亜麻色の髪の乙女の発覚 編



 ある日、ゴールドランドで各国の国王、貴族を招いての親善舞踏会が開かれるこ
とになった。シルバーランドからはサファイヤ姫と乳母、そして数人の大臣が出席
することになっていたのである。

「やぁ、フランツ」
フランツがサファイヤのいる部屋にやって来た。
「サファイヤ、来てくれたんだね。今夜はおおいに楽しんで行ってくれたまえ」
フランツはごきげんなのだ。それもそのはず、つい数日前のことだがシルバーラン
ドで亜麻色の髪の乙女と会えたからだった。と、言うのもサファイヤが見つけてく
れて間に入ってくれたからだった。
「本当は彼女も招待したかったのだが何しろ素性も名前も教えてくれないんだもの」
少々不服そうだがそれは仕方がないだろう。
「でもサファイヤ、君が来てくれて嬉しいよ」
フランツはサファイヤに絶大なる信頼を寄せていた。それと不思議な感情なのだが
性別を超えた愛情をいだいていたのである。
「今夜はいつもより多くの人が来てるんだ。君もゆっくり楽しんで行ってくれたま
え」
「うん、そのつもりだよ。だってボク、今までこういった場所にあまり出た事がな
かったから。お母さまも慣れたほうがいいっておっしゃるんだ」
だから彼女が来ることになったのだろうとフランツは感じていた。
「そうそう、慣れが肝心だよ。ところでサファイヤ、今夜は君のドレス姿が見られ
るんだろう?」
フランツが聞いた。
「え? ボクが? ドレスなんて大嫌いだから着ないよ。王子の恰好でいい!」
「でも姫として出席するんだろう? だったらドレスを着た方が良いよ。それにさ、
一度君のドレス姿を見てみたいな」
フランツはサファイヤを見つめていた。以前から興味があったのだ。
「嫌だよ。そんな・・・ 何を見てるんだよ!」
サファイヤはフランツの視線をはずしていた。
「 ・・・ 」
フランツは何かを感じていた。
"あれ?"
フランツは自分の思考がまだ何であるかを気がつかなかったのだ。しかし今、恥ず
かしげに視線をはずしたサファイヤに女性を感じていたのである。
「サファイヤ・・ 君、綺麗だよ」
今まで彼女に言った事のないような言葉がフランツから飛び出した。
「あーっ、やっぱり! フランツって女たらしだって誰かが言ってたぞ。いつも女
の子を見たらそう言ってるんだろう」
サファイヤはからかわれているのかと思って逆に突っ込んだ。
「そんな事ないよ。本当にそう思っただけだよ。それより・・ 」
と、フランツが何かを言いかけた時にサファイヤの乳母が部屋に入ってきた。
「サファイヤさま、そろそろおめしかえのお時間です。お后さまからサファイヤさ
まにと、それはそれは美しいドレスを預かっておりますので」
乳母はうっとりと夢見るように言った。きっとすばらしいドレスなのだろう。
「ボクは着ないよ」
と、サファイヤが言ったが乳母は聞かない。
「でも王子の正装は持ってきておりませんよ」
「そんなぁ・・ 」
サファイヤは文句を言った。
「そういう事なら・・ サファイヤ、楽しみにしてるからね」
と言ってフランツは部屋から出て行ったのである。サファイヤは何かを考えていた
がこうなっては仕方がない。観念して着替えの間に入っていったのだった。

「本当にサファイヤさまはお美しいお姫様なのですから」
乳母は侍女にあれこれ命令をしながら彼女にドレスを着せていた。
「本来ならば王女としていつもこの恰好でいて欲しいのですがね」
乳母は浮かない顔をしているサファイヤに閉口しながらも作業を進めてゆく。
「ほら、後は手袋とティアラですよ。これは舞踏会の始まる前にお付けしますから
ね」
彼女は鏡の前にティアラを置いた。青い上品なドレスには銀色のティアラがよく似
合う。
「本当に・・・ サファイヤさまほどのお姫様はいませんよ」
乳母は絶対なる自信を持っていた。今夜の舞踏会に来ているどの王女や貴族の娘よ
りもサファイヤは美しいだろう。
「でも全然似合ってないよ。ボクじゃないみたいだもの。それにボクの髪、短いか
らティアラやリボンが似会わない」
サファイヤはまだぼやいている。
「そんなことはありません。たとえ髪が短くってもサファイヤさまなら何だってお
似合いです! きっと各国の王子様や貴族の子息はあなたに注目をするでしょうよ」
乳母はサファイヤのぼやきに負けてはいないのだ。
 その時部屋の外から番兵の声がした。どうやらフランツが着替えを済ませてやっ
て来たらしい。
「お入りください。フランツ王子さま」
乳母はうやうやしくお辞儀をして彼を迎え入れたのである。
「見て下さいな。サファイヤさまのお姿を!」
彼女は自信たっぷりの口調で言った。しかし言われるまでもない。フランツはサフ
ァイヤの姿を見てしばし呆然としていたのだ。
"サファイヤ・・ 君は・・ "
フランツは緊張している自分を見出した。
 一方サファイヤはフランツの様子を見て顔を背けたのである。再び見せたその仕
草にフランツはたまらなくなった。
「サファイヤ!」
彼はとっさにサファイヤの腕をつかんでいた。
「素敵でしょう! 王子様。これでティアラをつければ舞踏会に出られますよ。ね、
サファイヤさま」
乳母の言葉に救われたようにサファイヤが返事をした。
「でもボク、出たくないな」
しかしその言葉は逆効果だったのである。
「おやおや、やはり短い髪を気にしておいでですか? だったらこれを」
乳母は侍女に何かを命じた。そして・・
「ほら、これでいかがです?」
乳母はサファイヤに茶色のかつらをかぶせたのだ。
「 !! 」
フランツは衝撃を受けた。
「サファイヤ・・ 君が!!」
彼の驚きは相当のものだった。しかしありえない事ではない。さっきもその思考を
打ち消していたような気がする。
「サファイヤ!」
フランツは握った手に力を込めていた。
「こんな物、いらないよ」
サファイヤがかぶっていたかつらを取って乱暴に乳母に渡した。するとフランツは
その腕も自分に引き寄せて、彼女を自分の方に向かせたのである。
 乳母はただならぬリアクションにはっとした。そして侍女たちに目配せして部屋
から出て行ってしまったのである。

 ふたりきりの部屋は言葉がないまま時間が過ぎていた。
「君がそうだったのか・・・ 」
フランツはあらためてサファイヤを見つめていた。
「ごめんなさい・・ 」
うつむいたサファイヤの瞳から涙がこぼれている。
「だますつもりじゃなかったんだ・・ 」
両手をつかまれているので涙を拭えないサファイヤの肩が震えている。
「言い出せなくて・・ 」
サファイヤはそれ以上、言葉が続かなかったのだった。
「  ・・・   」
フランツが手を離し、両手でゆっくりと抱きしめた。

 言葉が浮かばない。この喜び? 驚き?
そして、表向きはごく自然にそれを受け入れられる自分がいる事を嬉しく思ってい
たのである。
"今、わかったよ。どうして君のことが気になっていたのかを。何かにつけてシル
バーランドに出向いていた自分を・・ "
気になっていたサファイヤと亜麻色の髪の乙女が同じだとわかった今では、はっき
りと言える言葉がある。
「サファイヤ、僕にとって君はとても大切な人だよ」
フランツは彼女の短い髪をかきあげた。
「今までごめん」
短く言ってから再び柔らかな感触を確かめるように抱きしめたのだった。

「何か暖かい物を」
扉を開けて自分の侍女に命じたフランツはサファイヤの乳母に呼び止められた。
「あの・・ フランツ王子さま」
「ん?」
フランツが聞き返す。
「あの・・ 口紅が付いております」
乳母が短く耳打ちしてお辞儀をした。
「 ! 」
あわてて唇を拭ったフランツを見て彼の侍女たちも顔を伏せたのだ。彼女たちはお
互いの主人が中で何をしているのかを、うわさしていたのである。美しいサファイ
ヤ姫の姿にフランツ王子が一目ぼれをしたのだろうと言うのがおおよその中身なの
だ。もっとも多少のズレはあるものの、フランツ王子がサファイヤ姫を好きである
ことには変わりはないのだが・・・

「落ち着いた?」
フランツが聞いた。カップを持ったままうなずくサファイヤはいつものサファイヤ
とは違って見えた。
「フランツってこんなに優しかったんだね」
サファイヤが微笑んだ。その笑顔にほっとしたようにフランツがお茶のお代わりを
すすめる。ふたりだけの時間がこんなに幸せなものだなんて今まで気がつかなかっ
たサファイヤなのだ。
"ボクがもっと踏み込んでいればこんな時間をもっと持てていたんだな"
小さな後悔が彼女の胸をよぎる。しかし二人の新しい関係は今、始まったばかりな
のだ。
「君だけになら優しいよ」
フランツも微笑んだ。そしてお互いにおかしくなって、いつもと変わらない表情を
し、大きな声で笑っていたのだった。

 舞踏会が始まった。フランツの予想した通り、サファイヤのまわりにはいく人も
の王子たちが集まってくる。誰もがサファイヤの本来の姿に驚き、その美しさをた
たえていたのである。フランツはそれが得意でもあり、少しの悔しさもあり、複雑
な心境だった。
"そうだ!"
その時フランツは重大な事実に気がついたのだ。
"僕はサファイヤから何も聞いていなかった!"
自分はサファイヤに告白をした。しかし彼女の返事はなかったのである。
"ひょっとしてものすごい誤解があるのじゃないか?"
彼は何も返事がない事を良い意味でとらえていたのである。しかし言葉に出しても
らいたいものなのだ。否定もありうる。
"サファイヤ、君の本当の気持ちはどうなんだ?"
フランツは他国の姫と踊りながらサファイヤの姿を探していた。
"ああっ! あんなに・・ "
たくさんの男たちに囲まれたサファイヤを見つけたフランツは嫉妬していたのだっ
た。
 王子の恰好をしていた頃は、彼女自身も社交界にはほとんど出なかった。それに
舞踏会に出席するのにもドレスなぞ着なかったのだ。しかし彼女の存在がはっきり
とわかってしまった今夜は、当然のことながら誰もが注目していたのである。
"気安く誰とでもしゃべるんじゃない、サファイヤ!"
フランツは気が気じゃない。目の前の姫には申し訳ないのだが、さっさとこの曲が
終わればいいと思っていたのだった。
 サファイヤはサファイヤでうんざりしていたのである。いくら踊っても楽しくな
い。社交界という交際の場だから楽しさを求める方が無理なのか、とも思ったのだ
が・・ が、皆は結構楽しんでいるみたいなのだ。
"ボクだけおかしいのかな? みんな楽しいのかな?"
素朴な疑問が彼女をおそう。生まれた時から剣や馬術、そして体術を習っていたサ
ファイヤにダンスの時間はあまり与えられていなかったのだ。
"フランツと一緒だと楽しいのに・・・ "
フランツに目をやるとどこかの令嬢と軽やかに踊っている。元々こういう場に慣れ
ており、聞くところによると相当もてていると言う。
"あの言葉、本気にしていいの?"
サファイヤは急に寂しくなってきたのである。ひょっとすると誰にでもささやいて
いるセリフかも知れないのだ。ずっと踊りつづけていたので疲れも出てきたみたい
だし・・ 少しだけ飲んだお酒に酔っているせいかも知れない。
「風にあたってきます」
取り巻きにことわってから彼女はバルコニーに出て行った。
 ひやりとした夜の風が心地よい。
「サファイヤ姫」
さっきの取り巻きの一人がやって来た。
「あなたを一人にするなんてできやしない」
どこかの王子らしいのだが名前なんておぼえていなかった。
「少しだかお側にいさせてもらえませんか?」
彼が言った。うっとうしいと思うのだがバルコニーは自分だけの場所ではない。無
下にことわるわけにもいかず、彼女は黙って首をタテに振ったのだった。
「サファイヤ姫・・・」
突然その王子がサファイヤの腰に手を回してキスを求めてきた。
「何をする!」
サファイヤはその手を振りほどき彼から逃れたのである。迫ってきた唇はサファイ
ヤの頬をかすめて壁に消えていた。
「姫!」
壁にぶちあたって床に転がった王子はしつこくサファイヤの名を呼んでいたのであ
る。

"サファイヤがいない"
すぐ近くで踊っていた彼女が消えていた。フランツは廊下に出て姿を探していたの
だ。
その時、バルコニーからさっきの王子が鼻血を拭きながらやって来た。以前から知
っていた王子であり、フランツと同じく女性にもてまくっていた者だった。
「どうした?」
フランツが聞いた。何も事情を知らない王子はさっきの事をありのままに話したの
である。
「本当に綺麗だよ。あのサファイヤ姫は。あの方を今まで王子扱いしていたヤツは
眼が腐っているのだ。しかしキスすら許してもらえなかった。いきなり投げ飛ばさ
れてこのざまさ」
彼はため息をついていた。
「キスをしようとしたのかっ!!」
むきになってフランツが聞く。
「あれ? やはり君も目をつけていたのだね。しかし君だけじゃないぞ。今ごろ
は・・・ 」
彼は何かをしゃべっていたのだが、フランツの耳には入ってはいなかった。
"よくも僕のサファイヤに・・・ "
と、少しでも気を抜いたらこの王子をボコボコに殴りつけそうな自分がいる。しか
しその生の感情を抑えてフランツは彼から離れたのだった。

"サファイヤ、僕は今まで君のどこを見て来たのだろう? もっと君を知っていれ
ば・・ "
彼は夢の世界にいた亜麻色の髪の乙女と現実の姫であるサファイヤが一体になった
事で混乱している自分を認めていた。しかし、まだ誰のものでもないサファイヤを、
まるで手に入れたかのように思っている滑稽な自分を見つめる冷静な部分も残して
いた。
"でもサファイヤ、君も僕の事を少しでも好きでいてくれるよね?"
彼女の周りに男友達は自分だけしかいなかったように思う。プラスチックは眼中に
なさそうだったし・・・ しかしこんなに多くの異性に囲まれるとなると目移りし
ているかも知れない。自分よりもっと気に入った男が現れるかも知れないのだ!
"独占欲の強い男は最低だと思っていたが、それは所詮本気を知らないヤツのセリ
フだったんだ"
彼はサファイヤを探しながら中庭に出た。舞踏会の広間からもれる光が木々をぼん
やり照らしている。しかし足もとは暗いままだった。
"まさかこんな所には来ていないだろうな"
しかし広間に帰りたくなかったフランツは中庭をさまよっていたのである。
「 ん? 」
と、思って立ち止まった。風もないのに木の葉が舞っている。それは自分の部屋の
外に生えている大きな木だった。
「サファイヤ!」
驚いたフランツが大きな声で犯人の名を呼んだ。見ると元の普段着に戻ったサファ
イヤが木の上にいる。
「フランツじゃないか!」
上から声がした。
「待ってて!」
フランツは正装のまま、木によじ登っていったのだ。
「汚れちゃうよ、フランツ」
服を気にしてサファイヤが言った。
「構うものか!」
フランツはそのまま登り、サファイヤの前にやって来た。
「キスされたの?」
フランツが単刀直入に聞いた。
「されてないよ!」
かっと熱くなってサファイヤが答えた。もうフランツに知られていると言う羞恥が
彼女の頬を染めていた。
「ボクはダンスなんて大嫌いだって言ったのに!」
簡単にキスをされそうになった自分が嫌だった。
「だから抜け出したの?」
フランツは怖いくらい真剣な目をしている。
「だって・・ あそこじゃ泣けないもの。あんなの嫌だよ! まるで誰でもいい
みたいだ」
綺麗な姫を見ると誰でもキスしたくなる王子たちの気持ちがわからなくもないフ
ランツなのだがサファイヤに関してだけは別だった。
「僕だったら許してくれるのかい?」
フランツが聞いた。
「さっき、キスしたじゃない」
サファイヤが上目づかいに言った。
「僕だけは特別なんだね?」
フランツが念を押して聞いた。
「わかってると思っていたのに・・ 」
サファイヤは悲しそうなのだ。
「だってこんなに素敵な君だもの。僕は自信がなかったんだ」
今夜のフランツはやけに謙虚だった。
「自信を持っていいよ、フランツ」
サファイヤがさらりと言った言葉にフランツは感激した。それは彼女が自分を好
いていてくれる肯定の言葉だったからだ。

 舞踏会の終わりを告げる曲が流れていた。しかし普段着のサファイヤと汚れた
正装のフランツは広間に戻れない。ゴールドランド国王が何かを話している声が
かすかに聞こえている。
「ラストダンスは僕とだよ」
木から下りたフランツがサファイヤの手を取った。
「よろしく、フランツ」
サファイヤはくすっと笑って女性のお辞儀をした。
「僕のサファイヤ・・ 」
前にも言ったセリフを彼は耳元でささやいた。単純なセリフなのだが愛情が込め
られている。
"大切な言葉に飾りはいらないんだ・・・ "
熱くなった胸でフランツに飛び込んだサファイヤは彼の鼓動を聞いていた。
"ボクも君が好きだよ"
その言葉は言わなくてもわかっているだろう。二人は未来を語りながらダンスを
心ゆくまで楽しんでいたのだった。

  
                             終
                                 
                                    

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