星色物語bR4



 自覚 編   



 タダは今まで以上にフロルの事が気になって仕方がなかった。予定にはなかった
とはいえ自分の子供がフロルの中に育っているのだ。単位も充分に足りている。後
は好きなコースを選べばいいのだが、それが上の空になってしまって考えもまとま
らないのであった。
「なぁ、このコースなんて役にたつんじゃねぇか」
フロルは医学科の一つである“レディズコース”を指さした。産婦人科の事である。
「遠慮しとくよ。医学科のコースは“一般医療コース”だけでいい」
タダは断った。二人が取っているこのコースを5年間続けるとB級医師免許が取得
できるのだ。しかしB級には産婦人科は含まれていなかったのだ。
「チェッ、何だよ。お前がこのコースを受けたらオレ、見てもらえると思ったのに。
だって産科の内診ってすごいんだぜ。診察台の上で大きく足を開いてさ、もうこれ
は女を捨てなきゃと思っちまう」
フロルはその時の事を思い出したのか嫌そうな顔をした。
「じゃあ君は、僕がそんな女性たちを診察しても平気なのか?」
逆にタダが聞いたのである。
「平気じゃないっ!」
フロルは即答したのだった。しかし彼女は自分のためにそのコースをとる事にした
のであった。
 フロルの机の上にはたくさんのフロッピーが積まれてあった。それはシベリース
からのもので、長老がフロルにと言って送ってくれた“妊娠及び出産”に関する内
容であった。
「じいさん楽しみにしているみたいだな」
フロルは長老の気持ちが嬉しかったのだ。そういえば長老からフロル宛てのメッセ
ージがよく届いていたのである。
「そりゃそうさ、初孫だからな」
タダは長老を喜ばした功績の半分は自分にあるとちょっと得意になっていたのであ
った。もっとも長老はそんな事などみじんにも思ってなかったのであるが…

「いいわよ、フロル。知っていてもいい事だから」
クィーニは快く“レディズコース”を受講する事に同意してくれたのである。どう
せ自分もいつかはチャコとの間に… と、想像するとしぜんと頬が赤らんでくるの
だ。
「お前、今さ。何を考えていたかわかったぜ」
フロルはからかったのであった。
「やあ、フロル。来とったんかいな! 調子はどうや?」
チャコがクィーニのアパートに入って来た。
「今はいいよ。でも明日はわかんねぇけどな」
どうやらその日によって違うようだった。
「後期のコースの話、してたんだ。クィーニがオレと一緒のレディズコースを取っ
てくれるんだ。でもお前の為でもあるんだぞ!」
「え?」
「お前らもいつかはベビィができるじゃん。だから損はしねぇぞ」
フロルがあっさり言った言葉にしきりと照れるチャコだった。

「フロル、無理するんじゃないよ。気分悪くなったらすぐに僕に言ってくれよ」
タダは隣の席から話しかけた。
「心配性だな、何ともないよ。オレこの数学の授業好きだしさ。好きな事やってる
と気が紛れるもん。それよりお前こそこのごろ食欲ねぇみたいだぞ」
逆にフロルが心配したのである。
「僕の心配はしなくていいよ。君は平気でいつもと同じように行動するから僕は心
配で仕方ないんだ。君はもうお母さんなんだからな」
タダは真剣だ。
「でも妊娠って病気じゃねぇもん。気にし過ぎたらかえって調子悪いんだ。それに
まだベビィが産まれてないのに母親だなんて言われたってピンとこねぇよ」
フロルはコンピューターの画面に向き直り計算をしはじめた。タダは言ってもきか
ないみたいだな、という顔をして彼女と同じように画面に向かったのである。
“本当に心配性なんだから… 靴はかかとの低い物を履くんだとか、短いスカート
はやめろとか… ”
フロルは少しいらついていたのである。これは確かに妊娠初期の症状だったのだ。
 一般医療コースは内科・外科が中心だが、レディズコースは産科・婦人科が中心
となってくる。患者は色んな星系からやってくるが、重症患者以外は実習として学
生に任されるのだ。大学病院とは常にそういうものであった。
「色んなケースで入院してるんだな」
フロルは実習患者のカルテを眺めていた。
「あなたは今までずっと医学科のコースを取っていたから楽でしょうけどあたしも
う疲れちゃった」
クィーニがベッドの上でぼやいていた。初心者ゆえに手術なんかは任されないもの
の、今日の実習では手術中に気を失ってしまったクィーニだったのだ。別に珍しく
ない事なので彼女は手術室の横にある予備室のベッドに運ばれたのである。
「クィーニ、ほら水」
フロルはコップを差し出した。
「だめ、まだ気分悪い… 」
とは言えレポートを提出しなくてはいけない。フロルはクィーニのフロッピーに今
日の実習内容を打ち込んでやっているのであった。

「クィーニが倒れたんだって?」
タダが聞いた。チャコから聞いたのだろう。タダは少し責任を感じていたのである。
彼女はフロルに比べて繊細なのであった。
「うん、だから当分手術には立ち会わないって言ってた。病室を回って診察助手を
するんだって」
「君は平気だったのか? 手術室に入って?」
タダはいまさらながらフロルの肝の太さに驚かざるをえないのだ。
「だって何度も手術した事あるんだもん。内科でも外科でも産婦人科でもすること
は一緒だしさ。それにいちいち血を見たくらいでひっくりかえってちゃ何もできな
いや」
フロルはさらりと言った。
「もう、本当にベビィ、いるんだろうな。信じられないよ」
と、言いつつタダはフロルのおなかに手を当てた。かすかだが胎動を感じたような
気がして来て思わず顔が緩むタダだった。両親のいないタダが初めて手にする血の
つながり、それは彼の心を強くゆさぶり興奮のあまり眠れない夜もあったのだ。そ
れはとうていフロルにはわからない事だろうとタダは思う。わからなくていい、自
分は自分の子供達にもそんな思いをさせたくなかったのだ。平凡な家庭、それは考
えようによっては一番むづかしい事かもしれない。小さな幸せというものは幸せを
感じない時の事かもしれない… そう思うタダなのだ。
「なにぼーっとしてんだ。早く食えよ。さめちまうぜ」
フロルはタダの気持ちなんておかまいなしに食事をすすめるのであった。タダは我
に返った。
「あ? うん、フロル。ちゃんと食べてる?」
タダはあわててスプーンを口に運んだのであった。

 “レディズ”の病室はパステルカラーがベースになっていた。広い廊下も明るい
色があふれており、他の病棟と違っていたのである。
「産科の回診は気が楽ね。だって幸せな人ばかりなんだもん」
クィーニは楽しそうだ。どの病室をまわっても母になる喜び、母になった喜びがあ
ふれているのだ。彼女は医師の横でカルテをチェックしながらてきぱきと用事をこ
なしていたのであった。
 産科から延びた廊下の向こうには婦人科があった。次はそちらの番である。クィ
ーニはさっきと違う色のカルテを取り出した。
「不妊症、卵巣嚢腫、子宮外妊娠… ね」
彼女の顔が曇った。
「お前、医者にはなれねぇな」
フロルは言った。クィーニは正直すぎるのだ。
「そんな事いっても… 」
「病院ってさ、色んな患者がいるもんだぜ。オレ、小児科がいちばん嫌だ。今まで
子供が死ぬ所、何回か見て来たんだ。嫌だった… 」
それに比べたらましだと言いたいのだろうが、かえってクィーニを落ち込ませる結
果になってしまったのである。
「ほんと、フロルの言うようにあたしって医者や看護婦には絶対なれないわ」
クィーニは断言したのであった。
「君たちに言っておくが、こっちの病棟の患者は精神的にまいっている患者が多い
のだ。だからその事を頭において接してほしい。もっとも君はずっと前から医学科 医師はフロルの方を向いた。彼とはよく院内ですれちがった事があったのだ。
「ここの患者は命には別状のない者ばかりだが心のケアが必要なんだよ」
彼は付け足したのであった。
 不妊症の原因ははっきりしないものも多い。精子の異常がみられない場合は女性
側に原因のある場合がほとんどなのであるが、進んだ医学にもかかわらずわからな
い事もあるのであった。医師は彼女の星の言葉でその結果を告げた。良い結果では
ないのだ。
「 …… 」
患者は失望を隠しきれないようだった。人工授精にも限度があるのだ。彼女はずっ
と以前からここに入院していたのであるが今回も駄目なようだった。
「 …… 」
彼女の失望はかなり大きい。横に付き添う彼女の主人は故郷の言葉で慰めていた。
この病院に来るほとんどの患者は星間用語が使えない。したがって担当は自然とそ
の星系の医師になるのであった。
 ここが最高設備を完備している銀河一の病院であるにもかかわらずそれでもこの
患者のようにうまくいかない者もいる事は確かである。同情したクィーニは彼女の
腕に測定用の器具を取り付けながらつい涙ぐんでしまったのであった。彼女のカル
テには“妊娠不適性”のマークがはっきり記されていたのである。
「次の患者も“妊娠不適性”じゃん」
フロルは2枚目のカルテを見た。
「そうだ。こっちの病棟は産科とは違う。ほとんどの者が妊娠に対し障害をもって
いる。この次の患者はせっかくの妊娠にもかかわらず子宮外妊娠で危うく命を落と
す所だったんだ」
医師は説明してくれた。
「子供を産むのも命懸けなんだ… 」
クィーニは改めてそう思ったのである。
「最近の傾向だが、どの星系でも女性の出産率が落ちている。この銀河全体に起こ
っている現象なのでSF作家は銀河系の崩壊を唱えのものも出て来ている状態なん
だ。仕事をもっている為、わざと出産しないとか出産年齢が高くなり子供の数を制
限したりが主な原因だと思うのだがね」
二人は神妙に聞いている。
「命を作り出す女性はすごいものだと思っているよ。わたしはね」
医師は笑った。きっと自分の妻の事を言っているのだと思われるセリフだった。
「先生! 大変です! 231号室の患者が行方不明です!」
子宮外妊娠で流産した患者なのだ。いまから回診に向かおうと思っていた患者だっ
た。看護婦は担当医である彼を探していたのである。
「いつからだね?」
彼は聞いた。しかし返事は曖昧なのだ。医師はとっさに最悪の事態を予想したので
あった。直ちに院内の職員全体に患者疾走の伝達がなされ捜索が始まったのである。

「おい、タダ!」
授業がなくて暇を持て余していたタダは喫茶室でくつろいでいた。四世も一緒であ
る。彼も暇な最終学年を過ごしていたのであった。そこにフロルが飛び込んで来た
のである。
「フロル、走っちゃいけないって言っただろう!」
タダはまたか、という顔をしたフロルに注意した。
「だいたい君は自覚に欠けているんだから」
タダはかなり敏感になっているのだ。しかしフロルはそんなタダの言葉を聞き流し
たのである。
「タダ、力を貸してくれよ。オレの実習の患者が行方不明なんだ。今、みんなで探
しているんだけど… そいつ、死ぬかもしんねぇんだ」
フロルは真剣である。事態は切迫しているらしい。
 タダは立ち上がった。こんな時には直感力が多いに役に立つ。超能力開発コース
の中でもタダの直感力は際立っていたのであった。今では石頭に勝るとも劣らぬぐ
らいになっていたのである。
「いったいどうして?」
「ベビィが流れたんだ。子宮外妊娠ってやつ。付き添いがいなかったんで気が滅入
っていたらしいんだ」
フロルはまだ見ぬその患者に深く同情していたのである。
「オレも、もしそうなったらとても正気じゃいられねぇと思う」
真剣に言っているのだがちっともそう聞こえないのは、彼女があまりにも妊娠に適
した体質をしているせいだろう。それはタダの直感力を使わなくてもわかる事だっ
たが…
 タダはフロルの為に歩いて病室に向かった。231号室には担当医や看護婦が待
機していた。彼らはここで患者を待っていたのである。
「タダ、わかるか?」
フロルは聞いた。彼はこの病室の残存思念から患者の居場所を突き止めようとして
いたのである。
「わかるか?」
再びフロルが聞いた。タダはしばらくしてからうなずいた。
「フロル、心配する事ないよ。君が考えているような事にはなっていない。それに
彼女は思ったより強気みたいだ」
タダはフロルを安心させるように優しく言った。
「行ってみようか、彼女の所へ。もうすでに見つかっているよ」
タダはフロルの手を取った。
「どうやらみんなの早合点だったみたいだね」
タダは言った。
 心理学科筆頭教官であり超能力開発コースのスミス教官はレディズコースから連
絡を受けてからすぐに患者を探し当てたのだ。彼女は大学病院の裏庭にある花壇で
考え事をしていたのであった。妊娠不適性だという事は最初からわかっていた事な
のだ。しかし子宮外妊娠とはいえ妊娠する事ができたのである。
“望みは捨てない”
彼女はそう思っていた。しかしその前に、少しだけ… いなくなってしまったベビ
ィの為に時間をさいて泣いていたのであった。産まれてこなかったとはいえ、かつ
ては自分を幸せな気持ちにしてくれた天使のような存在だったのだから…
“産んであげられなくてごめんね”
彼女は口に出さずに耐えていた。

「あんな患者はめずらしい。ものすごい精神力の持ち主だよ。普通ならもっと取り
乱していてもおかしくないんだ。だからこそみんな必死で捜し回っていたんだから
な」
スミス教官はタダに向かって言った。今まではほとんどがそんなパターンだったの
だろう。婦人科にはそんな事件が過去に何度かあったからである。
「子供が産まれるまではまさにドラマだからな。お前もわかっているだろ、タダ」
スミス教官はいたずらっぽく笑って言ったのである。
「はぁ… 」
タダはリアクションに困った。どうもこういうのは苦手なのだった。そこをジョー
クで切り返すという事はタダにはできなかったのである。その後スミス教官は産ま
れてからもそのドラマは続いて行くのだとも言った。タダは彼の言葉が自分の体験
から出て来た真実だと察する事ができた。彼ももっと若いとき、そんな思いをして
子供を持ちそして育てて来たのだろう。タダはその平凡な事に少し感激していたの
であった。

「ベビィを産む事って大変な事なんだな」
フロルはしんみりと言った。今日の実習で担当した患者が印象に残ったのだろう。
「そうだよ」
タダは短く答えた。
「オレ今まであまり考えないようにしてたんだ。だってあまり期待しすぎてもし駄
目だった場合ショックが大きいだろ? だから産まれて来るまでいないもんだと思
うようにしようと思ってたんだ」
そんな事を考えているとはタダでも気が付かなかったのである。そういえばタダ自
身フロルを気遣っているように見えて、ベビィにかまけていたような気がする。彼
は反省した。
「でもさ、産まれてないとはいえ、もうここにいるんだもん。やっぱりかわいいや。
無視する事なんてできないよ」
フロルはそっと胸をおさえた。少しはってきて大きくなったような気がする。
「本当にいるんだ。ベビィが… 」
フロルはつぶやいた。
「僕たちのね」
タダが答えた。そしてフロルの背中に手を回し…
 
「あ… ちょっと… タダ」
フロルはあわててトイレに駆け込んだのである。急に妊娠の自覚が強くなったらし
い。
“これからはちっとは僕の言うことを聞いてくれるのかな?”
  そんな事を考えながらタダはフロルの背中をさすっていたのであった。

                                終



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