懴悔編(4年生)






 航空科の先輩が大学にやって来た。タダ達が1年生の時に5年生だったクライストである。ロタ系グ
ラス星出身のこの青年は故郷の星で惑星探査員として働いていたのであった。この星系は特殊な宗教下
にあるために交易等がむずかしく、惑星探査員といっても他の星系との協力態勢にはなっていなかった
のである。


「ご無沙汰しています。先輩!」

タダが手を出した。彼はタダが最初に世話になった先輩だったのだ。冷静でありながらも度胸があり、
人望もある彼は惑星探査員としての仕事を的確にこなしているといううわさだったのである。

「2年ぶりだな、タダ。もう4年生になったんだな。フロルもずいぶん女らしくなったじゃないか」

クライストは向こうからやって来るフロルを見ながらタダに言った。

「よう! 生きてたんだな、先輩」

フロルがあいさつした。

“外見だけ… は、だね”

クライストはタダに耳打ちしたのである。

「随分ご無沙汰だったんだんだね。オレ達の事、忘れちまったのかと思ったぜ」
フロルも手を出したのであった。



 クライストは今夜は教官室で過ごす予定なのだ。グレン教官のこの部屋は卒業生たちの宿舎にも
なっていて、奥の部屋では何人もの宿泊設備が整っていたのであった。別の所にちゃんとした宿舎
があるのだが、教官室に泊まる卒業生が多いのは教官陣の人望のあらわれなのだろう。

「グレン教官… わたしは… 」

クライストの声はいつもの自信に満ちた彼らしくなく、沈んでいたのであった。

「変なんだ、先輩。それに服を着ていたから隠れていたけどケガをしている」

タダは何かを感じるのだった。クライストの手から伝わって来た感覚… 何かがおかしい彼の表情。
この大学にやって来た訳、どうしてだかわからないけれど直感を刺激するのだった。

「オレは別に何も感じなかったけど… でもなんだか色白になったなって気がしたくらい… か
な?」

フロルは首をひねっていた。そのくらいしか思いつかないのだった。

「今頃きっと石頭のところで何かを話しているかも知れないな」

タダはそう思ったのである。
テラ系、サバ系、セグル系の先輩たちはよく大学に帰って来る。しかしロタ系の先輩が帰って来る事
は少ないのであった。




 青緑の惑星があった。グラス星の惑星探査員であるクライストは政府の命令でこの星の調査にやっ
て来ていたのである。

「星間連盟に加入していないが高度な文明があるみたいだな」

仲間のパスカルはその美しさに見とれていた。

「よし、どこかに船を着けよう」

レーダーをじっと見ていたクライストは顔を曇らせたのである。

「この星の空はかなり汚れている… 人工衛星やシャトルのかけらが飛び回っているぞ」

その小さな点はすべてごみなのだ。これらは静かに浮かんでいるのではなく惑星の回りを高速で飛び
回っているのだった。

「回避して着けるしかないな」

パスカルは操縦桿を握り直したのであった。

 突然の衝撃が船を襲っていた。船を襲ったごみはあまりにも小さくて、そのくせ堅い物質でできて
いたのである。



 グレン教官は久しぶりに会ったクライストがどうしてここに来たかがわかったのである。彼の体は
もはや彼だけのものではなかったのであった。

「今… その惑星からの帰りなんです… 惑星探査の降りた星の… わたしは生きている事が苦しい…
  この傷だらけの体が」

彼は自分の体を呪っていたのである。

「わたしはあの惑星に降りる時にレーダーを見誤ったのです… 」

クライストは沈んだ声でグレン教官に向かって懴悔をしていたのである。グレン教官は自分の教え子が
必ずしも輝ける未来を歩んでいる者ばかりではないと知っていた。このクライストもその内の一人だっ
たのだ。

「君だけではない」

グレン教官に言える事はそれだけだったのだ。

「でもわたしは… どうしたらいいのかわからない… 」

彼の脳裏にあのときの事が鮮明に浮かんで来るのだった。思い出したくもない事実、それは彼の傷が忘
れさせてくれないのだった。



“わたしは死ぬのか… ?”

痛みすら感じないくらいマヒした体にライトの雨が降ってきた。
手術が始まるらしい… 
これは麻酔なのか? 
でもわたしは意識がまだあるのに… ”

しかしこの星の人間の言葉はわからない。酸素の含有量が故郷のグラス星より少ないのだろう、息が苦
しい… 酸素マスクをどうしてしてくれないんだ?”

意識が薄れて行く中でクライストは両親の顔を思い浮かべようとしていたのであった。そして…


 目をさました時、病室には誰もいなかったのである。

「これが… わたしの体?」

白い殺菌布の下の胸に腹に大きな傷が走っている。

“大手術だったんだな… しかしみんなはどこに?”

しかしおきあがるのは無理なようだった。

 銀色の扉が開いて医師らしき人物と看護婦が入って来た。

「!!」

医師が大声を出した。何をしゃべっているのか分からないが彼らの顔に喜びの色が浮かんだのである。彼
らはわたしの素性を知らないのに命を助けてくれたらしいのだ。そして何も知らないわたしは彼らの親切
に感謝したのであった。

 
「惑星探査員って仕事、随分疲れるんだろうな」

フロルはタダに話しかけた。

「そうだね、色んな星に降りて調査する仕事だろうから危険も伴うしね。でもフロンティア精神旺盛な者
にとってはやりがいのある仕事だろうな」

タダは答えた。

「じゃ、お前に向かないな」

フロルはくすっと笑った。

「うん、僕はタイプじゃない。やはりパイロットの方があってるような気がするんだ」

タダの正直な気持ちである。

「グラス先輩なら向いているよな。卒業してすぐに探査に出るメンバーに選ばれたくらいだから。でも
何かあったのかな?」
「何もなかったらあんな顔、しないと思う」

タダはやはり不安が消えないのだった。



 グレン教官はクライストの話を黙って聞いていた。彼の悲しみが伝わって来る。彼の苦しみも伝わって
来る。しかしどうしてやる事もできない。そんな自分がもどかしく感じられ苦しかったのである。

「時間が解決してくれる… と言ったら君はわたしを軽蔑するかね?」

グレン教官は聞いた。

「いえ! いえ… 決して… わたしはどうにかして欲しくてここにきたのではないのですから… 」

クライストはほほ笑みを浮かべていた。

「休みはとっているんだろう? しばらくここにいたらどうだ?」

グレン教官はすすめた。しかし彼はそれに応じなかったのである。

「わたしはやはりグラス星に帰ります。たとえ一人だけ生き残ったとしてもわたしは報告の義務がある
のですから… 仕事なんです」

彼はもう学生ではない。甘えは許されないと自覚していたのであった。

「うん、君は強い。その気持ちがあるなら立派な探査員だ。明日は… ちゃんと報告に帰るんだぞ!」

グレン教官はクライストの肩をポンとたたいたのであった。彼は悪いと思ったがこの教え子の心を読ん
でいたのである。クライストもグレン教官の能力はしっていたためあえて心を解放していたのであった。
その為にここにきたのだから… ここは彼にとって心の故郷だったのである。ここには確かな青春時代
があったのだ。仲の良い友がいて、当たり前のようにたのしい毎日を送る事ができたのだ。それは今か
ら思うとほんの一瞬のきらめきだったような気もする。


「さっきタダとフロルに会いました。タダが… あいつ、随分変わっていた、男らしくなったと言うか」

クライストは話題を変えたのであった。

「彼はパイロットになる為に頑張っているよ、フロルもな。二人で空を飛ぶそうだ。あいつらの事だ、
きっと夢はかなうさ」
「わたしもそう思います。彼らならきっとパイロットになれる。フロルも1年の時に基礎知識もないく
せに航空科を専攻するなんて… ずいぶん無茶な奴だと思っていましたがあの頑張りはなかなか真似の
できないものがあった。タダも随分フォローしていたがフロルの努力がないと今まで続かなかったと思
います」

クライストは思い出し笑いをしていたのだった。彼はフロルにてこずった口なのだ。特に無重力空間に
おける移動の練習の時は幾度となく教室の壁にたたきつけられた事か。あんなに下手くそな1年生は初
めてだったのだ。それにあのときはまだ女性になっていなかった。

「みんな成長しているんだ。未来に向かって走り続けている。いつか大学を飛び立つ日の為に今、頑張
っているんだ。かつての君のようにな」

グレン教官は遠い目をしていた。クライストの学生時代を思い出していたのである。彼は優秀な学生だ
った。

「あのころは良かった… 」

ふと本音を出したクライストは自嘲したのである。

「生きていれば色んな事がある。今はつらくても明日は今日よりいい日になるかもしれない、そう思う
のは楽天的だとおもうかね?」

少しの沈黙があった。

「いえ… 決して」

クライストは答えた。

「今日はもう遅い。明日の朝は食堂に行かないか? たまには学生時代に戻ってみないかね?」

グレン教官は笑ったのであった。クライストはコクリとうなずいたのである。

「いいか、クライスト。何があっても死ぬ事だけは許さないからな!」

グレン教官は真剣な目をして悲しそうに言ったのであった。クライストは彼の目を見ながら首を縦に振っ
たのであった。



 窓から夜空を眺めていると悲しみが降って来るようだった。横の部屋には教官が眠っているというのに
ここはひどく孤立しているように思えて仕方ない。孤独な時間に押し潰されそうだ…

“あの時、みんなと一緒に死んでいればどんなに幸せだっただろう? 自分はこれから良心の呵責に苛ま
れながら生きて行かなくてはならないのだ。いっそあの惑星の住民が自分の事を“宇宙からやって来た悪
い宇宙人”としてとらえてくれればよかったのに… あるいは以上技術が発達していないのならとっくに
死んでいたのにとも思う。しかし言葉も通じぬ異星人に親切にしてくれた惑星の住民をせめる事はできな
いのだ。

“でも仲間の遺体から取り出した臓器でこの体を治すだなんて… ”

臓器移植は人造臓器の技術を持たぬ星の住民の最大級の治療方法なのだろう。

“この体の中に仲間がいる… ”

それは自分にとって苦痛以外のなにものでもなかったのであった。

“みんなの苦しみの声が聞こえてくるようだ… ”

クライストは眠れぬ夜に一人で耐えていたのである。明日は今日よりいい日になる、グレン教官の言葉ど
おりだったらどんなに楽な事だろう… 本当にそう思うのであった。



「悪いな、寝過ごしちまって!」

二人そろって定刻に起きられなかったのだ。今日はフロルの食事当番だった。しかしその声に反省の色は
見られないようだったが…

「食堂でいいよ、さ、行こう。今日は一時間目から授業があるだろ」

タダはせかしたのである。



 朝の食堂は驚くほど人が多い。その中にグレン教官とクライスト先輩の姿を見つけたタダはそちらの方
に近付いていったのである。

「あ、先輩。ゆうべは眠れなかったんじゃねぇのか?」

無遠慮にフロルが聞いた。クライストは思わず顔に手をやった。

「フロル!」

タダは彼女の服をひっぱって小さな声でたしなめたのである。

「いや、いい。フロルの言う通りだから」

タダは振り向いてクライストを見た。気にしているせいかどうしても彼の傷をおっているあたりに目がいっ
てしまうのだ。彼のその傷の奥には彼の仲間たちの臓器が息づいているのだった。

「すみません… 」

クライストが自分の傷を見られていることに気づいたタダが謝った。彼も又、臓器移植されたこの体に気づ
いているのだった。

「やはり気になるんだね。君には隠せない。グレン教官にもね」

クライストは言った。

「なぁ、いったい何の話をしてるんだ? かんだかオレだけ会話が見えてないようで嫌だな」



 青緑の惑星の人々はクライストの回復を待って宇宙船の修理を手助けしたいと身振りで話したのだ。彼は
ワープ航法をしらないその人々に船の全てを見せてやったのである。それは彼らにとって万金に値したのは
疑う事のない事実であろう。この惑星が星間連盟に加入し、星間用語をおぼえる事は遠い未来ではないので
あった。

 クライストは言葉が通じないままその星を後にした。彼らは自分たちがクライストを臓器移植によって生
き返らせる事ができたという事実に喜びを感じていたのであった。そしてその彼がおそろしいくらいに優れ
た文明の技術を与えてくれた事に感謝もしていたのであった。彼こそ空から落ちて来た“神”であるかのよ
うに… 


「それじゃ、先輩は体の中にたくさんの命をつめているんだな」

フロルは感心しているようだった。極めて本物に近い人造臓器が開発されてからずいぶんたつのだった。

「しかし自分の過失で船を故障させ、おまけに仲間の命すらも奪ったうえで自分が生きて行く事にわたし
は悩んでいた… 」
「だからここに帰って来たんだな。グレン教官に会いによ。でも本当に死のうと思ってる奴なら悩みもせ
ずに死んでるぜ」
「フロル!」

タダはあわてて止めた。ほうっておくと何を言うかわからないのだ。

「君は考えなしにしゃべり過ぎる!」

タダは言った。

「でもさ、死ななかったのは正解だな。だって先輩が死んだのがその星の奴らにしれたら随分がっかりす
るだろうな。それにさ、死んだら必ず誰かが泣くんだぜ。たったひとりでも泣く奴がいるんなら死んじゃ
いけないと思う。そんなの当たり前の事だもん悩む事ねぇよ」

フロルの言葉は粗野だが暖かい。

「そうだね、フロルはいつも… 」

タダはフロルの肩に手をおいた。言いたい事をストレートに伝えてしまう彼女のいいところが顔を出す時
もあるのだった。
 クライストは笑っていた。もう既に何かがふっ切れていたのだろう。

「フロル、君の言う通りだな。わたしが死んだらまず両親が悲しむ、今は生きていられると言う事に感謝
をしなくてはいけないな」

当然生き残ったのが一人なのだからうらやむ遺族の身内も多いだろう。しかし彼はそれを越えて進んで行
かなければならないのだった。

「先輩ってきっと運が強いんだぜ!」

フロルは励ましたのだった。クライストも又、気持ち良く彼女の言葉を受け取っているようなのだ。

「フロルは何かこういう時にはいい事いうんだな」

ぼそっとグレン教官がタダに向かって言った。そんな事が過去にあった… そう思うのだ。

「確かに… 」

確かにそう思うタダだったのである。


 宇宙大学星を離れて行くロタ系グラスの船にクライストはいた。後方を映し出すスクリーンには宇宙大学
星が見える。そのなつかしい青い星は自分を育んでくれたゆりかごのように感じられ、彼は思わず涙が込み
上げて来るのであった。



 
                                       終



BACK


TOP