星色物語・シリーズbX
ガンガ編(続×9・11人いる!)
ガンガの専行している医学科の一般医療コースには、医学科だけでなく他の科の学
生達がたくさん受講していた。一般医療コースの学生には、あらゆる分野の初級から
中級程度の知識と実技の習得が義務づけられていたのである。大学星にある大学病院
では星系を問わず、一般病院から送り込まれた難病や奇病の病人達が運び込まれ、最
高機関の治療を受けていたのであった。もちろん学生にはそんな重病人を治療する機
会はなかったが、それでもこのコースに席をおいていると簡単な治療くらいはできる
ようになるのだ。タダ、フロル、アマゾンの三人はこの一般医療コースで学んでいた。
タダはもともと医者である長老の元で助手を努めていただけあって一般医療コース
の内容はものたりないくらいだった。しかしフロルやアマゾンみたいに一般の学生に
とって、このコースは並大抵ではなかったのである。
「よー、アマゾン。先週の解剖さー、今週もやるんだってガンガが言ってたぜ」
フロルがテキストを見ながらガンガに聞いたばかりの情報を伝えた。
「えーっ! 又かよ。オレは苦手だね。あんなの… 内蔵を切り開いたり縫合したり…
第一あの血の匂い… 」
アマゾンはいかにも嫌そうな顔をして言った。
「でもそれをやらなくちゃ単位は取れないぜ。あきらめるんだな」
フロルが冷たく言った。
「外科手術は大切な分野だから特に重要だと思うよ」
二人のやり取りを聞いていたタダがアマゾンに話しかけた。
「お前は冷静だからな。やっぱり医者の助手をしてたら違うもんなんだな」
アマゾンは感心している。たとえ助手をやっていなくてもきっとタダの事だ、うまく
するに違いないとも思ったが… 。
「そんな事ないと思うけど… 」
タダはやや照れた。
「アマゾン、血なんて慣れちまえばどうって事ねぇよ。オレなんか女になったおかげ
で平気になったもんな。で… 」
思わず息を呑むタダとアマゾン。
「フロル… やめなさい… 」
タダは赤くなってフロルの肩にポンと両手を置いて制した。これ以上言ってはならな
い! しかしフロルは何も感じていなかったのだ。
203教室で解剖は行われていた。学生達は慣れない手つきで検体を切ってゆく。
何度も顔をそむける者、吐き気をもよおして教室を飛び出す者、冷静に進めてゆく者
とさまざまであったが、それでも一応半分くらいの作業は終わった。医学科の学生達
はさすがに慣れたもので、休憩時間に軽い食事をする者もいた。ガンガもそのひとり
で、ハンバーガーを食べていた。
「タダ、食うかい?」
ガンガはたずねた。
「ありがとう、いただくよ」
タダはハンバーガーを受け取った。
「タダ… お前よく食う気になるな… オレなんだかそのはさんでるヤツが肝臓に見
えるよ」
フロルはタダのハンバーガーを指さして言った。
「フロル… 君ね… 」
タダは再びフロルの肩に手を置いた。
「何だよ、今度はキスでもすんのか?」
フロルはタダの目を見て言った。
「ち・が・うっ!」
タダは激しく否定した。こんな事がよくあるのだ。しかしそばで見ていると二人が楽
しんでいるようにしか見えず、恋人のいない二人にとって少々目の毒であったが…
「今日はここまで。来週からはいよいよ手術の実体験に向けての講義を行う」
教授はそう言い残して教室を後にした。
日当たりの良い中庭でガンガ達はさっきの解剖についてトトやヌーに話していた。
アマゾンはまだ青い顔をして木陰でへたっている。
「よー、どうした? アマゾン、お前の星、狩猟がさかんなんだろ。切ったり貼った
りには慣れてるんじゃなかったのか?」
四世はからかった。
「ばか言え! 銃やナイフの傷とはわけが違うんだよ!」
アマゾンはなさけない自分を十分承知しているのだがやはりからかわれるのは嫌だっ
たのだ。
「ガンガ、お前えらいな。ずっとこんな勉強してるんだろ。いやんなる事なんてない
のか?」
フロルは正直言ってアマゾンと同じく実技は苦手だったのだ。
「オレはここを卒業したらすぐに星に帰って医療機関の研究室に入らなくてはならな
いんだ。だから好き嫌い言ってられないし、卒業までにまだまだ知りたい事もあるし
な。結局医学が好きだからこそできるんだと思うよ」
ガンガの星は短命の種族が住んでいる。彼は30才前後で風土病にかかって死んで行
く故郷の人々を救う為にここに来ているのだ。今は亡き両親はガンガに未来を託し、
彼の体にクロレラ培養を施したのだった。
「オレは未来のために頑張ってゆきたいと思っている。いつの日が… しわに刻まれ
た自分の歴史を見つめてみたい… 、というのがのがオレの夢だ… 」
ガンガは遠くを見つめてポツリと言った。
彼の真実の言葉に皆は一瞬沈黙した。
「オレは女になっても医者の真似事くらいはできるようになったらいいな、って思っ
たからこのコースを選んだんだ。だからもっとガンばらなくちゃ… だよな」
「そうだな、オレも傷の手当くらいはできたらいいなって思ってたんだけど、やっぱ
り勉強するからにはいいかげんな気持ちではいられないよな」
アマゾンは少し反省している。
「ともかく手術の実技はすぐそこに迫っている。アマゾン、はやく慣れる事だな」
ガンガは何だか楽しそうだ。彼には暗い宿命というという言葉は当てはまらない。本
人が言うように好きだからこそ… なのだろう。
「アマゾン、オレ達ずっと友達だよな」
唐突にフロルが言った。
「何だよ、薮から棒に… 」
「いや、お前がいればオレが最低点にならないような気がしたからさ」
フロルはケロリとして顔で言った。
「お前なーっ! タダ、何とかしてくれっ!」
何とかしてくれ、と言われたタダもフロルにはかなわない。彼女を目の前にして本気
で怒る事なんて決してできないタダなのだ。
「まあまあ、君が何も最低点とは限らないじゃないか。ホラ、途中で出て行った奴も
たくさんいた事だし… 」
結果的にフロルの肩をもつタダに何を言っても無駄だと悟るアマゾンであった。
ガンガはタダ達に大学病院を案内していた。一般医療コースを取ったからにはいず
れはこの病院で実技を行わなければならないのである。それならば最初からその雰囲
気に慣れていた方がいいとガンガが言ったからだ。授業では味わえない現実の姿がこ
こある事を彼は知っていた。白衣に着替え実習生用のバッチを付けたガンガ達は、病
人にとってはまぎれもない医師であった。
「時々医師と間違えられて困る事があるんだ。しかし間違えられるたびに早く一人前
にならなくてはと痛感するよ」
ガンガの言う事はもっともだろう。彼は着実にその道を進んでいるのだ。
「しかしどうしてもここの病棟だけは避けて通りたい」
今いる所は重病患者ばかりを集めた病棟である。あらゆる星からやって来た重病患者
は少数を除き、ここで最期を迎えるのであった。当然その家族も付き添いでやってく
る。ここには宿泊施設が整っていた。
突然のナースコールにナースステーションは騒がしくなる。廊下を行き交うナース
は皆、険しい面持ちで医療器具を運んだりする。一つの病室の中から悲痛な呼び声が
聞こえてくる。今、命の火が消えかかっているのはどうやら幼い子供らしい。医師達
が中に入って行く。出入りがしやすいように開け放たれた入り口から、母親らしき女
性が医師にすがりついている姿が見える。
「この子はまだ3才なんです。どうか… 」
たどたどしい星間用語が彼女の口から悲痛な響きで飛び出している。父親は子供の手
や足をさすりながら、祈りにも似た言葉を発し続けている。しかし、その祈りも医師
の首が横に振られるとともに号泣に変わった。
「オレ… だめだ。こんなの… 」
フロルはタダの背中に顔をうずめた。アマゾンも声が出ない。タダは冷静にその様子
を眺めていた。
「こんな場面を見るたびに自分に言い聞かすんだ。こういう人達を救いたい、とね。
誰だって人が死ぬ所を見たくないものだし、まして小さな子供が親より先に死ぬなん
て事はあってはいけないんだ。オレはそのためにも頑張らなくてはと思う。医学科に
いる同級生は皆、あえてここを通って自分に言い聞かせているんだ」医療に携わる者
の冷静な目と暖かで穏やかな心をガンガは今、身に付けつつあったのである。今日の
ガンガは饒舌だ。
「オレの星では自殺をする奴は極めて少ない。みんなそれだけ生きる事に執着してい
る。自殺なんて長寿社会が生み出したわがままだとも言われている。オレはずっと生
きて研究をし、医師として活動もしていきたいと思っている。でもそれでもいつ自分
が死ぬかもしれないという不安は心の片隅に残っているんだ。だからもし… もしオ
レがだめかと思った時にはお前たちを呼ぶからきっとオレの星に来てくれないか?」
ガンガの目は真剣である。タダはその目の中にいつかのティムの目をだぶらせていた。
「そんな事言うなよ! お前はきっと成功する。そしてオレ達に言うんだ。“オレは
もう40を過ぎたぞ”って!」
フロルもまた真剣に答えている。タダが言えば気休めにしかならないセリフをフロル
は本気で言ってのける… その気持ちがガンガは嬉しかった。
「ありがとう。いつかきっとそのセリフを言える日が来るように努力してみるよ」
ガンガはほほ笑んでうなづいた。
「オレ、嘘つきは嫌いだからな。待ってるぜ」
フロルはガンガのふくよかな腹部にパンチを打った。
さっきの病室から医師達が出て来る。亡くなった子供の父親らしい男が深々とお辞
儀をしている。そして彼はガンガ達の前に歩み寄り、さっきの医師達にしたのと同じ
ようにお辞儀をした。彼にとって白衣を着ている者は全て医師に見えるのであった。
その行為はタダの胸に迫るものがあった。
「フロル? 寝てるのかい?」
タダはドアが開いているのに返事が返ってこないフロルの部屋に入って行った。案の
定、机に座ったまま彼女は眠っていた。まわりには図書室で借りてきた医学書のソフ
トが散乱している。昨日の体験が彼女を刺激したのだろう。タダは自分の着ていた上
着をフロルに掛けてやり部屋を出て行こうとした。
「タダ、来てたんか?」
フロルが声をかけた。人の気配で目が覚めたのだ。
「不用心だぞ、カギもかけないで… 」
タダは自分が侵入者である事を棚に上げてフロルに注意した。
「ゆうべ遅くまでこれを見てたんだけど… 気がついたらお前がいたんだ」
フロルはソフトを指さした。思い立ったら即、実行型のフロルは眠たそうな目をして
いる。
「どうせ食事の用意をしていないんだろ。僕の部屋に食べにくるかい?」
タダは朝食をさそった。
「わっ、行く行く! オレの冷蔵庫、からっぽなんだ。すぐに行くから待っててくれ
よな」
フロルは即答した。
「じゃ、作っているから早くおいで」
そういってタダは出ていった。フロルは熱いシャワーを浴びながら昨日の病院での出
来事を思い出していた。これから年を重ねるごとに悲しい体験も積んでいかなくては
ならないのかも知れないとふと、思う。ガンガの事もその一つになるかもしれない。
今まで自分はずっと幸せな環境に置かれていたような気がする。それに自分自身思慮
が足りない所があって、悲しみを知らずに通り過ぎてきた事もあったのかも知れない。
今日のフロルは妙に神妙な所があった。
髪にタオルを巻き付けたフロルが入って来た。たまにこういう日がある。タダはも
ともと生活面ではマメな性格なので、朝食を求めてアマゾンやチャコが突然飛び込ん
でくる事もある。しかし今朝は幸い邪魔者はいない。タダはこの場面を非常に楽しん
でいたのであった。できればもっと違う状態でこういう場面を迎える事ができたらも
っと嬉しいのであるが、事はそううまく運ばないのだ。フロルのシャワーを浴びた後
の上気した肌がまぶしくてつい見とれてしまうタダは全く正常な青年であった。
「何だよ。ボーッとしてさ」
フロルはそんなタダの気持ちなんて全くわからないのだろう。不思議そうな顔でタダ
を見ている。
「いや… その、もう一杯どうかなって思って… 」
タダはしどろもどろに答えた。“フロルの鈍感!”と思うタダなのだ。
「よーっ! タダ」
邪魔者のアマゾンが飛び込んで来た。
「あれ、フロルも来てたのか。邪魔したみたいだな」
「いいよ、別に。君も飲んで行くかい?」
タダは立ち上がった。
「いや、違うんだ。さっきガンガから連絡があって医学科の実習に来ないかと誘われ
たんだ。お前どうする?」
アマゾンはどうやら行く気らしい。タダはフロルと顔を見合わせた。フロルも行く気
になっているみたいだ。
「じゃ、行くよ」
タダは答えた。今日の午前中は授業が入ってないからだ。
アマゾンはフロルの髪に巻かれたタオルが気になっていた。自分はものすごく邪魔
な存在だったのではないかと… タオルが巻いてあるという事はシャワーを浴びた後
だよな… と、いう事は…
「タダッ! すまないっ!!」
アマゾンは深く深く頭を下げた。それを察したタダは思いっきり否定したがアマゾン
は全く信じようとはしなかったのだ。
今回は一般医療の学生からも希望者をつのって学習の一貫として手術は行われる事
になった。これはあくまで単位とは無関係なので希望者はそれほど多くはなかったの
だ。
「最低の参加率だな… 」
教授は簡単な手術を必要とする患者を集め過ぎた事を後悔した。従来ならば希望者募
集直後に締め切りになるくらいだったのだが、どうやらこの学年はちゃっかりした者
が多いらしい。患者にとっては迷惑な話であった。いくら無料とは言え医学科以外の
学生に自分をまかすなんて、という思いである。しかし教授は患者に安心するよう告
げた。各グループには一人づつ腕のよい医師がつくよう配慮されたからだ。
「どうやら僕達も執刀するはめになりそうだな」
タダは教授の心を読んでいた。
「ガンガ、タダ、君達はこっちの患者を受け持ってくれ」
ガンガの担任の教授が声をかけた。少しレベルの高い手術を必要とする患者をあてが
おうとしたからである。教授はガンガの事は当然としてタダの腕前も知っていた。医
学科に入ればさぞかし腕のよい医師になれるのにと常に思っていた学生だったからだ。
逆になんでこの学生が…?、と思う者も医学科にいるのは事実である。
フロルとアマゾンは他の二人の学生と共に初歩的な外科手術の患者があてがわれた。
17の手術室に入って行ったフロル達は手術の準備にとりかかった。フロル達四人は
医師の元で執刀するのである。
「この患者にはTT−B2型寄生虫が内蔵に食い込んでいる。この寄生虫の特徴は成
虫が死ぬと毒素を出すという事だ。もちろん致死量のだ。幼虫と卵は成虫を取り除い
た後ですぐに出すことができるから心配しなくてもよい。君達四人は外科手術によっ
てこれらを取り除くのだ」
医師は淡々とした口調でしゃべっている。確かに簡単な外科手術なのだろうけれど実
際生きた人間を手術するのは皆、初めての経験だったのである。シミュレーションの
手術とはわけが違うものなのだ。
「全部で12匹いる。君達で協力して手術してくれたまえ」
医師は手術室の隅にある椅子にこしかけモニターのスイッチをオンにした。
「シミュレーションではこの手術で失敗したことないんだけど… 」
フロルがそうつぶやきながら、腹部にメスの付いたチューブを差し込む穴を開けた。
さらにもう一つ… 流れ出て来る真っ赤な血をアマゾンは拭いた。もう一人の学生が
フロルと同じ器具を体内に差し込んだ。寄生虫が分散しているので、二か所から取り
除く事にしたのである。フロルとアマゾン、後の二人はペアになって手術を進めて行
ったのだ。フロルは画面を見ながら操作をしてゆく。いざという時には実力以上の力
を出す事ができるフロルをアマゾンは知っていた。少なくとも自分よりは確かだろう
と思っている。“フロルは航空科よりもこっちの方が向いていたりして… ”とも思
う。
「アマゾン、交替しよう」
フロルはアマゾンに器具を渡した。すでに三匹取り除いてある。もう一方のペアは二
匹目に取り掛かったところだ。戻りの付いた足を内蔵にからめている寄生虫は要領よ
くしないと離れてはくれない。
「よーし、三匹捕まえた!」
アマゾンもなかなかの腕であった。さすがに狩猟のさかんな星に生まれただけあって、
何かを捕らえる事に向いているのかもしれない。しかしもう片方のペアはまだてこず
っていた。
「あっ!!」
突然一人が大きな声を上げた。
「どうした?」
アマゾンが二人の方を向いた。
「こ… 殺してしまった… !」
二人とも顔面蒼白になっている。TT−B2型寄生虫は死ぬと致死量の毒素を出すの
である。
「ばかっ! なんて事を」
アマゾンとフロルも顔色が変わった。医師は渋い顔をしてモニターを見ている。
「残ってんのは何匹だ?」
フロルは聞いた。
「死んだのを入れると二匹… 」
震える声で器具を握っている学生が答えた。もう一人も冷静ではいられなくてしきり
に汗をぬぐっている。手は完全に止まっていた。
「早くしろ! 患者が死んでしまう」
フロルがせかした。しかし二人は気が動転してしまって動けない。モニターを見てい
た医師は立ち上がろうと腰を浮かした。
「落ち着いて作業を続けるんだ。すぐには毒素を出さないから」
アマゾンは彼らを励ました。それでも作業は急を要するのだ。冷静さを取り戻したフ
ロルは器具をもっている学生の汗を拭いてやった。
「あきらめんなよな。あとたったの二匹なんだからさ」
フロルも彼らを励ますようににっこりと笑って言った。
医師は再び席に着いた。彼のモニターには器具の誤操作によってちぎれてしまった
寄生虫が映っている。
「 …… 」
三人の視線が映し出された画像に集まる。器具を操作する学生はまだ青い顔をしてい
るものの、落ち着きを取り戻しゆっくりではあるが正確に作業を進めて行った。
「 …… やった。終了… 」
学生が嬉しそうに手術の終わりを告げた。思わず歓声を上げるフロル。アマゾンは二
人の学生の背中をバンバンたたいた。そういえば彼らの名前すら知らない関係だった
のだが…
医師はゆっくりと立ち上がりこちらに向かって歩いて来た。
「おめでとう。けっして良い出来とは言い難いが、無事に手術を終える事ができたね。
途中で手を出そうかと思ったがやめておいたよ。一度人に頼り甘えを覚えてしまうと
癖になるからな。ともかく成功だ。もとの教室に戻って他の者が終えるのを待ってい
てくれたまえ」
そう言い残して医師は手術室から出て行った。四人は顔を見合わせて自己紹介を交わ
した。航空科フロルベリチェリ・フロル、工学科アマゾン・カーナイス、農学科マル
コ・ドルマ、音楽科ヒューイ・ディーンである。そして彼らもその手術室を後にした。
「フロル、どうだった?」
ついさっき、隣の手術室から出て来たタダが聞いた。
「大成功… じゃなかったけれど成功だよ。お前の方は?」
フロルが聞き返した。
「うん、成功だよ。ガンガもいた事だしね」
タダが答えた。
「オレがいなくても成功してたぜ。君は医学科に来るべきだ、とオレの担任に言われ
てたしな」
ガンガは自分の友人がほめられたのが嬉しいらしく誇らしげに言った。
「よせよ、ガンガ」
タダはほめ言葉が苦手なのだ。しかしタダの事だ、それなりの働きをしたのだろうな…
と思うフロルだった。
「まったく君には驚かされるよ。まさか医学科以外の者でこれだけ知識と実績を兼ね
備えた者がいただなんて。今からでも遅くない、医学科に来ないか?」
さっきガンガやタダと一緒に手術をした医学科の学生がタダに言った。
「パイロットになるより医師になるべきだよ」
もう一人の学生も勧めている。タダははっきりと否定せずに笑っているだけだ。
“タダ、タダ… ”
その煮え切らない態度にフロルは腹が立って来て思わずタダの背中をつねった。思わ
ず振り返るタダ。
「オレと一緒に空飛ぶ夢、忘れたんじゃねぇだろな!」
小さな声でフロルが言った。
「でもはっきり断るの、悪いだろ」
タダも小さな声で返事をした。そういう性格なのだ。
今夜はガンガの部屋に仲間が集まることになった。彼は早く着いたタダとフロルに
しばらくの留守を頼んで出て行ってしまった。
「今日の昼間さ、お前が言われてた事なんだけど」
フロルが真剣な目をして言った。
「オレ、人の命を救う事ってものすごい事だと思うんだ。昼間は腹がたってあんな事
言っちまったけど… オレ、お前が医者になりたいって言うんなら反対しないぜ。お
前の邪魔はしたくねぇからな」
タダは驚いたようにフロルを見た。
「夢ってその時々によって変わる奴もいると思う。お前もオレも何かになりたいから
って受験したんじゃねぇからな。オレは今のままでいいと思ってる。でもお前は自由
だぞ」
フロルはタダから目をそらした。声が震えている。
「僕は今のままでいいと思ってるよ。パイロットも人の命を預かる大変な仕事だ。卒
業したからと言って全員がなれるわけじゃない。それに… 後から思いついた夢が必
ずしも変わりやすいとは限らないしさ。たとえ夢が夢で終わってもそれを持たずに一
生を終える人よりは充実した人生を送れると思ってるし… 君は僕が後悔していると
思ってるんだろ?」
タダはフロルの目をのぞき込んだ。
「 …… 」
フロルは首を横に振った。聞かなくてもタダにはわかっているのだが…
「僕は後悔なんてしていない。パイロットになる事も君を選んだ事も」
フロルの聞きたかった答えが返って来る。
「オレ… やっぱりお前と一緒の船に乗りたいや… 」
フロルはタダに寄りかかっていった。しかし二人は入り口のドアが半開きだった事を
知らない。
ガンガはさっきからドアの外で待っていた。何やら親密なムードが漂っているから
だ。自分の部屋なのに入れないなんて… ガンガの思いは複雑である。しかし二人を
残して出て行った自分も悪いのだ。
「運命です。待ちましょう」
何を待つのか知らないがヌーが耳元でささやいた。うなずくガンガ。皆、悲しいくら
いに友達思いなのであった。そんな事も気づかないタダは、フロルの髪をなでながら
他愛もない事を語り合っているのであった。
終