トトのショック編(3年生)    



 農学科のトト・ニは植物学における新種の研究に勤しんでいた。彼は新種の研究中は
授業時間以外を自分に与えられた研究農園や研究室で過ごす事が多かったのである。し
かし研究中だと言っても決してまわりが見えてないわけではない。3年生の彼は自然と
集まってくる後輩たちに、時間をさいて親切に指導していたのである。
「やぁ! やっと完成しそうなんだ」
トトが嬉しそうな顔をして喫茶室にやって来た。久しぶりの事なのだ。
「で、思うような結果はでたのかい?」
四世が聞いた。赤鼻やガンガ達もトトの返事を待っている。
「まあ… ね、とでもいっておこうかな?」
トトは自信があるような素振りを見せた。今回の研究もトップをねらっているようなの
だ。彼は常に上位を維持しているのであった。
B 「よっ! 何の話?」
フロルがトトの肩をポンとたたいた。
「僕の研究している新種の話なんだ。こんどの研究発表会で発表するんだよ」
農学科の植物学のコースにおける研究発表会なのだ。これは任意じゃなくて自主発表会
なのだがトトは毎回参加していたのである。
「どんな?」
すかさずフロルが聞いて来た。彼女は小動物だけでなく植物も好きなのであった。
「それはね… 」
トトは自分の研究を話す時、ちょっと得意そうにする。常にトップクラスの者としては
当然の態度なのだがトトはその当然があてはまらないようなタイプの学生だったのだ。
大学における彼の体格は女性以下にしかすぎす性格も内向的で派手さがない。気の強さ
もなければ力もないのだった。しかしトトは自分の研究にだけは自信をもっていたのだ。
そのためには努力を惜しまなかったし積極的に教官達と討論をしたのである。
「それは空気や土壌がどんなに悪くても育成が早くて枯れないような街路樹を品種改良
してるんだ。公害の多い星じゃきっと役に立つと思う」
「へぇ、さすがだな… 公害の多い場所じゃほとんど街路樹なんて育たないもんな。き
っと役に立つよ」
赤鼻は感心していたのである。
「緑が多くなると酸素も増えるというもんだな」
アマゾンもさすがはトトというような顔で見ている。
「でもよー、何か夢がないな、それ」
フロルが言った。
「え… ?」
「お前もっと夢のあるもん作ってたじゃん。発想が実用的じゃなくてもさ、オレそんな
方が好きだ」
「 …… 」
ほめ言葉を期待していたトトはショックだった。
「フロル!」
ガンガはあわててフロルを止めた。しかし彼女は平気なのだ。
「いつもやってるみたいな方がいいぜ。なんかつまんねーよな。ごまかしみたいでさ」
「フロル、ごまかしと言っても公害は行政問題なんだぜ、トトには関係ないさ」
四世は何とかフォローしようとしているのだった。
しかし彼の落ち込みは激しくて、いつもなら植物に関する事ならムキになるのだが今日
は黙ったままなのであった。無理もない、完成間近だったのだから…
“フロルのあほ”
チャコは目でものを言ったのであった。フロルも今になって悪気があって言ったものじ
ゃないもののトトを傷つけた事を知ったのだ。
「あ… と、でもトト! やっぱ実用的なのが一番… だよな! これで煤煙や排気ガ
スなんかもついでに食っちまうようなヤツならもっといいかもな」
フロルはトトの両肩に手を置いてなんとかご機嫌をとろうと必死だったのである。
「いいよ、フロル。僕ぜんぜん平気だから」
トトは顔をあげて作り笑いをフロルの前で見せたのである。
「それに思った事を言ってもらった方がこれからの研究に役立つからね」
しかしそれは明らかに無理をしているのがわかる表情なのだった。みんなににらまれた
フロルはさすがに弁解の余地がなかったのである。

「 …オレさー、知らねぇ間に人を傷つけてんじゃねぇかと思うんだ… 」
フロルはタダのアパートに来ていた。
「そうだね」
タダはあっさり肯定したのである。
「そうだねってお前… もうちっと他の言い方ねぇのかよ」
フロルはそんな事ないよ、と言う言葉を期待していたのでタダの言葉がこたえたのであ
った。フロルの前では正直なタダだったのである。
「だって君、この前あんまりかわいくない子に向かって“人間は顔じゃねぇよ”とか言
ってたじゃない。君が言えば嫌みに聞こえるよ」
そういえばそんな事もあったなと思うフロルなのだ。
「トトはもうすぐ完成だって言ってたから確かにこたえた事と思うんだ」
タダの言う事はもっともなのだ。トトは研究室に閉じこもったままでしばらく出て来な
かったのである。

 喫茶室に来なくなったトトは毎日授業が終わると研究室に帰っていた。アパートにも
帰らず彼は熱心に研究を続けているのだった。
「トト、授業中に青い顔をしていたぞ、かなりきているな」
アマゾンがガンガに言った。
「そう言えば食事も研究室に持ち込みしているみたいなんだ… 」
赤鼻が言った。
「なんだよみんな、オレが悪いんだってはっきり言えよ!」
たまりかねてフロルが言った。だれも彼女を責めていないのだが責任を感じていたのは
事実である。
「今まであいつ、こんな事なかったんだ。きっとオレの言い方が悪かったんだ!」
強い口調の裏に隠された不安をみんなは知っている。
「ごめん、フロル。そんなつもりじゃなかったんだ」
アマゾンは謝った。彼が嫌みでいったのではない事をフロルは知っている。しかし彼女
の不安は募る一方だったのだ。

 研究室の外にフロルは立っていた。きのうも一昨日もここに来たのだがトトに会えな
かったのだ。ガラス一枚隔てた中にトトはいるのがわかる。姿こそ見えないがずっとこ
もっているのは確実なのだ。
「トト、今日も来てるぜ。彼女」
トトの先輩が教えてくれた。トトは窓の外をそっとのぞいたのだ。きのうと同じところ
にフロルが立っている。しかし彼女は見当違いの教室を見ていたのであった。
“フロル… まだ君と会えないよ… ”
トトは声に出さずにフロルの方を向いて言った。
「誰、あの子? 君の彼女なのか?」
先輩が聞いてきた。トトはあわてて否定したのであった。
「まさか、友達です。仲のいい… 」
トトは答えたのである。
「仲のいい友達ならなぜここに連れてこないんだ?」
しかしその質問には答えないトトだったのだ。
「けんかしてるのかどうか知らないがあんまり女性をないがしろにするんじゃないぞ」
彼女のいないトトの先輩は彼の態度が不満だったのだ。
“こいつ… 研究する事だけが生きがいなんだな。こいつに色恋事の相談はできないみ
たいだな”
と、思うのであった。

「タダ、どうしよう? トトが会ってくれないんだ。だって研究室の外で待ってても窓
すら開けてくれないんだぜ!」
フロルが泣きついてきたのだった。
「そりゃオレって軽はずみなのはわかってる。でもさ… 今までこんな事ってなかった
よな。オレ… こんな事で大事な友達を失いたくねぇんだ! トトがオレの事、嫌いに
なったなんて思いたくねぇよ」
フロルはかなり興奮している。
「はい、ホットレモン」
タダはカップをサイドテーブルに置いた。
「トトはきっと忙しいだけなんだよ。君の事を嫌ってるんじゃない。僕はそう思うんだ」
タダは気休めではなく自分が感じたままの事をフロルに伝えたのだった。
「だったらいいんだけど… 」
彼女はカップに両方の手のひらをあてて飲みもせずにもてあそんでいたのだった。
 トトは研究室の中でただ一人で座っていた。明日はいよいよ研究発表の日だったので
ある。トトは自分はどうしたらいいんだろうと迷っていた。軽量の強化プラスチックで
できたプランターを二つ並べて考え事をしていたのだった。研究発表用の原稿ソフトも
二つそろえている。しかし片方はまだ未完成だったのである。
“捨てられない… 君の夢… それが僕の夢… ”
トトは完成していた方の原稿ソフトを全て消してしまったのであった。
「トト!」
突然フロルが入って来た。
「お前、いつかは窓を開けて声をかけてくれると思っていたのにどうしちまったんだよ?
  お前ずっとオレをさけてただろう?」
フロルはトトの気持ちが知りたかった。
「いや… 僕は決してフロルをさけていたんじゃないんだ。僕は… 」
トトは答えづらくて苦しそうな表情をしたのである。
「オレさ、お前に悪いこと言ったって… もっともっと謝りたかったんだ。でもお前、
ここに閉じこもったきりであんまり出てこねぇんだもん! でもお前の邪魔をしちゃい
けないって思うからここには入って来なかったんだ… 」
しかしそのあやふやな状態に耐えられなかったのだろう。
 フロルの語尾が震えていた。泣いているのだ。フロルの涙を見てしまったトトは気が
動転してもう何も言えなくなってしまったのだった。
「いや… あの… あの… 」
トトはとっさに良い言葉が浮かばない。たったひと事“何も君の言葉に腹を立てている
んじゃないんだ”と言えばいいだけなのに彼にはそれができない。
「本当にごめんな… 」
しかしトトは言葉がでてこない。おろおろするだけだったのだ。
 研究室のドアが開いた。トトの先輩が入って来たのである。フロルはいづらくなって
そこから飛び出したのであった。後に残されたトトは呆然と立ち尽くしていたのである。
「おい、トト。さっきの女性、いつも窓の外に立っていた子なのか?」
トトは黙ってうなずいた。
「あんな素敵な子を泣かすだなんて罪な男だな!」
彼は羨望のまなざしをトトに投げかけたのであった。フロルを振ったのだと勘違いして
いるらしい。
「そんなんじゃないんです!」
トトは弁解したが彼はそうは思わなかったのだ。そして軽い嫉妬とともにトトを見直し
ていたのであった。トトの事をさえないヤツと見くびっていた自分が恥ずかしくなった
とでも言うのであろうか…
“そんなんじゃない… ”
泣きたいのはトトの方だったのだ。しかし彼女は誤解したままなのであった。

「どうした? 見に行かないの?」
パジャマのままのフロルを見てタダが言った。
「 …… 」
「行きたくなければいいよ。でも僕まで行かない訳にはいかないから」
タダは言いづらそうにフロルに言った。
「わかってる… 」
ドアを閉める前に素早くキスをしたタダは研究発表会へ出掛けて行ったのである。
 する事もなくのろのろと着替えを済ませたフロルはぼんやりと窓の外をながめていた。
“えっ?!”
トトがこっちに向かってやって来る。フロルはあわてて外に飛び出した。
「トト! お前… 」
今日は研究発表会の日なのに、である。
「これ、君にあげようと思って」
入って来たトトが開けた包みの中から植木鉢に入った一年草の植物が出て来たのであっ
た。良い匂いのする食虫植物だった。彼女は変わった植物も好きなのだ。
「お前… 今日は… ?」
フロルはわけがわからなかったのである。
「キャンセルしたんだ。別に毎回でなくてもいいしね。ずっと出なくちゃ、と思うと
プレッシャーがかかるから丁度いい機会だったんだ」
フロルはまだ事情が飲み込めなかったのである。
「でもよ、お前もうすぐ完成だったんじゃねぇのか?」
フロルは聞いた。あれはたしか一週間ほど前の事だったのである。
「あれはやめたよ」
トトはあっさりと言った。
「やっぱオレが… 」
フロルは自分の不注意な言葉に責任を感じ続けていたのだった。
「違うよ! 決して。僕はフロルの言葉にヒントをもらってあれからずっと煤煙や排
気ガスを吸収するような植物の研究をしていたんだ。研究発表会のときに君をあっと
おどろかしてやろうと思ってね。でもできなかった。短期間すぎたしむずかしい。で
もやりがいがあったんだ!」
トトの目はまっすぐにフロルに向いていた。ウソではない、本当にやり甲斐を感じて
いたのだろう。
「お前、意外とつっぱりなんだな。でも良かった。オレ気にしてたから、今までみた
いに親友でいられなくなるんじゃねぇかと思ってた」
フロルは安心したせいか又、涙がこぼれそうになった。
「僕たちはいつまでも親友だよ!」
トトは強く言ったのである。

「トトが来ていたの?」
帰って来たタダが聞いた。そんな気がしたのだった。
「うん、あいつ今日でなかったんだって」
「そうなんだ。未完成だからキャンセルをしたんだって説明があったよ。で、フロル。
なんだか嬉しそうだね、トトとなかなおりできたみたいだね」
タダは朝とは違った表情を見逃さなかったのであった。
「なかなおりと言うのじゃなくてもとからあいつ、そんな気じゃなかったみたいなん
だ。オレの誤解だった」
フロルはいすに腰掛けた。その横にはトトの持って来た食虫植物がおいてある。
「お前の言った通りだった。あいつ忙しかっただけなんだって」
ウツボカズラにも似たその植物はいい匂いを漂わせていた。フロルはそっと花の中を
のぞきこんだのである。
「タダ… 」
フロルはタダの手を取った。タダは何だか悪い予感がしたのである。
「今からこいつにやる虫をとりにいかねぇか?」
思った通りだった。
「僕は嫌といっても連れて行く気なんだろ?」
タダは観念したのである。
「だよ。こいつを飢え死にさせる訳にはいかねぇもんな」
根が生えているから枯れることはないと思うのだかタダは言わなかった。タダはしか
たなく立ち上がった。一枚のナイロン袋を手に持って…

                                   終



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