星色物語・シリーズbW
覚醒編
宇宙大学か設立された銀河系はその直径約10万光年である。それが大きいのか小
さいのかはまだ謎であるが、渦を巻いた形をしているそれは毎年恐ろしいほどのスピ
ードで広がっているのであった。この銀河系の外には又べつの宇宙が存在しておりそ
の果ては無限という記号でしか表す事ができない。
天文学科を専攻しているチャコ・カカは今日から始まる航空科と合同の実技テスト
でフロルと同じグループになった。今日からの3日間で指定の惑星に行き、それを探
索をしてレポートを提出するというものである。グループの人数は10名、天文学
科・航空科ともに5名づつの割合であった。
教官が注意事項と指定惑星を読み上げ、発進の合図を送るとともにテストは開始さ
れた。このメンバーにはスクランブルボタンがあるだけで教官はいない。この船の通
るコースの付近に配置された教官の監視船の遠隔操作で彼らの安全を見守るようにな
っている。このテストはスクランブルボタンさえ押さなければ合格というもので、宇
宙に主として協調性を養うのが目的であった。
航空科の5人が配置につき操作を開始した。
「今時手動とはおそれいるね」
銀色の髪の青年が言った。フランク・フォン・ギーベンラート、航空科の学生だ。
「しかたねえだろ、これは実技テストなんだから。外気圏にでたら自動操縦にかえ
てもいいんだからもう少しの辛抱だぜ」
フロルはフランクに向かって言った。
「わかってる。そんな事!」
その強い口調にフロルはカチンときた。
「わかってんだったら黙っときゃいいだろ」
フロルも負けてはいない。チャコは雲行きが怪しくなって来た船内でため息をついて
いた。対流圏・成層圏… やがて大気の少なくなった電離層をぬけるとそこはもう宇
宙空間であった。
自動操縦に切り替え軌道に乗ったのを機会に二つの学科の学生達は自己紹介を始
めた。天文学科からはチャコ、クィーニ、ベガ、スピカ、ボンブの5人。航空科か
らはフロル、フランク、リョウ、アルタ、クトルスの5人であった。その内女性は
フロル、クィーニ、スピカの3人で他のグループに比べ女性の割合は多い。
「行き先は0・8光年離れた惑星AKAや。赤道直径4880、小さい惑星や」
チャコがパネルで説明した。
「それじゃ、ここから3〜4回のワープで行けそうだな」
アルタとクトルスの二人が航路を決めようとした。
「1度のワープで行こう」
フランクが言い出した。よほど自信がないと言えないセリフである。
「1度なんて危険じゃねぇのか」
フロルはフランクに逆らった。アルタとクトルスは黙っている。彼らはフランクと
同じクラスであり彼の腕前をよく知っていたからだ。決して冷静沈着とは言えない
が成績は良い。甘いマスクは女性を魅了した。しかし彼は女性には興味がないみた
いで妙に冷めているところがあった。
「だから女は嫌なんだ。オレに任せておけば目的地まで連れてってやるよ。そんな
にびくびくする事はないって事だ」
フランクは両手を大きく広げて大袈裟な口調でフロルだけでなくみんなに向かって
言った。
「これはびくびくしているのではないと思うよ。何事にも慎重に接した方が良いか
らな」
リョウ・スザキはフロルと同じ意見である。
「そういう事、時間はあるんだ。慎重にこした事はねぇよ」
フロルはだてにワープの実技テストに何度も落ちているのではなかった。彼女の苦
い体験は確実に生かされていたのである。ワープ航法はエアカーの操縦とは違い全
てスイッチを入れるタイミングが左右するという事だ。精神を集中させ慎重に行う
こと、である。
「ふん、勝手にすればいいだろ」
フランクは操縦席が離れて行った。当然のようにフロルとリョウはその後につき、
ワープの準備を始めた。アルタとクトルスは心配そうにその様子をみている。パイ
ロットコースの仲間割れであった。気の弱い二人は同じクラスのフランクの肩を持
とうとしたが、フロルやリョウの意見の方が正しい気がする。とりあえずこの場は
日和見を決め込んだ二人であった。天文学科の5人は全く口出しができない状態で
ただ沈黙を守っていた。
“フロル、やーこしい事ゆうてテスト、つぶさんといてな。航空科が仲間割れしと
ったらどこに連れてかれるかわからへんからな” と、チャコが心配そうに耳打ち
した。
“でもよ、チャコ。あいつ生意気だぜ。なんかオレが女というだけで突っ掛かって
くるんだからな” フロルはチャコに返事した。チャコはいつか彼女が“女なんて
嫌いだ”とか“女なんて連中はクズだ”とか言っていた事を思い出して一人で笑っ
ていた。しかし決して口に出さない賢いチャコであった。
惑星AKAに着いた10人はさっそくこの星の探索を始めた。外気が大学星とほぼ
一緒のAKAには数多くの原始的な生き物がいた。自然保護惑星に指定されてはい
るものの、実際の管理はずさんなもので観光に訪れる旅行者は少なかった。
その不吉な知らせが大学側に伝えられた時、実技テストは開始された後だった。
学長は直ちに教官たちを呼びそれを伝えた。彼らは戸惑いもせず直ちに実行に移し
た。
《惑星AKAに向かった学生達を直ちに呼び戻せ!!》
AKAが指定になっている30グループの内、28グループはワープにてこずり
まだ到着していなかった。しかしこんな時に限ってフロルの所属する 21はワー
プに成功し、一番最初にAKAに着いていたのである。
「何だか不気味な惑星だな… 音が無い… 」
ベガがまわりを見回して言った。ここには動物の気配はない。
「そりゃそうさ。だって今は昼だぜ。夜にならなけりゃ出て来ないさ」
クトルスが笑った。それに大学指定の惑星なのだ、危険はまずないだろう。そう思
って油断していた10人は、船を離れる時に通信機を持って出て来なかったのだ。
キケン… キケン… キケン… !
タダの頭に声が聞こえる。何かを予感する誰かの声が…
その時大学からの連絡がタダの操縦するbP3の船に届いた。彼はまだ指定惑星
であるAKAに到着していなかった。
《緊急事態発生、bP3は直ちに帰還せよ!》
「いったいどうしたって言うんだろう?」
タダの横に座っていた航空科の友人がタダに問いかけた。彼はタダの直感力の確か
さを知っていたのだ。
「わからない… しかし指定惑星に何かあったんだ」
それは確実である。何かと言われてもはっきりわからないが… タダにとって、直
感力をさらに深く働かすにはもっと時間が必要であった。いつか超能力開発コース
の教授に言われた事がある。“タダ、君は念動力の方が向いている”と。
「ともかく引き返そう」
bP3のグループの船は大学に向けて進路を取った。
「他にもAKAに向かっている奴らもいるんだよな。誰だか知らないけど」
もう一人の友人が何げなく言った言葉にタダはドキリとした。フロルかも知れない…
あと29のグループがAKAに向かったはずだった
。“きっと彼女の事だ、最初の段階でもたもたしてるかも知れない… いや、ひょ
っとしたら操作の上手な者がいて、すでに到着しているかも… だめだ… 精神の
集中ができない!”
「おいタダ、大丈夫か? 顔色が悪い。酔ったのか?」
友人が心配そうにのぞき込んだ。そういえば気分が悪い。体全体が自分のものでな
いように重い… タダは流れる汗をぬぐった。
フロルの到着した地点はシダ類が生い茂っていてはいるものの柔らかな地面があ
ちこちのぞいているような場所だった。地面にはたくさんの穴があいていてまるで
モグラのアパートのようだ。
「キャーッ!!」
突然クィーニが悲鳴をあげた。木の上から水滴が落ちてきたのだ。彼女はあわてて
近くにいたチャコに抱きついた。黒い顔を赤くするチャコ。フランクはそんな様子
を醒めた目で見ている。
「いやだ… こんな所にヘンなものがいる… 」
スピカもビクビクしながら進んでいる。小さな軟体動物がうごめいていたからだ。
「これだから女って嫌なんだ」
フランクが吐き捨てるように言った。
「だって気持ち悪いのよ!」
クィーニはフランクに向かって反発した。
「知らない惑星だ。何が出てくるかわからないと知っているはずだ。くだらん事で
騒ぐんじゃない」
フランクの口調は冷たくて、彼女ついは涙ぐんでしまった。チャコは役得とばかり
に彼女を慰めるのであった。
「静かすぎる… ここは本当に指定惑星なんだろうか… 」
リョウはさっきから鳥のさえずりすら聞こえていない状況を不思議に思っていた。
「悲鳴をあげるから静かになったんだろうよ」
フランクはクィーニの方をチラリと見ながら言った。
「あんた、ちょっとしつこいんと違うか。クィーニがかわいそうやんか」
チャコは彼女の為にフランクを責めた。
「でも本当の事だ」
フランクはそんなチャコを軽くあしらった。
「いや、違うぜ。鳥の声は最初からしてはいなかった。お前っていいかげんなヤツ
だなぁ。お前こそ冷静になれよな」
フロルはフランクを批判した。
「何だとっ!!」
むきになっているフランクにまだ何か言おうとしているフロルをチャコは止めた。
大学に戻ったタダはグレン・グロフ教官に惑星AKAについて尋ねた。ほとんど
の船が帰ってきている中でフロルの船がまだなのを知ったからだ。
「何があったのですか?」
タダはグレン教官に再び聞いた。
「緊急事態だ。AKAに食肉植物がはびこっていると情報が入った。夜になると活
動する。現地時間で今は昼過ぎだ。救出に向かっているのだが… フロルの船と連
絡がとれない。通信機を持たずに船から離れているらしい」
「そんな… 」
タダはあからさまに不満を表した。
「AKAは近い。フロル達はすぐに見つかる。お前は心配しなくてもいい。それに
今、お前は… 」
グレン教官は何かを言いかけてやめた。タダは教官の言葉とは裏腹に事態は深刻で
ある事を感じた。
一瞬、沈黙の時間が流れた。
「グレン教官! お願いです。僕をAKAに行かせて下さい!!」
タダは急に襲って来た激しい悪寒にたまらなくなって叫んだ。こんなに激しいタダ
を見たのは初めてのグレン教官はタダを抱えるようにして制した。タダ自身もこん
な気持ちは初めてで訳もわからず戸惑った。彼は明らかに激しく震えている。
「行かせて下さい… 教官! フロルが危ないんだ!」
それは確かな直感だった。グレン教官も感じているのと同じ不安をタダは感じてい
た。
「君の気持ちは分かるが君をAKAに行かす事はできない。君はここでフロルの帰
りを待っているんだ」
グレン教官はタダを落ち着けようとしたが無駄だった。
「どうしたんです?」
超能力開発コースのスミス教官が近寄って来た。教室の外にまでタダの声は聞こえ
ていた。タダは彼の自慢の教え子であった。
「スミス教官! 僕は自分がどうにかなってしまいそうなんです… 僕はAKAに
行くっ!!」
事態の分からぬスミス教官にグレン教官は事情をかいつまんで説明した。タダの興
奮はまだおさまっていない。スミス教官はそんなタダの手を強く握った。
「タダ、AKAに行ってはいけない!」
スミス教官は強く命令した。低い声で、それは冷たく突き放すようなすごみがあっ
た。タダは一瞬頭の中が真っ白になった。
“ ……… !!! ”
それは叫びではなかった!
突然グレン教官とスミス教官はタダの衝撃波を受けた。決して強いものではなかっ
たが、確かにそれは超能力と言えるものだった。
タダは自分自身に驚いた。そしてグレン教官も…
「おわかりですか、グレン教官。今のタダは普通じゃない。とても精神的に不安定
です。それは今、目覚めつつある力の制御がわからない状態なのです。さっきのは
私の力も入っていたがもうすぐタダは自分に目覚めるでしょう。これはひとつのチ
ャンスかも知れない。私はずっと前からそんな予感がしていたのだ。君もおそらく
わかっていたはずだ」
「僕は… 」
タダはスミス教官を見た。
「私も今からAKAに向かう所だ。どうしてもbQ1の居場所がわからないらしい。
タダ、君の同行を許可しよう」
タダは彼らの許可を得る事ができたのである。
「船から随分離れてしまったな… 」
アルタが不安そうに誰にでもなく言った。まわりは相変わらずの景色だった。
「あれを見てみろ!」
突然ボンブが指さした。そこには人の骨らしきものが見える。半ば地面に埋まっ
ていて、まるで埋葬しかけて途中で中断したみたいな形である。スピカは悲鳴を上
げた。ベガもクトルスも顔面蒼白になっている。フランクはただ事ではない事態に
なって来たと思い、彼女たちのうろたえようを当然の事と受け止めた。
「なにかがオレ達をねらっているのかもしれないぞ」
フロルは護身の為に持って来た銃を装備した。フランクやリョウもそれにならった。
フランクは白骨のそばに近付いてゆき、すぐ近くに落ちていた腕時計を拾った。
「午後○時○分で止まっている」
フランクの横にきたフロルがその文字を読んだ。
「夜行性の何かがいるんだろうか?」
リョウは言った。
「何かおるんや。ここはやっぱり引き返したほうがええ」
チャコはみんなに向かって言った。今はもう日も暮れかかっている。暗くなれば何
かがやって来るのかも知れない。
「 …… 」
クィーニは声も出さずにただ震えてチャコにしがみついた。チャコは一瞬、ずっと
以前の宇宙船白号での入試の時、電導ヅタの群生を見てタダにしがみついたフロル
を思い出した。
“あらら… これはひょっとしたら… ” と、嬉しくなってしまうチャコだった。
「船までどのくらいだ?」
フランクが聞いた。
「距離505、約1時間ほどかかる」
リョウが答えた。
「気温が随分下がって来た。夜が近いんだ」
フロルは空にうっすらと浮かんでいる銀河を眺めていた。何だかタダが無償に恋し
くてたまらない。タダの顔が浮かんで来る… こっちを向いて笑っている。でもど
うしてこんなに恋しいんだろう? もう会えないみたい… フロルは不吉な予感を
吹き消すように頭を振った。
「おい、急ごうぜ。何が起こるかわかんねぇからな」
フロルはみんなをせきたてた。
「OK、フロルの言うとおりだな」
フランクはあえて逆らわなかった。意外そうなな顔をしているフロルを見てフラン
クはふっと笑った。“思った通りの反応をする” そう思ったからだ。
「距離238、あと少しだ」
リョウが携帯用のライトで足元を照らしながらみんなに言った。それほどあたりに
闇が迫っているのだ。
「地面が動いているっ!!」
アルタが叫んだ! やわらかな地面にあいていた穴から黒いツタみたいな植物がゆ
っくりとはい出して来たのだ。それは音も出さぬ程ゆっくりとした動きなのだが確
実に人間に向かってその腕を延ばして来ていた。
「なんでわいらの方にむかって来るんや?」
チャコはネを上げそうになりながらもクィーニの腕を離さず彼女を支えていた。リ
ョウも近くにいたスピカをサポートしていた。彼女一人ではもう進めない状態だっ
たからだ。フロルは持っていた銃でからまってくるツタを撃っていた。
「こいつらオレ達の体温に反応してんじゃねぇのか? 撃ってもきりがねぇよ」
フロルは伸びてきたツタに足をとられそうになりながらも一人で進んで行った。
「あとどれくらいで船に着くんだ?」
フランクはリョウに聞いた。まだ船の影が見えない。
「方向は間違っていない。このまま進めばあと15分くらいで着く!」
リョウはみんなを励ますようにおおきな声で伝えた。彼の腕の中のスピカはリョウ
のライトにからみついてくるツタを払っている。ライトの熱にも反応するのかツタ
は執拗に寄ってくるのであった。強い風が吹き始めあたりは急にさわがしくなった。
「bQ1の船を発見しましたが中は誰もいません」
スミス教官は先に着いていた救助員の知らせを受けていた。防護スーツに身を包ん
だ彼らは手に除草剤の詰まった銃を持っている。これほどの事態になるとは思って
いなかった彼らは教官の到着を知ってほっとした所があった。暗くなったとたんに
はい出して来たツタのような食肉植物が地面をはっている。事態は深刻だ。防護ス
ーツには食肉植物を遠ざける素材でできていたがbQ1のグループの学生はもちろ
んそんな物を着てはいないのだ。
「君もこれを持っていなさい。ただし人体にも影響があるのでけっして人にはむけ
ないようにな」
タダは黙ってうなずいた。
「こっちの方だ」
スミス教官は指さした。救助員達がその後に続く。タダもスミス教官の示す方向に
フロルの気配を感じていた。焦る気持ちを押さえつつタダは歩いて行った。ツタが
からんできて走る事ができなくなっているのだ。こんな中にフロルがいるのだ。自
分は防護スーツを着ているが彼女は着ていない!
タダは完全に冷静さを欠いていた。
「タダ、お前は自分に関する事になると冷静に対処できない」
タダの焦る気持ちはそのまま隠されもせずに教官に伝わって来た。
「落ち着いて考えてくれ。君の方が私なんかよりも、もっともっと強い力があるの
だから。君の友達は今どこにいるか君にはわかるはずだ」
教官はいつも、タダの素質を引き出すことのできない自分がもどかしかったのだ。
彼には才能がある、なのに彼のやや内向的な性格のせいで表には出て来なかったの
だ。いや、そんな性格だからこそ秘められた力が大きく育って行ったのかも知れな
いが…
タダは目を閉じて立ち止まった。フロルを探している。救助員達は大声で呼んだ
が風の音にかき消されてしまった。ツタは相変わらず不気味にのびている。
その時タダは、確かな気配を感じた。フロルやそのグループの学生の気配だった。
「こっちの方角だ! 間違いない!」
今まで進んでいたのとはやや違う方をタダは指さした。救助員の団体はタダの言葉
を信じ、進んで行った。
「もう進めない… 」
ベガとボンブが弱音を吐いた。
「進むんだ! こんな植物に殺されたいのか!」
フランクがどなった。足を一歩踏み出すのも困難になってきていたのだ。フロルは
ベガ達の足元のツタを撃った。しかしきりがない。彼女自身も人の事をかまってい
られないくらいだったのだ。
「距離72、もうすぐ船に着く。頑張るんだ」
リョウがスピカを抱えるようにして先頭に立ち、みんなを導いて行く。チャコもク
ィーニをかばいながら進む。どうやら彼らはいざという時には冷静に対処できるグ
ループのようだ。
「わっ!!」
突然フランクの前を行くクトルスがツタに足をとられて倒れた。それを助けようと
したフランクも一緒になって倒れてしまったのだ。
「おい、しっかりしろ!」
フロルは彼らの足元に向かって銃を撃った。クトルスの足元のツタがはじけ散った。
フランクは彼の腕を振りほどき、叫んだ。
「船に向かって走れ! 一人でも生き延びるんだ!」
フロルはその言葉に腹が立った。
「バカッ!! 何が一人でもだ! オレは死ぬ気はねぇからな! お前もあきらめ
るんじゃねぇよ」
フロルはフランクの方に近寄り、腕や足にからみついているツタを取ってやった。
しかしそんなフロルの手にもツタはゆっくりと伸びて来る。
“タダ!”
フロルは心の中でタダに助けを求めていた。
タダはフロルの声を聞いた。タダはその声のする方に向かって駆け出した。しば
らく進むと目の前にツタの群生が現れた。救助員達はいっせいにライトを照らした。
群生の中に人の気配がする。
「誰かいるのか?」
救助員は大声で言った。その声は先頭を行くリョウの耳に大きく聞こえた。
「助けてっ!!」
リョウの腕の中でスピカが大声で叫んだ。その声を頼りに救助員はリョウとスピカ
を発見し、彼らを救い出したのである。
「まだあの中に8人います。早く彼らを… 」
リョウは救助員に向かって急き立てた。その言葉を聞くより早く救助員やタダは茂
みの中に入って行った。
「チャコ!」
タダはクィーニを抱えたチャコを見つけた。
「タダ! なんでここにおるんや? いや、そんな事よりフロルがあの中や。はよ
助けたって!」
うん、とうなずきタダは再び群生をかき分けて入って行った。スミス教官もタダの
後に続いた。
フロルはフランクに覆いかぶさるようにしてツタに捕らわれてしまった。
「全く逆のパターンだな」
こんな事態なのにフランクはなぜか笑いが込み上げて来た。
「何がだよ?」
フロルがいらついて問いただした。
「いや、普通は男が女を助けるもんなんだ。全くお前は変わっているよ。オレの女
性観を変えてしまった。女にしとくのが惜しいよ」
フランクはフロルの顔を見つめていた。初めて見た時からきれいな女だと思ってい
たが、間近でみるとよけいにそうだ。
「オレは女で満足だよ」
フランクの視線を外してフロルは答えた。彼女はもうほとんど動けない。
「お前、オレの彼女にならないか?」
フランクは唐突に告白した。フロルは驚きのあまり声が出ない。思わずフランクの
目を見たが、それは決してふざけて言っているのではないと語っていた。
「フロルッ!!」
タダがすぐ前の茂みから顔を出した。
「タダ… ? お前… どうしてここにいるんだよ?」
フロルはタダの顔を見たとたんに張り詰めていたものが切れた。
「じっとして、フロル。今すぐツタを片付けてあげるから」
タダは二人に近付いて行ったもののツタは執拗にからまってビクともしなかった。
近すぎるので除草剤の銃は使えない。スミス教官はナイフを取り出した。
「タダ!」
フロルはタダの名を呼んだ。
「誰だ? あいつは」
フランクはフロルに聞いた。
「タダトス・レーン。オレの婚約者」
フロルは短く答えた。その答えが返って来るやいなや、フランクは不自由な腕で
フロルを引き寄せいきなりキスをした。
驚くフロル。
もっと驚いたのはタダだった。タダは体中の血が逆流するのを感じ、本能のまま
に両手を前に突き出してツタに向かい衝撃波を放った!
フロルとフランクに絡み付いていたツタが一瞬にして分解した。
「タダ、お前… 」
フロルはタダに駆け寄りその胸に飛び込んだ。何がなんだかわからないがタダが
助けてくれたのだ。フロルは背中にまわされたタダの手に込められた思いを敏感
に感じ取り、思わず涙がこぼれてきた。フランクはただぼうぜんと二人の様子を
眺めている。彼は初めて衝撃波の存在を知ったのだ。
「タダ、早く船に帰ってくれないか… 悪いけど… 」
二人の世界に入り込んでいたタダに向かってスミス教官が命じた。こんな事をし
ている場合じゃなかったのだ。
「すみません、教官」
タダは素直に謝った。しかし彼はフロルから離れようとはしなかったのである。
フランクは一足先に救助船に向かっていた。さっきから無償に腹がたってたまら
ないのだ。やっと見つけた宝物を、近所のガキ大将に横取りされた時の事を思い
出す。
「フランク、無事だったんだね。良かった… で、フロルは?」
クトルスが尋ねた。
「後から来るんじゃないのか」
フランクは後ろを指さしぶっきらぼうに答えた。どうせあのタダとか言う男と一
緒なんだろうと思うと余計にむかついてくる。彼はタダに嫉妬していたのであっ
た。たった一日一緒にいただけでこれ程強烈に引き付けられた女はフロルが初め
てだったのだ。
「全くこの学年は予定外の事がよく発生する」
スミス教官はグレン教官に向かって言った。AKAから帰って来た学生達は、念
入りなチェックを義務づけられて少々くさっていたが今ではもう落ち着いていた。
「白号においてのデル赤ハン病の発生、そして今回の食肉植物の繁殖… こんな
例は今までになかった。まるで事件が引き寄せられているようだ」
グレン教官もスミス教官に同意した。
「タダトス・レーンですか? 彼の今日の覚醒の為にこれらが起こったとでも?」
スミス教官はグレン教官の横顔を眺めながら尋ねた。
「まさかそんな事が… 」
グレン教官は自分のばからしい直感を打ち消すように笑った。スミス教官もグレ
ン教官と全く同じ考えなのであるがあえて口には出さなかった。
“ …そんな時もある… ”
フロルはチャコと共に天文学科の観測室にいた。王様とグレン教官を除く9人
がここに集まっていた。天文観測の名目で今夜ここを借りたのであるが、完全に
このメンバーでは同窓会以外の何物でもなかったのであった。今日の主役はもち
ろんフロルとチャコなのだがフロルの方は口をつぐんでいた。それほど二人の実
技テストはあまりにも命がけ過ぎて、思い出しただけでもぞっとする出来事だっ
たのだ。それに思いがけないフランクからの告白とタダの目の前で彼にキスされ
た事がフロルの心に重くのしかかっていた。フロルにしては珍しく悩んでいたの
である。タダはそんな彼女が痛々しかった。
「フロル、あまり気にするんじゃないよ」
タダは小さな声で慰めた。
“お前が怒っていると思ってた… ” フロルは心で呼びかけて来た。
“どうして? 君は何もしていないのに” タダは答えた。
“だってオレ… ” フロルは急に顔を伏せた。
それに気づいたチャコが話を中断した。
「フロル… 」
チャコは自分が今日の出来事を調子に乗って話したせいでフロルが気を悪くした
のかと思いオロオロしている。
「チャコ、違うんだ。フロルは疲れてる。部屋まで送って来るよ」
タダはフロルの手を取って立ち上がった。
「ごめん、チャコ。また明日会おうぜ」
二人は観測室を後にした。
フロルの部屋の前でタダは立ち止まった。
「おやすみ、フロル」
タダはフロルにキスをしようと手を伸ばしたが、彼女はその手をそっとつかんだ。
「オレ、なんだか怖いや。お前ついててくれる?」
タダは思ってもみなかったフロルの言葉に胸が高鳴った。二人はそのままフロル
の部屋に入って行ったのだ。
しばらく話をしているうちにタダは急に睡魔に襲われた。そしてフロルが驚く
くらいあっさりと、タダはフロルのベットで眠ってしまったのだ。
「タダ! お前ずるいぞ。オレを一人にするのかよ!」
フロルは乱暴につついたがタダの起き出す気配はなかったのだ。初めての衝撃波
を一日に二度も放ったのだから、その疲労は想像できないくらい大きかったのか
も知れない。フロルは仕方なくタダの横に寝転んだ。ベットは一つしかないのだ。
“こんなはずじゃないのにな… ”
そんな思いでフロルはタダのほほをつねってみた。
“今夜はずっと話をしていたかったのに… ”
そんなフロルの願いも空しくタダは横で規則正しい寝息を立てている。彼女はさ
っきまで、タダに対する申し訳ない思いでくよくよしていた事が急にばからしく
なってきた。
「タダ、おやすみ!」
フロルはつねって赤くなった彼のほほにキスをした。今夜はきっと襲って来るツ
タの夢を見そうだな…
そんな思いで電気も消さず、シーツを頭からかぶって丸くなっているフロルで
あった。
終