ピアリーのほほ笑み編(3年生)    



「オレだんだんウソつきになっちまう… 」
フロルはぼやいていた。別名“死の病棟”の患者の看護にあたるケアマン、ケアウーマ
ンの実習も今ではもう半年が過ぎた。しかしこの実習は確かに精神力を養うのであるが
その負担も大きかったのである。
「でもそれは必要悪だろ? ウソをついて患者が満足しているならそれはそれでいいん
じゃないか?」
タダも半年間のケアマンの実習でそれを学んだのである。
「だからぁ、それがつらいって言ってるんだ!」
正直でストレートなフロルの感情表現は時として失敗をまねくのだ。彼女にとって感情
をセーブするのがいかに難しい事かは想像がつくタダだった。
「でもその為の実習だろ? さ、行っておいで。君の新しい相棒が待ってるよ」
二人一組で看護にあたるのでお互い協力しあって実習を進めなくてはならないのだった。

「わたし、医学科4年生のピアリー・メイン、よろしくね。あなたの事はヌーからよく
聞かされてるの。だから初めてのような気がしないわ」
理知的な黒髪の女性が手を差し出して自己紹介をした。
「あんたがヌーの知り合いだなんて驚きだな。オレ、航空科3年のフロルベリチェリ・
フロル、よろしく」
フロルはその手を握り返したのである。すきのない、そしてとても学生とは思えないよ
うな落ち着きをもっている女性だったのである。今月はこのピアリーと共に一人の患者
を担当するのであるがフロルはなぜかタダと共通する何かを感じていたのであった。彼
女の短い黒髪のせいなのだろうか? それともその、落ち着いたまなざしのせいなのた
せろうか。
「航空科なの? それじゃ将来は女性パイロットね。素敵だわ」
彼女はきれいに笑った。フロルから見ても大人の雰囲気と色気が感じられ、こんな女医
がいればその病院は患者が増えそうだと思うのであった。
「ピアリーは医学科だから女医になるんだね」
フロルは当たり前のように言ったのである。ピアリーはやはりきれいにほほ笑んでいた
のであった。そのほほ笑みはみる者を不思議な気持ちにしてくれる、そんな魅力をもっ
ていた。
“ヌーの奴、ひょっとしたらピアリーの事、気に入っているのかもしれないな”
フロルはそう思ったのであった。

「今回は子供の担当ね。6歳の男の子よ。このままだと後半年程の命だわ」
カルテを見ながらピアリーは言った。しかしその半年という命にフロルは感謝したので
ある。以前の担当は実習中に目の前で亡くなってしまったのだった。だから少なくとも
その子がいなくなるのを見ずにすむという事はありがたいのだった。
「でも子供はいやだな… 気が重い」
フロルの病室に向かう足取りが重かったのである。ピアリーはそんなフロルの気持ちを
察してか気遣うように両肩に手を置き励ましてくれたのであった。

「ぼくはあと半年生きられるって先生が言ってたよ!」
嬉しそうに少年は言った。まだ少年と呼ぶには幼いようなくらいその体は病気の為に成
長していなかったのである。
「だからまだまだ何でもできるんだ」
フロルはいきなりカウンターパンチを食らってしまって自己紹介もできなかったのであ
る。
「お姉さんたちはね、今日からあなたのお友達よ! よろしく。わたしはピアリー、そ
してこっちのきれいなお姉さんはフロルって言うの。よろしくね」
そつなくピアリーは自己紹介をしたのである。救われた思いで彼女の方を向いたフロル
にピアリーはうなずいてこたえたのであった。少年の名はホープ、彼は名前どおり希望
を捨ててはいなかったのである。彼は二人に細いあざだらけの手を差し出した。思わず
目を見開いて行きを飲んだフロルだったがピアリーは躊躇する事なくその手を取ったの
であった。

「ピアリー、あの子… 」
実習が終わった後でフロルは彼女に話しかけた。
「 …みたいね。幼児虐待、でしょう? あのあざ」
手に取ったカルテを見ながら彼女は顔を曇らせたのであった。
「たいてい両親が横の部屋で寝泊まりすんのにいねぇからおかしいと思った… でもさ、
幼児虐待の上に不治の病気かよ… 」
フロルは大きくため息をついたのであった。
「テラ系惑星F、急激に発展した惑星だわ。そんな惑星にはよくある事なのね。人間に
歪みができやすいと言うか… 飛行機が空をとんでから100年もたたないうちにワー
プエンジン搭載の船を作り出した程らしいわよ」
彼女は説明してくれた。なかなか博識のようだった。

「今日ピアリーと一緒だったんだ。彼女、すごくいい奴だぜ」
フロルはいつもの喫茶室に集まったメンバーの前で彼女の事をほめていたのである。
「そんな素敵な彼女なら一度お目にかかりたいな」
四世は彼女に興味を示していたのである。
「だめだよ。お前、今つきあっている奴がいるじゃねぇか。そいつと縁が切れてから
にしな」
フロルはあっさり断ったのである。
「どういう意味だ? 僕はただ会ってみたいと言っただけなんだぜ。つきあうとかそ
んな… 」
四世は憤慨している。
「だってお前、すぐに女をものにするんじゃねぇのか? そんな奴にピアリーを会わ
せられねぇよ」
フロルは平然と言ったのであった。
「おい! タダ、フロルを何とかしろよ!」
四世は思わずタダに救いを求めるのであった。

「ホープはここにいる事が嬉しいのね」
ピアリーはフロルに向かって言った。自分の家で両親から受けた心と体の傷はこの大
学病院に来た事により薄らいでいたのである。彼は現代でも極めてまれな病気であり、
大学病院であるからどうしてもその実態をつかみたいという医師団の要請もあって検
査が続く事もあったのだ。普通なら“死の病棟”に入った者は静かに余生をおくる事
ができるのであるが彼の場合は少し違っていたのである。
「オレの事、お姉ちゃんって呼ぶんだぜ。弟がいたらあんなのかなって思っちまう。
この前なんかさ、動物の絵を描いてくれってせがまれていざ描いてやったら大声で笑
うんだ。何の絵かわからねぇって… マウスの絵だったのに… 」
スポーツに向いているフロルには芸術の才能がないようだった。
「でも彼、喜んでいたじゃない。上手下手なんでどうでもいい事なのよ、彼にとって
は」
ピアリーは慰めてくれたのである。フロルはピアリーの気配りに不思議な感覚を覚え
るのであった。最初は黒髪だからタダに似ていると思ったのだがこうやって話してい
るとヌーといるような気がするのだ。
“結局知っている誰かと共通点を探しているだけなのかな?”
フロルはそう思ったのであった。

「タダ、オレ食欲ないよ」
フロルはたった一皿のシチューにてこずっていたのである。
「今日のは僕が作ったんだぜ。そんな事言ってないでしっかり食べないと体力がもた
ないよ」
タダは自分の器のシチューをフロルの口元に運んでやった。彼女は仕方なくそれに口
をつけたのだった。この実習がある期間はどうしても食欲がなくなるのだ。それはタ
ダにも言える事だったのである。
「でもピアリーがいるから何とかもっているんだぜ。前に組んだ奴なんて泣いてばか
りでさ、オレ慰めるのに必死だったんだから」
タダはフロルがしきりに褒めるピアリーにタダは何かしら感じるものがあったのであ
る。それは決して悪いものではないのだが…

「ヌー、お前ピアリーの知り合いなのか?」
フロルは授業中だというのに話しかけた。
「ああ、そうだ。彼女は宗教学科の授業も取っている。時々話し相手になってもらう
のだが… 」
ヌーは彼女の顔を思い浮かべているのだろう、遠い目をしている。
「本当にいい人だ。フロルがひかれるのも分かるような気がするよ。彼女の言葉はと
ても深くて心に響いてくるのだ。彼女の言葉は歴史が感じられるんだ」
ヌーはどうやら彼女に引かれるものがあるようだ。しかしそれは恋愛感情ではないら
しい。
「そうだね、ヌーの言う通りだと思う。ピアリーといると何だか母上といるみたいで
つい甘えたくなっちまう」
あれだけタダに甘えているくせにと思うヌーだったのだが…
「フロル、教官が見ているよ」
タダは小声で注意した。フロルははいはいと言うように首をすくめたのであった。
「いい人だからこそ… 」
ヌーの独り言のように言った言葉はフロルには届かなかったのであった。

「さ、行っておいで。ピアリーが待ってるんじゃないか?」
タダはフロルを急き立てたのである。
「わかってる」
フロルは不機嫌そうに返事をしたのだった。
「着替えもあるんだろ。早く行かなきゃ遅刻だよ」
タダは不機嫌なフロルの顔には負けてはいない。
「わかってるって言ってるだろ! お前はだいたい… 」
と言いかけた所にピアリーが通りかかったのであった。タダは初めてみる彼女にあ
いさつをしたのである。
「タダトス・レーンです。彼女がいつもお世話になっています」
その保護者のような口調にピアリーはほほ笑んだ。ヌーに聞いていたとおりのカッ
プルなのだ。
「よろしく、タダ」
ピアリーは握手を求めたのであった。
“ …? ? ”
タダはその手を取って驚いていたのである。しかし彼は顔には出さない。そしてフ
ロルの方を見た。何も気づいていないようなのだ。
「行きましょうか、フロル。急ぎましょう」
彼女の催促には素直に応じるフロルだったのである。

 二人がホープの病室に入って行った時、彼は一人で泣いていた。最近では起き上
がる事ができない程、目に見えて衰弱してきたのである。これでは診断書より死期
が近くなるかも知れないのだった。
「どうしたの?」
ピアリーは聞いた。ホープは二人の顔を見ながら涙ながらに訴えた。
「ママは今日も来てくれなかった… 」
ここに入院してからも一度たりとも姿を見せた事がないのである。故郷の星の拘置
センターに入っているとは言え、わが子の面会はさせてもらえるはずだったのであ
るが、彼女がそれを拒否しているのであった。彼女は自分を拘置センターに送り込
まれた原因となったホープを憎んでいたのである。
「ママはきっと忙しくて… でも明日になれば来てくれるかもしれない… 」
彼は今まで随分我慢して来たのだろう。でも彼の望みは絶望的なものだったのであ
る。
「そうね、ホープがずっと病気に負けないでいい子にしていればきっと来てくれる
わよ」
彼女はそう言って慰めたのである。しかしそれは所詮気休めである事を知っていた
フロルは後で彼女に聞いたのであった。
「どうしてあんなすぐにばれるウソをつくんだ?」
しかしピアリーは笑って答えてくれないのだった。
「もし… 母親が来てくれないとわかったらあいつ、ショックを受けるぜ」
フロルはそれを心配していたのである。
「大丈夫よ。きっと… 」
彼女のほほ笑みには何かが隠されているようだった。

「それにしてもさ、どうして自分を虐待していた母親に会いたいんだろう?」
アパートに帰ったフロルはタダに聞いた。
「きっとその子、入院している間にいやな事を全部忘れようとしているんだと思う。
人を憎むことも自分の運命を嘆くこともね。だから母親の事を単純に慕う事ができた
んじゃないのかな」
「でもそんな事、できるんだろうか?」
フロルは不思議だった。
「幼いながらもきれいな心で死んでいきたいと思っているんだよ」
タダの直感だった。
「そんな… オレならそんな事できないよ。きっと誰かを恨んで病気を憎んで最期ま
で抵抗しながら死んでゆくと思う」
フロルらしい思いだった。
「ぼくだったら… そうだな。君が横にいて、手を握ってくれていてくれたらそれで
満足だよ。いちばん愛する君さえそばにいてくれたらね」
タダはフロルをじっと見つめていた。
「そんな… お前が死ぬだなんて… そんな事、絶対いやだ! それにその頃子供で
もいてみろ、きっとお前… 子供もそばにいてほしいって言うに決まってるじゃんか。
そんな事、言わないでくれよ… 」
「ごめん、悪かった」
タダはフロルの体を包み込んだのである。暖かな… それでいて大きな胸はいつだっ
て彼女の心をいやしてくれるのであった。

「何だかつらそうだな、どうかしたのか?」
フロルがピアリーに聞いた。いつもと様子が違っていたのである。
「ちょっとね… わたしも年なのかしら? でも大丈夫よ」
少しふらついてはいるものの彼女は病室に向かったのであった。医師や看護婦が出て
行った後は学生達のケア・マンあるいはケア・ウーマンの実習時間なのだ。二人は看
護婦から日誌を受け取ってホープの所に行ったのであった。
「なんだかつらそうね」
病状が落ち着かないらしい。看護婦から預かった日誌には事細かく彼の病状が記入さ
れていたのだが決して良い状態であるとは書かれていなかったのである。
「半年どころか3カ月ももたないかも知れないわ… 」
薬で眠っているホープの横でピアリーはため息をついた。
「こんなに小さいのに死んでしまうなんてね。若くて… 普通の子なら生きているっ
ていう事すら意識していない年頃なのにね… 」
彼女は突然顔を覆って泣き出したのである。
「ピアリー… そんな… 」
フロルは驚きを隠せないのだ。昨日まであんなに落ち着いて理知的だった彼女が泣く
だなんて… フロルはパニックだった。
“泣くんだったらオレの方なのに。オレが泣くのはめずらしくも何ともないんだけど… ”
  しかし逆にフロルは自分がしっかりしなくてはと思うのであった。
「ピアリー、我慢しなくちゃ。オレもつらいけど泣いてちゃいけないと思って頑張っ
てるんだぜ」
と、月並みな言葉で励ましたのであった。

「ママ… 」
ホープは目を覚ましたのである。枕元にはまるで何事もなかったかのようにして二人
が座っている。
「よく眠れたかな? 今日はホープにいいことを教えてあげるわ」
ピアリーはにっこり笑って言った。フロルは思わず彼女の方を見た。ついさっきまで
泣いていたというのに… そんな思いである。
「いい事って? どんな言いい事なの?」
彼は興味深そうに聞いたのであった。子供は誰でも好奇心が旺盛なのだ。たとえ病気
であったとしても好奇心は消える事はないのだった。
「それはね! すごくいい事なのよ。明日になれば… 明日を待っていてね」
彼女は楽しそうにホープの指に自分の指をからませて約束したのであった。

「ピアリー、明日って実習は入ってねぇよ」
フロルは不審に思って聞いたのである。
「だからなの… 明日じゃないと… だって準備が長くてね。でも子供って気分屋だ
からきっと彼、あしたには少し元気がでてるかも知れないわ」
ピアリーは何かを考えているようだった。でもいったいどんな事を… フロルには分
からなかったのである。しかし彼女の目はすごく澄んでいてまるで… 。少し前まで
ヌーと感じが似ていると思っていたのに今ではあまり思わなくなった。
“オレどうかしてるぜ”
フロルは思った。

 フロルはホープの病室でピアリーを待っていた。しかし彼女はなかなか現れなか
ったのだった。
“きのう何だか疲れていたみたいだったな”
フロルは心配になって来たのだった。
 ノックが聞こえる。
「ホープ、きっとピアリーだぜ」
フロルは音もなく開くドアを見ていたのである。
「ママ!」
ホープはドアの所に立っている女性に向かって叫んだのである。
「ママ!」
彼はもう一度叫んだのであった。ママと呼ばれた女性は真っすぐにホープの所へ行
って彼を強く抱き締めたのである。
 フロルは呆然としてその様子を見ていた。何だか変だ… この光景事態がウソの
世界のように感じられて彼女は素直に感動できなかったのであった。
「ママの胸だ… 」
ホープは母親の胸をさぐりだした。彼女は一瞬ビクリと体を固くしたがそれでもホ
ープにその胸をずっと触らせてやっていたのであった。
「!!」
フロルは驚いた。白いブラウスの透き間からのぞく彼女の胸は茶色のシミが浮き出
ていたのである。しかしホープはそんな事に気づきもせずに母親の腕に抱かれて満
足していたのであった。
「いつでもあなたの事だけを思っていたわ。たとえ会えなくてもずっとあなたの事
を思っているから… これからもずっとよ、ホープ」
彼女はホープに小さなメダルを渡したのである。彼の星の通貨であり決して珍しい
ものではなかったのであった。しかし彼にとってそのメダルは特別のものだったの
であった。
 しばらく母親と話していたホープはやがて静かに寝息をたてはじめたのであった。
まだ薬が残っているらしい。彼は母親が帰って行くのを納得し、そして眠りについ
たのである。

「ピアリー… って事ないの… かな?」
病室から出た母親に彼女は話しかけたのであった。姿形は変わってもなんとなくそ
う感じたのであった。
「そうよ、フロル。この姿を保つ事はもう無理よ… ウソをつくのも限界だわ。で
も最後のウソは悪いウソじゃなかったと思うの」
彼女はふらついた。フロルはすぐ横で彼女を支えてやったのである。
「しっかりしろ!」
昨日よりもっとつらそうだ。
「ピアリー、お前… 」
フロルは驚きを隠せなかったのである。うわさにはきいた事があるが実際のところ
初めてだったのだ。ピアリーのように変態する事ができる星人がいる事を。いや、
変態というよりそれは変身に近かったのだ。
「そうよ、わたしはずっと変身して姿で大学生活を送っていたの。でももうだめね。
疲れちゃって… 」
彼女は本当に疲れているみたいだったのだ。
「あなたには黙っていたけど、わたし大学をやめる事にしたのよ。今月いっぱいで
ね。そして故郷の星に帰ってゆっくり過ごすの、家族とともに… 」
ピアリーはやはり笑っていた。
「お前… 病気なのか?」
フロルはそんな気がしたのだが… それに対する答えはなかったのであった。フロ
ルは彼女を支えたままでアパートまで送って行ったのである。

「タダ、どうしよう? ピアリーが死んじゃうよ! だってあいつすごく疲れてい
たみたいなんだぜ。大学もやめるって言ってたんだ」
フロルはタダに抱きついた。
「きっと大丈夫だよ。今頃もとの姿に戻ってくつろいでいると思うぜ」
「お前、ピアリーの事、知ってたの?」
フロルはタダが何かしら自信ありげなので不思議に思ったのだった。
「いや、変身しているとは気づかなかったけれど彼女がかなりの年だという事は知
っていたよ。いつだったか握手をした時わかったんだ。ぼくの事を“わたしの孫と
同い年なのね”って心の中で言っていたから」
タダは平然として言った。
「えっ?」
「80才くらいなのかな? 彼女」
「ええっ!」
「だから大学を辞めるのは正解だとおもうな。子供や孫たちと余生を送った方がい
いと思うから」
タダは次々と信じられない言葉を連発していたのだった。
「ちょっと考えさせてくれよ… 」
そう言ってフロルはタダのベッドに倒れ込んだのであった。
“ピアリーの胸にあったシミは病気じゃなくて老人性のシミだったんだ”
フロルは納得したのだった。
「でもお前、どうして言ってくれなかったんだよ!」
「いや、彼女が隠しているみたいだったから… ぼくはお年寄りには親切なんだ」
 今日は実習のある日だった。フロルはピアリーのアパートに彼女を迎えに行った
のである。彼女はいつもと同じ顔でいつもと同じようにほほ笑んでフロルを迎えて
くれた。
“ああ… そうだ。ピアリーの笑顔って無垢な老人の笑顔なんだ… ”
それは悟りきったような、すべてを許しているような、そんな澄んだ笑顔だったの
である。
“だからヌーにも似ていたんだ。そしてタダにも”
フロルは思ったのである。ヌーやタダが老人と言うのではなくて何か悟っているよ
うな部分が彼らにはあるように思えるのだった。
“ま、タダに関してはひいきもあるよな”
「大丈夫か?」
フロルは彼女をいたわるようにして言った。
「やはりばれてしまったのね。でもみんなには黙っててね。だってわたし、大学に
行ってみたかったから… 20年もかけて勉強したのよ。わたしの子供の頃って惑
星間の戦争があったために勉強したくてもできなかったから」

 ホープの病状は落ち着いていた。彼は母親からもらったメダルを大事そうにもっ
ていたのである。そしてその場にいなかったピアリーにメダルを見せて自慢してい
たのであった。フロルはそれがウソだとわかっていても彼の為にはそのほうがいい
のだと知っていた。
「本当によかったな。それ、大事にしろよ」
フロルはホープの手を握りながら話しかけたのであった。

 ホープの実習が終わった後でピアリーは大学から去っていった。
「ピアリーって年をとっても美人じゃん!」
宇宙空港でフロルはピアリーの本当の姿を見ながら言った。82才だという彼女の
顔は、しわは多いものの昨日まで若者達とともに学んで来ていたために明るく輝い
ていのである。ヌーは初めて見る彼女の姿にさほど驚いていないようだった。きっ
と彼女から聞いていたのだろう。たった3人だけの見送りだったがそれは彼女が望
んだからである。
「お元気で、ピアリー」
今度はタダから握手を求めたのであった。
「あなたもフロルとお幸せにね! もう充分幸せでしょうけれど… 」
彼女は意味ありげにほほ笑んだのであった。ふたりは少し赤くなっていた。
「じゃ!」
彼女はそう言い残して船に乗ったのである。

 見送っているフロルとヌーの横顔を見ながらタダは考えていた。
“フロルもヌーもピアリーもみんな違うんだ… ”
自分と、である。僕には直感力がある。フロルは完全体、ヌーはヴィドメニール。
そしてピアリーは変態する体質… 
“いろんな体質があってみんないつかは婚姻関係によって一つのタイプになって行
って… やがては対銀河の付き合いが始まる宇宙時代がやってくるのではないか? 
 タダはふと、思ったのであった。

                                  終



BACK


TOP