タダの気がかり編(2年生)   



 フロルはよくもてるのだ。彼女の容姿がその大きな原因なのだがそれだけではない
のだった。きどらない性格や活発な所は好かれて当然というものだろう。
「あまりおもしろくないよ、実際の話」
タダはぼやいていた。自分という存在が軽く見られているみたいで嫌なのだ。
「妬かない妬かない、君も充分もててるぜ」
四世がタダの方をポンとたたいてなぐさめた。
「それにフロルは悪くないよ。第一こびを売るような性格じゃないし」
赤鼻はフロルの肩を持つ。彼の言いたい事はわかっているのだけれどタダとしてはも
っとフロルを独占していたいのだった。
 最近の事なのだがタダはフロルを抱いたのだ。シベリースに帰った時の事だった。
彼女の肌はあたたかく、しっくりと自分になじんでいた。自分の生涯を共にする伴侶
として選んだフロル、だれにも間に入られたくないと思ってどこが悪いのだろうと思
う。
“愛しているんだ”
その思いはだれにも負けない事を自分は知っているのだった。
“僕は君の知らないホクロも知ってるよ”
タダは目を閉じて彼女の姿を求めていた。
「タダ、大丈夫か?」
急にしゃべらなくなったタダにガンガは心配そうに話しかけた。
「あ… いや、大丈夫だよ」
まさか不埒な事を考えていたとも言えないのだ。いい具合にその場をごまかしたタダ
はフロルのいる教室に向かったのだった。

「遅かったじゃん、何やってたんだよ!」
男子学生たちにかこまれたフロルが手を上げて迎えてくれた。不思議と女学生には人
気のないフロルなのだが、それはねたみが入っているからたらという事をタダは知っ
ている。その取り巻きは最初はタダに遠慮していたのだ。しかしふたりの仲があまり
にもあっさりし過ぎていたため、だんだん大胆になってきたのであった。しかしそれ
を気づかない鈍感なフロルだったのである。彼女は自分に対する認識が足りないので
あった。
「わからないところがあったら教えてあげるから」
タダは言った。
「あ、もうこいつらに教えてもらったからいいよ」
フロルはあっさり断ったのである。少し離れた所に男子学生の姿があった。彼らの思
考をさぐってみる。
“婚約者だなんて言ってるけどすぐに結婚するわけでもないくせに”
“どうせすぐに別れるさ。他にいい男、いっぱいいるからな”
“他の学科の奴らもフロルをねらってるからな、じっさい彼女を連れて歩いたら目立
つだろうな”
そんな邪心が彼らからこぼれて来る。
「 … … 」
遅れて来た自分が悪いのだがいい気のしないタダだった。
「フロル、話があるんだ」
その日の授業が終わった後でタダが話しかけて来た。
「どうしたんだ? お前、こわい顔してる」
彼女はタダのそばによってきた。彼女の目がタダの目を見つめている。なにもかくし
ていない純粋な目なのだ。
「何だよ? 突っ立ってないで帰ろうぜ」
フロルはタダの腕に手をからませたのであった。結果的にはぐらかされた形になった
タダなのだが、フロルに罪はないのだ。彼女は俗っぽい事を何も考えていないようだ
った。
「帰ろうか」
タダは彼女の腰に手をおいた。今まで肩だったのが意識して腰になったのだ。スカー
トを通して彼女の体温が伝わって来る。タダはどうしようもなく求めたくなる心を押
さえるのに必死だったのであった。
「じゃ、な!」
いつものように隣のアパートにフロルが入ろうとした。
「待てよ!」
タダは彼女の手をつかんだのだ。
「僕の所においでよ」
彼はさそったのだった。
「あ、悪い。今夜はトトの実験室に夜光植物の観察に行くんだ。なぁ、お前も来ない
か? 航空科の奴もいっぱい来るって言ってたぜ。夜になると誘いに来るはずなんだ」
「僕はいいよ、行っておいで」
再びはぐらかされた形のタダだった。
「でも迎えに行くからね。遅くなるんだろ?」
「いや、だれかに送ってもらうからいいや」
フロルは断ったのだ。彼女はバイバイと手をふって中に入って行ったのだった。
“なんだよ、フロルの奴。僕の事なんてどうでもいいのかい?”
窓を少し開けていた為に音が聞こえて来た。フロルがアパートをロックする音だ。同
時に男子学生の声がする。一人ではないようなのだ。
“だいたい自分のアパートを教えるなんて不用心すぎるぞ、フロル!”
タダは窓からのぞきながら憤慨していたのであった。他人から見ると情けない姿なの
だが本人は必死だったのである。中には女性も混じっていたのでそれがタダを安心さ
せたのではあるが…
“フロルは僕の婚約者なんだからな!”
タダは彼らの後ろ姿に向かって声を出さずに文句を言ったのだった。

「すごい人数になったね」
トトは驚いていた。フロルだけに声をかけたはずなのに知らぬ間に増えていたのであ
る。
「何だか悪い事しちまったな、今日ここに来るんだって言ったらみんなが行きたいっ
ていうもんだから… 今度から気をつけるよ」
フロルはこっそりトトに謝った。
「いいよ、そんな事。植物に興味を持ってもらえると嬉しいから」
トトは人に気を使うところがある。今はフロルを気づかって明るくふるまっていたの
であった。
 夜光植物はうっすら光っていた。昼間はその姿は他の植物にまぎれてしまってわか
らないのだが、夜になるとその存在を示すのだ。
「きれいだな」
フロルはじっと見入っていた。いぶし銀にも似たその葉は細かい毛におおわれて、真
っすぐに伸びた茎のてっぺんで小さな黄色い花が開いていた。
「君もきれいだよ」
彼女の真横にいた航空科の学生がフロルの髪にふれた。
「やめろよ!」
フロルはその手をひっぱたいたのだ。
「きれいな物をみるときれいだと思うのは当たり前なんだよ」
彼は冗談で言っているのではないようだった。名前すらはっきり知らないような学生
なのだ。
「だから何だって言うんだよ?」
フロルは一歩しりぞいた。なぜか急に男に対する違和感みたいなものが体を走ったの
だ。自分がずっとなりたくて仕方なかった理想の男とは違う、もっと生々しいものが
今、現実に感じられたのだ。
「君だけがそう思っているんじゃないぜ」
もうひとりの学生が口をひらいた。
「たとえ婚約者がいようがいまいがフロルは魅力的だよ」
彼はフロルの方を見てにっこりほほ笑んだのであった。夜という時間は多少人間を変
えるのだ。彼は自分の感情に素直になっていたのである。フロルとは一対一で話をす
るチャンスがない、だからこんな場所でしか言えない彼らだったのであった。

 そのすぐ後ろで一緒について来た女学生たちがこっちをじっとにらんでいた。
“あの子が目当てだったのね”
片方がもう片方に言っているようだった。
「きれいな花は手折りたくなる、そんなものなんだよ」
最初に言いよってきた学生が手をさしだしたのであった。たとえ鈍感なフロルでもそ
の意味くらいはわかるのだ。急な事で頭がパニックになったフロルは絶句したのであ
る。彼女の顔色が変わった。
“男なんて嫌だ!”
彼女の違和感が嫌悪感に変わったのだった。彼女はたまらなくなって何かを言おうと
口を開いたのだ。
「ねぇ、君たち」
先に口を開いたのはトトだった。
「きれいなものをきれいだっていうのは素直でいいなと思うけど… でも手折るのだ
けは止めて欲しいな。だって僕たち農学科の者は大切に育てているんだもん」
彼はにっこり笑ってやんわりいさめたのであった。フロルにいいよった学生達もトト
の間の抜けたいさめに腹も立てずに笑っていた。彼女の返事は聞いていなかったがそ
の正直な反応を見たら何を考えているかがわかる。
「そろそろ帰りましょ」
女学生が声をかけた。もう深夜なのだ。
「フロル、送って行くよ」
誰かが言った。
「いや、いい」
フロルは彼らの申し出を断ったのであった。
「でももう遅いじゃないか」
彼らの心配は本物だったのだが彼女はそれに気づく余裕はないのである。
「本人がいいと言ってるんだもの、いいじゃない!」
女学生は冷たいのだ。仕方なくかれらはフロルを残して帰っていったのであった。
「何だよ… 男なんて嫌いだ!」
フロルは今まで男を意識した事がなかった自分に腹をたてていた。自分が思っている
自分と他人から見た自分に大きな隔たりがある事にやっと気づいたのだ。今まで気づ
かなかったというわけではないのだが、打ち消していた部分があった事も事実である。
フロルは夜光植物の前に座り込んでべそをかいていたのであった。しかし彼女をこの
まま放っておくわけにはいかないのだ。
「あの… 僕も男なんだけど… 」
トトがおそるおそる話しかけた。これ以上泣かれたら自分が泣いてしまいそうになる。
「お前は… 友達だから男女関係ねぇよ… 」
その言葉にほっとしたトトが彼女の前に暖かいミルクを置いたのだ。
「タダを呼ぶよ」
トトは言った。少し落ち着いたフロルは黙ってうなずいたのであった。

 すぐに飛んで来たタダは酔っていた。
「君の心配が見えるようだよ」
と言ってトトが笑った。
「その心配がわからないお姫様がいるから困るんだ」
タダがそう言って返したのである。
「フロル、帰ろうか?」
タダは上着をフロルにかけたのだ。深夜なので気温が低くなっている。彼女は立ち上
がったのであった。
 何も言わないフロルの心をタダは察していた。フロルが心をロックしていなかった
ので自然と通じてしまうのだ。
「僕だって君が嫌がっている男のひとりだよ」
タダは切り出した。
「今日、君が出て行ってから心配で… 嫉妬した」
タダはひとりで飲んでいたようなのだ。
「僕は今まで執着… なんて言葉に縁がないと思っていた。どんな時でも平気な顔で
いられたんだ。でも違う… 僕は君に執着している自分を知ったんだ、君の事が何で
も心配なんだよ」
フロルは顔を上げてタダを見た。頬が赤くなっているのは酔っているためだけなのだ
ろうか?
「君を大事にしたいという気持ちはだれにも負けないと思っている… そんな男だよ、
僕は」
ゆっくり歩く二人の影が長かった。満月の夜だったのだ。
「僕のアパートに泊まっていきなよ」
フロルのアパートの前でタダが言った。大学から帰った時に言いたかった言葉なのだ。
さりげなく言ったようだけどタダの心は焦っていた。
“このまま男嫌いにならないだろうか?”
とか思う。
「お前の考えてる事がわかるよ」
フロルはいきなりタダの首に抱きついてきた。よろけながら受け止めるタダ。
「お前だけでいい!」
男が、とでも言いたかったのだろうか。でもそんな事なんてどうでもいいくらいフロ
ルは自分に対して打ち解けている。タダはそれだけで満足であり、さっきの不安が吹
き飛んだのであった。

「気をわるくさせて悪かったな」
昨夜の学生がフロルに謝った。でも男とは誰でもそういうものだとタダが教えてくれ
たのだ。
「いいよ、別に」
フロルはぶっきらぼうに返事したのであった。今までと変わらない態度だった。これ
からもずっと自分は女なのだ。そんな時にはどう対処したらいいのかちゃんと考えて
おかなければと、まじめに考えているフロルの思考がこぼれていた。タダは思わず笑
ってしまったのであった。
“やはり僕だけが君を理解できるんだ”
そんな事を考えているタダもタダだったのだが…
   やはり目立つフロルなのだがこれからはもっと違う形で男子学生と接してくれるだ
ろう。いや、接してくれなくては、また接して欲しい… 
 まだまだタダの苦難は続くのであろうか? それは誰にもわからないのかも知れな
いのであった。

                                     終
  


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