚いた。
「フロルの口からキャプテンという言葉が飛び出すとは思わなかったよ。何かいらぬ
おせっかいのようだったな」
ガンガは自分がひどく小さな人間のような気がしてきたのである。
「そんな事ねぇよ。ほんというとさ、オレ迷ってたんだ。パイロットになればタダと
すごせない。一緒に空を飛びたいからパイロットになるって言ったのに… タダが空
を飛んでいる間、地上で待っているなんて嫌だって思ってたんだけど…それでもそう
しなくてはいけない日が来るのかも知れないってさ。それじゃ、いっそパイロットな
んてやめちまおうかと本気で考えた事もあるんだ」 
フロルはまだ迷っているらしい。理屈ではわかっているものの、実際には心理的にや
り切れないものがあるのだろう。この大学生活が終われば二人は離れて生活しなくて
はならないかもしれないのだ。
「パイロットっていうのはきつい仕事だな。世間では一年のうち半分近くが休暇な上
に高給取りだから楽なように思われているけれどね」
ガンガは世間の評価のいいかげんさを知っていた。知らないものは自分の定規で勝手
な判断を下してしまうものなのだ。
「この大学を出た奴で高給取りじゃねぇ奴なんていないさ。でもさ、お前みたいに医
者だとみんなから尊敬されて評価もいいよな。それに故郷に帰ったらすぐに結婚する
んだろ」
「そうだ。オレ達には時間がないからね。すぐに子供を作って未来に命をつないでい
かなきゃならんからな」
短命の種族のガンガは延命の為にクロレラ培養を受けているが、それが有効でなかっ
たら後10年くらいの命なのだった。
「小さい子供を残して死ななきゃならないのは辛い事だぜ」
残された時間と戦いながら生きて行く、それがガンガに与えられた使命だった。
 アパートに戻ったフロルはベッドに転がって漠然と未来の自分を想像していた。パ
イロットテストに合格すれば、卒業と同時に仕事につく事ができる。自分の実力だと
後1〜2回は落ちるかも知れないが、それでも卒業までには合格できるだろう。就職
はテラ総合政府管理下にあるシベリース公営の航空局に推薦される事になる。宇宙大
学出身者なら確実に受け入れてもらえるし、当然それだけの実力は伴っているのだっ
た。
「でも… だよな… 」
仕事をとるか、タダとの生活を重視してシベリースの星で就職し、彼の帰りを待ちな
がらの生活を送るか… それはフロルにとって深刻な選択であった。いままでがんば
って色んな資格を取ってきたがやはり自分は航空科で苦労してきたのだ。考えてみれ
ば自分にとって一番難しい学科だったような気がする。それだけに強くひかれていの
るは事実だった。
“タダを選ぶか、仕事が優先か… ”
そういう事になるのだろうかとフロルはずっと考え続けていた。今までこんなに悩ん
だ事はなかったような気がする。
“そんな事決められないよ… 一緒の道を歩いて行こうって言ってたのに… ”
どっちにしてもタダを裏切るような気がしてならないフロルだった。

「海に行かないか?」
帰って来たタダが誘った。
「え?」
「近くの海さ」
タダはもう、その気になっている。
「ずっと前に君が逃がした発光ヒトデが大発生しているらしいぜ。今日その事が話題
になっていたんだ」
そんな事もあったんだとフロルは思い出した。
「いいかもしんないな」
フロルはすぐに同意したのである。気分がめいっている時だ、気分転換にちょうどい
い。泳ぐのも潜るのも得意なフロルなのだ。反対する理由はなかったのである。
「アマゾンが昨夜、潜ったんだって言ってたよ。ここらへんの海は宇宙の海みたいだ
って」
環境があっていたのかそのまま繁殖を続けていたらしいのだ。今夜は新月の為、二つ
の月は出ていない。潜るのにはちょうどいい夜だった。タダは潜水用の酸素カプセル
を用意して海に入って行った。海中の岩には一面にヒトデがはりついていた。以前見
たよりもはるかに多くのヒトデがそこにいたのである。満天の星さながらにそれらは
光っていたのであった。
 フロルは息を飲んだ。まさかこれほどとは思っていなかったのだ。
“君が逃がしてやったからここまで増えたんだよ”
タダはフロルの心に呼びかけた。久しぶりに聞くタダのテレパシーだった。忙しさに
かまけててタダとゆっくり話をする機会がなかったのだ。
“一緒に暮らしてるのにこのごろすれ違いが多かったね”
フロルはゆっくりと振り返った。金色の髪がゆらゆらと揺れている。
“ごめん… わかってたんだ”
フロルは顔をそらして心で答えた。
“責めてるんじゃないよ。君は君で一生懸命なんだから”
タダは仕方ないな、というような顔をした。しかしその一言がフロルにはこたえたの
だった。
“そんな突き放したような言い方しなくてもいいだろう!”
フロルは心で叫んでいたのである。
“突き放してなんかいないよ!”
タダはフロルの両腕をつかんだ。
“じゃ、怒ってるんだろ!”
フロルは挑発するように言った。タダはなぜかムキになっているフロルに思いっきり
逆らってみたくなったのだ。
“ああ、怒ってるよ、ずいぶね”
タダはつかんだ腕を離さずに言った。本気で言っているのではないがフロルは大きな
ダメージを受けたのである。彼女はタダの腕から逃れ水面に顔を出した。月のない夜
の為か、散歩に出ているカップルの姿はいない。

「ごめん、本気じゃなかったんだ。君があんまりムキになってるからつい逆らってみ
たくなった」
タダはいつものタダに戻っていた。しかし自分が泣かせてしまったのは明らかなのだ。
「君がずっと悩んでいる事を知っていたんだ。でもいつか話してくれるかと待ってい
た」
タダはフロルの横に腰掛けた。暗い岩場には夜行性の昆虫が忙しげにはっている。
「突っ走っていると疲れちまうぜ」
タダはほっとため息をついた。フロルはやっと顔を上げてタダの方を向いた。
「オレ、迷ってる… 」
タダは静かに聞いていた。
「パイロットになればお前とすれ違いの生活になるかもしれないだろ。だからいっそ
シベリースで就職してお前が帰って来るのを待っていようかとも考えたんだ」
今のフロルはまるで子供のような目をしている… タダはふと思った。
「パイロットになればずっとお前といられると思ってたんだ。ほんとにバカみたい、
そんなに甘くねぇのにな」
フロルは自嘲している。
「パイロットになると言って航空科を選んだんだぜ。でもパイロットになりたいって
思ったんじゃなくて、ずっとお前といたかったからこそこのコースを選んだんだ… 
なのにへたすりゃずっと一緒に暮らせねぇじゃん!」
フロルは自分を抑える事ができなかった。今まで心にしまっておいた事が次々と浮か
んで来てどうしようもなかったのである。
「オレずっとお前といたいよ… ひとりで待つのは嫌だ!」
フロルの興奮は絶頂に達していた。タダはフロルの背中に腕を回した。
「いつか一緒の船にのれるさ」
タダは笑っていた。
「そんな保証はねぇじゃん!」
フロルは反発した。
「あるさ! 僕がキャプテンになればいいんだから。そして迷う事なく君をパート
ナーに選ぶ。それに長期旅行船だと船内に学校もあるじゃない、子供達はそこに通
わせればいい」
タダは自信を持って言い切ったのである。
「お前って楽天的なんだなぁ… 」
フロルはやっと笑った。
「本気さ。きっとなってみせる」
これは今、芽生えた夢だった。パイロットになるという夢はライセンスを取った地
点で消えた。タダには新たな夢が必要なのだ。
「僕には色んな夢がある。その一番が君だよ。君と会えてよかったと思っている、一
緒になるのが夢だった」
「 …… 」
フロルは黙って聞いていた。タダの言葉は気持ちがいい。
「フロル、いつかは一緒の船に乗ろうよ。そしてこの銀河の海のすみずみまで行っ
てみようよ!」
タダはずっと昔、グレン教官こと、石頭に言われたセリフを思い出していた。
  “きみらは第一級宇宙海賊になれる十分な素質がある”
確かに石頭はそう言ったのだった。
 タダは思い出し笑いをした。あの時、石頭の言った事が実現しそうなのだ。
「何だよ、急に」
フロルは口をとがらせた。せっかくのムードが台なしなのだ。
「いや、石頭の直感力はすごいって思っただけ」
タダは偶然かどうかは知らないけれど確かに当たってるなと思ったのである。
「変なヤツ」
フロルはそっぽを向いたのだった。

 久しぶりにぐっすりと眠れたような気がするフロルは早朝から起きていた。
「タダ、起きろよ!」
しかし今日は週末で休みなのだ。
「もう少し眠りたい… 」
そんなタダをたたき起こしたフロルはどこかに行こうと誘って来たのだ。今までな
ら一人で勉強を始めている時間なのにである。
「今のうちに二人の生活を楽しまなくちゃ後悔するぞ」
フロルは断言した。
“いつもなら僕を無視するくせに… ”
と、言いたかったがあえて彼女の言葉に従って、出かける準備をする素直なタダだ
ったのである。

 卒業まであと10カ月足らずなのだ。タダは自分の言った言葉に少々プレッシャ
ーを感じていたのであった。

                                   終



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