星色物語・シリーズbS


タダの命編


1年生


 テラ系シベリース、太陽を中心とする公転の半径がほぼ同じ距離であるこの惑星に
は四季がない。そのシベリースにタダは無性に帰りたい衝動に駆られ、彼はフロルを
伴って帰る事に決めた。

 初めてタダの故郷を訪れたフロルはその自然の多い風景に驚いた。近くには大きな
町はなくのどかな村が点在しているだけなのだ。
「オレの故郷に似ている… 」
フロルはつぶやいた。彼女の脳裏にヴェネのわが家が浮かんできた。
「お前もイナカモノだったのか… 」
かすかにほほ笑んでいたフロルの口から飛び出したセリフはムードのかけらも感じら
れなかった。まあ彼女らしいと言えば彼女らしいのであるが… 

「ただ今戻りました」
タダは長老の手を握った。少し緊張した面持ちのフロルが横に立っている。彼女はお
ぼえたばかりのこの星の言葉を使って長老に挨拶をした。きれいな標準語である。彼
女の星間用語はとてつもなくなまっていたが、タダの努力のかいあってこの星の言葉
を少し、会話ができるようにまでなっていた。もともとエリートだけあって覚えるの
も早いフロルである。長老はタダの婚約者を満足そうに眺めていた。決してうわべの
美しさだけで選んだのではないと思うが、想像していた以上の美しい学生だったのに
は正直言って驚いた長老である。彼はフロルを歓迎した。緊張の余りかえって無警戒
になっているフロルの心を長老は悪いこととは知りながら読み取ってしまったのだ。
それは自分に対する畏怖、そして尊敬の心…、何よりタダに寄せる愛情と信頼… 彼
はかわいいタダの未来の妻に大いに満足であった。

 シベリースの人間は確かにカンが良い。しかし全員が並外れて優れているのではな
く、タダくらいになると特殊の域に達する。フロルはやがて自分が住むであろうこの
星の人間を恐れていた。自分の考えている事を全て読まれてしまったらどうしようと
思ったからだ。しかしそれはいらぬ心配だとタダが教えてくれた。実際に心を読まれ
ないようにしようと思ったら少し注意しただけで心をロックする事ができるからであ
る。集中力のあるフロルにとってそれはそんなに難しい事ではなかったのだ。
 タダが婚約者を連れて帰って来たといううわさは小さな村にとって大きなニュース
であった。その昔、優秀なパイロットだった長老が両親を亡くしたタダを連れてこの
村に来たときもそうだった。そして幼かったその子が成長し、宇宙大学に合格したと
きもまたしかりである。医者のいないこの村では医学の心得のある長老が医者の代わ
りをしていた。彼の元にはうわさを聞いた村民が軽い病気で押しかけてきた。さすが
の長老も村民の好奇心にはかなわない。彼は知っている限りのフロルに関する事を村
民に教えてやったのである。

「タダ、お前なんで大学にはいったんだ?」
夕食が終わりバルコニーでくつろいでいるタダにフロルは話しかけた。見慣れた星々
を見上げながら故郷に帰って来たことを実感していたタダはフロルの言葉に我に返っ
た。
「なんで… って言われても… 僕は君みたいにはっきりとした目的なしに受けたん
だ。長老はよい教育を受けて来いと言っていたし… しかし、白号でのテストで両親
のことを思いだし、航空科に進む事を決め、何より君に会うことができた。ヌーの言
葉を借りると“すべて運命”と言うことになる… 」
タダはフロルと向き合って彼女の肩に手をかけた。目の前にいるフロルの瞳に自分の
顔が写っている。タダは静かに彼女を引き寄せた。
“タダ、ティムが下に来ているぞ”
長老がテレパシーで呼びかけた。ティムとは幼い頃からのライバルで宇宙大学に入る
までずっと、その関係は続いていた。彼と交信は無かったが二つ向こうの町に住んで
いて、近くの地元の大学に通っているらしい。
そっと目を閉じてタダを待っていたフロルは額に軽く触れるだけのキスに少し不満を
感じた。
「どうしたんだよ」
フロルは思ったことをすぐ口にする。
「ごめん、下に人が来ているんだ。小さい時から知っている同級生。ティムっていう
んだ。さっき長老が知らせてくれた」
「ふ… ん、テレパシーか。便利なものだな」
フロルはタダのあとについて降りて行った。玄関の広間には灰色の髪をした線の細い
男が立っていた。
「久しぶり… ティム」
タダはなぜこの男が? という思いを隠して手を出した。ティムはその手を拒んだ。
仲の良いライバルではなく悪い意味でのライバルだったからだ。
「君が大学に入学して以来、だったね」
タダは無事入学する事ができたが彼は不合格だったのだ。もっともその年に入学する
事ができたのはシベリースではたったの二人だけであったが… タダはティムの心を
読もうとしたが彼のガードは堅かった。ティムはフロルの方を向いた。
「君… 、女の子なの?」
スレンダーな体つきの上にオフボディのパンツルックなので外見だけでは判断できな
い。
「女だよ」
フロルはそっけなく答えた。明らかに機嫌をそこねている。しかし彼は謝りもしなか
った。
「何の用だ?」
相変わらず彼の心が読めない。タダは何かいやな予感がして警戒心を強めた。
「何を警戒しているんだい? 僕は何もしやしないよ」
ティムはかすかに笑った。
「 !! 」
“読まれている! 僕の心を… ”
タダの驚きは大きかった。今まで長老以外で自分の心を読むことができたのはグレン・
グロフ教官ぐらいだったからだ。タダは激しく動揺した。彼は初めて自分自身が知ら
ぬ間にうぬぼれていたことを知った。ティムはタダの動揺を見抜き再び笑った。

「また… 来るよ。今日は君の顔が見たかっただけなんだ。それじゃ… 」
彼の姿は突然かき消すように外の闇に溶け込み見えなくなってしまった。
「テレポート!!」
タダは初めてその瞬間を目の当たりにし、激しい衝撃を受けた。
「タダ… こんなことオレ初めてだ。この星の人間ってテレポートができるのか?」
フロルは単純に驚いている。彼女は青い顔をしたタダの腕を揺すった。彼女にどう答
えて良いのかわからない。シベリースでテレポートができる人間なんて聞いたことが
無かったからだ。タダはその夜、あまり眠ることができなかった。そしてティムに関
する知っている事を思い出していた。

「タダ、おかえり!」
今日は朝から仲の良かった同級生たちが押しかけて来た。彼らはタダが帰って来たと
いうより彼が婚約者を連れて来た、という事の方が気になるのだった。年頃の者にと
って異性は一番気になる話題だったからだ。今日のフロルは薄いオーロラ色をしたか
わいいワンピースを着ていた。ゆうべティムに“女の子なの?”と、言われた事が引
っ掛かっていたからだ。タダの為にもきれいに自分を演出しなくてはと思うフロルの
女心?、であった。黙って座ってにっこりほほ笑みを浮かべているフロルはだれが見
ても精巧に作られた人形のように端麗で、彼らを圧倒させた。
「タダ、お前苦労するぞ。こんな彼女を持つと。ほんとにもったいない… 」
彼らのうちのひとりが羨ましそうに言った。
「今まで女になんか興味を示さなかったお前が一番先に婚約するなんて信じられなか
ったが… こりゃオレの彼女なんて連れて来られないよ」
フロルは彼らが何を話しているのか断片的にしか理解できなかったが、悪いことを言
われているのでは無さそうだと思い、ポーズをくずさなかった。彼女なりに気を使っ
ているのだ。 
同級生たちはそれぞれ自分の近辺の話題をタダに提供した。故郷を遠く離れているタ
ダにとってそれらは新鮮であり、刺激にもなった。
「ところで聞きたいんだが… 、君たちティムと会うことはあるのかい?」
タダは彼らにたずねた。ゆうべの突然の来訪、彼のテレポート、精神力の恐るべきパ
ワーアップ等、彼はそれがなぜか知りたかった。
「ティムか… 。そういえばあいつに全然会ってなかったな。もともと孤立してた奴
だし… 確かお前とは仲が悪かったんじゃないのか?」
「そういえば奴、地元の大学をやめたってうわさだぜ。ほんとかどうか知らないけ
ど… 」
おそらく彼らからは自分の知りたい情報を仕入れる事はできないと察したタダは話題
を変えた。宇宙大学での生活などは同級生たちにとって興味をそそるものだったので
ある。彼らは“明日も押しかけるぞ”と言い残して帰っていった。気の休まる仲間た
ちと話していると故郷に帰って来た実感を感じると共に、第二の故郷ともいうべき大
学での仲間達との生活が、妙に恋しくなるタダであった。

 タダは昨日と同じ時刻、フロルと共にバルコニーに出ていた。これは確かな予感…
  ティムの来訪を告げる自分の直感力がタダにそうさせたのだ。
「きっと来るよ。ティムは」
タダは自分に言い聞かせるように言った。
「どうして昼間、みんなが来るときに来ないんだ? 暗い奴だなあ… 」
フロルは不満げである。
 その時、二人の立っているすぐ前の空間が歪んだかと思うと突然目の前にティムが
立っていた。今日はタダは驚かなかった。
「やぁ… 来ると思っていたよ」
タダはバルコニーの椅子をティムにすすめた。彼は静かにそこに座った。本当に存在
感もなく静かに… だ。
“不気味な奴だな… ”
フロルはティムの顔を見つめた。昨日とは少し違っているような気がする。優しくな
ったとでも言うのだろうか…
  「タダ、きっと君は僕がどうしてここに来たかって事を不思議に思っている事だろう
な」
今日のタダは慎重であった。いかにティムといえどもタダの心を見抜く事はできない
だろう。タダは黙ってうなづいた。ティムは淋しそうに笑った。
「僕は今、人生で最も自由な時間を手に入れたんだ。ここでこうやって君と話をする
ことができる。行きたい所に瞬間にして移動できる。さらに姿を消すことも可能だ。
君にはそんな現象が信じられるかい?」
彼はしゃべり始めた。
「僕はひと月前に初めてこの事に気が付いた。驚いたよ。実際のところ… 今までこ
んなことができるとは思いもしなかったんだからな」
彼は一息ついた。その様子にタダは何か感じるものがあった。ティムの心が少しのぞ
いていたのだ。
「何をあせっているんだ?」
タダは聞いた。ティムはさっと顔色を変えた。
「あせってなんかいないさ」
彼はあわてて弁解した。
「君は何かを僕に言おうとしている。しかし、君は正直に言ってくれない。僕は君の
心を全て見抜くなんて事はできはしない。したがって君は君の口から僕に話すしかな
いのじゃないか?」
タダにしては珍しくきつい口調でティムに向かって言い、真っすぐな視線を彼に向け
た。ティムは窮地に陥った。
「タダ… 君に… 」
彼はそう言い残してその場から消えてしまった。後味の悪い思いを胸に、タダはフロ
ルの肩を抱きささやいた。
「ごめん、いやな思いをさせてしまって… 」

 気持ちのいい風に誘われて、フロルはひとりでタダの家の近くを散歩していた。明
け方になってやっと寝付いたタダはまだ熟睡している。今まで気が付かなかったがす
ぐ裏の林の入り口には名前の知らない小さな花が咲き乱れていた。
木陰で涼みながらフロルはいつかここに住む事を思い描いていた。きっとタダはやさ
しい夫になるだろうな… とか考えているとまわりにだれもいないのに照れ臭くなっ
てきてほほが赤らんできた。

「なにか良いことがあったのかい?」
フロルに突然話しかけたのはいつの間にか現れたティムであった。
「お… お前!」
とっさの事なのでフロルはシベリースの言語ではなく、星間用語がとびだした。フロ
ルはあわてて言い直そうとしたがティムがそれを止めた。
「僕はそんなにばかじゃないさ。星間用語ぐらい話せるし君の考えている事くらいわ
かるよ」
フロルはさっきの想像を見抜かれたのを恥ずかしく思うと共にティムに対して激しい
怒りを感じた。
「お前、陰険だから嫌いだ。何で人の嫌がる事をすんだよ! 言いたい事があれば、
はっきり言えばいいだろ! 何度もお化けみたいに現れたり消えたりして…」
フロルは心に思うよりも早く口に出した。ティムはちょっと驚いた。タダとは全く違
うタイプの女性だったからだ。
「お化け… か、そうかも知れないな。今の僕は何でもできると言ったら君はどうす
る? 今すぐねむっているタダに危害を加えることも可能だとしたら… 」
「なにっ?」
フロルの表情が変わった。
「タダに何をする気なんだっ? あいつのどこが気にいらないんだ。あいつに何かし
てみろ、オレがゆるさねぇぞ!」
フロルは真剣になってさけんだ。ティムの表情は冷たく、何をしてもおかしくないよ
うにに見えたからだ。
「ふん、どこがと言われても全てが気に入らないね。僕とたいして違いは無かったの
に大学に受かった。しかも何となく受けて通ったと聞いている。おまけに君を、婚約
者まで連れてここに帰って来ている… どれをとっても気に入らない事だらけだ!」
ティムは苦しそうに下を向いた。
「お前… 何が望みなんだ? タダを苦しめるのはやめろよ。せっかく帰って来てる
んだぜ。オレ、そんなのやだよ… お前のやってる事って単なる嫌がらせじゃん。自
分の力を誇示してさ」
ティムはフロルが本心からタダの事を心配しているのを感じた。
「君はきれいな髪をしている… タダが好きな太陽のような髪だ。その髪を切ってご
らん。そうしたらもう何もしない… 」
彼は夢を見るような顔をして、笑いながら静かに言った。
 フロルは玄関に向かって走って行った。そして洗面台の前に立ち、流れる金髪をわ
しづかみにし、ばっさりと切ってしまったのだ。

「ティム! ティム?」
フロルはティムを探した。家の周りを捜し回ったがその姿はどこにも見当たらない。
フロルは急に力が抜けてその場にしゃがみこんだ。

「フロル、いったいどうしたんだ?」
洗面台のあたりの物音で目がさめたタダは、走って外に飛び出したフロルをおって来
たのだ。見れば髪を短く切っている。フロルはタダの胸に飛び込んで泣き出した。彼
女の肌の暖かさと共に心も伝わって来る。彼女の気持ちが嬉しいのとティムに対する
憎しみが彼の心に交差した。タダは黙ってフロルの短くなった髪をなでていた。
「タダ、ティムの両親から連絡が入っている。至急お前に会いたいそうだ」
長老は小さな通信機をタダに手渡した。電話のようなものである。彼の両親からの話
はタダにとって信じがたい物であった。

 タダの村から少し離れた町にある病院にティムは入院していた。ひと月前に事故に
遭い、ずっと生命維持装置で生きながらえていたのである。俗に言う植物人間の状態
であった。事故に会って以来、彼の意識は戻る事なくずっとこの状態を続けているら
しい。しかし2〜3日前から彼の容体は急に悪化していったのだ。彼は言葉を発する
事なく死を迎えようとしていた。
「タダトス・レーン君。急に呼び立てて済まなく思っている」
彼の父親らしい人物が声をかけて来た。
「はじめまして… 」
タダは父親と握手した。息子の目前に迫った死を信じることのできない普通の父親の
感情が伝わって来た。
「君の事はティムからずっと前から聞かされていたよ。どうしても追い越せない男が
いるんだといって。君がいるから何でも頑張る事ができるんだ、とも言っていた。素
直に感情を表すのが苦手な子だから決して君には言っていないと思うが」
「僕の事をそんな風に?」
タダは彼の悪い面しか目に付かなかったのである。父親はそんなタダの心を察した。
ついさっきまで自分の家の庭にいて、フロルに髪を切らせたのは確かに彼だったのだ。
前の日も… その前の日も突然現れて消えていったのも間違いなくティムであった。
「これを君に持っていてほしい。息子が夢を持ち続けた“超能力”に関する論文が詰
まっているんだ。もしこれが君の通う大学で役に立つのならば息子も本望だろう。こ
いつは、宇宙大学に入りそれを研究したかったのだ… 」
父親は涙ぐんだ。タダは一枚のソフトを受け取った。表面には“念動力とテレポート
について”と、記載してある。タダは彼の夢も受け取った。
“タダ… ”
かすかにティムの声がする。最期の力でタダを呼んでいるのだ。彼はティムのベット
のそばに駆け寄り彼の手を握った。
“ごめん… タダ。僕はずっと君と友達になりたかった… 君が大学に受かった時も
素直な気持ちでおめでとうと言いたかった。最期に君に会いたくて心を宇宙に飛ばし
ていたらやっと君は帰って来てくれた。しかし… いざ会ってみるとなぜか幸せに生
活している君が羨ましくて仕方なくなってしまった… 。虫の良いセリフだが… 許
してほしい… 君の大事な彼女を傷つけてしまって… ”
タダは一瞬、フロルの髪の事を忘れた。
“ティム、これは確かに受け取った。きっと役に立ててみせるよ。君の夢をむだには
しない”
彼はティムの手に力を込めて言い聞かせるように伝えた。
“タダ、僕の両親に伝えてほしい… 僕のベットのそばで励まし続けてくれてありが
とうって… 。こんな体でも声だけはずっと聞こえていたんだ。ほんとうにありがと
う… って… ”

 宇宙大学に帰ったタダは超能力開発コースの教授にティムのソフトを見せた。彼ら
はその内容の深さに驚きさっそく授業に組み込むことを約束してくれた。彼の夢は確
実に研究され続けて行くだろう。自分もいつか念動力が使えるようになるかもしれな
い… 

   タダは短くなってしまったフロルの髪をなでた。ますます少年っぽくなってしまっ
たけれどそれでも彼女はかわいいのだ。
「フロル、もっと髪が伸びたら髪飾りを買ってあげるよ」
タダは約束した。ふと、彼は思った。髪が短くてもヘアバンドならできるぞ… そう
だ、こんどの休みに町に出てみよう。タダはおそろいのヘアバンドをしている姿を想
像してひとりで、にやついていた。
「お前、不気味だぞ!」
どうして笑っているのかわからないフロルはタダにひじ鉄をくらわせたのであった。
   

                                  終




BACK


TOP