守られた空間 (パート2・おまけ・2年生)
「そうだったんだ! オレ全然知らなかった」
フロルは驚いていた。いつもの喫茶室でガンガから知らされたばかりなのだ。ウイルス感染や船の故障なん
て考えもしなかった事なのだ。船をこわした破片が侵入し、それに封じ込められたウイルスが蔓延したのな
ら…
「でも事故なんてそう簡単におこらないって石頭が言ってたぜ」
アマゾンは楽天的なのだ。
「きのうは電話しても通じへんかったしな、タダのアパート。どうせ心配して発着所にでも行っとったんと
違うか?」
チャコが電話をしてきた時にタダはわざと出なかったのだった。
「でもSHCウイルスって恐い病気なんだな」
ガンガがその病気に関するファイルを持っていた。
「高熱、喉の渇き、発狂そして全身麻痺。漂流船に乗っていたパイロットは悲惨な状態で最期を迎えていた
らしい。それらの遺体に咬み傷があったという事は血でも吸おうとしたんだろうな」
「まるで吸血鬼だね」
トトがちゃちゃを入れた。
「いや、吸血鬼なら処女の生き血しか吸わないんだよ。テラでは」
赤鼻がトトに言った。サバ系もテラ系にもそういう伝説があるという事は、そんな病気が過去にあったから
かも知れないのだ。
「女性の血しか吸わないなんてぜいたくな奴。でもフロルがその病気の危機にさらされていたという事は何
かの縁かも知れないな」
四世がフロルの方をちらりと見た。
「でも処女だけなんだろ? だったら… 」
と、言いかけたフロルの口をタダは手のひらでおおったのである。
「何言ってるんだ!」
タダはつい大声を出した。たとえみんなが察している事だとはいえ口に出してはいけないのだ!
「まあまあ、怒らないの。君がフロルを深ーく愛している事はみんなが知っているんだから」
四世がタダの肩に手を置いてなだめていた。その手から、いまさら何を言っているのという四世の心の声が
聞こえてくる。
「でも本当に何もなくて良かったな、フロル」
アマゾンが締めくくってその場はおさまったのであった。
「タダ、怒ってる?」
黙っているタダを気遣ってフロルが話しかけてきた。いまさらながら昨日の自分のうろたえようが恥ずかし
くて情けなくて、そのくせそれをフロルに気づかれたくなくて変な気分になっていたのである。さっき四世
の言ったようにあまりにも深く愛し過ぎたゆえにそんな行動を取ってしまったんだという事をタダは感じて
いたのであった。何かがおこらない限り自分の本来の姿が見えて来ないものなのだ。
「怒っちゃいないよ」
ややぶっきらぼうにタダは言った。しかしフロルには必要以上に冷たく感じられたのである。彼女はそのま
ま口をつぐんでしまってタダより一歩後ろに下がったのだった。本能的にとった行動であり、タダを避けた
くて下がったというのではないのだが。
「フロル、そうじゃないんだよ。僕は昨日のことを思い出していただけなんだ。心配してたんだ、ずいぶね」
とてもひと言では言い表せないような感情をフロルに伝える事はむずかしい。しかしこれは言うべき事でも
ないのだった。
「怒ってないならもっといい顔しろよな」
フロルはタダの頬を両手でぐいと伸ばしたのである。
「もう、君はいつもそうやって… 」
タダはその両手をつかんだ。
「僕をふりまわすんだから!」
言うよりも先にタダはフロルを抱いていた。その胸の中でじっとしているフロルは生気の輝きがあり、暖
かだった。
“無事で良かった”
ゆうべからその言葉を何度繰り返した事か…
「ごめんな、心配かけて。オレが思ってる以上の事が起こってたなんて全然知らなかったんだもん。でも
逆の場合だとオレ絶対いやだ。だからお前、オレの為にずっと無事でいてくれよな」
フロルらしい言い方にタダは口元がほころんだ。彼女はいつも大まじめなんだろうけれど違うのだ。
“だから僕はフロルじゃないといけないんだ”
そっと伸びて来た指が彼の指先に触れた。手をつなぐという行為にすら感じる時があるものなのだ。タダ
は夢中でその指を握り返していた。
「フロル、僕は吸血鬼じゃないんだよ」
タダは言った。
「だから今すぐにでも君を襲いたい気分になってきた」
正直者の彼は反応が早いのだ。
「よくゆうよ、吸血鬼が襲わない体にしたのは誰なんだ?」
彼女は言い返した。しかし言葉だけの事で抵抗はしていない。
「残り時間が少ないけど中庭に行かないか?」
タダは誘っていた。
「やーだ!」
その言葉にタダは世の中そう甘くはない事を察したのであった。タダの前途はまだまだ多難なのかも知
れないのだ…
終