フーの旅編(4年生)







 ここの重力は人々が生活するには少しきついものがあった。しかし四季がはっきりしているこの惑星
フーは観光地としての人気はある。
ここには航空科の発着所が設置されており大学星から近いせいもあってかよく実習に利用されていたの
だ。ここの惑星の脱出速度は初級の実習にはちょうどいいのであった。今回は下級生の補助としての参
加実習グループが同じ日になったので夕食の後の自由時間を二人ですごしているのだった。この惑星か
らみえる銀河は地平線に近い。真上にある青い月が二人を照らしていたのである。


「4年生になってからずっと忙しいね」

二人とも単位を取るのに忙しくて休日になるとまとめて睡眠を取っているという状態だったのだ。

「きついよな、実際。でも4年生でほとんどの必修科目の単位を取っときゃ5年生になったら好きな科
目を取ってゆっくりできるだろ? それに… 4年生の終わりの方は結婚の準備なんかもあるしよ」

フロルはちゃんと未来の生活設計をしているようだった。

「そうだね。でも今夜は久しぶりにゆっくりしているな。実習中だというのに…ちょっと不謹慎かな?」

と言いつつフロルに近づくタダだった。



「フーの秋と冬は有名だがわたしはあの惑星の夏が好きだ」

いつもの喫茶室でヌーが教えてくれた。彼は一人でよく旅行をしていてその知識はかなりのものがあ
ったのだった。いや、彼の場合は“旅行”というより古風だが“旅”と言った方があってるような気
がする。

「たった一週間の期間なのだが… 」

ヌーは地図に印を入れてくれた。その日はもうすぐだったのだ。



 ちょうどテストが終わった所だったのでフロルは快く返事をしたのである。

「息抜きがしたかったんだ」

彼女は定期便の船の中で嬉しそうにしゃべっていた。久しぶりのデートらしいデートなのだ。フーの
宇宙空港で降りた二人はさっそくヌーの教えてくれた場所に向かったのだった。

「今夜は小さな簡易テントだよ」

観光地ではないために宿泊施設がないのである。しかし簡易テントと言えども重力や温度の調整がで
きるようになっていて中は快適だったのだ。透明なドーム状で、中から観測や観察が出来るようにな
っている学術用のものだった。

「広い湖だな」

フロルはその透明な湖に見入っていた。日が暮れかけた水面はかすかに震えているようでキラキラ輝
いていたのである。でも風はない。

「きれいだ… 」

フロルはうっとりしてその水面の反射を見ていたのだった。彼女はどんな事にも素直に感動する事が
できるのだ。

「きっとヌーもそう感じながらここにいたんだと思う」

タダはいつも一人で自然を感じる旅に出るヌーを“宗教家”というより“詩人”に向いていると思っ
ていた。彼はだれかと共に旅行を楽しむというより自分を見つめる旅を選んでいたのだ。しかしそれ
は決して排他的になっているとかいうものではなく、それによって友のありがたさを再認識している
ところがある事をみんなは知っていたのだった。

「でもさ、あいつたった一人で寂しくないのかな? オレなら絶対ひとりで旅になんか出ないぞ!」

そんな事はわかっている。彼女は一人旅にむいていないし、かりにそうしたとしてもタダが心配で後
をつきまわるのは目に見えていたのだった。

「ヌーは本当に旅が好きなんだと思う。彼は孤独に慣れるようにしているところがあるみたいだよ」

タダは何かのおりに見せる寂しげな表情を知っていた。彼は脱皮さえしなければ何10年でも何百年
でも生きられるのだ。

「じゃあ、あいつにとってオレ達の存在って人生の初めの方に出会った友達になるんだな… 」
「だろうね、もしヌーが変化しなかったらの話だけど」

そういう運命に生まれていたのである。

「あいついつも静かに笑っているけど寂しい時もあるんだろうな」

フロルはしんみりとしている。

「そりゃあ、人間だから… でも彼は自分で対処している」

タダはヌーの心がわかるのだ。

「でも運命という言葉で自分を慰めているなんてオレならいやだ。悲しみや苦しみをたった一つの言
葉の中に飲み込んでいるみたいじゃねぇか」

フロルは少し興奮しているようだった。久しぶりの外出だったのでそうなったのかも知れない。

「みんな君と同じじゃないんだよ」

タダはさらりと言ったはずだった。でも彼女の気に障ったようなのだ。

「お前… 冷たい… あいつ、オレ達が死んだ後も生きていかなきゃいけないんだぜ」

確かにそうなるのだが…

「きっと新しい友達ができるさ」

そうでないと寂しすぎるのだ。

「それじゃ… あいつオレ達の事、忘れちまうのか?」

フロルは聞いた。

「いや、決してそうならないさ。それに僕たちが死んでも僕たちの子供が生きている。そしてその子
供もまた子供を生んで… きっとヌーならいい友達になってくれるさ。そんな子供を僕は育てたいと
思っているし… そして僕たちの孫やひ孫に僕たちがどんな青春を… 人生を送ったかという事をヌ
ーが教えてくれるかも知れないじゃない。そう思わないか?」

タダは優しく穏やかな笑いを投げかけたのだった。





 その時、水面が一瞬静まったかと思うといっせいに薄い透き通った黄緑の羽を持つ昆虫が羽化して
飛び立ったのである! 
夏の月夜はこんな事が起こる時期があるのだった。


「ごらん、ヌーの言ってた妖精が舞ってるよ」

タダは指さした。フロルはそれを言葉もなく見つめ続けていたのだった。これほどの数がいっせいに
乱舞するとは思わなかったのである。



 テラ系のカゲロウにも似たその昆虫はたった1日で成虫の時間を終える。羽化した瞬間に交尾にう
つりその夜の内に近くの木の葉に透き通った卵を産む。そして二人のいるテントのそばの木の葉にも
その妖精はやって来たのだった。



「滴みたいに光っている… 」

フロルはその生み付けられた卵をじっと見ていたのである。短い一生の間に羽化してすぐに死
んでゆく… 一体それらは何の為に生きているのだろう? その体には消化器官はないのだった。

「あの卵ってすぐに死んでしまう妖精の涙なのかな… 」

ポツリと言った後で彼女は目頭に指を当てた。

「君はこの光景をきっと忘れないだろう?」

タダは話しかけた。フロルはうなずいた。

「ヌーはこの光景の中に僕たちの姿を重ねていたのかも知れないよ」

タダはヌーが自分たちの事を忘れない事を知っていた。

「一瞬の思い出でも一生忘れられない事もあるんだよ。そしてヌーはそんな友達がいた事を思い出す
たびに僕たちは彼の中で思い出として生き返るんだ… 」

知らぬ間にフロルはタダに寄り添っていた。今日の彼は限りなく優しく感じられたのである。

「ごめんな… 」

フロルは謝った。こんな夜は… 物悲しくて、そのくせあたたかい。



「どうだった?」

帰って来たタダ達にヌーは聞いた。

「うん、すごく… 」

良かった、と言おうとしたフロルだったが言葉が続かない。

「ケンカでもしたのか?」

ガンガが聞いた。しかしそうではない事をヌーは感じていた。タダはヌーと目が合った。




静かにほほえんだのはどちらが先だったのだろう?
 



そして何事もなかったかのように授業が始まるのであった。


  
                                          終



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