トトの災難編(3年生)
トトは農学科においてその才能を発揮し、常に上位の位置をしめていたのである。
それはタダをはじめとする仲間たちにとっても喜ばしい事であったのだ。
「 …だから今度は低コストで栽培できるビニルハウスを使うっての栽培がテーマなん
だ」
トトはフロルと赤鼻に説明していた。3年生になったトトは栽培室を使わずに誰でも
どこにでも作れる野菜作りに励んでいたのである。立派な栽培室なら簡単に栽培でき
るものでもこのビニルハウスでは育たないものもある。だから彼はそこででも枯れる
事なく収穫できる強い品種の改良も実験的に行っていたのであった。今、目の前に広
がる半円形のビニルハウスにはトトの新しい実験材料の野菜が勢いよく育っていたの
である。冬だというのにその中は夏に近い春のような気温だったのだ。
「同じ野菜でも作り方が難しいんだね」
赤鼻は感心したようにその半円形の中の野菜をのぞいていた。
「でもトトの手にかかれば成功するって!」
フロルは断言したのである。彼女の言葉はトトの強い味方だった。
「もうすぐ収穫なんだ。君たちにも食べてもらおうと思ってるんだ」
トトは嬉しそうにビニルハウスのチェックをしていたのであった。ここでの栽培は管
理が大変なのだった。フロルはその真上から見ると真円のビニルハウスをキノコみた
いだと言ってながめていたのである。トトはなるほどと思い、自分のキノコをフロル
の横で見ていたのであった。
トトにはあまり多くの友人はいなかった。農学科における彼は、やや羨望のまなざ
しで見られているところがあり、彼自身は意識していないのだが一方的にライバルと
して扱われている場合があったのだ。その中でもフェルナンは特にそうだったのであ
る。かれはいつも目の前にいるトトが気に入らなかったのであった。そとて彼の密か
なライバル心は憎しみにまで達しようとしているのであった。
「トト、教官が呼んでたぜ」
農学科のクラスメイト、フェルナンが呼びにきた。
「ありがとう。君はもうレポートを出してきたの?」
今回のビニルハウス栽培のレポートの事なのだ。
「君みたいに進んじゃいないよ、まだまださ。僕は劣等生だからね」
彼はやや皮肉も込めた口調で答えて去って行った。彼は決して劣等生ではないのであ
った。
「やな奴ーっ!」
フロルはその口調に憤慨した。彼女は彼の後ろ姿をにらんでいたのだった。
「フロルはいつもそうなんだから」
トトは笑顔を残して教官室に走って行ってしまった。彼はそんな皮肉になれていたのである。
ビニルハウスの野菜は収穫を待つのみとなっているようだった。
「トトはえらいよな、人間ができているのかな」
フロルは赤鼻に言った。
「そうだね。トトは自分を殺してでも相手を傷つけないタイプだと思うな」
赤鼻はフロルよりも一歩進んだ評価をしていたのである。赤鼻はトトと同じく内向的な性格
だけあって人の心理をよく考えているのであった。
「だから代わりにオレが文句を言いたくなるんだよ。さっきみたいな奴にさ」
赤鼻はそんなフロルを頼もしく、そしてうらやましく思っていた。
「フロルは言いたい事が言えていいね。僕は言い返そうと思って考えているうちに相手がい
なくなってしまうんだ。それに又、言い返されたらもっと嫌な気持ちにになってしまうだろ
うからね。それに人を傷つけるのは良くないよ」
赤鼻は言った。
「お前って… 尊敬しちまうよ」
フロルはまじまじと赤鼻を見た。彼のほほは見る見る赤くなり鼻と同じ色になってしまった
のであった。
農学科のビニルハウスの横を通ってアパートに帰っていたタダとフロルは空模様が怪しく
なって来たので小走りになっていた。
「大雨になりそうだな」
タダは空を仰いだ。レインスーツを着ているものの、スペーススーツに比べるとかなり劣る
素材でできている。雨に濡れることは目に見えていたのであった。
「すぐに降ってくるみたいだ。急ごうぜ」
フロルはタダの手を引っ張った。しかし一粒の雨がかかったかと思うと後はもうすぐ先が見
えないほどの土砂降りになってしまったのであった。
「フロル、もう走っても仕方ないよ、あきらめよう」
タダは歩き始めたのであった。
「お前なぁ… 」
しかし確かに走っても無駄な事は分かっている。ここはタダの意見を尊重した方がいいと思
うフロルだった。
「誰かいる… 」
タダはビニルハウスの近くに人の気配を感じていた。
「誰もいないぜ」
フロルには分からなかった。
「いや、人がいたんだ。うずくまったような格好だった」
タダはそっちの方に走って行った。
「 ! 」
「どうした? タダ」
フロルは聞いた。雨に流されて足跡は無かったがタダは直感していたのであった。
「ここに誰かいたんだ。何だか…
「何だかどうしたんだよ?」
フロルは聞いた。
「 … 気のせいかもしれない。帰ろう」
タダはフロルを促したのである。冬の雨は体に毒だ、風邪をひいてもつまらないのであった。
シャワーの後でタダはさっきの人影の事を考えていた。はっきりじゃ無いものの悪意のこ
もった思考が漂っていた。しかしなぜ? タダは直感力を駆使していたのである。
翌日は予想通りの晴天だった。タダは考え事をしてやっと寝付いた所をフロルに起こされ
たのであった。今日は昼からの授業がある。時刻は迫っていたのであった。
「だから早く寝りゃいいのに… 昼だぜ! 昼」
あくびの途中のタダをフロルはドンと突いた。
「うっ! 何をするんだよ」
タダは目が覚めた。
「あれ?」
フロルがビニルハウスの方を指さした。
人込みの中にトトがぼうぜんと立ち尽くしていた。
「どうした? トト」
タダが駆け寄った横にはビニルハウスの焼け跡があったのだ。それは楕円形に残っていて鼻
をつく匂いを出していたのである。
「一体誰が… ?」
フロルはトトの横で同じように立ち尽くし言葉も出なかったのであった。
「レポート所じゃないよ… 」
トトのショックは大きかった。しかしもうどうする事もできないのだ。トトの悲しみが伝わ
ってきてフロルは悲しくなるのだった。
結局この出火原因は天井にたまった雨水が凸レンズの形をしていた為に太陽光線が屈折し
て焦点ができてしまった為であった。きっと素材のビニールがたるんでいてそこに雨水がた
まってしまったのであろう事がわかる。トトは自分のせいで騒ぎを起こしてしまったことを
みんなに向かってわびていた。
“犯人がいる… ”
タダは直感した。この人込みの中に悪意のこもった思考を感じるのだ。でもそれは誰なんだ?
タダは目を閉じてその思考の主を探していたのだった。
「変だ」
フロルがタダの耳元で言った。タダは一瞬われにかえったのである。そのとたんに思考の持
ち主の気配が消えた。タダは散りかけた学生達を漠然と眺めていたのであった。
「何が変なんだ?」
タダは聞いた。
「だってこの焼け跡、楕円形になってるじゃん。このビニルハウスって円形だったんだぜ。
この形だとたるんじまう。これは怪しい!」
フロルは口に出さなかったが昨日のタダの見た人影はフェルナンだったのではないかと考
えていたのであった。
「犯人を知っているのか?」
タダはフロルに聞いた。
「断言はできないけど… だってトトにはライバルが多いからな」
フロルはそう言いながらも昨日の事をタダに話すのであった。楕円形の焼け跡は誰かがビ
ニールをずらした証明でもあったのだ。
フェルナンはビニルハウスの前でフロルに呼び止められた。
「何か?」
彼は聞いた。彼女は確か昨日トトと一緒にいた女性だなという事がわかる。彼女は非常に
印象的だったからだ。
「お前、風邪ひかなかったのか? 昨日、雨ふってる中でトトのビニルハウスを引っ張っ
てただろう?」
フロルはカマをかけた。彼の表情がこわばるのがわかる。フロルは確かな感触を得たので
あった。
「 … 」
フェルナンは何も言わなかった。しかし彼女は自分の犯した罪を知っている。それは彼に
とって恐怖だったのだ。彼は顔面蒼白になっていたのであった。
「お前… 」
フロルが彼に近寄ろうとした時、彼は急に彼女を突き飛ばした。そしてそのまま農学科の
建物の中に入って行ってしまったのである。
「ひでぇ… 」
ぬかるみの残る地面に転がったフロルは泥だらけになってしまったのだ。
「何だよ、あいつ!」
フロルは憤慨しながらアパートに帰って行った。とてもこの格好では授業にでられない。
「どうしたんだ!!」
フロルの格好に驚いたタダがこわい顔をして詰問したのである。
「奴だよ、やっぱフェルナンが犯人だ。問い詰めようとしたら突き飛ばされちまったんだ」
フロルはケロリとした顔で答えた。しかしタダは穏やかではない。フロルをこんな目にあ
わすだなんて… 彼はフェルナンという名しか知らない学生に激しい怒りを感じたのであ
った。
「怒るんだったらトトの為に怒るんだぞ」
フロルはクギを刺しておいたのだ。しかし考えて見れば彼が犯人だという確実な証拠がな
いのだ。フロルはトトの為にどうしたらいいのだろうと考えていたのだ。彼女は純粋
にトトの為に怒っていたのである。
フェルナンはこうなる事を予想していた。きっと翌日は晴れる。トトのビニルハウスの
地面は茶色い枯れ草が敷き詰めているのは分かっていた。焦点が合った場合黒っぽい色な
ら確実に火がつくのである。
“大丈夫、証拠はないんだ。それにビニルハウスの火事もめずらしい事ではないんだから”
フロルの言葉に彼は内心びくびくしていたものの証拠がない事実は揺るぎないことなのを
知っていた。
“あいつは少しくらい痛い目にあってもいいんだ”
フェルナンは口の端で笑っていた。彼は弱い者に対しては強い男だったのだ。トトは完全
になめられていたのであった。
「トト」
タダは彼のアパートに入って行った。中には火事見舞いでやってきた仲間たちが何人かい
たのである。予想はしていたがタダは一瞬ためらった。しかしフェルナンの行動は許せな
い。証拠がないとは言うもののタダはみんなの前で彼の事を話したのである。
「もういいよ、タダ」
トトは寂しく笑ったのである。
「済んだ事だもの。彼もきっと悪い事をしたと思ってるだろうから… 」
トトは優しいのだ。いや、優しいと言う単純な言葉で片付けられないようなものが彼には
備わっていたのであった。
“トトは何でも自分だけで処理しているようなところがある”
タダはそうそ感じていたが口には出さなかったのだった。トトの思考は読みにくい。それ
に仲間内の思考を読むことをタダは避けていたのである。
タダは彼がここに来ることを感じていた。ビニルハウスの焼け跡は今では片付けられて
何も無かったかのような状態だったのだが、ここで昨日フェルナンが雨の中でいたずらで
は済まされないような事をしていたのは事実だったのである。
「 ? 」
フェルナンは直感どおりここに来た。そして焼け跡にしゃがみこんでいるタダを何げなく
見たのである。
「フェルナン、トトは君の事を許すと言ってるよ」
タダは立ち上がってフェルナンに言った。彼はこの男がフロルを突き飛ばしたのかと思う
とどうしようもない衝動に駆られるのであった。
「何の事だ?」
彼はとぼけたのである。第一目の前にいる学生をフェルナンは知らない。
「君が放火したみたいなものじゃないのか?」
タダは言った。しかしフェルナンは不適に笑ったのである。
「おせっかいをして楽しいかい? 第一証拠もなく僕を疑うなんて常識を知らないとしか
言いようがないね」
彼はタダの本性を知らないのだった。彼の外見はあくまでも物静かで攻撃的ではないのだ。
「それにトトが許すだって? 一体何を? たとえトトみたいな奴が何を言って来ても怖
くなんてないさ」
フェルナンの言葉にタダは本気でトトの為に腹がたったのであった。
“こんな男がトトの近くにいるだなんて… ”
少なくとも航空科ではこんな卑劣な男はいないような気がする。
「そんな事を言う為に寒い中をまっていたのかい? つくづく君はおめでたい男なんだな」
“あれ?”
何かがふっ切れた。切れるのかと思ったタダの心は急速に冷めて行ったのである。こんな
男に自分が腹を立てるだなんて… そんな思いがタダを支配した。
タダはふっと笑った。我ながら無駄な時間をすごした事と思う。
「君は弱いんだ。だからトトが怖かったんだね」
タダはそう行って立ち去ろうとした。
「何を!!」
突然フェルナンがタダの胸倉を掴んだのであった。
「無駄な事はやめろよ」
タダは弱い衝撃波をフェルナンのその手に送ったのであった。弱いといってもかなりの衝
撃が彼を襲ったのだ。フェルナンの強気はその地点で終止符を打ったのであった。
「お前… 」
彼の目におびえが混じっていた。彼は今まで超能力に接した事がなかったのだ。
「トトは僕の親友だという事を覚えておいてほしいな」
タダはそう言い残してアパートに帰って行った。
“大丈夫、もう彼は何もしない”
それは確かな直感だった。
「お前、とんでもない事をしでかしたんじゃねぇだろな」
フロルは聞いた。
「まさか、おだやかな話だったぜ」
タダはとぼけていたのである。しかしフロルは何かを察しているようだった。
「君を突き飛ばした男だもの、何をしたってかまわないと思ったさ。でもそれじゃ何の解
決にもならないだろう。だから… 」
「だから何をしたんだ?」
「ちょっとだけ話をしただけさ」
タダは笑ってごまかしたのであった。
トトはレポート作りに必死だった。ビニルハウスは燃えてしまったものの彼はくじける
事なくそれまでの過程をまとめていたのである。
「頑張れよな」
フロルがトトの好きなケーキをもってアパートにやって来た。トトはそれを受け取りにっ
こりと笑ったのであった。
“トトは強いな”
そう思いつつトトにつられてにっこりと笑うフロルだった。
終