空に咲く花(3年生)
それはほんのつまらない事だったような気がする。どうしてそうなってしまったのかと言うと
ひたすら自分が悪いのだ。ちょっとした言葉の行き違いでケンカになってしまったのだった。
「いいのか? フロル」
四世が心配そうに聞いてきた。
「いいよ!」
フロルはつっけんどんに答えたのであった。船の外には見送りに来たタダがいる。そのタダに一
言も口をきかないままでフロルは出発したのであった。今日は一泊で植物学の実習旅行があるの
だった。フロルと四世とアマゾンはトトのすすめで植物学を取っていたのである。そして3年の
後期の授業では鉱性植物の群生地の見学があるのだった。
「お前も意地っ張りはなおらないんだな」
あきれたようにアマゾンが言った。外見のわりにあんまりなのだ。黙って座っていればどれだけ
の男性を魅了させる事か知れないのに、そんな思いなのだ。
「だって… 」
悪いと思ったら素直に謝れば後々尾を引かないのにそのタイミングを失ってしまったのだった。
「だってタダはあんまり反応がないんだもん。オレひとりが空回りみたいなんだぜ」
多分フロルの言うとおりなのだろう。タダはフロルの事を思うからこそむきになって言い返さな
いのだろう。でもそれがフロルにとって不満だったようなのだ。
「ま、どうこう言ってみても、もう空を飛んでるんだ。帰ってからの事にしておけばいいさ」
四世はとりあえずそんな言葉でその場をおさめたのであった。ここは大学惑星の外気圏であり、
はるか下方には宇宙大学天文学科の天文台B−1が見える。もっとも宇宙空間において上も下
もないのであるが… ここまでは航空科の3年生以上の学生が連れて来てくれるのだ。それが
彼らの実習でもあった。
「こんな所によく栽培する気になったもんだ」
アマゾンがトトに言った。真空の宇宙空間にはランのような形の大きな花を咲かせた植物が群
生していたのである。
「だってこの鉱性植物はここが一番育ちやすいんだもん、しかたないよ」
「でもこいつらいったい何を栄養にして生きてるんだ?」
フロルは聞いた。こんな植物を今まで見た事がないのだった。知らぬ間に人垣ができていた。
パイロット係の者を除く航空科の学生達が展望台に集まって来ていたのだった。中にはフロル
と同じクラスの者もいて彼女の質問の答えを待っていた。
「フロル、宇宙空間って何もないように見えるだろ? でもね、色んな有機物があるんだよ。
ややこしい名前ばかりだから言ってもピンとこないだろうけど要するに、基本元素は炭素、水
素、酸素、窒素ってとこかな? そんなのを栄養にしてるんだ。そして太陽風にさらされなが
ら育ち種を飛ばしている。そう、宇宙空間って何もないんじゃなくて生命の元が漂っているん
だよ」
トトは専門分野に関してはものすごい知識があった。ちょっと得意そうに話すトトをフロルは
感心したようにながめていたのである。
「お前… いい顔してる。なんだかすごく男らしい」
フロルはみんなの前でトトの事をほめた。
「フ… フロル… え… あの… 」
顔を真っ赤にしていつもの自信無げなトトに戻ってしまったのだった。
「よーっ、トト。うらやましいな、このフロルがほめてるぜ!」
航空科の学生がからかったのであった。彼は今回みたいな他の学科の学生達の送迎当番の時にフ
ロルと一緒のグループだった事があって、その時にぼろくそに言われた記憶があったのだ。彼女
の口の悪さは有名だったのである。
「あん時はお前のワープがへたくそだから航空科以外の奴がほぼ全員酔っちまったんじゃねぇか!」
フロルがトトの側についたのだった。みんなはそのやり取りがおもしろくて笑っていた。こんな
和気あいあいとした実習光景を責任者の教官たちがまぶしそうに見ていたのだった。他の学科と
の交流はお互いの知識を分け与えあう事にもつながるのである。そして何より学生同士の新しい
友情の芽生え、それが一番の目的であった。彼らは卒業後自分たちの故郷に帰り、エリートとし
ての確実な道が待っている。そして対外的な面でも他の星人たちと少しでも多くの知り合いがい
れば惑星間における助け合いができるし戦争もおこらないだろう。しいてはこの銀河全体の和平
にもつながると思っていたのであった。
「明日はあの花の種子を採集する。航空科の諸君は植物学の者たちの宇宙遊泳のサポートにあた
ってくれ」
教官はそう言い残して教官室に消えていった。後は自由時間なのだ。二つの学科は夕食を取りな
がら色んな話題に花が咲いていたのである。同じ年頃のものたちの会話はとりとめもなく、そし
て楽しい。
「夜の時間だというのにらしくないな」
アマゾンが外を見ながらぼやいた。宇宙空間に慣れていない学科の者はどうしても睡眠不足にな
りがちなのだ。
「夜だと思ったら眠れるぜ」
フロルがアドバイスした。
「お前はいいよな、どこでだって寝られるってタダが言ってたぜ」
アマゾンがうらやましそうに言った。
「お前に言われたくねぇよ」B
フロルが言い返していたのである。
夜が明けるという表現は正しくない。が次の日の授業時間になったのである。
「宇宙遊泳は1年ぶりだよ」
トトは言った。少し緊張しているようだ。
「心配ないって、航空科の奴らがいっぱいいるんだぜ。少しの時間だもん」
種子を採集するだけの、航空科の授業の宇宙遊泳とは比べ物にならないほどの短い時間だったのだ。
それでもみんなの準備は大変だったのである。
「採集用の真空パックの用意はいいかい?」
トトは四世に聞いた。
「ちゃんと持ってるぜ、いつでもOKさ」
フロルもサポーターの航空科の学生達と一緒に固まっていた。一応彼女は植物学の学生の一人とし
て数えられていたのである。
「お前がサポーターかよ」
いやそうな顔をしてフロルが言った。きのうトトをからかっていたトッポという学生なのだ。フロ
ルはサポートの実習をした事はあるがされる事は初めてなのだった。
「フロルが遭難したらオレが助けてやるよ」
手を差し出してトッポは言った。彼はフロルのグループをサポートするグループの一員であったの
だ。
「大きなお世話だよ、お前こそ遭難しないように気をつけな」
彼女はその手を払いのけて言い返したのであった。
「相変わらずかわいげのない奴だなぁ、タダの気が知れないぜ」
トッポが言った。その言葉に一瞬フロルの顔が曇ったのである。
しかしその変化を彼は見抜けなかったのであった。フロルは黙って宇宙遊泳用のスペーススーツに
着替えたのだ。完全密閉のスペーススーツは気圧の変化も極端な温度変化も感じさせず、宇宙を漂
う物に当たっても平気なくらいがんじょうに作られていた。デザインもすっきりとしておりかつて
のような動きにくい物ではなかったのである。両側の腰の部分に付いたブースターはスイッチひと
つで推進力になり自由に遊泳できるという優れ物であった。素材が丈夫になったため、その色もさ
まざまで、昔のように白っぽい色と決まっていなかったのである。
宇宙遊泳は海とは違う。エアロックを出たとたんに慣れない者なら急激な不安感に襲われるのだ
った。
「最初はゆっくりでいい。そのうち慣れてくるからさ」
フロルは植物学の学生をサポートしながら言った。
「オレの足を持ってくれ。花の所まで連れていってやる」
トッポは要領よくサポートをしているようだった。
鉱性植物はちかくに来るとものすごく大きな群生だというのがわかる。その花だけでも人間の背
丈の半分くらいもあり、群生している固まりは中型の宇宙船一隻ほどなのであった。
「しかしこれ、いったいどれが種なんだ? 花も茎もみんな同じ色してるからわかんねぇや」
花のすぐそばに近づいたフロルがトトに聞いた。彼はもう種子を真空パックに採取し終えていたの
である。
「ほら、この茎の先に付いている葉っぱみたいに平らな部分がそうなんだ。これが熟すといきなり
双葉みたいに開いて中の種をばらまいてくんだよ。こんな花でも太陽の方を向いている方に花が多
い。きっと太陽風を受けたいんだと思うんだ」
トトはその葉っぱみたいな所から種を取り出してフロルの真空パックに入れてやった。真空パック
の中でその種は漂い黒っぽく光っていたのである。
「フロル、来てくれ! ひとりいない!」
耳元に付いた通信機にトッポの慌ただしい声が飛び込んで来た。彼女はグループから少しはなれた
所でトトとしゃべっていたのであった。
フロルはブースターに手をかけ素早く移動して行った。その先には不安な表情が隠せないトッポが
彼女を待っていたのである。
「いったいいつから?」
フロルは聞いた。見えなくなった時がである。
「気がついたらいなかったんだ。オレが連れて来たやつなんだけど種がたくさんある方に行くって言
ったきりで… きっとそいつの通信機は壊れちまっているんだ」
トッポは落ち着きを失っていたのである。
「ばか、きっと見つかる。おろおろすんじゃねぇ!」
フロルはトッポを励ましたものの、行方不明になったのは自分のグループの者だったのでやはり内心
は不安だったのである。
“タダがいりゃあ簡単に見つけちまうんだけど… ”
目の前にタダの顔が浮かんだ。しかし今は頼る事はできない。
「捜すしねぇよ。航空科のみんなはどこを探してるんだ?」
ほかの航空科の学生が見当たらないのでフロルは不審に思ったのである。
「みんなは先に船の方に帰したんだ。すぐに戻って一緒に捜す事になっている」
彼は答えたのだ。的確な判断だと思った。
「トッポにしちゃ上出来だ。とにかく捜そう、お互いどこを捜しているか連絡を取りあおうぜ」
そう言ってフロルは彼から離れて行った。しかしどこを捜したらよいのだろう?巨大な植物の塊の前
に、フロルは宇宙のこわさを感じていたのである。この広い空間の中でたった一人の人間の存在なん
てどんなにちっぽけなものなのだろう。
“こわいんだ… ”
一人になると恐怖が襲って来たのだった。トッポの姿はもう見えない。彼もまた、一人で捜し回って
いるのだった。
“そうだ、航空科のオレでさえ怖いんだもん。たった一人になってる奴ってもっと怖い目にあってる
んだ!”
フロルは気を取り直したのだった。
“こんな事じゃタダに笑われるな”
そう思ったのだった。もう彼に対する意地も突っ張りも消えていて、ひたすら彼が恋しかったのであ
る。
フロルはトトの言葉を思い出していた。
「花は太陽の方を向いている」
彼はそう言っていた。フロルは太陽と群生を交互に見た。
“きっとそうだ、トトと同じ知識を持っていればあの辺だ。太陽に向かい花の多い所・・”
フロルは迷わずその場所に近づいて行ったのであった。
茎と茎に挟まれて腰のブースターを落っことしてしまった学生が一人で待っていた。
「よう!」
フロルはその学生に向かって声をかけたのであった。彼はフロルの顔を見て本当に泣いてしまったのである。
それほど彼の恐怖は大きかったのだ。通信機も植物に接触して故障していたらしくフロルの声は聞こえなか
ったものの彼女の姿を見ただけで緊張感が一挙に解除されたのであった。
「本当に死ぬかと思った… 君の姿が見えた時、恥ずかしいけど涙があふれてきたんだ。本当に… 航空科
の奴らは命をかけた実習をやってるんだと思ったら怖くなって来たんだ」
助けられた学生はそのときを振り返って再び恐怖感が襲って来るかのように身震いをしていたのである。
「だったら一人でうろうろすんじゃねぇよ。それでなくても宇宙にでたら一人の人間が死ぬのなんてすごく
簡単な事なんだぜ。予測する事ができない事なんていくらでもあるんだから」
フロルはその学生に向かって文句を言ったのであった。まわりにいた航空科以外の者たちも神妙にフロルの
言葉を聞いていたのである。
「お前、本当にかわいげがねぇな」
船内の教室に向かう廊下でトッポはフロルに向かって言った。
「熱くなりやすいのかと思ったら冷静な所もある、かまってやりたくなるタイプじゃないな」
彼はフロルの顔をじろじろながめていた。端正に作られた人形のような顔をしている。
「お前の彼女じゃねぇんだからどうだっていいだろ。お前にかまってもらわなくても間に合ってるよ」
フロルはつっけんどんに言ったのであった。そうだ、自分にはタダがいるんだ。つまらない意地を張って
いないで帰ったらすぐに謝ろう、そう思うのであった。“何て言おうかな? オレが素直に謝ったらあい
つ、どんな顔するだろう?”
フロルは一人で楽しい気分にひたっていたのである。
大学に帰る時刻が迫っていた。そろそろアナウンスが入る頃だとフロルは思っていたその時の事である。
「あ、フロル。さっき聞いたんだけど今日の予定がはかどらなかったので、もう一泊する事を教官が許可
してくれたんだって」
トトが知らせに来てくれた。実習にはたまにこういうズレがある。後続グループが来るまでは時間の猶予
があったのである。
「え… 」
フロルは体の力が抜けていくのがわかったのだ。トトは他のグループに知らせる為にその場から去って行
ったのだった。
「おい、大丈夫か?」
四世がぼんやり歩いているフロルに声をかけた。何だか顔色が悪いように見えたのだ。
「え? いや… 何ともねぇから… 」
横にいたアマゾンもフロルの様子がただ事ではないような気がしていたのである。
「何でもねぇよ!」
フロルは二人の前から走り去ってしまったのである。
「今日… 帰って謝る気でいたんだぜ… 」
フロルは自分の個室のベッドに突っ伏して泣いていた。こんなのは予定になかった事なのだ。少し前、遭
難した学生に向かって予測出来ない事がおこるかも知れないと言ったのを、彼女はすっかり忘れてしまっ
ているようだった。
“お前に会いたい!”
フロルは心底そう思ったのである。
まるで小さな子供のような素直な感情でフロルは声を出して泣いていた。すると知らぬ間に四世とアマゾ
ンが横にいたのである。
「ロックしてなかったので悪いと思ったけど入らせてもらったんだ」
四世は言った。フロルは二人が入って来た事に全然気がついていなかったのである。彼女ははっとしたよ
うに顔を上げた。
「どうしたんだ? ん?」
四世はフロルの横にかがみこんで彼女の肩に手を置いた。こんな場面での四世は何とも言えず優しい。ア
マゾンは改めて四世の特技を目の当たりにして感心しているのだった。
「さっきの君の様子がいつもと違ってたから気になってたんだ」
四世はフロルの目を見て静かに話しかけた。アマゾンも心配そうに見つめている。フロルは二人の優しさ
に触れて思わず本音が出てしまったのである。
「 …タダに会いたい… オレ、今日帰れるんだとばかり思ってた… 」
そう言って彼女は再びベッドに顔をうずめてしまったのであった。会いたいと思い出したらその思いはと
どまる事を知らないのだ。感情をセーブできないとはきっとこういう状態の事をいうのだろう。フロルは
ただ泣く事しかできなかったのであった。
「あいつに… 帰ったらすぐに謝らなきゃと思ってたのに… 」
四世は優しくフロルの背中をなでている。
「タダの部屋につなごうか?」
アマゾンはこの部屋にあるコンピューターを操作しようとした。しかしフロルはそれを止めたのである。
「今… あいつの顔見たら… オレ我慢できなくなっちまうよ。でもごめん、心配かけちまって。もう
大丈夫だから… 」
ちっとも大丈夫に見えないのだがフロルは無理して笑っていた。
「そうだ、フロル。明日になれば大学に帰れるんだからな。タダは逃げやしないさ」
四世は元気づけるように言った。
航空科の発着所でタダはずっと前から待っていた。昨夜、真夜中に起こされた四世とアマゾンからの電
話の内容に驚き、そしてそれが喜びに変わってしまって一睡もできなかったのである。
“船が着く… まず抱き締めて、キスをして… でも他の奴らがいっぱいいるぞ。ま、そのくらいならい
いか… そして今日の授業は昼からだから二人で… ”
タダの妄想は止まることを知らない。
寝不足だけど幸せな時間がすぎてゆく。
タダは満足だったのだ。
「タダが首を長くして待ってるぜ」
アマゾンがフロルの頭にポンと手を置いた。
「どうせ昨夜オレが取り乱してたって電話したんだろう?」
フロルは少しすねたように言った。
「ま、いいじゃないか。その通りなんだから」
アマゾンはフロルのそういう反応に慣れている。
「素直になるって決めたんだろ? ほら、大学が見えて来た。タダの事だからきっとこれが着くずっと
前から待ってると思うな」
四世は大学を指さした。フロルはその学舎をまぶしそうに見ていたのである。
「おまえら… 本当にいいやつだな… 」
フロルは改めて思うのであった。
「やけに素直だな。らしくないぜ」
アマゾンはからかった。
「なんだよ、素直になれって言ったくせに」
フロルは不服そうな顔をして二人をにらんだのであった。
タダは発着所に増えて来た学生達を眺めていた。悪いと思ったが神経を研ぎすませてみんなの心の声
を探ってみた。いろんな声が聞こえてくる。中には自分と同じように恋人の帰りを待っている者もいた。
タダは自然と表れたほほ笑みを隠すため顔に手をあてて難しい表情を作っていた。誰も見ていないと
いうのになぜか照れ臭くなったのだ。
“待っている時間もなかなかいいもんだな”
タダは思ったのである。そしてそれが、待つ人がいるからこそであるのをうれしく思っていたのである。
“もうすぐ帰って来る”
タダはもう一度、顔に手をあてて難しい表情を作ったのであった。自分のだらしない顔を隠すために…
終