守られた空間編(2年生)
こんな事は初めてだった。航空科の実習で最も単純で簡単なワープ、そのポイントがずれていたのである。
「お前のせいだぞ!」
と、リッツはマウリを責めた。マウリが操縦していたからなのだ。しかし実習とはグループ全体の実力を試
すのである。個人攻撃は禁物だったのだ。
「エネルギー残量は?」
リッツが聞いた。それが一番大事なのだ。小型の練習船なのだ、おまけに短距離用ときているので余分なエ
ネルギーは多くない。それに今日のグループは最低のメンバーだったのだ。
「大学惑星までは充分にあるぞ、おつりが来るくらいだぜ」
フロルが答えた。
「よし、今度はオレがやってやる!」
申し出たリッツがマウリと交替したのである。
「 … 」
が、失敗だった。大学惑星と随分離れた所に出てしまったのである。
“どうしてこんな簡単なワープに失敗するんだよ? こいつらは本当に航空科の学生なんだろうか?”
失敗する方が不思議だったのだ。その失敗はフロルでさえ呆れてしまうほどのものだったのである。
今回も10人ひと組で実習は行われていた。そしていつものように目的地に着いてから、また引き返して
くるという単純なものだったのである。
“オレがやっていれば今頃もう大学に帰っているのにな”
フロルですらそう思っていた。
「次のワープは成功させろよな!」
フロルははっぱをかけたのであった。今度失敗すると、もう大きなワープを行うだけのエネルギーは残され
ていないのだ。
「フロル、本当に大丈夫かしら… 」
イオが心配顔でフロルの側にやってきた。すでに顔面蒼白になっていたのである。彼女はものすごく気が弱
いのだった。
「これで失敗すりゃ、ほんとーっの大バカだぜ」
フロルは小さな声で言ったのだがなぜかリッツに聞こえてしまったのである。
「 … !! 」
信じられない失敗だった。大きく飛んだ先は大学惑星とはけんとう違いの場所だったのであった。
「バカ! どこに目ぇ付けてんだよ!」
いらついていたフロルが思わずかん高い声を出した。責められたリッツはただ下を向いて悔やむばかりなのだ。
「フロル… 私たちどうなるの?」
イオが泣きそうな顔をして立っている。
「どうもなりゃしないよ。SOSを発信すりゃ、きっとすぐに教官の救助艇が迎えに来てくれるさ。しかしそ
れまではオレたちで出来る限りの事をしてなくちゃ、実習の点数が上がんねぇぞ」
そういうものなのだった。しかし結局このメンバーで冷静になっているのはフロルともう一人、ラムダという
学生のみだった。ゴーグルのようなごついサングラスをかけており、無口な男なのだがアクシデントに強くそ
の処理も適切であったのだ。フロルとは初めて一緒のグループになるのだが彼女は最初から、彼の手際の良さ
を買っていたのであった。しかし彼は決して目立つようなまねはせず、リッツやマウリのような目立つメンバ
ーの言葉におとなしく従っていたのであった。
「でもずっとここにいなくちゃいけないの?」
イオはフロルの腕をぎゅっと握ったのだった。彼女の震えが伝わって来て、思わず手を握り返すフロルだった
のである。
「エネルギー残量は?」
ぼうぜんとしていたリッツと交替して、操縦席に座っていたラムダがフロルに聞いた。
「 …371… 1光年以上のワープは無理だ。でも小さなワープならできるぜ」
彼の隣に座ったフロルはラムダの方を向いて答えたのである。
「近くに有人惑星は?」
フロルは素早くファイルを開いた。チャコやクィーニから天文学全般に関する事をよく聞いているので動作が
早いのだ。
「0.77光年の所に惑星GIがあるぜ。ただし星間連盟に加入していねぇぞ、原始惑星かもしんねぇな。で
もオレ、地に足がついてる方が好きだからそこに行こうぜ」
フロルの言葉にラムダは黙ってうなづいた。彼は的確に操作を行い小さなワープを成功させたのであった。目
の前にはガスに包まれた惑星GIがぼんやりと浮かんでいたのである。ぼんやりと… 本当にその表現がぴっ
たりの星だった。
「人口約8,000万の星だ。鉱物資源が豊富だと載ってるぜ」
フロルはラムダだけでなく、他の8人にも聞こえるように言った。
「成層圏突入!」
ラムダも同じくみんなに聞こえるように言ったのだった。
「暗い星だ… 」
フロルは空を見上げたのである。中にいるだけというのもつまらないのでみんなは外に出ていたのであった。
鉱物資源が豊富だというこの惑星GIは、真っ暗闇の空ではないのだが人の識別がやっとできる程度に暗い
のだ。救助信号はすでに出している。後は救助艇を待つのみであった。
「夜なのかしら?」
イオはあたりを見回しながら言った。彼女はあいかわらずフロルにしがみついている。
「こんなに暗いんだから夜にきまっているじゃないか」
リッツがばかにしたようにイオを見た。
「夜<じゃない… 僕は昼の場所に着けたんだ。そんなに決めつけたように言ったらイオに悪いだろ」
ラムダは空を見上げながらゴーグルのようなサングラスを外したのであった。今までおとなしそうに見えた
彼が初めてリッツに対しさからったのである。
「初めて見るな、お前の顔」
フロルがラムダをじっと見ていた。彼はふっと笑い、そしてそれを胸元のポケットにしまったのだった。確
かに夜ではない証拠にはるか上空にぼんやり光る部分が見えるのだ。きっとその部分が太陽の位置に違いな
い。
「昼でも暗いなんて嫌な星だな、こんな星に住んでる奴なんてロクなんじゃないだろうな」
マウリが言った。
「悪魔なんかが住んでりたしてな!」
マウリの言葉を受けてリッツが言った。
「悪魔なんていやしねぇよ、それよりもう中に入ろうぜ。救助艇がコンタクトを取ってくるかもしんねぇぞ」
フロルはみんなに向かって言ったのだった。
「やっぱり女は臆病だな、この闇が恐いのか?」
マウリがからかったのである。
「ぜんぜん恐かねぇよ、女だからってバカにすんじゃねぇ! それよりお前の下手くそなワープの方がずっ
と恐いぜ」
フロルはとっさに言い返したのだった。図星だけにマウリは何も言い返せない。
「そうだな、中に入って待っていよう」
ラムダも賛成したのである。彼は再びサングラスをかけ、フロルやイオと共に船に戻って行った。そして他
のメンバーもそれに従ったのである。
「何にも見えねぇな」
船から外を見ていたラムダにフロルが話しかけた。
「そうだね」
彼は短く返事をしたのである。しかし彼はじっと外を見続けているのだ。
「お前、本当は見えてるんだろ?」
フロルは彼と同じように外を見ながら言った。えっ、というように振り向いたラムダなのだがフロルは平然
とした表情なのだった。
「見える光の波長がオレたちとは違っているんだろ? 普通の光がまぶしすぎるからサングラスをかけてい
るんじゃねぇの?」
今度はフロルが振り向いた。
「きっと外の景色を見てるんだろうと思ったんだ」
彼女は笑っていた。ラムダは一瞬変な顔をし、そしてかすかにほほ笑んだのである。
「驚かないのか?」
彼は言った。
「そんな星なんだろ? お前ん星。別にいいじゃん、オレだってテラ暦の一年前に女になったばかりだもん。
いろんな星があるからな、だってオレ両性体だったんだぜ」
フロルの言葉にラムダは改めて彼女を上から下までじっと眺めるのだった。
「ばか、そんなにじろじろ見るなよ! 今じゃれっきとした女なんだから… 」
フロルはぱっと顔を赤らめたのである。
「ごめん… 僕も隠すつもりはなかったんだが… でもこの大学を受験する為に違う星のハイスクールに通っ
たんだ。でもそこで目の事でからかわれた事がある。だから嫌になった」
彼は急に饒舌になってきた。
「からかう奴がバカなんだよ、言い返しゃいいのにさ。オレだったらそんな事、気にしねぇよ。自分の星で
は当たり前の事だもんな」
おそらく彼女ならそうだろうと思うラムダだった。
「どうして女になったんだ?」
ラムダが聞いた。
「好きな奴が男だったからだよ」
フロルはごく自然に答えたのである。そのいさぎよさにラムダの方が恥ずかしくなり彼は小さく咳払いをし
たのだった。
「ここの景色… きれいだ」
話題を変えてラムダが言った。
「ここは低い山の上なんだ。まわりは木がまばらに生えているのでその間から見える景色が絵になっている」
彼にははっきり見えているかも知れないがあいにくフロルには何も見えなかったのである。暗いにごった空
と木々との境がわかないような闇が広がるばかりであり、彼のようにきれいな景色は目の前に迫って来ない
のであった。
「やっぱここは暗くて何も見えないや」
彼女はガラスの壁に顔を押し付けるようにして外の様子を見ていたのである。
「あれ… 」
フロルは言った。
「何?」
ラムダがフロルの指さす方を見た。小さなライトが船の外で揺れている。そのライトに照らされたリッツと
マウリが船から離れてどこかに向かっているようだったのである。
「あいつら、勝手な行動を… 」
フロルは窓に張り付いて彼らの光を追っていた。中からは外を見ることができても外から中の様子は分から
ないようなガラスの為に、彼らは見ている者がいる事に気づかずにいたのだった。
「まさかこのあたりに人が住んでいるとは思えないが… でも単独行動は危険だ」
ラムダは警戒心をあらわにした。星間連盟の存在すら知らないこの惑星の人間にとって、自分たちは単なる
インベーダーであり恐怖の存在になり得るのは確実であった。
「見つかるとやばいな」
フロルはラムダと顔を見合わせたのである。
「おい、あいつらは何て言ってたんだ?」
フロルは他のメンバーに聞いた。
「ここにいても仕方ないからって探索に出て行ったのよ、みんなで止めたんだけど聞かないの」
イオが不安げな顔をして近寄ってきた。どうやらみんなで止めたらしいのだけれど出て行ってしまったらしい
のだ。
「ばかな… 」
ラムダはそう言ったものの、自分はその場にいなかったので彼らを責める事はできない事を知っている。
「はやく船に連れ戻さないと… 」
いつ救助艇がくるかわからないのである。その時に二人がいないとなるといつまでたっても大学に戻れないの
であった。
“最初から気にいらねぇグループだったんだ”
フロルは不快感を感じずにはいられなかったのである。今はそんな事を言っている場合じゃないのだ。
「僕が行くよ、ライトなしに外を歩けるんだ。奴らはまだ遠くに行っていない、すぐに見つけて連れ戻してく
るよ」
ラムダは自分がそんな星の出身である事をみんなに告げたのだった。
「勝手な行動をとるんじゃない!」
ライトをたよりに近づいて来たラムダは小さいながらもリンとした声で叱咤した。
「別にいいだろう、この付近を見回っているだけなんだから」
マウリは彼を無視しようとした。しかしラムダはいきなりマウリの手からライトを叩き落としたのである。
「何をする!」
マウリは大声を出した。リッツも彼と共にラムダに向き直ったのであった。
「しっ! 誰か来る」
ラムダは二人の背中を押して地面に伏せたのだ。
三人は息をひそめてじっとそれを待っていた。確かに無防備とも思えるような足音が聞こえて来る。おそ
らくこの星の住人だろう、数人はいるようなのだ。彼らは自分たちと全く変わらないような姿をしているが、
手に持った武器はかなり旧式の物のようだった。
“旧式とは言え殺傷力は充分にある、気づかれるんじゃないぞ”
ラムダは二人に言った。最初は彼に対して反抗的のように見えた二人だが、迫っている危険を目の前にして、
そんな態度を続けられないのであった。大きくうなずいた二人はラムダの言うとおりに黙ってじっとしてい
たのである。自分たちは武器を持っていない、旧式の物でも恐くて当然であった。
沈黙の時間が続いている。足音はもう目の前であった。一人が通り過ぎた、何も感じていないようだった。
そしてまた一人… そしてまた。みんなは口々に理解できない言語でしゃべりながら三人の前を歩いて行く
のであった。彼らは時折興奮したような口調になっていたが、それでもその表情にはおびえも交じっていた
事をラムダは見逃さなかったのである。
“奴らも恐いのだ”
ラムダは思った。それはそうだろう、空から降りてきた船の中から、彼らにとっては閃光にも匹敵するよう
な光を放つ物が現れたのだから。それがどんなに恐ろしく感じられたのかは所詮インベーダーの自分たちに
はわからないのかも知れない。彼らがどこにいてどういう方法でここに来たのかは知らないが、ただ言える
事は船に気づいてここに来たという事だったのである。
そして危険は去っていった。彼らは船から大きくはずれた方向に消えていったのである。
「すまない、ラムダ。でもこれが現実なんだな… 」
マウリは自分の軽率な行動を恥じていた。しかしラムダは何も答えなかったのである。しかし闇が隠す彼の
顔に少しテレがあった事に気づかない二人だったのであった。
「船に帰ろう」
と言うラムダの言葉に二人は素直に従ったのである。彼らは黙ってラムダの後に続き、船に向かって歩きだし
たのであった。
「何もなくて良かったな、心配してたんだぜ。だってすぐ近くに人の体温の反応があったんだ」
フロルはラムダが出て行ってからずっとあたりの様子をチェックしていたのである。彼女はやきもきしながら
彼らを待っていたのであった。
「救助艇からコンタクトがあった。すぐに出発するからシートについてくれ」
フロルの横にいた学生がみんなに向かって言った。ラムダが出て行ってすぐに教官からコンタクトがあり、指
示が出ていたのである。
「どんな奴だった?」
フロルはラムダに聞いた。
「同じさ、僕たちとね。いずれは星間連盟に加入するだろうけれど、まだ早いのかも知れない」
彼はほっとため息をついていた。
「気疲れしたんだろ? お前ってけっこう神経質そうだから」
フロルは言った。どうやら図星だったらしい。
「フロルはカンがいいんだな」
彼は感心していたのである。一緒のグループになったのは初めてだけれど、自分の目の事や性格なんかを見
抜くなんて、と思うのだ。
「直感力があったりして!」
冗談でいったのだが彼は本気に取っているようだった。
“直感力か… ”
フロルはずいぶん長い間タダとあっていないような気がしたのである。しかしもうすぐ大学に戻る事ができ
るのだ。なぜなら大きな安心に包まれた実習船だからボタンひとつで救助艇がやって来る。
“オレたちはまだ本物のパイロットじゃない、現実はこんな甘いもんじゃねぇんだろうな”
彼女は自分が学生である事を強く感じていた。まだ守られている、教官がいる。大学という暖かい巣に戻る
事ができるのだ。
「本当は怖かったんだよ」
ラムダはフロルに言った。自分たちがインベーダーとして、少しの時間でも現実の空間にいた事がである。
その時だけは誰も救ってくれない時間だったのだ。
「社会に出ると成績だけじゃやっていけない事を知ったよ」
彼は彼なりの反省をしているようだった。
「でも怖いって事を素直に認められるんだもん、お前いい奴だな」
「銃みたいな物を持っていた。僕はうかつにもショックガンすら持たずに出て行ったんだ。もちろんマウ
リもリッツも何も持っちゃいなかった」
「だから僕たちも怖かったんだぜ」
マウリがフロルの真横に立って彼女をのぞき込むように話しかけた。
「僕たちもいい奴って事だろ? フロル」
リッツが同意を求めるようにして言った。そのなさけない顔に他のメンバーは笑っていた。みんなは実習
の成績が悪いという事を知っているけれど妙に明るいのである。今になってグループがまとまってきたと
いえるだろう。
「救助艇よ」
イオが言った。通信機に教官の声が入ってくる。わかっている結末だけれどもやはり安心するものがあっ
たのだ。
「エネルギーを補給してもらったら大学に向けてワープだな」
リッツが言った。
「もうお前やマウリのワープはこりごりだからな」
フロルは横目でにらんでいた。
「じゃ、わたしがやろうかしら?」
イオの言葉に数人が反対した。彼女の操縦ほどあてにならないものはない事を彼らは知っていたのである。
《無駄口をたたく暇があったら早く大学に帰りたまえ!》
教官の声が聞こえて来る。スイッチはまだオンになった状態だったのだ。
「オレがする」
フロルの申し出に反対する者はいなかった。彼女は手際良くワープをし、大学の近くに着けたのだ。後は
大気圏に入り航空科の発着所に帰るだけだったのである。けっして完璧とは言えない腕なのだが自分より
もはるかに確かなフロルにマウリは感心したように見入っていた。彼女の操縦は迷いがなくて簡潔なのだ。
「フロルは臆病じゃないんだな、悪かったよ」
何を言っているのやらと彼女は首をかしげていた。
守られている実習、それは今だけのものであり限りがある。しかし守られているという実習中にも危険
はあったのだ。フロルはまだ自分に甘さがある事を知っている。今日の事もそうだった。原因はひとつで
はないのだが、それは学生という身分の為に許された。
“でも… ”
プロのパイロットになるまではまだ時間がある。少しづつ近づいている道なんだけどゴールは遠いのだ。
“でもいつかあの空を… ”
フロルは発着所の夜空を眺めていた。その目線を下にずらしていった先にタダがいた。
「おかえり!」
タダは手を広げて迎えてくれる。その手の中にある守られた空間は今だけじゃなくて限りない。それを知
っているフロルはごく当たり前のように彼の出迎えを受けるのであった。
終