星色物語・シリーズbT


ヌーの空編


1年生


 宇宙にはまだまだ科学の力では解明できない現象や事件が数多くある。それはこの
銀河における最高学府の宇宙大学国においても例外ではない。いつの時代にも不思議
は存在しているのであった。

 ヌーの専攻している宗教学科にはさまざまな星の僧が集まって来ていた。平均年齢
も他の学科に比べ高くなっている。彼の学ぶ教室の横の部屋は宿泊施設が整っており、
さらにその横の教室には天文学科の観測室があり、宿泊施設は共同使用になっていた。
占星術が学問のベースになっているヌーにとって星を見ることは新しい学問を究める
のにもってこいの場所であったが中には許可を得ずに酒盛りをしている不届き者の学
生もあった。本当の所、ヌーは天文学科を専攻しているチャコと共にこっそり酒盛り
をしたこともあったのだが…

 医学科のガンガはヌーの所によくやってくる。彼は仲間内では比較的落ち着いてい
て年齢以上に見られるきらいがあったが、ヌーの前では普通の悩める世代の青年であ
った。短命の種族である彼は、この宇宙大学に入ることによって生への執着がますま
す強くなって来ているのである。他の多くの星の種族はみな一応に自分たちに比べる
と長寿である。彼の体内のクロレラを持ってしてもまだ追っ付かぬかも知れないが、
それでもせめてより以上長く生きながらえる事ができるように研究していたいと思っ
ている。しかしそれでも時々どうしようもないくらい疲れる時があった。

 ヌーは今夜、教室で静かに瞑想の時間を持つつもりだった。彼は目を閉じ心をはる
か宇宙に漂わせていた。彼の心は漆黒の空間をぬけてはるかヴィヌドーにまで飛んで
いた。漆黒の空間にはあまたの星々のように実体の無い意識があてもなくさまよって
いた。それは何のものかはわからないが、ヌーの意識につかず離れずついてくるもの
もあった。彼の時間は今、止まっていた。
「ヌー、ここだったのか」
ガンガが教室に入って来た。ヌーは瞑想から現実の世界に戻り、ガンガを歓迎した。
ヌーにとってもガンガは良き友であった。
「あ… 邪魔をしてしまったかな… 」
ガンガが出て行こうとするのをヌーが止めた。
「私ならかまわない。ゆっくりしていったらどうだ」
ヌーは彼に夜空が見える所の椅子をすすめた。彼なりの好意なのだ。それにたいがい
ここにくるときの彼は疲れている場合が多い。ヌーはガンガにとって一種の訴え仏の
ような役割をしているのであった。
「どうしたのだ? 暗い顔をして… 」
ヌーは無色の耐熱ガラスのカップに淡いピンク色のお茶を入れた。それはヴィヌドー
のお茶で飲むと心身ともに落ち着いてくる。ガンガはほうっ… と、おおきく息を吸
い込んだ。
「 … 時々自分が嫌になるよ」
これはヌーの前でしか言えないセリフだ。ヌーは空になったカップにもう一度、お茶
をそそいだ。
「仲の良かった年上の友達が発病したんだ。きのう妹から連絡があった… 兄と同い
年の25だ。人一倍体が大きくて力も強かったのに風土病にかかってしまった… オ
レはなにもできないままここにいるのが辛いよ。かといって故郷に帰ったら色々やや
こしい事を言われるしな… 」
ガンガはクロレラ培養を受けているものの、自分が果たして長く生きられるかどうか
まだ分からない。それは自分の年齢が少なくとも30歳、いやせめて40歳を越えな
いと結果が出ないものなのだ。彼の人生は時間が限られているのであった。
「生きる事に臆病にならず精一杯生きる事ができたならその人の一生は決して短くな
いと思う。だからガンガ、その友人のために君ができることをしてあげればそれでよ
いのではないか。難しい事ではなくてあくまで自分のできる範囲でよいから」
ヌーは決して同情の目では見ていない。ガンガの星の人間にとって短命というのは当
前のことであり、他の星と交流を始めて気が付いたことなのだ。
「一度故郷に帰るのもいいことだと思う… 君は今まで何一つとして単位を落として
いない。困ることもないだろう」
ヌーはガンガが入学以来一度も故郷に帰っていないことを知っていた。医学科が忙し
かった為だけでは無さそうだ。
「ありがとう、そうするよ。実は迷っていたんだ… わらっちまうだろう。オレにこ
んな一面があるなんて」
ヌーはそれには答えず、ただ静かなほほ笑みを浮かべている。彼は常に宗教家かしく
冷静沈着であった。

「ヌーッ!!」
突然チャコが恐ろしい勢いで飛び込んで来た。
「あ、ガンガもおったんか。ちょうどええわ。一緒に来てみてえな! えらい事なん
や」
チャコはヌーとガンガを無理やり天文学科の観測室に引っ張り込んだ。
「これや、これや。こんな変な電波みたいやけど電波と違うもんが飛び込んできたん
や。まるで生きとるみたいに意識を持ったもんをキヤッチしてしもた」
ヌーはチャコが示すデーターをのぞき込んだ。不規則な模様が写し出されている。も
ちろんヌーは天文学が専門ではないのであるが、彼の場合なにか神秘的な事とか妙な
事があった場合よくかりだされている。彼もそういう自分の立場をよく理解していて
こころよく相談に乗ってくれるのであった。
「これは… ? 」
ヌーは瞑想した。彼の精神はしばし宇宙に漂う。それはほんの瞬時であったが彼自身
にとっては長い時間だったのかも知れない。夢と同じである。

「おい、何だよ。こんなとこにいたのか」
フロルが入って来た。タダもいる。そのあとにトトとアマゾン、さらに赤鼻が続いた
。ヌーのアパートに押しかけたがいなかったので、タダのカンを頼ってここにきたの
である。
「何をしているんだ?」
タダはフロルが何か言おうとしているのを止めた。何か感じるものがあったからだ。

「こちらに来なさい… 」
突然ヌーが静かな声で何もない宙に向かって話を始めた。
「さあ、怖がらなくてもいいから… 」
彼は静かに手を差し伸べた。
「チャコ、明かりを消してほしい」
ヌーが言った。
 チャコが明かりを消すと光の粒子がヌーの回りに集まり始めた。キラキラ輝いてま
るで小さな銀河がこの部屋にやって来たみたいだった。その光りはやがてヌーのすぐ
横でぼんやりとした輪郭を作り始めた。どうやら小さな女の子のようだ。
「チャコ、この子が先程のものの正体です。さっき私の心が空をかけている時にいっ
しょにいたのです。そしてそのままついて来てしまったらしい」
ヌーはみんなに説明した。
「これって宇宙の不思議だな。科学の時代でも解明できないってやつ… 」
女の子の体は透き通っていて明らかに肉体ではないのがわかる。
彼女は何か話しているのだがそれは言葉としてとらえる事はできず、まるで草原を吹
く風のようにしか聞こえなかった。
「何を言ってるのかわからねぇよ。タダ、お前わかるか?」
フロルはタダにたずねた。タダはフロルに向かってうなずいた。
「言葉は分からないけど理解できる。彼女は星が無くなってしまったのでさまよって
いるらしい」
タダはみんなに説明した。さすがのヌーでもテレパスのタダにはかなわない。
「それじゃ、この子は死んでいるのかい?」
赤鼻がこわごわたずねた。彼は大柄ではあるが臆病なのだ。
「そういうことになる。肉体が無いのだから」
赤鼻はガンガの後ろにさりげなく隠れた。それを見ていたフロルは思わず彼の腕をつ
ねってしまった。タダは女の子の前にひざまずき、もう一度話をした。彼女はタダに
向かい嬉しそうに何かを話している。もう随分長い間、話をする相手がなかったのだ
ろう、そんな風な感じである。
「この子… たった一人で宇宙にさまよってて寂しかったんじゃないのかな?」
トトがポツリと言った。
「トトの言うとおりなんだ。彼女は友達を捜しているらしい。そしてさっきヌーの心
に出会ってそのままついて来たそうだ」
「それじゃやっぱり幽霊なんだ… 」
赤鼻はすっかり怯えてしまっている。
「う… ん。まあそういえばそうなのかもしれない… でも」
タダはしばし考えた。
「意識だけが存在しているのだからまだ死んだとは言えないな]
ヌーの言うことももっともだ。確かに彼女はここに姿を見せているからだ。
「そんなことを言ってたら幽霊なんていう言葉は無くなってしまいそうだな」
アマゾンは女の子をしげしげとながめた。あどけない顔をした10歳くらいの姿であ
る。
「フロル、彼女が君の事を言ってるよ。まるで姉さんみたいなんだって」
タダがフロルの肩にポンと手を置いた。
「そっか… オレ、この子の姉さんに似てるのか。オレ、妹がいないからよくわから
ないけどきっとこんなんだろうな」
フロルは彼女の透明な体を抱いた。触れることはできないが、なんとなく暖かな意識
がフロルの心に流れてくる。女の子は嬉しそうに… 本当に嬉しそうに笑った。
「この子の家族はどこに散ってしまったんだろう?」
トトは彼女に同情していた。
「意識もろとも砕けてしまったか、この子と同じように自分が死んでいることも分か
らずさまよっているかだろう。その星の跡で… きっとそこにはこの子みたいなのが
いっぱいいるかもしれない」
タダはフロルが女の子を抱いている様子をながめながら、つい口元がゆるくなって行
くのをかくす事ができなくて咳払いでごまかした。もっとも教室は暗くて誰も気が付
いて無かったのだが… 
「チャコ、X軸第4ポイントの星を調べてくれないか?」
タダはチャコに言った。彼は暗いながらも慣れた手つきでコンピューターを操作し、
その付近の星を捜し出した。
「タダ、200個ぐらいの星があるけど… 」
チャコは即座に答えを出した。
「その場所で新星は無かった見てくれないか」
タダは女の子の記憶を頼りに故郷を探そうとしているらしい。
「あった。これや! テラ歴1975年の夏、テラから見える白鳥座の中に新星が見
つかったらしいわ!」
「そこだ。この子の星系は」
タダは断言した。
「おい、それじゃこの子いったいどれだけさまよってるんだ?」
アマゾンは驚きをかくせない。
「おそらくずっと… そしてこれからも… この子が自分はもう存在しないと気づく
まで無限にでしょう。それがこの子の運命なのだから… 」
おそらくヌーの言うとおりなのだろう。彼女の運命は変えられないのである。
「おいっ! 」
突然フロルが大声で言った。
「姿が消えてゆくぞ!!」
彼女のそばに存在していた透き通った少女は今、光の粒に変化しつつあった。
「長い間、もとの姿をとどめておくのが難しいのかもしれないな… 」
ガンガは光の粒となって消えてゆく少女を名残惜しそうに、見つめていた。ガンガの
後ろに隠れていた赤鼻は小さな声で“サヨナラ”を言った。トトとアマゾンは顔を見
合わせてこの“不思議”を確認しあっていた。
 女の子の姿をしていた光の粒はやがて最後の一つがひときわ輝いたかと思うとふっ
と消え、あたりはもとの明かりを消しただけの教室に戻ってしまった。

 この現象に一番ショックをうけたのはガンガであった。彼は今までヌーにぼやいて
いた事がなんだかばからしくなってしまったのだ。
「オレは時々、自分が短命の種族を疎ましく思っていた。しかし、彼女みたいに何ら
かの原因で星そのものが消えて無くなる場合があったんだ… 少なくとも今のオレは
彼女よりは長生きをしている」
8人は彼女の消えた場所を囲むようにして座った。
「なんだ、ガンガ。お前そんな事で悩んでたのか?」
フロルは思ったことを素直に言ってしまう。
「フロル、やめなさい」
タダは止めたが彼女は話すのをやめなかった。
「長生きだからいいことばっかとは限らないぞ。もし親より先に自分が死んじまった
らどんなに親不孝なことかと思うしさ。親の面倒を見る見ないでもめてる奴らだって
いるし… 」
「ようは自分の人生を悔いなく生きるという事でしょう」
ヌーは常に落ち着きを失わない。彼はこのメンバーの中で最も長く生きられるかもし
れないのだ。
「ようし、オレは結婚するぞ! 実はこの前、故郷から結婚話が舞い込んでいたんだ
。昨日の妹からの手紙かいてあったしな。オレの歳じゃ結婚してておかしくないんだ。
早い事、子供をつくらないと… たった一度の人生だから下手に悩んだりつっぱった
りしても仕方がないからな」
ガンガは初めてみんなに結婚のことを話した。これも彼が故郷に帰るのを渋っていた
理由の一つだったのだ。
「何だ、それじゃタダ達よりも早いんじゃないか!」
アマゾンは実にうらやましそうだ。
「ばかっ! まだ会ってもいないのに… 失敗する場合もあるんだぞ」
ガンガの言うことも最もである。
「でもガンガの事だからきっと相手に気にいられると思う。うまくいくよ」
タダは何となくそんな予感がした。
「タダが言うんだから、まず間違いないぜ! やったな、ガンガ」
アマゾンが冷やかした。
「大学に戻って来るときには嫁さんも一緒やったりしてな」
チャコもまた、うらやましそうにからかった。タダだけはさすがに婚約者のある身な
のでそういう事はしなかったが…

 ガンガの故郷に向かう船がステーションから飛び立っていった。タダはフロルの肩
を抱いて見送り続けている。他の仲間たちは気を利かせて先に帰ってしまったのだ。
タダはこの状況を多いに満足していた。いつの間にかすっかり女性らしくなったフロ
ル。自分の予想以上に美しく変化した彼女に男たちは振り返って行く。そのフロルの
肩を抱き腕を組みキスをする事もできる自分は、なんて幸せものだと自分自身に言い
聞かせるタダであった。
「オレ、なんだかすぐにでも結婚したくなってきた… 」
フロルはタダの腕の中で言った。ガンガの結婚話が刺激したのだろう。
「卒業するまでに結婚しちまおうか?」
タダが提案した。
「それっていいかもしれないな!」
フロルは賛成し、タダに抱きついた。
「一度、君の星に言ってみたい。君の父さんや母さんに会って、君との結婚の許可を
もらいたいんだ」
タダは真剣な目をして言った。彼はまだ口約束だけで正式に許可を得ていない状態を、
物足りなく思っているこの頃だった。
「君のご両親は反対しているんだろうな」
タダはそれが気掛かりだった。
「最初はね。でも宇宙大学生で、世間ではエリートで通るしおまけにオレと違って常
にトップクラスにいる奴だって言ったらまんざらでも無さそうだった。それにたくさ
ん子供がいたら一人ぐらいオレみたいなのがいたって不思議じゃないしさ」
「うん。じゃ、決めた。今度の休みに連れて行ってくれないか?」
タダはフロルを軽く抱いてキスをした。
「オレの追試が無いことを祈っててくれよな… 」
フロルはそれだけが心配だった。
「よし、それじゃ今から大学に戻って特訓だ!」
タダはフロルを急き立てた。仕方ないな、と言うように首を縦に振るフロルをタダは
もう一度軽く抱いた。彼にとって今のところ許されている最大の愛情表現だったから
だ。全ては彼女の帰郷にかかっている。彼は一抹の不安を覚えながらも来たるべき未
来に夢を馳せるのであった。

                                    終




BACK


TOP