実習編(4年生)







 もうずっと長い間ふたりは単位を取るために頑張って来た。4年生とはそんな学年にしようと
計画していたからふたりは実行にうつしていたのである。

「実習で一緒になるなんて嬉しいな」

フロルは素直に感情を言葉にだす。タダの最も苦手とするところなのだが彼女は平気なのだ。す
れ違いの毎日に与えられたふたりの共通の時間、それはかけがいのないものだったのである。

「僕たち忙しかったからな」

タダは同じ宇宙をながめながら答えたのであった。

「かった、と言うんじゃないぜ。まだもう少し忙しいんだから。でも5年生になったらふたりで
好きな授業いっぱい取って自由に暮らしたいな! だってその頃だったらもう結婚してるんだろ?」

彼女は結婚生活にも5年生という大学生活にも淡い期待をいだいているようだったのである。タ
ダはその時、彼女の期待にこたえられるだけの男なんだろうかとふと思ったのであった。

「あ… 」

タダが抱いた。真正面から強く抱いたのだった。二人以外の担当者はそれぞれのシートについて
データを取っている。

「実習中だぞ!」

フロルは軽くたしなめたのであった。



 船は銀河の果てと言われるポイントに到着した。ここから先は進んではいけないのだ。特殊勤
務の者だけがそれを許されている。しかし学生達はそれらではなかったのである。

「いくらでも遠くに行けるのに」

誰かが不服そうに言った。現代の技術では果てしなく遠くまで行く事も可能なのだ。しかしこの
銀河をまとめている星間連盟は他の銀河に行く事を禁止していたのであった。

「人類の欲望は果てしないものだと思う。しかし僕たちはまだ自分の銀河の中も満足に知らない
んだ。まだ知らなくてもいいのかも知れないよ」

タダは不服を言った学生に聞こえないようにフロルに言った。

「オレはよくわかんねぇけど今のままでいいや。考えた事なんてねぇもんな。でももっと遠くに
行きたい奴にとっては障害になってると思うけど。だってそいつらの夢みたいなもんだろう?」

フロルの言葉をタダはなるほど、と聞いていた。そんな事もあるだろう。決められたワクの中で
充分に自分を発揮できる者もいればそうでない者もいる。

「夢は大切にしたいね」

タダは空を見上げて言った。船からは銀河の半分が斜めになって見えていた。

「ここはオレたちの住んでる銀河だぜ!」

フロルは嬉しそうに言った。

「ずっと先にオレたちの子孫がこの銀河に向かって“ただ今”って言う日が来るかもしんねぇ
な!」




「フロル… 」

「あれ、変だな? 何か泣けてくる… どうしてなんだろうな? お前がいるからなんかな?」

タダは今度は優しく彼女を抱いてた。宇宙の姿に素直に感動するフロル、その純真さにタダは
感動するのだった。

“フロルはずっとこのままなんだろうな”

彼の直感力がフロルを捕らえていた。
“君を抱きしめるたびに思うんだ。もうこのまま離したくないって”

宇宙に果てがないようにタダの独占欲にも果てがない。

“僕はわがままな奴なんだ”

そんな心を封じ込めてタダは言った。

「君がいて… 良かった」

このひと言にすべての思いがつまっているタダだった。




《君たちをこのポイントに連れて来たのには理由がある》

引率の教官からのアナウンスが各ポジションにいる学生達に伝えられた。

《今から君たちは体験した事のないようなワープに入るのだ》

素早く近くのシートについて安全体制をとる学生達。

《ワープ!》

教官の声が大きく船内に響いていた。その直後からしばらくの間、みんなは今まで味わった事
のないような不快感に悩まされたのであった。それはあらゆる場合に置いて対処できるように
訓練されていた航空科の学生達ですら、つらいくらいのものだったのだ。

 ワープから出たその場所に、今まで見えていた銀河は見えなかったのである。

「大丈夫か? フロル」

顔面蒼白になっているフロルにタダが声をかけた。彼女は両腕で大きくバツのポーズをとった
のだ。慣れないワープに酔ったらしい。

「ここ… どこ?」B
フロルが聞いた。タダは一瞬考えていた。

「ここは… !」

タダは驚いた。彼はチャコから仕入れた知識と直感力によりこの場所を知ったのである。

《ここはA銀河なのだ》

教官は言った。他銀河である。

「どうして!?」

と言う、驚きと感激の声が船内にこだました。こんな事が許されていいのだろうかと思うのだ。

《君たちの疑問に答えよう。君たちにはその資格がある》

教官の声はいつも違うように聞こえていた。それは受け取る学生側の意識のためだろう。彼ら
は真剣にその言葉をかみしめていたのであった。

《 …他銀河の斥候隊とでも言うのかな。星間連盟は色んな銀河にこのような場所を持ってい
る。別名“夢見る者の集う場所”だ。君たち航空科の先輩たちもここで勤務しているんだよ。
やがて君たちはパイロットライセンスを取得するだろう。そしてもし、希望するならこのよう
な場所で勤務する事もできるんだ》

やがて目の前に小さな惑星が見えてきた。学生達の乗る船はその惑星の発着所に静かに降り立
ったのであった。

「自分の銀河から飛び出したいという者は多い、しかしここに勤務する者は少ないんだ。危険
もある、家族は遠いのだ。しかし未来につながる夢を追う者は迷うことなくここを選んで行く
のだよ」

“夢見る者の集う場所”の所長は学生達に話したのであった。遠い夢、永久に深い宇宙の見る
夢、銀河の夢… そんな者の流れ着く場所がここなのかも知れない。タダはじっとその所長の
話しに聞き入ったのであった。たとえそれがタダの夢じゃないにしても彼の話は心に染み入る
ものであったからだ。この場所には航空科だけではなく、工学科や天文学科、医学科の先輩た
ちも勤務しているようだった。ここの銀河にも星間連盟らしきものが存在するようなのだ。し
かしまだ歴史は浅い。交流をするのはまだ遠い未来かも知れないが、やがてはそうなってゆく
だろう。そしてそんな交流がもっと多くの銀河にわたってゆく… そんな日のための架け橋と
なる為の場所がここだった。
 窓の外には星、一面の星が瞬いていた。それはとてつもなく離れている場所なのだけれど同
じ色の星だった。

“ここの銀河にも僕たちと同じように人間が生活している… ”

タダの興奮はなかなか覚めないようだった。

“ …… ”

何も言わずにフロルが指をからませた。

「ん?」

タダが振り返る。

「ロマンチックを分けてくれよ」

とだけフロルは言ったのだ。タダはそのセリフにほほ笑んだのであった…




「すごい実習だったな!」

元の銀河が見える場所までワープした後でフロルが言った。

「こんな事、知らなかったよ。僕も驚いた」

タダも同感だった。

「でもあの所長の話を聞いてバカにしている奴もいたぜ。夢を食って生きていけないって」

フロルが吐き捨てるように言った。腹をたてているようなのだ。

「夢を知らない奴に夢の話はわからないよ。それも間違っていいないんだから。夢は自己満足
なんだものわからない奴がいても不思議ではない」

それはそうだろう。タダの言っている事は正しいのだ。

「オレたちの夢、かなうといいな!」

フロルが後ろにまわした両手を組んで言った。

「もうすぐじゃない、パイロットライセンスさえ取れればどの星の航空局にでも入る事ができ
る。大学を卒業したら、君も僕もパイロットになるんだよ」

タダはフロルの方に手をまわして言った。

「でもオレ… 」

彼女は少しうつむいた。

「じいさんを寂しくさせない程度のパイロットでいいや」

タダは嬉しくなってフロルを抱き上げた。なぜか無性に彼女が恋しくてしかたがないのであった。

「オレは何だってできる人間になりたいな。そりゃ欲張りすぎて何にもできなくなっちまうか
も知れないけど… でも自分が納得いく人生を送りたい。その中のひとつの夢がパイロットだ
よ」

彼女にとってパイロットだけが夢じゃないのだった。

「なれなかった時の予防線を張ってるわけじゃねぇんだよ」

腕の中のフロルは言った。

「家族みんなが幸せを感じてくらせる事がオレの夢なんだ。つまらねぇか? こんなのって」

フロルは自嘲しているようだった。

「最高だよ!」

タダの興奮はまだまだ続いていくのであった。





「よく食べるのね! フロル」
実習から帰ったタダとフロルはチャコのアパートに呼ばれていた。クィーニが腕によりをかけ
て作ってくれた料理が並んでいたのである。

「だってオレ、昼から何にも食ってねぇもん。行きのワープで酔っちまったから我慢してたん
だ。それにクィーニの手料理ってうまいもんな」

彼女は言った。

「だからと言ってそんなに急いで食べなくても… 」

やれやれという顔でタダはチャコと顔を見合わせたのだ。

「でもほんと、クィーニって料理が上手だね」

フロルに聞こえないようにタダがチャコの耳元でささやいた。

「そりゃ、嫁さんにするにはこれが一番やからな。それに女は現実的やから、わてみたいな男
にはちょうどええんや」

チャコは言った。

「現実的… か」

確かにフロルもそんな女性なのだろう。いつまでたっても男はそんな女を慕って行くものなの
かも知れないとタダは思ったのだった。




 自分のアパートに戻ったタダは窓を開けて星をながめていた。

「星… だな」

横にいたフロルが言った。

「星だね」

タダが言った。今日見てきた星も今見ている星も同じ星なのだ。

「あっちの銀河にもオレたちみたいな人間がいるんだな」

しんみりした口調なのだ。

「こうやって僕たちみたいに生活しているかも知れないな… 」

タダもその口調がうつったみたいなのだ。ふたりは同時にため息をついた。

「なんだか眠れねぇな」

フロルがベッドに腰掛けた。

「一杯、どう?」

タダはグラスをふたつ取り出した。

「出会った頃の話をしないか? 夜が明けるまで」

タダはその中に空色の液体を注いだのである。その色の通りのコスモスという名の酒だった。

「うん」

フロルが快く返事をした。


 そしてふたりは夜空に向かって乾杯をしたのであった…

   
                                       終





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