守られた空間パート2(2年生)







 その宇宙船は驚くほど長く漂っていた。太陽風にさらされて放射線の中を進み、星の引力の届かぬ空間を
自然にまかせたきままな旅をしている異邦人のようにも見立てられるほどに、その姿は飄々としていのであ
る。



「入ってみよう」

「危険だ! 外見が無事な船は乗務員が病死した例が多い」
「大丈夫だろう、時間がたっている。もう数百年は過ぎてるかもしれんぞ」

無知なパイロットの判断がどんな結果をもたらすか、宇宙を軽く見たものが当然受ける制裁を彼らは受けた
のであった。

《最初の病人は感染2日後に死亡。空気感染の為にこの船はもう操縦不可能》

 救助信号を受信したのは宇宙大学の学生の実習船だったのだ。4年生たちの乗る実習船は大学に近い所で
彼らと交信したのである。航空科の学生達の為、その対処の仕方は的確なのだった。

「凶暴化、喉の渇き… 既に絶滅したと思われるSHCウイルスの症状と思われる。しかし遺体を調査して
いないから詳しい事はわからないが… 」

医学科の教官が学生達に話していた。すでに調査はそのエリアの星間連盟加入星調査隊が行っているはずな
のだ。

「何かのひょうしに絶滅した菌やウイルスが復活する事もある。遺跡の発掘や宇宙空間のゴミになった船の
中から、というぐあいにな」

教官の言葉に学生達はうなずいていた。それはめずらしいケースではない。

「限られた空間で免疫のない旅客が全員感染死という悲惨な事故の例も少なくない事なんだ。たちの悪い星
の奴は自分の星で処理しきれなくなった病原菌を宇宙のごみとして捨ててゆくケースもある」

ガンガはその教官の言葉をかみしめていた。彼は白号でのテストを思い出していたのである。

“たとえ普段ではたいした事のない物でも限られた空間では恐るべき殺人者になるもんだ”

教官は今回のSHCウイルスの話を続けていた。タイムリーな授業、この教官はそれを得意としていた。ガ
ンガも今回の事故を他人事とは思えず熱心に聞き入っていたのであった。

“潜伏期間の短いものほど対処に困るものなのだな”

ガンガはデル赤ハン病の潜伏期間が長かった事を幸いに思っていたのであった。

「で、その船はどうしたんだろう?」

赤鼻がガンガに聞いた。調査隊からの連絡が入るはずなのだ。

「先輩たちなら聞いているかも知れんがオレは知らないんだ」

彼は本当に知らないようだった。

「強いウイルスの蔓延した船だ。放ってはおけないだろう。漂流船と事故にあった船との処分が必要なんだ
が… 」

タダは何かを考えるようなしぐさをした。ひっかかるものがある。

“何が?”

タダの直感力ではわからない範囲のものなのだ。しかしせっぱつまったものではないような気がする。彼は
そのままその事を忘れようとしていたのであった。

「航空科の実習は危険がいっぱいなんだね」

トトがしみじみと言った。農学科の実習ではそういう危険さはないのである。

「そうだね、なのに宇宙にあこがれる… どうしてなんだろうと思う時があるけれどやめられない。今はた
だ危険な目に会わないように気をつけるだけでせいいっぱいなんだ」

タダはその為に努力していたのである。優秀なパイロットになるには単に船を動かすだけでなく、あらゆる
広い知識が必要になってくるのだ。

「タダはなんだってできるもんね、いつも感心する。きようなんだなと思うよ」

トトは素直であり決して皮肉で言っているのではない。

「そうだよな、タダは得してるとこがあるかも知れんな。フロルの事もそうだしよ」

アマゾンはタダに向き直ったのである。

「何が?」

と、タダは聞いたが彼の心はお見通しなのだった。

「女のいない白号でフロルをみんなが意識してたって事さ。お前が一番に意識したのかも知れないが条件は
同じだった。でもフロルはお前を選んだよな」

アマゾンはタダの肩をつついたのであった。

「そうだね、僕もフロルを意識していたのは確かだよ。な、トトもそうだろ?」

赤鼻がトトに言った。

「いや、僕は… でもすごくきれいな人だなとは思っていたけどね。それは今も変わらないれど」
「僕は女性しか興味がなかったけれどフロルならどっちでも良いって気にさせる魅力があったな」

四世の言葉にタダを除くみんなは笑っていた。

「お前、両刀使いだったのか!」

と、一番笑ったのはアマゾンだったのであった。




「フロル、気をつけて行くんだよ」

航空科の発着所は実習のたびに見送りや出迎えの学生達でいっぱいになる。単に航空科だけでなく、一般
教養としてのパイロットコースを専攻している学生達の船もここで発着するからだ。

フロルは大丈夫だよというようにタダの手を強く握っていた。

「君を見送る時はいつも不安さ。帰ってくるまで心配なんだ」

「でもすぐに帰ってくるのに… 夕食には間に合うさ」

フロルは心配性のタダのほほにキスをした。

「行ってくるぜ!」

そう言ってフロルは船に向かったのであった。10人ひと組での実習、ごく当たり前のように繰り返され
ているものだけど今日のタダはいつもと違うように感じていた。

“どうしてなんだろう? いつもの不安とは違うんだ。もっと… ”

タダはしばらくそこで考え込んでいたのであった。



 ガンガの先輩はその顛末を彼に伝えたのである。SHCウイルスに侵された漂流船と事故船の事である。
しかし彼がその事実を知る前に、航空科の教官たちはすでにその情報を得ていたのであった。

「その付近をうろついている学生はいないのか?」

教官たちは実習に出ている船を厳しくチェックしていたのであった。

「現在の所、みんな無事です。しかし時々とんでもない所にワープする間抜けなグループがいるからな。
今後もチェックを続けてくれ」

筆頭教官である石頭が恐い顔で命じていたのであった。

「グレン教官! 19グループがそのポイントにワープしました。本来なら大学に戻ってくるはずなのに…
  きっと単純なミスだと思われます」

“フロルの乗っている船じゃないか”

石頭はグループ編成表に目を通した。

“フロルなら以前のようにへまはしないだろう。腕のいいラムダも乗っている。残りのメンバーは… ”

石頭はそれを見て納得したのである。もともと直感力が働く彼だから、どうしてこういう結果になったの
かすぐにわかったのである。

“しかしもしもと言う場合がある”




 事故船の最期のパイロットはみずからの船を爆破する事ですべてを解決しようとしていたのだ。もし彼
に少しでも医学の心得があったのならばそんな事をしなかっただろうけれど、あいにく彼の知識はその分
野に関しては長けてはいなかったのである。そのエリアを担当している星間連盟加入星の調査隊は、最後
の生き残りであるパイロットからの声を確かに聞いたのだ。

《この船のまわりは危険です。避難してください》

そういう内容だったのである。調査隊はそれを止めようとしたのだが無駄だった。パイロットはすでに聴
覚を失っていたのだから…

 破片はあらゆる方向に散って行った。暗闇の空間を作用反作用の法則に従いそれぞれが行き着く所まで
まっすぐに進んでゆくのだろう… もしウイルスが存在し続ける条件のととのった破片があるとしたら… 
どこかの星の引力に捕らえられ流れ星となって燃え尽きず、隕石となり落下してしまったら… たった二
日で発病するウイルスなのだ。ワクチンのない星の場合だとどうなる? それよりもこわいのは至近距離
でその破片に直撃した場合の事であった。船の大破はのがれても破片についているウイルスの蔓延という
事態も考えられるのだ



「タダ、多分どうって事ないかも知れんが」

ガンガはタダに自爆した船の事を話したのである。

「フロルの船がその近くにワープしたらしいんだ。しかし大学側の救助艇がコンタクトを取っているはず
なんだけどな」

ガンガの話をタダは冷静に受け止める事はできなかった。表向きは落ち着いているかのように見えていて
も内心は決してそうではない。今朝、見送る時に感じた不安が体の中によみがえってくるのであった。
 ガンガと別れたタダはそのままアパートに帰って行った。何もする気がおこらずいつも立ち寄る喫茶室
にすら顔を見せなかったのだった。 

“僕はどうすればいい!!”

タダは思い切り大きな枕に向かってこぶしをぶつけていた。しかしそのたよりない音は余計に彼をいらだ
たせていたのである。

“もうすぐ帰ってくるはずだったんだ”

ヘアバンドを荒々しくはずし、壁に投げ付けたタダは落ちてきた髪をかきあげた。

“違う奴が乗っていれば良かったのに! どうしてフロルの船じゃないといけないんだ? どうしてフロ
ルがそんな目に会わなくちゃいけない? 別れたのは今日の朝の事なんだぞ!”

それはタダの我がままであり、彼の言う“違う奴”にも家族や恋人がいるかもしれない事に気づいてはい
なかった。所詮タダは凡人であり、善人にはなれないのであった。しかし目を閉じると悪い想像ばかりが
頭の中でめぐっている。ウイルスの蔓延した星に降り立ったフロルの姿… 破片の直撃を受けて故障した
実習船。いくら冷静になり直感力を働かせようとしても、どうしても心が落ち着かない。

“こんな焦燥感は生まれて初めてだ… ”

タダはベッドに身を投げ出した。

“つらい… ”

肉体の死ではない精神の死もある。タダはどこかで聞いた言葉を思い出していた。

 通信機のコール音が聞こえてきた。きっとチャコからだろう。喫茶室に来なかったタダを心配してい
るのがわかる。おそらくガンガから事故の事を聞いたに違いない。

“悪い… 出る気にならないんだ… ”

タダはベッドにかかったシーツを通信機の上にかぶせたのであった。


 フロルが不時着した星は惑星G1だった。暗い星であり普通の人間の目には暗闇が広がるばかりだった
のである。救助信号を受信した救助艇はすぐに到着するだろう。それまでの短い時間をみんなは船内での
んびりと過ごしていたのだった。

「流れ星だよ」

ラムダが言った。彼の目には信じられないくらい沢山の流れ星が写っていた。しかしフロルやその他のメ
ンバーの目にはそれほどではなかったのだが…

「この星のまわりには小さなゴミが多いのだろうか?」

ラムダは流れ星を見ながらつぶやいた。大きなゴミなら長く流れて隕石となり地上に降ってくる。しかし
それらはみんな短かったのであった。

 今度はみんなの目にははっきりと見える星が現れた。救助艇だ。燃料さえあれば再びワープができるのだ。

「今回の実習は点数が低いぜ」

誰かが言った。しかし誰も否定しないのだ。ただ笑うだけであり、それがみんなの答えとなっていたのである。



《タダ、救助艇から報告があった。フロルのグループは近くの惑星に故意か偶然か避難していて無事だった。
破片も燃え尽きているようでその惑星のウイルス感染も心配ないそうだ。きっともうすぐ帰ってくるさ》

石頭からのうれしい知らせだった。その時タダは自分でもどうかしていると言う程、ふぬけた顔になってい
たのであった。

“ぐずぐずしてはいられない、もうすぐフロルがここに着く!”

確かな直感力がタダによみがえって来た。石頭が考えているよりも早く大学に帰ってくるのは確かである。
跳び起きたタダは壁に小さな傷を作って下に落ちたヘアバンドを拾い上げ、髪を整えたのであった。



 きっとフロルは何もなかったように帰ってくるだろう。でもなんて言おう? 大変だったんだぞ、いや、
そんな安っぽい言葉では表せないようなくらい僕にとっては衝撃だったんだ。でもきっと君は絶対わかるわ
けないんだ。本当はどうしようもないくらい君に恨み言を言いたいんだけれど君は知らん顔して笑うだろう。
やはり僕はいつものように出迎えるしかないんだな。



 発着所の風景はいつもと同じだった。当たり前のように帰ってくる実習船を出迎える友人や恋人たちであ
ふれていたのである。その中でいったい何人の者が本当の危機というものを知っているのだろう? 宇宙
に一歩踏み出したら危険でないわけがないのだ。安全の保障されているものなんて何もありはしない。し
かし今は何もない顔をしていよう。

“お帰り”

という言葉にどんなに重い思いがふくまれているのか君は知らなくてもいい。

とりあえずいつものように…
 


 いつものように、きっと君は僕の腕に飛び込んでくるだろう。僕は何事もなかったかのように君を待って
いる。いつもの場所でいつものように。

 そして僕は君に向かって大きく手を広げよう!

「お帰り」

と、言って…


                                              終





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