フロルの災難編(2年生)
「まるでロボットの腹の中にいるみたいだ… 」
テラ系惑星ペロマに降り立った時、フロルが思わず口にした言葉だった。それほどここ
は都市化が進んでおり交通網も立体的に発達していたのである。
「だからこのシティではマイカーはいらない。と言うか止めるところがないんだよ」
赤鼻は説明してくれたのである。
「アリトスカでもこれだけのシティはないな」
四世も感心してシティを眺めていたのである。タダ、アマゾンを含む四人は赤鼻の星で
週末を過ごす予定であったのだ。本来ならフロルだけは故郷のヴェネに帰るはずだった
のだがタダがここに来ると言うので帰郷するよりこっちに来ることを選んだのであった。
「ここじゃウィークディーだから人が多いんだ」
赤鼻は入って来た列車に乗り込んだ。半透明のパイプの中を磁気によって滑るように走
って行く列車はペロマの各都市を結ぶ最も一般的な乗り物だったのだ。
「オレこんなのに乗った事ねぇよ」
フロルはその混み具合に驚いていたのであった。体が動かせないほどだったからだ。タ
ダにとってもこれは初めての体験だったのだ。
「お前も驚いてんだろ」
フロルがタダに言った。
「正直なところこんなのは初めてなんだ」
タダもフロルも俗に言う“田舎者”だったようなのだ。
“あれ… ?”
フロルは変な顔をした。最初は気のせいかな、と思ったのだがそれはだんだん大胆にな
って来るのだ。
“もう… こんな所で… ”
列車から降りたフロルはタダに向かって抗議したのである。
「お前なぁ、場所をわきまえろよ!」
フロルの言葉にタダはきょとんとした表情なのだ。
「お前さっきオレをずっと触ってただろう!」
フロルは自分のお尻をパンとたたいて言った。
「何で僕が!!」
タダは激しく否定したのであった。そんな事をしなくてもと思う彼だったのだ。
「あの… フロル、よくいるんだよ。そんな奴… 」
赤鼻が言った。痴漢なのだ。フロルは生まれて初めて痴漢という失礼な奴に遭遇したの
だった。満員の公共の乗り物には痴漢が付き物だって事を彼女は情報でしか知らなかっ
たのだ。フロルは初めての体験にショックを受けていたのであった。
「だからもう泣くなよ」
タダは困ったように小声で言った。もうすぐ赤鼻の家に着く。家族の者と初対面が泣き
顔では格好がつかないのだ。
「世間の女性はこんな目によくあってるんだよ」
赤鼻は慰めにもならない慰めを言ったのであった。
フロルは女性に変化してテラ暦でまだ一年もたっていない。しかし彼女の外見はタダが
驚くほどに急速の変化をとげたのであった。そして内面も遅ればせながらもそれに追い
ついていこうと必死なのだがまだ完全ではないのである。痴漢にあって悔しい思いをし
たのもそのあらわれだったようなのだ。彼女はまだまだ不安定なのであった。
「大体お前がいるのに何でわからなかったんだよ!」
フロルはタダを攻めたのであった。
「何でと言われても… だって僕は痴漢にあった事はないし、しようとした事もないん
だから」
タダは弁解したのである。だってその通りなのだった。
「頼んない奴だな、お前って! それだったらいてもいなくても一緒じゃんか」
フロルはまだ痴漢のショックが抜け切らないらしいのだ。それがわかるタダはあえて彼
女に言いたいことを言われるがままになっていたのであった。
「ここにまできてケンカをする事ないと思うけどな」
四世はフロルに言った。しかし彼女はそっぽをむいたまだったのである。フロルはタダ
を拒否していたのであった。
赤鼻の両親は自慢の息子の学友を大いに歓迎したのであった。宇宙大学の学友、それ
は紛れも無い未来のエリート集団だったのである。父は息子の手紙によく書かれていた
親友たちに会うことが楽しみだったのだ。
「ようこそ、ペロマへ!」
彼は星間用語で出迎えた。彼の家族は星間用語が話せるのだった。
「お世話になります」
タダが握ったその手から彼の思いが伝わって来た。歓迎されているのがはっきりとわか
る。タダは友好的なその手に感謝しつつ握り返したのであった。
「女は女同士が一番よ!」
と言う赤鼻の姉の言葉に甘えてフロルは翌日、彼女と出掛けることになったのだ。きの
うタダと一方的なケンカをしてから口もきいていないのだ。たまには気分を変えて彼か
ら離れて出掛けるのもいいかもしれないと思うフロルだった。
彼女、赤鼻の姉、ムドーラは赤鼻に似ず活発な印象だった。決して美人ではないのだ
が明るくて表情が豊かだったのだ。
「ムドーラって赤鼻の姉上に見えないな」
フロルは言った。
「あの子はわたしと違うタイプなの。時々、活を入れてやるんだけど駄目なのよ、あの
子」
「頼もしいな、オレ赤鼻に姉上がいるって聞いた時、もっと物静かな姉上を想像してた
んだ」
フロルは正直だった。
「私もドルフからあなたの事を聞いた時、もっと男の子見たいな女の子を想像してたの
よ。でもこうやって見ると生まれつきの女の子みたい」
ムドーラは初めて見る完全体の人種であるフロルを珍しげに眺めていた。フロルはちょ
っと顔を赤らめた。
「あら、純情なのね」
そう言ってムドーラは笑ったのである。フロルはムドーラにシティを案内してもらった
のであった。故郷のシティとは全く違う文化がそこにはある。フロルはタダの為に色々
物色していたのであった。今ではタダに対する怒りも治まっていて、どうしてあんな事
を言ってしまったのかと反省しているくらいだったのだ。
帰りの列車はすいていた。窓際に座った二人は今日の買い物の品をお互いに見せあっ
ていたのであった。
「なぁ、ムドーラ。痴漢にあった事… あるよな?」
突然フロルが聞いて来た。いきなり何をと思ったがムドーラは真面目に答えたのであっ
た。
「もちろんあるわよ、何度もね。地方に行くとそうでもないんだけれどここは確かに多
いわね」
彼女は平然と答えたのである。
「オレ、きのう初めてあったんだけど情けない事なんだけど泣いちまった。だってあれ
が痴漢だと思わなかったし… 」
「彼だと勘違いしてたのね。お気の毒に、でもそんな時は相手に思いっきり恥をかかせ
てやるのよ、手を大きく持ち上げてね!」
ムドーラはアクションを交えて教えてくれた。顔は似ているのだが性格は全く逆の姉弟
だとフロルは思ったのだった。
「あなたね、黒髪の彼とケンカしてるんでしょ?」
ムドーラは話題を変えた。
「どうして… 」
「だってあなたたち全然口もきかないんだから。つまらない意地なら張らない方がまし
なのよ」
彼女は言った。確かにその通りだと素直に思うフロルなのだ。しかし彼女は意地っ張り
なのだった。
乗り換えの駅でフロルは一人でベンチに座っていた。ムドーラがちょっと待っててと
言うので待っているのだが、彼女はなかなか帰って来なかったのである。
“姉上に似ているのかな… ”
フロルはムドーラの口調を思い出していた。顔はにていないもののなんとなく感じが似
ているのだった。
“ヴェネに帰りたいな… ”
フロルはここに来た事を少し後悔しているのだった。
“タダとケンカする為に来たみたいなものだから… 素直にヴェネに帰っていればタダ
とケンカせずにいたのにな…”
フロルは急にヴェネが恋しくて仕方なくなったのである。これは明らかにホームシック
なのであった。
“なんで今頃なんだよ?”
フロルは急に襲って来た孤独感に戸惑っていたのであった。
“入学した時にもこんな事があった”
フロルは思い出していた。そんな夜はタダが一晩中ついててくれてはげましてくれたっ
け… そうなのだ。タダがいたからこそ今まで孤独を感じずに来られたのをフロルは知
っているつもりで知らなかったのだ。タダはいつも自分を気遣ってくれていた、それを
知っていて甘えることが当たり前になっていた自分はどんなに馬鹿だったかを彼女は思
い知ったのであった。
“タダ… ごめん… ”
目の前にいたらすぐに謝れるのにタダはいないのだ。帰ったら自分からはっきりとタダ
に謝ろう、そう思うのであった。
「フロル、待たせちゃったわね、はい、これ!」
ムドーラは小さな包みをフロルに手渡したのである。なかにはいびつな形の針金細工が
二つ、入っていたのであった。
「テラ系では“知恵の輪”と呼ばれているものなの。この二つの針金細工がうまく一つ
になると二人はずっと仲良くやってゆけるおまじないみたいなものなのよ」
ムドーラはにっこりと笑った。おそらくここではこんな物がはやっているのだろう。ム
ドーラは二人の為に気をきかせたのであった。フロルは思わず涙がこぼれて来て仕方な
かったのであった。
「ありがとう、ムドーラ」
フロルは彼女の親切をも受け取ったのである。針金細工は極めて簡単なもので誰にでも
できるものだった。しかしフロルにそれができないのは単に泣いていたせいばかりでは
ないようなのだ。家も近くなったというのにフロルの針金細工はまだ二つのままだった。
フロルが気落ちしているのがわかる。
“そんなばかな… なんて不器用な子なの?”
気をきかせたつもりがこれでは逆効果になってしまうのだ! ムドーラは焦ってきたの
であった。
「フロル!!」
赤鼻の家の前でタダは待っていた。昨日から口をきいていない状態に彼も耐えられなか
ったのだった。フロルはタダを見て… そして手に持った針金細工に目を落としたので
ある。
何かに気づいたタダはその針金細工をフロルの手から取り上げた。
「こうすれば簡単だよ」
タダは苦もなく一つにしたのであった。ムドーラはほっとしたのである。フロルはタダ
が持っている針金細工を見つめ、何も言えなくなった。彼女はタダの胸にそっと顔をう
ずめて声もなく泣き出したのである。ムドーラは邪魔をしないように二人の横をすりぬ
けて家の中に入って行ったのであった。
「お世話になりました」
四世たちが赤鼻の両親にあいさつをした。赤鼻の短い里帰りは終わったのだ。みんなは
彼の両親と姉に見送られながら列車に乗ったのであった。
「 ! 」
フロルはいきなりその手をつかみ上にあげた。
「誰だ? お前は!」
フロルは叫んだのだった。
「はい、僕です」
それはうつむいてるタダの手だったのだ。
そして再びケンカがはじまったのは言うまでもなかったのであった。
終