宇宙の心編(3年生)







 宇宙大学星の上空650キロメートルのポイントに天文学科の望遠鏡B−1がある。そこではさまざまの
種類の望遠鏡が設置されており大学内にある天文台に比べ、抵抗が少ないため鮮明な映像で観測できるので
あった。

「今夜から二日間ははわてらの班やな、クィーニ」

チャコはクィーニの肩に手をまわした。B−1へ観測に行く順番である。

「こんどはどこがええやろ? 見つけにくい不規則銀河でも見よか?」

チャコは嬉しそうだった。
 


「チャコは相変わらずだな。彼女の事をすごく大切にしているんだからな」

四世はふたりが飛び立った後で言った。

「この前なんか二人が歩いているの見てたけどずーっとよりそったままだったんだ。僕は声をかけられ
なくて困ったよ」

赤鼻が照れ臭そうに頭をかいていた。B
「そりゃかわいいクィーニと一緒なんだから自然とそうなるんだろうよ」

四世は笑っている。彼は今のところ恋人に不自由はしていないのであった。

「でもあのふたりはいかにも恋人同士という感じだな」

ガンガは夜空を見上げていた。今、空に見えている星くらいの大きさで動いている白い物がB−1なのだ。
そこの望遠鏡までは3年生以上の航空科の学生が順番に送迎する事になっていたのであった。3年になっ
たタダもその望遠鏡に入った事がある。そこは望遠鏡という名の建物であり色んな設備が整っていたの
であった。しかし航空科のタダはそこで一泊し、観測する天文学科の学生達の引き継ぎを見ているだけ
の退屈な時間を過ごすだけの場所だったのである。



「もう最高やった。クィーニと一緒やもん、どこに行ってもええわ」

帰ってきたチャコはタダの前でのろけていた。ほかの仲間の前ではこれほどものろけられないのだ。彼女
もちのタダの前だからこそできることであった。

「チャコったら新しい銀河を見つけたら一緒に名前を考えようだなんていうの。ちょうど昨夜ぼんやりと
見えてきた原始銀河があったもんだから」

天文の観測は気の長い作業であった。何十時間も何百時間も要するものも少なくない。だから引き継ぎに
時間がかかるのであった。

「タダ、原始銀河って知っとるか? まだこの銀河系みたいな形をしてない星のゆりかごみたいなとこな
んやけどな」

チャコは楽しそうに話しているがタダには興味のない内容だったのである。自分たちは現在、自分たちの
いる銀河の中でしか行き来していない。パイロットもここ以外の銀河には行かない事が原則だったのだ。
銀河は広大だ。ここは気の遠くなるような星が集まっているのだからその探査すらおぼつかないのに他の
銀河まで足を伸ばす余裕はなかったのである。



「じゃ、行ってくるからね」

今日はタダが送迎の当番なのだった。今夜天文学科の学生達を送って行って明日の朝に帰ってくる、そ
んな実習なのだった。

「何だか嫌そうな顔をしているな、お前。せっかく行くんだからちっとは宇宙を感じてみたらどうなん
だ? 結構おもしろいもんだぜ。お前、現実的すぎるとこがあるからな」

フロルはクィーニからよく星の話を聞いているため興味があるようだ。

「まぁ心掛けとくよ」

気のない返事をしてタダは出発したのであった。自分では現実的すぎるとは思っていないのだが… で
も積極的に天文学科の学生達と共に星の話をしようとは考えもしなかったのである。彼らの多くはロマ
ンチックすぎると感じるのは自分だけなのだろうか? もっともチャコはちゃんと現実を見つめながら
天文学を勉強しているのだが。



 双胴型の宇宙船タイプの建物であるB−1は天文学科の学生達にとっては夢の巣みたいな所であった。
ここは上空650キロメートルの空間なのだ。航空科の実習ならこの高度だと素通りしてしまう程の高
度である。ここは大気圏とは言うものの、一歩外に出たとしても生きて行かれない空間だった。

 タダは一人で展望台に座っていた。いつもなら仮眠室で横になっているかクラスメイトと雑談をして
すごすのであるが今回はフロルの言葉通り宇宙を感じてみるのもいいかも知れないと思うのだ。ここな
ら三方に空が見える。きっとここからフロルは空を見ていたんだ、そう思うのであった。
 タダはその場所から動かずじっと目を閉じていた。一人きりでいると心が澄んでゆくのがわかる。さ
らに心を落ち着かせると離れた場所で観測を続けている学生達の思考がはっきりと飛び込んで来るので
あった。

“みんな純粋に天文学が好きなんだ… ”

タダはいまさらそんな事に驚いていたのであった。どうして天文学を勉強するのか? それは彼らのあ
くなき探求心を癒すためであろう事がわかる。しかし宇宙を知る事なんて本当に可能なのだろうか? 
目でみえないものを手探りで探求して行く天文学はまさに未知との格闘でありその勝算は無いと言った
方が正しいだろう。それで研究者やそれを志す者たちは後をたたない。一生かかっても解明できない課
題を残して死んで行く研究者はそれで幸せなんだろうか? わからない、どうしてそんなに熱くなれる
のだろう?

“この宇宙に心みたいなものがあるのなら、僕にその心を解放してくれればいいのに… ”

タダはぼんやりとみんなの思考を読みながら考えていた。

 

 辺りに音が響いていた。ここは宇宙空間なのに音が聞こえてくる。すさまじい衝撃を受けて足元で銀
河が砕け散った。噴き出る赤いガスや白いガスの中で一瞬にして消えた命の息吹。この一瞬は何百億年
という年月だと気づいたのは全てがはるか宇宙に向けて散って行った後だったのだ。

“僕は宇宙とシンクロしている!”

タダは叫んだ。その叫び声は銀河の声なのだ!
 
“銀河は生きている一つの生命体なのか?”



ここは上も下も右も左も無い宇宙の中である。
足元で砕けた銀河の反作用の影響で進路を変えられてしまった僕は再びものすごい勢いで違う銀河にぶ
つかって行った。
僕は大声を出した。痛みは感じないのだが恐怖だけは襲ってくる。
相手の銀河の悲鳴も聞こえてきた。B それも又、生きているのだった。

 僕は砕けた。
ちりになりガスになり水素の粒になり一酸化炭素をヘリウムを辺りに撒き散らしながらやがては静寂のみB が僕を支配した。
形は失ったものの僕はまだ存在しているのだった。
僕の存在は素粒子となり恒星や惑星を突き抜けて進んで行く。
無限の世界まで?


銀河が生まれている。
濃いガスの中にほんやりとした姿でいくつもの新しい星が見える。


B “チャコの言ってた星のゆりかごなのか?”

僕の意識だけがそこに立ち止まった。
今、僕は時間を超えた壮大なドラマを見ているんだ… 

僕は銀河ではなく宇宙になった!



「タダ、何ぼんやりしているんだ?」

当番にあたっているクラスメイトが声をかけてきた。

「え? あ、いや… 少し眠っていたらしい。みんなはどうしてる?」

タダは聞いた。

「ゲームして暇つぶしさ、君も来るかい?」

「いや、よしとくよ。ちょっと下に行って来るから、少し天文学でも勉強でもしようかな? なんてね」

タダはまだ落ち着かないのだった。さっきの夢がやけにリアルだったせいなのかも知れない。きっとフ
ロルが宇宙を感じて来いなんて言ったからなんだなと思う。

「何だかにぎやかなんだね。観測って」

タダは天文学科の同級生に声をかけた。

「いや、今は特別さ。今見えているこの生まれたての銀河はものすごく大きなものだってわかったんだ!
  一酸化炭素の量がものすごく多い。僕たちの銀河の倍はあるな!」
「一酸化炭素?」

タダは聞いた。

「そう、一酸化炭素の分子が出す特有の電波の検出ができたんだ」

彼は興奮しているようだった。タダにはどうやって一酸化炭素の量を計るとか、それでなぜ銀河が生まれ
ているのだと知る事ができるのとか言う事はさっぱり理解できないものだった。しかしそれはすごい事ら
しいのだった。

「二つの銀河がぶつかって塵になり、また新しい銀河が生まれるのかい?」

タダは聞いた。タダはさっきの夢を思い出しながら聞いてみた。

「航空科でもそんな事を考えられるような奴がいるんだな、これは多分そのとおりだと思うぜ!」

彼はまだ興奮しているようだった。タダの説が嬉しかったらしいのだ。彼らは常に現実的な航空科の学生
とちがうところがあり、仲が悪いのではないのだが会わない部分があったのである。それは将来の職業、
夢を追う仕事と現実を対処していく仕事との違いなのかも知れない。

「君たちの実習って… なんて表現したらいいんだろう? 宇宙の声を聞く事なのかな?」

言ってからタダは照れた。今までこんな事を考えた事はなかったのだ。我ながらくさいセリフだな、そう
思ったからだ。しかし天文学科の同級生は感心したようにタダを見た。

「お前… いい奴だったんだな」

彼はバンとタダの背中をたたいて親愛の情を示してくれたのである。

「これがぶつかって行く所だよ、こんなのはよくある事なんだ。僕たちの銀河は無くおく何十億あるか
も知れないといわれている銀河のたった一つにしか過ぎない。ぶつかる事なんて天文学的な年月のなか
ではごくありふれた現象なんだ」

彼はスクリーンにその場面をうつしてくれた。

“ぼくはさっきそこにいたんだ!”

タダは夢が夢でなかった事を知った。心震える瞬間だったのである。


「お帰り。少し遅かったんじゃねぇか?」

フロルが航空科の発着所まで迎えに来ていた。

「いつもと同じだよ、どうした?」
「なんでもねぇよ」

どうやら昨夜はクィーニをチャコにとられて暇を持て余していたらしいのだ。

“僕がいなくて寂しかったのかな”

と、思うのは傲慢なのだろうか? でもタダはそう感じたのだった。

「宇宙って広いんだな」

唐突にタダは言った。

「何だよ、急に… 変だぞ、お前」

フロルはタダをのぞきこんだ。

「君が宇宙を感じて来たら、と言ったから感じてきたんだのに」

タダは不服そうだ。

「ごめん、でも本当に宇宙って広いよな。チャコやクィーニってそんな話題で盛り上がるんだもんな。
でもオレさ、本当の事言うと… 目で見える星を見ているだけでいいや。それで充分なんだ」

今が夜ならきっと彼女は空をじっと見上げていただろう。
しかしあいにく空は青く晴れ渡っていたのである。タダはフロルを見ていた。
自分を真正面から見る目も今みたいに遠くを見ている目も…  彼女の目はいつも光るものがある。
その光りは僕にとっての星であり宇宙である事をきっと君は知らないんだろうな。
そして僕は本当はそんなに現実的じゃないんだよ。

タダは心の中でフロルに言った。
しかし返事はない。

君はいつもそうなのだから… 
僕の方が君の事をよく知っていると思うんだ。そしてね、君は言葉使いに似合わずロマンチックな所を
もっている事を僕は知っている。

 タダはフロルの手をぎゅっと握った。

「今夜… 」
「うん?」

フロルは振り向いた。
「 …… 」
言葉には出さなかった。

「うん!」

わかった、と言うようにフロルはその手を頬にあてて返事をしたのである。



そしてその夜、空に浮かぶ船があった。


夜空には銀河が音もなく流れて・・・




                                          終


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