浦島太郎編・後編(5年生)








 

 タダの直感した通り、ルナ号に乗っていたカウニッツ人は航空科の学生達によって故郷の星に帰される事
に決定した。惑星カウニッツの政府がぜひルナ号の人々を迎え入れたいと星間連盟を通じて大学に依頼して
きたのである。グレン教官はその旨を船にいるカウニッツ人に伝える為にルナ号の前に出現したのであった。
交信手段は相手が星間用語を使えない為に心理学科のテレパスに秀でた学生達に任される事になったのだ。
今回は航空科の学生達だけでなく心理学科、医学科の最終学年の代表が乗り込んでいたのである。タダは航
空科学生代表の一人としてグレン教官の横でパイロット役に徹していた。


「この前の船が出現しました!」

仮眠をとっていたルナ号のキャプテンは部下の報告を聞くと、ただちにスクリーンの前に飛んで行ったので
ある。

「確かにこの前の船だ。でもいったい何の為に?」

その時、キャプテンのすぐ前にあるテーブルでコンタクトを求めるランプが灯ったのであった。


《ルナゴウノミナサン ワタシタチハ アナタガタノホシ ワクセイカウニッツセイフノイライニヨリ ア
ナタガタヲ ムカエニキマシタ》

それはタダのコンタクトよりもはっきりした心理学科超能力開発コースの学生代表によるコンタクトだった。

「我々のことを知っている!」

キャプテンだけでなくそこに集まっていた一同は顔を見合わせたのであった。

《ワレワレハ コノリョウイキヲ カンリシテイル ウチュウダイガクノモノデス イマカラ アナタタチ
ヲ ウチュウダイガクニ ゴアンナイシマス》

心理学科の学生は目の前の宇宙船に向かって呼びかけたのである。そのテレパシーはコックピットの乗務員
だけでなくルナゴウノミナサン号に乗っている人々にも伝わったのであった。

「さすがに超能力開発コースの生え抜きだけあるな。ものすごいテレパシーだ」

タダはテレパシーを送った心理学科の学生に話しかけた。名をシェルツという。彼のテレパシーは感応者で
なくてもはっきりとわかるくらいのものなのだ。

「僕はこれが専門だからな、でもこれだけでもう疲れてしまって… 」

それでも彼は心理学科代表として参加し、自分の能力を生かすチャンスに恵まれたのでうれしそうな笑顔を
タダに向けたのであった。超能力は精神力と体力を消耗する事をタダは知っていた。彼もめったにない事だ
けど念動力を使った時は極度の疲労感に襲われるのだった。もっとも持って生まれた直感力に関しては体質
だから平気なのだが…

「それだけやれば誰だって疲れちまうよ、ごくろうさん」

そう言ってタダはねぎらったのである。

「でもタダ、何代にもわたる長い旅からの帰還なんてどんな気持ちなんだろう?」

シェルツがタダに聞いて来た。

「ん… よくわからないけど複雑な思いだろうな。素直に喜ぶ奴ばかりじゃないと思う」
「そうだろうな、自分たちの旅が無駄な旅だと知ったらみんながっかりするだろうな」
「ワープ航法が発見される前に宇宙に旅だって行った船はカウニッツ惑星のものに限ったものじゃないらし
い。ほとんどの船が誰にも見つけられず遭難したり、ルナ号みたいに航行中だったりで今でも漂い続けてい
ると思う」

タダはため息をついた。

「宇宙って広いよな… こんな広くて暗い空間に僕たちは住んでいるんだな… 怖くなる時があっても不思
議じゃないね。人の心も深いけど目の前の宇宙を見ていたら何だか理屈をこねて心理学を学んでいる事なん
て忘れてしまいそうな気がするよ」

心理学科では宇宙に出る授業はない。選択科目でパイロットコースを取っていれば出るチャンスもあるのだ
が、あいにく彼は取ってはいなかったのであった。初めて宇宙に出た者の誰もが思う事をシェルツは素直な
心で述べたのであった。

「僕は故郷に帰って心を救う医師になるつもりなんだ。後一年足らずで卒業だ。今回のこの事件は僕の力を
試すチャンスなんだと感じている」

彼はやや不安な面持ちで言った。彼はルナ号の人々を送って行く際に心理学科の医師として移民船に乗る事
になるだろう。

「君はいい医師になると思うよ」

タダはそう感じていた。

「君の直感?」

シェルツが聞いた。

「そう、君は向いているよ」

タダは断言したのであった。

「君がそう言うのなら間違いないな。だって君の直感力は確かだから。君はつくづくオールマイティのマル
チ人間だと思うな」

シェルツはタダの能力をかっていた。優秀なパイロットだけではない、念動力や直感力、弱いながらもテレ
パシーも使えるタダを彼は“何でもできる奴”としてとらえていたのだった。

“おまけにこいつ、ちゃっかり結婚なんかしてるんだよな”

シェルツの脳裏にフロルの顔が浮かんで来た。

“幸せな奴… ”

彼はつくづくそう思ったのであった。



 閉じ込められた空間に600年以上の歴史を築いて来た人々にとって歴史的瞬間が訪れようとしていた。
やっと外に出られる不安、かつて先人たちが感じ続けていた望郷の念は薄らいだというものの、まだ見ぬ
惑星カウニッツがなつかしく浮かんで来るのだった。


 宇宙船のあちこちに設置されたスクリーンには、目の前の小さな宇宙船が写っていた。ルナ号のハッチ
が再び開いて行く。その船はゆっくりと小さな入り口に飲み込まれていった。彼らは聖者を迎えるような
気分に浸っていたのである。

 今、航空科筆頭教官であるグレン・グロフは宇宙大学代表としてルナ号のキャプテンと握手したのであっ
た。これからの指示はすべて大学側に任される事になる。彼は長い航海の終わりと彼の両肩にかかってい
た重圧から解放された喜びに軽いめまいを感じていたのであった。

《大学までは遠い。ワープを使わないと行く事はできません。もうすぐ迎えの船が到着しますので、それま
での間に銀河系の歩んで来た歴史を説明したいと思っています。質問があれば心の中で描いてください。
私たちがあなたがたの思考を読み取ります》

グレン教官はキャプテンに向かってテレパシーで話しかけた。キャプテンは戸惑いはしたものの素直に教官
の言葉に従ったのである。彼はすぐ前にいる異星人をながめていた。彼の後ろに控えている教官や学生達は
いずれも故郷の違う星人たちの集まりだという。かれらは多少の違いはあれども全てヒト型の宇宙人であり
かつていだいていた異形の宇宙人のイメージとは程遠いものだった。

“我々はやはり宇宙に孤立した存在ではなかったのだ”

キャプテンは声に出さずに感じていた。

“こんなに多くの宇宙人がいた… ”

彼は感激していたのであった。彼だけではない、船に乗っていた人々もまた同じ思いでグレン教官たちを見
ていたのであった。一万人の人々の目はハッチから入って来る十数名の大学代表にクギ付けになっていたの
であった。




 カルチャーショックという言葉がある。カウニッツ人にとって今がまさにそれであり、見るもの全てが珍
しいのだ。彼らは大学で検査を受けた後で移民船に乗り込んだのであった。惑星カウニッツまではそんなに
離れていない。しかしワープ初体験のルナ号の人たちの為に小さなワープを繰り返して進んで行く事になっ
たのだった。

「どうしてオレは航空科の代表になれなかったんだろうな」

自分でもわかっている事をフロルは聞いた。タダならともかくフロル程度のパイロットなら多くいる。航空
科は優秀な人材が豊富なのであった。

「でも君はこうやってナースとして移民船に乗る事ができているんじゃない、それもすごい事だよ。医学科
のナースを押しのけての参加だぜ、大きな顔してりゃいいさ。ガンガも君が医学科のスタッフとして加わっ
てくれたので助かるって言ってたよ」

タダはそう言って慰めたのである。

「でもさ、オレはパイロットなんだぜ、できるならパイロットとして参加したかったんだ」

彼女は不服そうだった。

「君はそう言うけど僕は君と一緒にこの船に参加できて嬉しいよ。これは実習ではない、実務なんだから。
僕たちは学生でありながらプロの仕事を要求されているんだよ」
「うん… そうだよな。まぁオレもナースの仕事、嫌いじゃねぇから… 」

彼女はようやく納得したようだった。タダは満足そうにフロルの髪に指をからめ彼女の頭をひきよせた。

「初仕事だな、フロル。がんばろう」

タダは力強く言ったのであった。



カウニッツまでの往路8日間、復路数時間の長い旅が始まった。学生達はそれぞれの任務を余裕を持って
遂行しているようだった。特にタダたちパイロットの仕事は小さな単純なワープの繰り返しというもので、
そのワープとワープの間も長いのだった。全てカウニッツ人に合わせ、慎重に行っていたのである。した
がってワープをしていない時は自動操縦に切り替えられ、彼らは暇な時間を持て余していた。それに引き
換えガンガたち医学生やフロルたちナースの仕事は多忙だったのである。初めてのワープや環境の変化に
よって体調や精神に異常をきたす者が多発し、その対応に追われていたのである。

「ほら、食事だぜ。少しは食べなきゃくたばっちまうぜ」

フロルは自分の担当の患者に声をかけた。彼らに言葉は全く通じない。しかし彼女は根気よく言葉をかけ
続けていたのである。

「オレが口に入れてやるよ、もうすぐ故郷の土が踏めるんだ、元気ださなきゃ」

フロルはひとりの子供の口にスプーンを運んだのであった。

“タダみたいに少しでもテレパシーが使えたらな”

フロルはため息をついていた。そうすれば少しでも彼らの事がわかるのに、と思うのだ。

「フロル、もう一人頼む!」

石頭が初老の男を抱えてケアルームに現れた。彼がじきじきに連れて来るという事は、おそらく特別な
者なのだろうとフロルは感じていた。

「さよう、お前の思っている通りのお方だよ。ルナ号のキャプテン、スタイン氏だ。手厚く看護してあ
げてくれないか」

彼はフロルに直接頼んだのであった。

「うん、でもどうしてここに? だってキャプテンなんだろう?」

彼女は疲れた顔をした男がどうしてもキャプテンとは思えなかったのだ。

「疲れておられるのだ。精神的にも肉体的にもな。今まで張り詰めていたものが急に緩んだのだろう。
そんな時にはフロルのように女性の方がいいと思ってな」そう言って石頭はフロルにウインクしたのだっ
た。

「わかったよ、オレに任せといて!」

フロルはキャプテン・スタインの手をとってほほ笑みかけたのである。彼はフロルのほほ笑みにつられ
て思わず白い歯を見せていた。言葉は通じなくても彼女の暖かさが伝わって来るのだ。彼の心が少し揺
れた。石頭はその様子を見ながらケアルームを後にしたのである。

“フロルに任せておけばいい”

石頭はケアウーマンとしての彼女を高く評価していたのだった。彼女は人に接する事に向いている。

“タダが医師になり、フロルが助手になってもよかったな”

と、思う事もあったのだ。

“同じ船で宇宙を飛びたいか… それもいいだろう”

石頭はひとりでに込み上げて来るおかしさに耐えていた。

“なんて印象的な奴らなんだろう?”

彼はつくづくそう思うのであった。



「君の所、忙しいんだろう? 人手が足りないって医学科の奴らが言ってたぜ」

一日の仕事を終えたタダがフロルを待っていた。彼女は今、終わった所なのだ。タダは自分の部屋にフロ
ルを連れて来たのであった。

「ほんと、こんなに忙しいとは思わなかった… 疲れたよ。でもこの仕事ってナースの仕事だからまだ楽
だな。だって大学病院のケアウーマンなら死んでしまいそうな奴ばかりが相手だから辛いもんな」

確かにそうだろう。彼女たちの仕事はナースの仕事だったのだ。ケアウーマンとはナース業務の一部であり、
余命のない者たちの看護にあたるものだったからだ。しかしフロルの評判はタダの想像していた以上によかっ
たのである。彼女の声はやわらかい。言葉の通じないカウニッツ人はフロルの言葉づかいの悪さがわからな
いから彼女の明るさと声だけで気持ちが安らぐのであった。彼女自身が持っている母性が疲れた人々をいや
している事をタダは感じ取っていたのである。


「今は僕だけのフロルじゃないんだな、部屋も別々だしね」

タダはあきらめたように言ったのだ。

「お前もケアが必要なの?」

フロルは聞いた。彼は大まじめな顔をしてうなづいたのであった。



 テラ系カウニッツ。その太陽系を299日周期でめぐる小さな惑星である。星間連盟に加入してからと
いうものは飛躍的な発達をとげた星であり、人々は活気に満ちていたのであった。しかし経済的にはまだ
一定の基準に達しておらず、大型の移民船等は持っていなかったのである。

 最後のワープを終えた大学の船はカウニッツの近くに現れた。キャプテン・スタインはフロルに体を支
えられたままでコックピットに立っていた。

「ほら、見てみなよ。あんたの星だぜ、やっと帰って来たんだよ!」

フロルは嬉しそうに目の前の小さな星を見つめていた。しかし彼は何も言わないのだ。彼の両手は小刻み
に震えていたのである。

“我々の旅は何だったのだろう? 私の先祖は新しい星を探す為に旅だった。しかしそれはすべてむだな
歳月ではなかったのか? 私はまだいい、しかしそれまでに死んでいった者たちの事を思うととても素直
に喜べない。私はいったいどんな顔をしていればいいのだろう?”

キャプテン・スタインの胸にさまざまな思いがよぎっていた。これから先、この故郷という名の見知らぬ
星で自分たちは暮らさなくてはならないのだ。

“私の故郷と呼べるものはルナ号ではなかったのか!?”

彼はカウニッツに向けての交信を渋っていた。

「つらい… 」

彼は自分の思いを口に出し、床にうずくまったのであった。

「どうしたんだ? じいさん」

フロルはキャプテン・スタインの表情が曇って行く訳がわからず戸惑った。

「フロル、彼は… 」

パイロットの一員としてコックピットにいたタダがフロルに彼の心中を教えてやったのである。石頭は彼
にテレパシーで何かを伝えていた。心理学科の学生たちは、なすすべもなく成り行きを見守っていたので
あった。タダの話を聞いたフロルは何を思ったのかキャプテン・スタインの前に敢然と立ったのだ。

「じいさん、大きな声で言ってやれよ! ただいま、ってさ」

フロルはスタインの両手を強く握って励ますように言ったのである。彼は今まで自分の世話をしてくれた
フロルを見つめ、何かを言っているようだった。

「じいさん、元気出しなよ」

フロルは彼の前にかがみこみ優しく話しかけていた。彼女の言葉はわからないがその声は暖かく彼の心に
響いて来るのだ。

「ほら、あんたはキャプテンなんだぜ。船室にいるみんながじいさんのコンタクトを待っているからさ。
あんたがやらなきゃ誰がするんだよ?」

フロルはスタインの背中に腕をまわし、その背中を優しくなでていたのである。石頭はフロルが本能で
とる行動の的確さをいつも感心していたのである。今回もそうだった。スタインの心に落ち着きが戻っ
て行くのを彼は満足げに見ていたのであった。



 彼はキャプテン・スタインとして通信機の前に立っていた。そして目の前の故郷に向かって大きな声
で言ったのだ。


《我々は帰って来た!!》


彼の第一声は惑星各地に取り付けられた拡声器によって星全体に響いていた。600年以上も前の時代
に自分の星の未来の為に旅だった勇者たちの帰還なのだ。当然政府をあげての歓迎となったのである。

《あなたがたのご帰還を心より歓迎します!》

カウニッツ政府からのコンタクトが返って来た。キャプテン・スタインはその返事に満足そうにうなず
いたのである。彼とて行く先の不安がないわけではない。しかし初めて見る星とはいえ自分の故郷の星
なのだ。

“なつかしい… と言うのだろうか?”

そんな思いをかみしめながら彼はもう一度、大きな声で言ったのだ。


《ただいま!》


彼には聞こえなかったが、その時カウニッツの人々の歓声が町中に響いていたのであった。

 キャプテン・スタインは石頭の方を振り返り彼に握手を求めて来た。石頭は快くそれに応じたのである。
彼は自分たち大学側に対する誠意にいたく感謝しているようだった。



 移民船から降り立った人々は故郷の大地を踏みしめた。スタインはみんなが船から降りて行くのを気長
に眺め続けていた。そして最後に自分一人になった時、彼はフロルの前に歩み寄り、彼女の手を取ってキ
スをしたのだった。

《ありがとう》

と、彼は言った。その言葉は通じなくてもフロルには何て言ったのかがわかったのだ。

《 …… 》

何かを言おうとしたフロルだが、ただ涙ぐんだだけだった。彼はもう一度フロルを見つめ肩を抱いたので
ある。

《あなたがたの未来の為に!》

石頭はキャプテン・スタインに向かって敬礼した。それにつられて、そこにいた一同は彼に対し敬礼をし
たのだった。彼はなごりおしそうに船内を見渡し、そして自分の故郷に帰って行ったのであった。彼の新
しい歴史が今から始まるのである。みんなは彼の後ろ姿を眺め続けていたのである。



 帰りの旅は一瞬だった。大きなワープから出るとそこはもう大学惑星だったのだ。しかし学生たちはそ
の旅の終わりを万感の思いで迎えていたのである。

「あんな船がこの銀河系のどこかにまだ飛んでいるんだな… 」

フロルがタに寄り添いながら感傷にふけっていた。

「出会う確率は低いけれど今でも前進を続けていると思うよ」

タダの目は、目の前の大学惑星を見ていなかったのだ。

「なんか… ね」

フロルは目を閉じた。まぶたに浮かぶのはさっき見てきたカウニッツ惑星の姿だったのだ。

「うん… 」

タダはフロルの心が見えていた。そして静かに目を閉じ彼女と意識をシンクロさせるかのようにカウニッツ
の姿を思い浮かべていたのであった。


ふたりの描くその惑星は、あくまで青く澄んでいて幻想的だったような・・・







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