浦島太郎編・前編(5年生)
ワープには一応決まったワープポイントがある。いくら進んだワープ航法があり、ワープ先の空間の状態
があらかじめ計算できているとはいえやはり無秩序に行うべきではない事をみんなは知っていた。
「惑星… じゃないよね?」
ワープを初体験した一年生がワープポイントをずれて抜け出した空間の目の前には巨大な宇宙船らしきもの
が浮かんでいたのであるった。
「宇宙船というよりスペースコロニーに近い。はびこっている鉱性植物から察するところ、かなり昔に宇宙
に飛び出した船だろうな」
教官たちはデータを調べていた。外見はおそらくかなり変わっているだろうけれど該当する船があるはずな
のだ。何よりこれが難破船だったとしたら自分たちには生存者の救出義務があるのだ。
「テラ系の船だ、タイプA−4型F−220宇宙船。テラ暦で600年以上前に作られた旧タイプの船みた
いだな。ワープ航法が発見される直前のものだ」
教官のひとりが説明したのである。
「生命反応があります!」
一年生が驚きの声を上げた。ワープに失敗した学生である。
「コンタクトを取ってくれ、タダ」
教官が命じた。最終学年の彼は一年生の為に配属された学生たちのリーダーとして、この船に乗り込んでい
たのである。彼は生命の危険がない限り一年生の手助けはしない条件で船に乗っていたのだった。ここは大
学惑星からあまり離れていない距離で、一年生の初歩的な実習にもってこいのポイントの近くだったのであ
る。
目の前に突然現れた船にルナ号のパイロットは驚いていた。
「何者なんだ? 奴らは。どうして突然何もない空間に現れたのだ?」
スクリーンをかこんでルナ号の乗務員たちはざわついていた。彼らはこの船で生活している一万人の人々の
生命を預かっている。何も知らない彼らのために、この異常事態に対処しなければならないのであった。
「私たちには使命がある。ここにいる人々を人間の住める新しい惑星にまで導かねばならないのだ」
ルナ号のキャプテンはスクリーンを見つめていた。彼はこの船で生まれた時からキャプテンになるべくして
育てられていた。そしてずっとこれからも彼の子孫はキャプテンを受け継ぐような教育が施され続けて行く
運命にあったのだ。新しい惑星に到着するその日まで。
「こんな事は初めてです。我々以外の船に遭遇したのは… 」
パイロットのひとりも又、目の前に現れた船をじっと見つめていた。
「宇宙人は確かにいると信じていた… もし、目の前に現れた船が有人宇宙船なら我々は歴史的瞬間を迎え
る事ができる!」
キャプテンの声は震えていた。新しい星を求めて故郷の星を後にして、はるか宇宙に旅立ってからすでに
600年余の年月が流れている。ここにいる彼らや何代何十代も前からこの船の中しか知らずに生活して
きたのだった。
「しかし敵意があればどうするのです?」
ひとりのパイロットの言葉に一同は静まりかえっていた。歴史的瞬間になるかこの船の最期になるか、そ
れはわからないのであった。しかし少なくとも目の前の船は自分たちよりは高度な文明をもっているのは
確かである。言葉に出さなくてもみんなはその船がワープ航法によって現れた事を知っていたのだった。
「しかし我々は何も悪い事はしていない。こうやって宇宙を進んでいるだけなのだ」
キャプテンは自分に言い聞かせているかのようにうなずきながらそう言ったのであった。仮にそうだと
しても今までそんな危険な目にあった事がないのが不思議なくらいなのだ。一人の不安は全体に広がって
くる。彼らは急に無口になりスクリーンをじっと見続けていたのであった。
その時外部からコンタクトが入った事を知らせるランプが灯ったのであった。
《 −−−−−−−−−− 》
何を言っているのかわからない。今まで聞いた事のないような言語だったのだ。察するところ、やや低め
の青年の声のようだった。
「あの船には宇宙人が乗っているんだ!」
誰かが大きな声を出した。それにつられてコックピットは騒然となった。緊急事態発生である!
宇宙人、その言葉は自分の惑星の人間しか知らない者にとっては恐怖の占めるパーセンテージが高いも
のだったのであった。
「教官、応答はありませんが受信しているようです。今、あの船はこのコンタクトに驚いているようです
けれど。星間用語を知らない様子です」
タダは報告した。思った通りの結果である。みんなは別段驚きもしなかったのだが… 何しろ600年以
上前に作られた船なのだ。星間用語を知らない者が乗っていても不思議ではないのである。
「もう一度コンタクトをとってみましょうか?」
タダは教官に聞いた。彼にとってもこんな事は初めてなのだ。冷静に見えても内心は興奮状態だったので
ある。
「うむ… 遠い昔の船か… でもいったい何の為の航海なんだろう?」
教官はその昔の船に興味を持ったのであった。回転しながらゆっくり進んでいる船は中が空洞の小さな惑
星のようで、その中央にはハッチみたいなものがついていたのである。
「航路の逆算は不可能です。しかしこのまま進んで行くと423年後にサバ系ラテンダに到着する予定で
す」
タダと同じく補助の為に乗り込んでいた学生が算出した。
「気の遠くなるような年月だな… 」
教官が感嘆の声を出した。
「きっと航行中に何代もの人間が先代の遺志を継いでここまできたのだろうな」
実習線に乗っていた全ての者はそのコロニー程の船に見入っていた。
「ハッチを開けてみてはどうでしょう?」
ルナ号のパイロットが提案した。未知との遭遇、それが現実として目の前に現れたのである。
「敵意があればどうするのだ?」
誰かが聞いた。
「敵意があればもう既に我々は攻撃されているだろう。おそらく目の前の小さな船は、われわれの計り知
る事のできぬほどの科学力を持っているに違いないのだ」キャプテンが断言した。
《 −−−−−−−−− ワレワレハテキデハナイ》
再び低い青年の声が入って来た。そしてその後でそこにいるみんなの頭の中に同時に意識だけが流れて来
たのである。
「テレパシー?!」
パイロットが耳を疑った。いや、これは声ではないのだ。意識なのだがそれはちっきの青年の声のような
気がする。
「テレパシーだ… これがテレパシーなのだ… いつか… 科学者たちが話していた事がある。宇宙に出
た時に必要な交信手段はテレパシーしかないのではないかと… 」
「ハッチを開けましょう」
パイロットがキャプテンに進言した。そしてキャプテンはその意見にうなずいたのである。
「教官、僕のテレパスとしての能力はこれが精一杯なんです」
タダが疲れた顔をして教官に言った。
「ご苦労だった。ほら、あの開店していない部分をみたまえ。ハッチらしきものがある。開いていくぞ」
教官の言葉に一同は口の開いた入り口に見えるハッチを見つめていた。
「タダ、どうだ?」
教官はタダの直感力をあてにしているのだ。
「よし、わかった。とりあえず今日は大学に戻る。この空間は大学惑星の領域だが星間連盟にコンタクト
を取ってから対処を考えよう。勝手な行動は禁物だからな」
教官は的確な判断を下したのだった。学生達はがっかりしたものの、その判断が不適格ではない事を知っ
ている。その船はワープができない。たとえ一時、大学に戻ったとしても簡単に再び見つける事ができる
のだ。一年生は教官の指示に従ったのであった。
現れた時と同じように突然目の前から消え去った船にルナ号の乗務員は驚いた。
「どうしたと言うのだ? この船に入ってくるのではなかったのか?」
キャプテンの頭の中にさっきの声が残っていた。
《ワレワレハテキデハナイ》
確かにそう言ったのだ。
“私はこの言葉を信じるぞ”
彼は自分の心に言い聞かせていたのである。彼だけでなくコックピットにいた者たちはみなその声を聞い
ている。
「人類は我々だけではなかったのだ… 我々は宇宙の孤児ではなかったのだ… 」
キャプテンの声は心なしか感激に震えているようだった。
「すげぇ古いタイプだな」
スクリーンに写しだされた巨大な宇宙船を見てフロルは言った。
「テラ系カウニッツ、テラ暦655年前に作られた船だよ」
タダはコンピューターからカウニッツのデータを引き出していた。
「ほら、見てごらん。この船は移住できるような新しい惑星を探す為に旅立ったんだよ。この星の予言者
がいずれこの星は最期を迎えるだろうと予言していたからその言葉を信じて巨大な宇宙船を作ったんだ。
そんな事がここに記載されている。ルナ号って名前だよ」
「ほんと、でもこの惑星、本当に住めなくなるのかな?」
フロルは半信半疑だった。
「そりゃ形あるものはいずれは滅びる運命にある。どの惑星でも同じ事なんだけど、でもこのカウニッツに
関してはその予兆がない。予言者の勝手な思い込みだったんだよ」
タダは直感ではなくデータを見て答えたのである。
「それじゃ、この船に乗ってる奴らは何も知らないでずっと宇宙を飛んでいたのか? その星の奴らが全部
移住できる星を探すために」
「おそらく… でもその予言がウソだと分かった時、ルナ号にコンタクトを取りたいと思っただろうけれど
時はすでに遅く、船ははるか遠い所まで進んでいてどうしようもない状態だったらしいんだ」
次々に打ち出されて来るデータを拾いながらタダは答えたのであった。
「なんかさ、無駄な年月を過ごしていたわけだろう? そいつらかわいそうだな」
フロルは同情していたのである。
「惑星カウニッツを離れたのは630年前になっている。それからずっと旅が続いていたんだな。ワープ航
法を知らないままで」
タダもそんな彼らに憐憫の思いをいだいていた。
「星間連盟はどんな対処をするんだろう?」
フロルはタダに聞いた。
「きっと故郷のカウニッツに帰るように言うさ。移住先を探さなくてもいいんだから彼らの旅も終わりだよ。
ひょっとするとこの大学惑星の領域だから大学側に対処を任される可能性があるな」
タダはそう感じていた。
「直感力?」
彼女はタダの方を見た。
「うん、まあね。一万人くらいの人々が乗っていたらしい。バースコントロールをしながら旅を続けている
だろうから今もそのくらいの人々が乗っていると思うよ。何も知らないままにね」
「こんな事もあるんだな… いつかメッセージボールを拾った事があったけど、その星はもう滅びていたん
だったな… 」
フロルはその時に感じた思いがよみがえって来て感傷にふけらずにはいられなくなるのだった。
「こんなケース、ほかにもあると思うよ。発見されないまま今でも宇宙を漂いづけている船は多いと聞く。
ワープを知らなかったらとにかく進むしかないんだからな。コールドスリープ(冷凍睡眠)を繰り返しなが
ら進んでいた船が発見されたニュースを聞いた事があるし。送り出した星の政府も宇宙は広すぎて探そうに
も探せないでいるんだよ」
タダはテラ系出身だけあって情報が豊富だったのだ。辺境星出身のフロルはその点がうとかったのである。
「どんな思いで宇宙を進んでいたんだろう?」
フロルはデータをひざの上に置いて問いかけた。彼女の心はまだ見ぬカウニッツの人の事でいっぱいだった
のだ。
「カウニッツは人口が少なくて小さな星だ。きっと星間連盟に頼って来ると思う。連盟も加入惑星を保護す
る立場から大学側に要請してくる事は充分に考えられる事だ」
「生きた学習だな。宇宙大学の学生ってプロ集団みたいなところがあるからな」
フロルは目を輝かせていた。
「そん時はパイロットとして移民船を任されるかもしんねぇな」
「そうだね、きっとそうなるよ」
タダもそれを期待していたのである。宇宙大学の学生達は卒業と同時に故郷の星において絶対的な実力を発
揮する。航空科においては幾度となく実習を繰り返している最終学年ともなると、実際に業務についている
波のパイロット以上の腕をもっていたのであった。
続