ローレライ編(2年生)
色んな星人の集う宇宙大学は勉強以外にも得るものは多かった。文化の交流、言語の研究、人種の特性
を研究するにはもってこいの場所だったのである。
フェロモン、というものがある。生き物が繁殖する上において必要なものなのだが、人間にとってはさ
ほど必要なものではなくなってから久しいのであった。
大きな形の良いバスト、くびれた腰、肉付きの良いヒップはまさに男性のあこがれである。男性から見
た理想女性の体型を全てクリアしているモウリはだれからも注目される女学生であった。
「モウリを見てるとムラムラっと来る時があるな」
彼女のいないアマゾンが正直な感想を述べた。
「それは君が正常だからだよ。しかし彼女はフェロモンが強い、最近では彼女にいいよる奴が後をたたな
いからな」
四世が感心したようにモウリを見た。喫茶室の隅の方で何人かの男性と話をしていたのだ。特別の美人と
いうのではないが好感の持てるマスクであった。年頃の男女の集合体である大学は、この宇宙大学に限
らず恋愛するには持って来いの場所なのだった。
「オレに言わせりゃお前もフェロモンが強いぜ。オレなんて全然もてないもんな」アマゾンは四世を指
さして言ったのだった。もっとも彼の場合は端正なマスクと気品にひかれて寄って来る女性が多かった
のだが… しかし彼の場合はあまりにも整い過ぎていて敬遠される所もあったのは否定できないのだ。
「アマゾン、君もなかなか魅力あるぜ、君は気づいていないかも知れないが。きっと君は口でいってる
だけでその気がないだけなんだと思うよ」
それは図星なのだ。彼は故郷に好きな女性がいたからである。B
「それじゃ、そういう事にしておこう… かな?」
アマゾンは少し照れていた。よほどその女性の事が好きなのだろう。
「でもあいつ」
アマゾンはモウリの方に目をやった。
「誰とでも寝るって言われてるんだぜ」
彼は小さな声で四世に教えたのだ。彼女、モウリはアマゾンと同じ工学科の為にそんなうわさを聞く事
もあったのだろう。
「ふうん、彼女がね。確かにそそるよな。でも単なるうわさだろ?」
女性には不自由していない四世も健康な男子学生なのだから女性の話が好きなのだった。
「いや、本当に付き合っている奴が言ってたから間違いないだろう。ま、オレたちには関係ない事だから。
特にお前にはな」
アマゾンはそう言って切り上げたのだった。
フロルはクィーニのアパートでくつろいでいた。彼女の部屋は明るくてかわいい物であふれていた。と
言っても決して散らかっているのではないのだ。
「チャコがここは別世界や、なんて言うの」
と、いうような部屋だったのである。
「オレんとことタダんとこはほぼ同じだもんな。違う所って言えばトトが花を持って来てくれた時だけテ
ーブルが華やかだってとこかな?」
フロルのアパートはそんな感じだったのである。
「なぁ、クィーニ。女らしさって何なんだろう? オレ女になってから時々考えんだけど… お前ってさ、
オレから見たらすごく女らしいんだけど… やっぱみんなから見てもそうなんだろうなって思うんだ」
フロルはおもしろい事をまじめな顔をして言った。
「そんな… 今まで考えた事なんてなかったけれど、まぁ男らしいとは言われた事ないのだけは確かね。
だから男だと定義づけられない… のかな? あれ?」
クィーニもまた、おかしな返事をしたのである。どうやらフロルと話しているとこうなってしまうのかも
知れない。彼女の思考は人とは違うのだ。常識がなぜ常識なのかという所から考える、つまり物事の基本
がどうして基本なのかという事から始まるからである。
「でも、フロルはすごく魅力あるもん。何だか男とか女とか言った次元じゃない所で魅力を感じる時があ
るのは確かだわ。きっとタダもそんな所が好きなんだろうなって思う」
「お前こそ魅力あるぜ。チャコはきっとお前を守ってやりたくて仕方ねぇんだって事がわかるもん。それ
であいつ、自分が男だって再認識してるんだと思うな。お前の女らしさはあいつにっとって救いみたいな
もんかもしんねぇぞ」
お互いほめあっているようで真実を語っていた。いい所を見つけ合うのも親友だからこそできるのかも知
れないのだ。
「フロルの女らしさはきっとタダだけが知っているのかも知れないわ。だって見えない所までわかんな
いもんね」
クィーニはそう言って意味ありげにウインクしたのだった。
「星が見たいの… 」
そう言って観測室にやって来た女性はモウリだったのだ。授業時間じゃなかったので、そこは数人の天文
学科の男子学生しかいなかったのだ。時々天文学科のコースを取っていない学生も見学に訪れるのでさし
てめずらしい事ではなかったのだがみんなは一斉に彼女の方を向いたのだった。夏らしい薄手の布の服は
胸元が大きく開いていて胸の谷間が見えていた。短いスカートから伸びた足はほどよい肉付きで、みんな
の目にまぶしかったのだ。
“女だな… ”
そんな当たり前の事なんだけど、それほど女を感じさせる姿だったのである。
「ほら、こうやって見るんや」
チャコは彼女に説明した。彼は初心者向の旧式の天体望遠鏡で誰でも知っている星を彼女に見せたのだ
った。
「オイ、チャコ。お前よく平然としていられるな」
彼の天文学科の友人がささやいた。
「いや、正直ゆうてクィーニがおらんかったら口説きとうなりそうな子やで」
チャコ本当にそう感じたのであった。
“おおっ!”
と、声にはならないどよめきをチャコは後ろに感じたのだ。真横にいるモウリがかがんで望遠鏡をのぞい
ている。その後ろには年頃の男子学生が目を見開いていた。服と同じ色の薄手のショーツはぴったりとヒ
ップに張りついており、縁のレースが鮮やかに白かった。
「モウリ、これを腰に巻くんや。お前、目の毒やで」
チャコは上着を脱いで彼女に手渡したのである。そして、クィーニと約束していた彼はモウリをそこにい
た友人にまかせて帰ったのであった。
「いやぁ、参ったな。あの子は危険や」
チャコはぼやいていた。今夜はクィーニのアパートにタダとフロルを呼んで夕食を楽しんでいたのである。
「お前も見たんだろ?」
フロルがからかった。
「見えたんや! 見とうて見たんと違うんや! そやからわてはその子に上着を渡して腰に巻いとけって
ゆうたんや!」
ムキになっているチャコの様子を見てフロルは笑っていた。その時の彼の様子がわかるのだ。
「アマゾンから聞いた事があるぜ、その子の事。有名なんだっていってたよ。僕は知らなかったんだけど
ね」
タダが言った。
「なんだ? お前、興味あんの?」
フロルがむっとした顔でタダに迫った。
「いや、興味はないけど… でも何かあると思うんだ。変な感じがする。どうしてなんだろうな?」
タダは何かを考えているようだった。しかし結論はでなかったみたいなのだ。
「やはりわからない、僕の直感力はそんなに強くないんだな」
タダは自嘲しているようだった。
「充分にすごいと思うけど」
フロルがタダを見てにっこり笑ったのだ。
「どうも」
と言って軽いキスをするタダだった。
アマゾンは再び四世とモウリの事を話していた。
「昨夜は天文学科の奴と寝たらしいぜ。それも一人じゃなかったとか。よくやるよな、全く」
情報を仕入れたアマゾンもアマゾンなのだが…
「モラルを説くなんて事、したくないけど気になるんだよな。そんな女がいる事が」
純情なアマゾンらしい言葉なのだ。女性に対する願望が強いのだろうか? しかし複数の女性と上手に付
き合う事のできる四世はさほど驚かなかったのだが…
「きっと誰かに言われんと気づかないんじゃないか?」
アマゾンは気になるようだった。
「かりにそうだとしても君が言える立場じゃないと思うけど」
四世はさりげなくクギをさしたのだ。よけいなおせっかいはむなしいだけだという事を四世は知っている
からなのだ。
モウリは夕暮れの海岸を歩いていた。
“わたしにはもう時間がない… ”
彼女はつぶやいた。
“大学に入るまでは何とも思わなかったのに… どうしてわたしは人とはちがっているの?”
彼女は自分の胸に手を当てていた。ふたつの胸のふくらみが柔らかくて暖かい。
“この胸が… ”
彼女はその胸をぎゅっとつかんだのであった。
“いやだ… はやく… はやく… わたしはずっと… ”
モウリのあせりは日増しに強くなって行くのだった。いつまでこの状態でいられるか、それは本人にも
わからないのである。
“もう少しこのままでいたい… わたしはずっとわたしをわたしと呼びたいの”
それには条件がある事を知っている。それは…
“わたしって女らしい?”
モウリは岩陰で服を脱いだ。日が暮れかかった海岸に若い肢体があらわれた。
“ほら、誰が見てもわたしは… ”
彼女は砂浜を歩き海の中に入って行った。夕日に反射した波がオレンジ色に光り、その中で泳ぐモウリは
とても人間には見えないくらいに妖しくてきれいだったのである。
「誰なんだ?」
アマゾンはひとりで海岸をうろつく事がある。独り身の寂しさを感じる散歩ではあるが、それもなかなか
オツなものであり気に入っていたのである。大学やアパートから近いここは多くの学生達が散歩に訪れる
のであった。
「あ… 」
海から上がったモウリがすぐ前に立っていた。彼女も驚いているのか生まれたままの姿を隠そうともしな
かったのである。
「あ… あ… 」
アマゾンはパニックになり、そのくせ目だけは彼女から離れなかったのであった。
「あ… あのモウリ… えっと… 」
何を言っているのかわからないのだ。ただ裸身の女性が目の前にいて、自分の方をじっと見つめていると
いう現実があるだけの事だったのだが… それはアマゾンの人生においてものすごく衝撃的な事実だっ
たのである。
「服… あそこに置いてきたの… 」
彼女は言った。
「あ、あ! そうだよな。服だよな!」
アマゾンは彼女が指さした岩場を見た。彼女の服らしきものがのぞいている。彼はあわてて岩場に走って
行き、その服を拾おうとした。
「おっと… 」
はらりと落ちたのは小さなショーツだった。
「うわっ!」
おおげさに驚くアマゾンの後ろにモウリが迫っていた。
「アマゾン… 」
彼女はアマゾンを後ろから抱き締めたのである。
「わっ! ばかっ! よせーっ!」
アマゾンのパニックは絶頂に達したのであった。彼は健康な男子学生なのだ。おまけに彼女がいない。
自制心に限度があっても誰が責められるというのだろう?しかも自分が襲うのではなくて彼女の方か
らやって来ているのだ。アマゾンは本能のままに彼女にキスを求め彼女を抱こうとしたのであった…
「寸止めっていうのは難しいもんだ。あいつはやはりうわさどおりの魔性の女だったぜ」
四世の前でアマゾンはまいった、と言う顔をした。いつもの喫茶室でいつもの場所でである。
「抱いてやれば良かったのに、彼女はそれを望んでいたんだろ? 君も初めてじゃないだろうし。僕
は女性が迫ってくるには深い理由があるのだと常に思っているんだよ」
四世は博愛主義者なのだ。ご都合主義に通じるものもあるかも知れないが…
「ばか言え! そんな事できるか! オレは好きになった奴しか抱けないんだよ」
アマゾンは真っ赤になって四世に抗議したのだった。
「なんか怪しい会話だな。抱くだの何だのって」
フロルが二人の前に座った。再び真っ赤になるアマゾン。しかし四世はうまくその場をつくろったの
であった。
「そういやさぁ、前にお前が言ってたモウリって奴なんだけどさ」
そのモウリの話をしていたのだけれど四世はポーカーフェイスで聞いている。
「あいつ急に大学を休むって言って来たらしいんだって。さっき聞いたんだ」
どうやら確かな筋からつかんだ情報らしいのだ。
「それも半年休むんだって。どうしてだかわかる?」
フロルは楽しんでいるようだった。
「いや、見当つかないが」
アマゾンも四世ものって来た。フロルはひと息ついて言ったのだ。
「妊娠してるのがわかったんだって。だから故郷に帰って産むって言ってるんだってさ」
彼女は驚いている二人を見て満足しているようだった。
「そんな体には見えんかったけど… 」
アマゾンは独り言みたいにつぶやいた。
「え? お前あいつの体、知ってんのか? まさか父親はお前じゃないだろな!」
フロルは半分本気で言っているようなのだ。
「オ… オレは昨夜初めて見ただけだ! そんな事しちゃいない!」
アマゾンは激しく否定したのだった。
「アマゾンは無実だよ、フロル。でもモウリって子、その子を産むつもりなんだろうな。でも父親が
わからないんだろう?」
誰もが抱く疑問を四世もいだいていた。
「子供ができた事、喜んでたってそいつの友人が言ってたぜ。何考えてるのかわからないよな」
しかし所詮モウリに関する事は他人事なのだ。親しい友人なら本気で心配したりもするが広い大学内で
起こったひとつのうわさ話にすぎない事なんてみんなすぐに忘れ去ってしまうものなのであった。
しかし半年なんてあっと言う間なのだ。モウリは大学に帰って来たのである。そのモウリはどこから
見ても青年の姿をしていたのだった。まわりの者の驚きはすごかったのであるが…
「つまり、彼女の星は若い時だけ女性の性でいられるんだな。きっと彼女、ずっと女性でいたかったん
だと思う。だから女性であるうちに子供を作りたかったんだろう。普通の女性よりフェロモンが多かっ
たからみんな彼女に夢中になったのかも知れないよ」
タダが感じた事を言った。
「それで誰とでも一緒にいたんだな、でもさ、思春期になると男になっちまうなんて… オレやっぱ、
単性の星の方がいいな」
フロルも性質は違えど両性体の星なのだ。
「じゃ、単性のベビィを作ればいいじゃないか」
四世がフロルに言った。
「それはタダに聞いてくれよ。オレたちまだ、予定にないからな」
フロルはそう言ってタダの方を見た。彼女はタダと結婚する為に女性に変化したのだった。
“いつかこの目の前にいるタダのベビィを産むんだな… ”
フロルの思考がこぼれてきて、タダは心があたたかくなってきた。まだ見ぬ家族が浮かんでくるよう
なのだ。彼女とならやってゆける、それは最初からタダが感じていた事なのだった。
“僕の奥さん… お嫁さん? 家内? 愛する妻… ”
他人に紹介する時、なんて言えばいいんだろうと今から心配しているタダはその場から浮いていた事
は間違いないのだった。
モウリに関する事はやはりうわさが耐えなかったのである。彼女の心はまだ女性であり、男性のか
らだをしていてもやはり男性をあきらめきれなかったのであった。
「あいつ、根っからのトラブルメーカーだったんだな… 」
四世の前でポソリとつぶやいたアマゾンの言葉は真実を語っていたのであった。男性の心を惑わす存在、
それはテラ系に伝わるローレライの話にも似ていたのであった。
終