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届かない思い編(3年生)








“神様… 思ってるだけで… あの人がいるというだけで幸せを感じるようにして下さい… 
私は何も望みたくないのです。傷つくのが恐いのです。ただ見つめ続けていたい… それ
だけなんですから”
ミミィは何度そう祈った事か… 週に一度だけの共通の授業なのだがそれは彼女にとって
至福の時間だったのは確かな事である。

 タダトス・レーンという名を紙に書いてみる。胸がきゅんと苦しくなる。それはずっと昔に経
験した初恋のときめきににているような気がしたのである。3年生になって初めて取った超
能力開発コースで一緒になった彼はミミィにとって理想の男性だった。
 親しい友人は彼の事をタダと呼んでいるみたいなのだ。航空科を専攻している彼は年齢
以上に冷静で落ち着いている、そして賢明だった。彼がどんな超能力を持っているのか、あ
るいは持っていないけれども開発中なのかは知らない。しかし授業を受けている彼の横顔
はミミィの心を熱く燃え上がらせるのであった。

「タダトス!」
と、呼んだのはミミィではない。ミミィの親友のユカだった。
「あなたいつもこのコースの飲み会に来ないのね。一度いらっしゃいよ! いつも男性が少
なくてつまんないの」
ユカが誘ったのだ。そういえば彼はいつもパスをしている。必要以外のつきあいはなるべく
しないというタダなのだ。
「いや、いい」
タダはいつものように断った。しかし今回の彼女はしつこいのだ。彼女は友達思いなので
ある。
「たまにはいいでしょ? だってあなた、全然参加しないじゃない」
タダはそれでも丁寧にもう一度断ろうとした。しかし思い直したのだった。
“確かフロルが実習に行く日だよな”
「それじゃ… 」
と、言って受けたのだ。ユカはやったね、と言うようにミミィに向かってウインクしたのだっ
た。

“女性に好意を持たれるという事は案外めんどうなものだ”
タダは思った。今までにも何人かの女性から好意以上の感情を持たれた事があった。好
き、愛する、そんな感情をいとも簡単に自分に向けられると正直な所、めいわくなタダだっ
たのである。

「四世、君を尊敬するよ」
タダは喫茶室で待っていた四世に向かって尊敬のまなざしを投げかけたのであった。彼の
女性扱いのうまさは他者の追随を許さない。
「恋の悩みかい? 君はけっこうもてるタイプだからな。フロルの事を知らない奴なら、いや
知っていても言いよって来る奴がいるんだろうな。女性ってあんがい積極的だから」
四世はまるでタダの心を見抜いているかのように話を進めて行く。
“さすがに四世だな、するどい”
恋愛に関しての彼のアドバイスは的確なのだ。
「四世は煩わしくないのかい?」
タダは聞いた。
「そんな事ないよ。僕は公平に女性を愛する事ができるから」
四世はまったく動じていない、彼はやはりその道のプロだった。
「降参だよ、四世」
タダはおおげさに両手を上げたのだった。
「実は超能力開発コースにそんな子がいるんだよ。でも当然その思いに答えられない、で
も気の毒だと思うんだ。嫌いになってくれればいいとも思う」
タダはそんな事に関しては不器用なのだ。それに人並みに悩む。
「そのうちあきらめて言ってこなくなる場合もあるけどね。でも積極的な子だったら告白して
来るよ」
そんなものなのだ。しかしミミィはどう見ても積極的には見えなかったのだ。
“そのうちあきらめてくれるのかな”
タダはそう思ったのだった。

 女性の仲に少数の男性がまじっている飲み会でユカは仕切り役に徹していた。彼女は盛
り上げることに気を使っており、その心がわかるタダは彼女の気遣いの為にかえって気を使
っていたのだった。
“やはりいつものメンバーと違う”
全然楽しめないタダは退屈していたのである。親友同士で飲む酒とどうしても比較してしま
うのだ。しかし抜けるのもはばかられて、とりあえず最後までいようと思うのだった。もっとも
タダ以外の男子学生は女性に囲まれて満足しているようだったのだが…
「タダ、楽しんでいる?」
ユカが聞いてきた。
「うん、まあね」
タダはあいまいに答えたのだ。彼女の横にはミミィがいる。ミミィの目はタダだけを追ってい
た。
「あなたの婚約者は幸せね。あなたって魅力的だわ」
ユカがタダに酒をつぎながら話しかけてきた。
「 … … 」
返事のしようがない。
「すてきな女性なのね、その彼女」
そりゃそうなのだが… やはり返事を避けているタダなのだ。ミミィはユカの方を向いて悲し
そうな顔をしている。
“心がこぼれてるよ… ”
タダは自分の直感力が煩わしくなったのだった。耳をふさいでいれば聞こえない声ならい
い。言葉にならない言葉がやっかいなのだ。タダはただ、笑っていた。ミミィの言葉はタダ
にとって煩わしい雑音だったのだ。

 超能力開発コースで学んでいると、その能力が引き出される事がある。超能力者はまれ
なのだが、その素質のある者が集うこのコースは思いがけない結果を生む時があるのだっ
た。
“あれ… ”
ミミィはいつの間にか自分にその能力がある事を知った。
“恐い… ”
彼女はその能力を恐れたのだ。初めて身についた能力を制御する事は難しい。これならま
だ直感力がある方がましだとも思うのだ。
“こんな能力があるなんて… ”
ミミィは戸惑っていたのであった。
「どうしたの、深刻な顔をして。この前はタダが来て良かったね。今までずっと誘ってもこな
かったのに… きっと彼女とうまくいってないんじゃないかしら?」
ユカは楽しそうなのだ。長い婚約時代はうまくいかない事が多い事を彼女は知っている。
「ミミィ、自信を持ってね。私ずっと応援しているから」
彼女は屈託なく笑っているのであった。

“今日は三回話をしたのよ… ”
アパートに帰ったミミィは鏡に向かって話しかけた。授業で必要な会話だったのだが彼女に
とってはそれ以上のものなのだった。
“忘れるなんて事はできない… ”
彼女の表情が暗くなったのだ。タダが彼女といる所を見かけたからだ。ふたりは楽しそうに
腕を組んで中庭にいたのである。あえて目をつぶろうと思っていたのだけれど見てしまった
現実、それはミミィの胸に重くのしかかっていたのである。彼女は陶器の置物を握り締めた。
するとそれは小さなにぶい音とともに砕けたのである。力の強い男性以上の怪力、それは
彼女の新しい力であった。
“あの人がいなかったら… ”
ミミィはフロルの顔を思い出しながらつぶやいた。
“だめよ、そんな事を望んでは”
彼女は自分の心に忍び寄る悪しき者を追い払おうとしていたのだ。
“仮にあの人がいなくなったとしてもわたしの方を向いてくれるとは限らないのよ。望んだら
つらくなる… 見ているだけで満足しなくては… ”
彼女は幾度も自分に言い聞かせるのだった。

「あの人の彼女がいなくなればいいと思ったの。そんな事を考えるなんてわたしは悪い人
間なんだわ… 」
授業が終わった後でミミィがユカに言った。
「でもわかるわ、その気持ち。好きな人はフリーでいて欲しいものだもんね」
ユカも一緒にため息をついたのであった。しかしミミィの思いはそれ以上なのだ。彼女は本
気でフロルがいなくなればいいと思っているのだった。
“だめだ… 止められない。わたしは自分が恐くなる。わたしはきっとおかしくなってるんだ”
彼女は自分が信じられなくなってきたのである。突然現れた超能力と恋愛による情緒不安
定、それは彼女にとって表面上、正常を保っていられるギリギリの所だったのだ。
「どうしたの?」
ユカがぼんやりしているミミィに話しかけた。なんだら様子がおかしいのだ。
「気分悪いの? 少し休む?」
ユカは心配そうにミミィの顔をのぞき込んでいた。
「ううん、何ともないから、大丈夫よ」
彼女は作り笑いをしたのだった。こんな心をいだいているなんて彼女に知られたくないので
ある。
「そう? なんか顔色が悪いから気をつけてね」
そう言ってユカはミミィと別れて次の授業に向かったのであった。

 フロルはタダの前の授業である超能力開発コースの教室に向かっていた。そろそろ授業
が終わる頃なのだ。彼女はいつものように階段を上がりタダの所へ行こうとしていたのであ
る。
“あの人!”
ミミィは下をのぞいてフロルを見た。きっとタダトスの所に向かっているのだろう。これから二
人は一緒に次の授業に向かうのだろうか?
“わたしは普通じゃないのよ。わたしはあなたひとりくらいならどうにでもできる力を持ってい
るのよ!”
ミミィは階段の上からフロルをじっと見つめていた。
“ケガをさせる事なんて簡単なの。突き落としてもいいし、その細い腕をとってポッキリ折る
事くらいお安い事なんだわ!”
ミミィは正気を失いそうになっていた。彼女は階段を降りてフロルに近づいて行ったのだ。
“あなたさえいなければ… あなたさえ… ”
それは呪文のように彼女の口からもれていた。
“もうすぐよ、もうすぐタダトスは私のものになる… ”
そんな事はありえないのに彼女は本気でそんな事を考えていたのである。もうすぐフロルは
目の前に来る。何も知らない明るい笑顔がもうすぐ崩れるのだ。
“あれ… なんだかおかしい… わたし、こんな時に笑っているの?”
ミミィは自分の仲にもう一人の自分が住んでいるみたいなのだった。
“やめなさい!”
と、もうひとりの自分が金切り声をあげる。しかしもう一人の自分は止めないのだ。自分の体
を支配するもうひとりの自分、それもまぎれもなくミミィ自身なのだった。

“やめてーっ!”
と、叫んでも体は言うことを聞いてくれないのだ。彼女は薄ら笑いを浮かべつつフロルの前に
立ちふさがったのであった。彼女はゆっくりとフロルの前に手を出したのである。


“ばかな真似は止すんだ!”

タダのテレパシーが突然大きくミミィの心に突き刺さった。はっきりとわかるタダの声、彼はテ
レパシーとともに自分のイメージも送ったのであった。それは彼女の体を硬直させるのに充
分であった。
“フロルに手を出すんじゃない!”
タダはもう一度、ミミィに向かってテレパシーを送ったのである。彼女はそのまま階段の中腹
で気を失ったのであった…
 突然崩れるように気を失ったミミィを支え切れずにフロルは階段を少しずりおちた。
「フロル! 大丈夫かっ?!」
勢いよくタダが駆け降りて来た。
「ああ、何とか支えられたけど… でもこいつ重くてさ」
フロルはミミィにケガがないか調べていた。とっさに頭をかばうように支えたので大事には至
らなかったようなのだ。広い階段は休憩時間という事もあり、あっと言う間に人垣ができたの
であった。
“違うよ、大丈夫かと言ったのは君の事なんだ”
数人の男子学生がミミィを抱き上げた。彼女から解放されたフロルは立ち上がろうとした。し
かしその場でうずくまり顔をしかめたのであった。どうやら足をくじいているようなのだ。
「おぶってやるよ」
タダが嬉しそうに言った。
「やだ! どさくさにまぎれてお前ヒップを触るだろ」
フロルは拒否したのである。
「僕はそんな事しないよ! どうして僕が人前で… 」
真っ赤になったタダが小さな声で抗議した。こんな事を大きな声で言われないのだ。仕方な
く彼はフロルを支えてメディカルルームに連れて行ったのである。

 治療中のフロルを待つタダはミミィの寝かされているベッドに近付いた。横にはユカが心配
そうに付き添っている。冷たい顔をしたタダはミミィに向かってテレパシーを送ったのであった。
“君が知らないだけなんだけど… 僕の能力は直感力なんだよ。今、君が何を考えているか
わかるし今まで何を考えていたかも知る事ができる”
まだ混乱しているミミィの頭に情け容赦なく入って行ったタダの心は残酷な響きで彼女を苦し
めたのである。ユカは気を利かしてその場を離れようとしたがミミィはそれを止めたのであった。
「わたしの事も知ってたんでしょ?」
彼女はおそるおそる聞いた。
「悪いと思ったけれど… 」
タダはあいまいに答えたのだ。
“ごめんなさい! ごめんなさい! こんなのじゃなかったはずなの! わたしはあなたを見
ているだけで良かったの。でもあの人を傷つけようとしたのも確かなの。もう一人の自分が
わたしを支配する… 止められないの! わたしはどうなってしまうの?”
彼女はタダに心を解放した。
“君は新しい能力を見つけて強くなったんだよ。でもその自信が今までの君を一時的にわが
ままにしただけだと思う”
タダは答えたのである。
“わたしは… どうすればいいの?”
彼女は再び聞いて来た。
“君が強くなる事だと思う。能力に支配されないだけの… 器の小さい超能力者は自己崩壊
するしかない、その力を持つ資格がないと僕は思っている”
タダは相変わらず冷たい顔のまま冷静に答えたのであった。


「おーい、タダ?」
外でフロルの声がする。タダは即座に立ち上がったのだ。入れ違いに入って来たのは知らせ
を受けた超能力開発コースの教官だった。タダは軽く会釈をしてその場から立ち去ったので
ある。
“教官ならミミィを正しく指導してくれるだろう”
タダはそう直感したのである。もう悪い方向には向かないだろう。大学も貴重な超能力者をつ
ぶすような真似はしないのだ。
「フロル、大丈夫か?」
タダはふくれっ面をしているフロルに愛想よく近づいていった。
「気になるんだったらついててくれたらいいじゃん!」
ちょっとごきげん斜めみたいなのだ。どうやら自分がいなかったのですねているらしい。
「ごめん、痛い?」
タダは素直に謝った。
「当たり前だろ」
と言ったフロルは手を差し出した。甘えが入っているのはわかっていたのだが、それが嬉しい
タダだった。彼はその手を取って自分の肩にまわしたのである。

 動けないフロルのアパートにみんなが集まって来た。お見舞いという口実の飲み会なのだっ
た。トトからひと抱えもあるような花束を受け取ったフロルは上機嫌だった。
“このメンバーの飲み会は楽しい”
いやいや参加する飲み会の無意味さを実感したタダはいつもよりハイになっていたのである。
「タダ、あっちの方はどうなったんだい?」
四世が聞いて来た。
「うん、なるようにしかならないって僕は悟ったよ」
そう思うようになったのだ。ふっきれたとでもいうのだろうか?
「そうそう、それに慣れると楽になるよ」
彼は言った。でもそうなりたくないタダだったのだが…
「タダ」
と、フロルが呼んだ。彼女はタダの耳元で何かをささやいた。にっこりうなずくタダ、フロルが
笑っている。
「あいつら本当に… 」
アマゾンが何かを言いかけたのだが四世が止めた。
「いいんじゃない、放っておこうよ。いつもの事だから」
あっさりとした仲の良さはみんなが認める所だったのだ。そして飲み会は深夜まで続いたの
であった。

「タダ、さっきの事」
フロルが後片付けをしているタダに向かって声をかけた。
「わかってるよ、お姫様」
タダはふざけたように言った。
「ぼくは君のしもべだから何でも言い付けていいよ」
「しもべなんて言ってねぇだろ! お前はお前なんだから」
彼女はその言葉を否定したのである。
「お前… オレの… 」
フロルは首をかしげ斜め下からタダを見上げたのである。タダはその表情に弱いのだ。
「わかってる。僕だけになら甘えていいから」
タダはフロルの横に腰掛けた。すかさず彼の肩に頭をあずけるフロルは幼く見えてタダを熱く
する。恋愛ごっこに見えて本気のふたりは幸せをかんじないくらい幸せなのだった。
 いったい何をささやきあっているのやら… そんな二人の夜はまだ続いて行くのであった。


 
    

                                     終



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