出てゆく船編(4年生)   





 特殊隔離病棟に行く船が大学惑星から飛び立った。強い感染性のある未知のウィルスや細菌による
病気、それは決して蔓延してはならないのだ。そんな病気がまれに発生し、大学病院に連れて来られ
る患者があるのだ。
 惑星開発の為に各星より人夫が集められる、それは決して楽な仕事じゃない事を本人達は知ってい
た。あらゆる危険が待っている未開の惑星、そこを開拓するには並以上の決意が必要なのだった。



「これしか手段がないのだろうか?」

隔離病棟とはテラ系にあるひとつの惑星をさすのだ。感染性の強い未知の病気が発生した場合、必ず
ここに送られるのだ。別名死の星と呼ばれるその惑星から生きて帰った者はほとんどいないという… 
いわば大学で処理しきれなかった病気の姥捨山とでもいうべきなのか。



「珍しいな、君がシミュレーションルームに行きたいだなんて」

タダはガンガと共にそのコンパートメントに入って行った。彼は選択科目に航空科の授業を取ってい
ない。だから彼のこんな申し出をそう思っても不思議ではないのであった。昼下がりのコンパートメ
ントは珍しく使用する者もなく、順番待ちもなかったのである。

「どんなのがいい? 君が体験したいように僕が動かすから」

一般教養のパイロットコースは誰でもそのコンパートメントでパイロット体験ができるのだ。

「頼む、オレは操縦なんて器用なまねはできんからな、ちょっと無理な注文かもしれんが… 」

ガンガはひと言ことわったのだ。

「宇宙空間で… そうだ、遠い所… ずっと離れた場所で、どこかの星にぶつかってくれないか?
  今は死にたい気分なんだ… 」

どうして、とは聞かないタダなのだ。もう彼の心はわかっていたのだから。彼の心は乱れていた。
心の奥底はかたくロックされていたのだが、表面的な感情はすぐに読み取れるのだ。あきらかに普
通ではないガンガがタダの前にいたのだけは確かなのであった。

「嫌なのか? そりゃそうだろうな… お前らみたいにプロのパイロットになる奴にこんな事を頼
むなんて… 」

悪かった、という言葉がガンガの口からもれる前にタダはうなずいたのだった。

「いいよ、何でも。ここは所詮シミュレーションだから… 実体験じゃない、何度だって死んでや
るよ。本当に死なれちゃかなわないからな」

タダはそう言って快く承知したのだった。彼の気持ちが伝わって来る。医師の卵でありながら患者
を治すことなく死の星に送り出してしまった辛さが彼を苦しめていたのであった。彼は責任感が強
いのだ、それゆえに悲しみも人一倍なのだった。ガンガは気弱になっている、何とかしなければい
けないと思うタダなのだ。とりあえず彼はガンガの条件の光景をスクリーンに映し出したのであっ
た。


 音がない宇宙を進むシミュレーションの船にガンガは音を感じていた。彼の希望どおり今日出て
行った船と同じくらいの大きさなのだ。それはガンガたち医学科の敗北を意味しているのだと彼は
感じていた。

「世の中はどうにもならない事がありすぎるものなんだな、タダ」

ガンガは思い口を開いたのだった。

「うん、そう思う時もある」

「医学なんていうのは今、治せる病気しか治せないものなんだなぁと思うよ」

ガンガはしみじみと言ったのだった。

「君は後悔しているのか?」


タダは前のスクリーンを見つめたままで話しかけた。
「後悔なんてもんじゃないさ。オレは生かすための努力する医師を目指している。しかしどうにも
ならない事があるのを今まで何度見て来たことか… 限度を感じたのは一度や二度じゃない… オ
レはそんなに強い人間ではないもんでな。人の死に慣れる医師になるにはは程遠いんだよ」

彼は笑っているようで泣いているようだった。

「そんな事もある… 」

タダは言った。

「大学病院にも限りがある。感染病は時間との戦いだ。まして死に至るようなものならなおさらな
んだ。医師は病気の前では臆病になってはいけないんだとオレは思うのに。だから… 」

この先の言葉をガンガの前で言っていいのだろうかとも思う。

“仕方ない事もあるんだよ”

と、やはり言わないでおこうと思うタダだった。

「ねぇ、ガンガ。君の言っていたプログラムを変えてもいいかい?」
 
タダは聞いた。どこかの星にぶつかって死んでしまういう自暴自棄の自殺シナリオだったのだ。

「ああ… かまわんよ。いや、死ぬなんて事を… たとえシミュレーションでも医師になるはずの
オレが言ってはいけない言葉なんだな」

うなずくかわりにタダは彼の目の前でセットを解除したのだった。そてスクリーンは違う場所を映
し出したのである。

「僕は君ほど人の死にはぶちあたっていない。確かにケアマンの実習でそんな場面をむかえる時が
ある」

感染性でない不治の病気におかされた患者の最期をみとる、ケアマン・ケアウーマンの授業をタダ
やフロルは続けていたのである。

「しかし君のように専門じゃないからね、でも僕たちでもそんな場面を迎える時もあると思うんだ。
事実、たとえ実習とはいえ宇宙空間で死んでいった奴もいたんだよ」

タダは高度を上げた。彼の操縦はスムーズで狂いがない。シミュレーションとはいえ、実体験と同
じ音響であり振動をかんじる事ができるこのコンパートメントは実際の船に乗っている錯覚におち
いる事もあるくらいなのだ。

「 …宇宙ってのは…何も… ないんだな… 」

ガンガが漆黒の空間を見てそう言った。

「何もない事はないんだよ。いろんな物質がただよっているんだ、この空間に。ただ見えないだけ
さ。場合によってはそれが命取りになる時がある」

二人の船は音もなく停止する。タダはプログラムのスイッチを切り替えたのであった。

「パイロットは退屈な職業かも知れないと思う時がある」

タダはガンガの方を見た。しかし手は動いている。

「何もない時には本当に何もないものなんだ。自動操縦という便利なものがある、手動じゃなくて
も目的地に着く事ができるんだ。ただのコックピットの番人に思えて来る時もある。もっとも操縦
に慣れたらの場合だけどね」

ガンガはタダが何かを言いたいのだと察していた、しかしそれが何なのかはわからない。

「医学科と航空科は全く違うジャンルなんだけど、時々僕は共通点を感じるんだ」
「パイロットと医師に共通点?」

ガンガは変な事を言う、と一瞬思ったようなのだ。タダは医学科の授業も取っており、B級医師免
許を取得しようとしているのだが… しかし何を感じるというのだろう?

「共通点… というか、今の君の気持ちが僕にもわかるんだ。そんな思いをした事があったから、
いや。これは僕がパイロットを目指しはじめた時からずっといつかは来ると思う事なんだけど… 
そりゃ、なかったらいいに決まっているんだけどね」

タダは何かのスイッチを押した。とたんにスクリーンいっぱいに小惑星群が発生したのである。

「テラ系で有名なアステロイドベルトだよ」


彼は言った。
「銀河にこんな場所は多いけど僕はテラ系だから小惑星群と言えばここなんだ」

タダは乗っていると仮定された船の設定を変え、全体像を映し出した。

「これはこの船だ。僕たちは前の方のこの部分にいる。乗務員は3名くらいかな。そして乗客は
20人くらいと仮定している。さっきのとは違っていて、今は旧タイプの小型船になっているん
だ。少しの衝撃でも簡単につぶれてしまうよ」

彼は後部に照準を合わせた。


  ・・ !! ・・


コンパートメントにものすごい衝撃音が響き渡ったのだ。
 
「僕たちの船は小惑星にぶつかったんだ」

驚いているガンガに向かってタダは説明した。

「ガンガ、たとえばの話なんだけどね。この惑星群を感染性の強い病原菌と仮定するんだ。そし
て… 」
実、少しでも船を動かすとちぎれてしまうだろう。

「今、この壊れた船に向かって惑星群が降って来ているんだ。それは止められない、それから逃
れる方法は即座にこの場所から移動する事だ。事態は急を要している。そんな場合、君ならどう
する?」

タダは問いかけた。

「そうだな… まずはオレたちはこの前のコックピットにいるわけだから… 後ろにいる奴を救
いに行くだろうな」

彼はおもしろいクイズをしているような感覚になってきた。ゲームのようにも思えてくる。

「そうだね、時間がある場合はそうするさ。じゃ、緊急事態で助けにいけない時にはどうするん
だ?」

タダは聞いた。

「それでも助けようと努力すると思う。だってこの部分にも乗務員や乗客が乗っているんだろ
う?」

ガンガの答えはそうなのだ。

「うん、それじゃ救出不可能な場合は?」

再びタダの質問が飛ぶ。

「それでもとりあえずそっちに向かいたいと思うだろうな。いや、救いに行く。それが常識と
いうものじゃないのか?」

ガンガはタダの方を見た。

「僕なら救わないよ」

彼の答えはガンガのそれとは違っていた。

「あきらかに助からないと判断した場合は即座に決断しなくちゃいけないものなんだ。この場
合だと、もたもた救出に向かっているとみんな死んでしまうよ」

タダは振り向いた。彼の顔はパイロットの顔になっている。冷たいとも言えよう、しかしそう
でないとつとまらない現状を認識しているのだった。

「一刻もはやく小惑星という病原菌から離れなくてはいけないんだ。みんながやられてしまう
前に助かる可能性のある奴だけを助けなくてはならない。いわばパイロットは決断を下す医師
みたいな役割をはたすんだ」

タダはかつてそんな実習をした事があるのだ。彼はその時の事を思い出していた。やるせない
思いを飲み込まないといけない事がこの先あるかもしれない。

「お前、冷たいんだな… 」

ガンガはついそんな目で彼を見てしまったのだ。

「そう、僕は冷たい。未知の病気が惑星中に蔓延して、そこが滅びるよりはそれを排除したい
と思う。ゼロになる答えを僕なら選ばない」

ガンガは言葉が出なかった。タダの理屈は間違っていないのだ。

「しかしタダ… 」

彼はまだ悩んでいる。死の星に患者を送り出した後悔が残っている。何も彼が決断したわけで
はないのだがやはり気になるのだ。

「仕方ない場合もあるんだよ」

それはさっきタダが言わなかった言葉なのだ。しかしガンガは混乱している。

「お前の言ってる事はわかる。いや、わからなくはない」

「気にするなと言っても無理かもしれないが… 君は… 君の辛さはわかるけど君に自分を見失
って欲しくないんだよ。少し前の君の顔、見ていて僕は辛かった」タダはいつもの顔に戻ってい
た。彼本来の持つ誠実な顔なのだ。さっき見せたパイロットの顔も彼の顔なら今の顔も彼の顔な
のだ。

“オレもこいつのように割り切れるようにならなくちゃな”

ガンガはすっきりとはしないもののタダの言いたい事が伝わって来たのだった。きっと彼も悩む
事はあるのだろう、優秀な航空学科の学生とは言え迷わないという事はなかっただろうにと思う
のだ。彼は弱音も吐かずにひとりでそれを乗り越えてきたのだろうか? 意志の強いタダの事だ、
そんな事もありえるだろう。

「君が希望するならもう一度元の設定に戻して惑星にでもぶつかろうか?」

タダは笑っていた。

「お前は強いんだな… 」

ガンガは真横にいる親友の横顔をじっと見つめていた。

“年下なのだけれど頼りになる、最初から変わっていた奴、何を考えているかわからない所があ
るけれどいい奴なんだよな。どこにその強さがあるんだろう?”ガンガはふっと笑った。これは
きっと彼流の慰め方だと思うのだ。ガンガの感情が流れて来たタダも前を向いたままで笑ってい
たのである。

“ガンガ、僕はそんなに強くないんだよ”

そう思ったからなのだ。




「まーったく何時間入っているんだよ!」

コンパートメントから出て来た二人に向かってフロルがまくし立てたのだった。

「何かあったのかと思って心配してたんだぞ!」

もう随分遅くなっている。知らぬ間に降り出した雨が総ガラスの渡り廊下の屋根で弾けていた。

「すまない、フロル。オレが無理な注文をつけたからな。いや、悪かった」

ガンガは素直に謝ったのである。彼女の事だからずっとここで待っていたに違いない。それでも
何もなかったと知ってほっとしたような表情になったフロルなのだ。めったにない事なのだけれ
どコンパートメントの中で精神錯乱状態になる者もいるのだ。もっともこの場合、モニターをチ
ェックしている教官がすぐに駆けつけるのだが…

「雨も降ってきたぞ。ハラもへってるんだろ?」

彼女が差し出したバスケットには軽食が入っていた。

「ガンガは今夜、研究室に泊まり込みだって言ってたから作ってやったぞ。お前けっこういいか
げんに食事してるみたいだから」

当たっているだけに何にも言えないガンガだった。ガンガに限った事ではないのだが、つきっき
りの実験が実習になるような学科の者は泊まり込みが多かったのである。

「お、フロルの手作りだな。ありがたくいただくよ」

ガンガは手を上げて自分の研究室に戻って行ったのだった。


「何かあったのか?」

フロルが聞いた。

「いや、ガンガは船に乗る事なんてないからシミュレーションでもどうかって言ってね、いろんな
場所に行ってたんだよ」

「ウソっぽいけど信じるよ」

フロルはその手に自分の手を重ねたのだった。

“君の手から僕の強さのエネルギーが伝わって来るみたいだ… ”

と、口に出すと彼女なら笑うだろうなと思うので言わないタダだった。

「帰ろうか?」

「濡れるぜ」

フロルは外を見た。

「シャワーだと思えばいいじゃない」

タダは走りだしたのだ。大学からふたりのアパートの棟までそんなに離れていないとはいえすぐ
そばではない。

「おい、土砂降りなのに!」

止めるフロルの手を引っ張ってタダは走りだした。

「おい! お前!」

と言っても聞かないのだ。

「仕方ねぇな、じゃ競争だ!」

フロルも負けじと走りだしたのであった。

「ガンガ、さっきいい顔してたぜ!」

息を切らしながらフロルが言った。雨が口に入って来てむせそうになっていたが満足そうにタダ
はうなずいた。

「タダ!」

フロルが呼び止めた。もう走れないらしい。

「お前、やっぱ… いい男だぜ!」

ありがとうだなんて水臭い言葉をタダはかけなかった。彼はいきなりフロルを抱えたのだ。

「オレ、重いぞ… 」

それでも両手をタダの首にまわすフロル。タダは彼女の冷たくなった唇にふれたのであった。

 なお激しく降り続く雨の中に二人の姿がぼんやり浮かび上がっている。街灯の光はいつの間にか
透過率の高いオレンジ色に変わっており、それを浴びたふたりはただ抱き合っていたのであった。



                                           終 



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